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かの文豪・夏目漱石の御先祖様。 世間的にはマイナーではあるが、この人のファンは以外に多い。 12月22日がこの人の命日であり三方が原の合戦の日である。 一向一揆の際に一揆側についたものの、家康に赦され家臣に復帰。 家康は最初一揆方についたものを許そうとはしなかったが、家臣の一人にいさめられて思い直し、一揆に与した家臣たちを赦した。 夏目吉信はそのことを深く恩に感じていた。 数年後、家康は三方が原で大敗。城を守っていた吉信は家康を案じて駆けつけ、 「ここで討ち死にする。」 と叫ぶ家康を押しとどめ、主君の兜と馬を使って敵の中へ。家康の身代わりになり討ち死にした。 家康は自分の過ちを悔いるとともに、過去に家臣に教えられた 「人を赦すことの大切さ」 を深くかみしめたに違いない。 あの時夏目を赦さなければ今の自分の命はなかったのである。 夏目吉信の死がなぜ多くの人の心を打つのか。それはこんないろいろな人間のドラマを内包しているからかもしれない。 後年家康はこの時の恩を忘れず、吉信の息子に報いている。 吉信もまた、そういう主人のためだからこそ命を捨てられたのである。 家康が天下を取れたのは、まず何より家臣が偉かったからであると思う。 そしてその家臣たちの言うことを素直に受け止め、自分の行いを反省し、さらに彼らの誠意を受け止めることができたからであると思う。 「自分の命は多くの命の犠牲の上に成り立っている」 おそらく家康はそういう思いを終始持っていて、それに律儀なまでに 誠実な人だったのだろう(もっとも報酬などではかなり冷淡だったりするが…(´・ω・`) 感謝はしても決して気を許さないのがこの人の複雑なところである)。 |