『緋色の星』

「給油タンクに引火しました。脱出してください」
 コンピューターの誘導音声を、ハイネルは他人事のように聞いていた。その顔は涙でしとどに濡れている。
 次第に炎が迫ってくる中でも、ハイネルはほほえむような、慈しむような表情で、ただただ、腕の中の人物を見つめていた。
 視界は、暗く赤い。

***

 地球軍に吶喊しようとしたハイネルを止め、カザリーンは二人で難民星へと移動していた。
「あと一週間ほどで目的の星に到着の予定です、ハイネルさま」
「そうか。早いな」
 内乱状態にあった母星ボアザン星から脱出してから、およそひと月。ボアザンと地球との戦いがどう結末したのか、知る由はない。だが口にこそすまいが、ハイネルもカザリーンもボアザンの敗北を想像せずにはおれなかった。それほどボアザン側の戦局は不利にあったのだ。それゆえにカザリーンもハイネルを連れ、亡命の道を選んだ。それが当然のことだ。
 だが、ハイネルに取ってその選択はよかったのか。ハイネル自身もその答えを出せずにいた。


 矢のように時間は過ぎ、明朝に亡命先の惑星に到着というとき。ハイネルはカザリーンを呼び出した。
「カザリーン……明日はこの衣装を着ていくがいい」
 言って、純白のドレスを差し出す。以前、宇宙船内のカザリーンの部屋で見つけたものだ。普段は衣服や装飾品を整頓しているカザリーンだったが、この非常時では片付ける暇もなかったのか、寝台横にかけてあるだけのところを、先日たまたまハイネルが見つけたのだ。このドレスだけがほかの衣装と異彩を放っており、美しい輝きはハイネルの目を奪った。
「は……はい」
「この衣装はどうしたのだ?」
「え、ええ……以前、仕立て屋に作らせたものでして……礼典用の」
 カザリーンはほほを染めて説明する。その表情が雄弁に語る。ただの礼典用のドレスならば大貴族のカザリーンはいくらでも持っているはずだ。そんな中で緊急用の宇宙船に積んだドレスが、なんの意味もないはずがない。
「……本当は、死に装束として着るつもりでございました。ハイネルさま、あなたへの最期の愛の証として……」
 ひとすじカザリーンは涙を流す。美しい彼女の姿にハイネルは見とれるが、自分の中の一部がそんな自身を否定していることを、どこかで感じていた。

***

 今ならば宇宙船の窓からでも星が見える。だが、その直後船内に銃声が鳴り響いた。何事か、と振り向いた途端にカザリーンは鈍い痛みと発砲音を覚える。

「ハイネル……さ、ま……」
「ゆるせカザリーン……」
 麻酔弾の効果に力なくくずおれるカザリーンをしっかと胸に抱きとめる。彼女が「死に装束」として用意したドレスもハイネルの手にあった。意識を失うカザリーンのその顔をみた瞬間、ハイネルの瞳に涙があふれ出す。
 ――生きておまえを幸せにできぬ余をゆるせ。
 おまえは笑うだろう、戻れたとしてもなんの歓迎もないであろうボアザンの地位にしがみつくわたしのことを。だが、裏切り者の子として罵倒され、皇帝に見捨てられたわたしに唯一残された、男としての誇りは、ボアザン王家の血を引くということだけなのだ。
 わたしには……それだけしか、ないのだ。おまえの望むように、亡命し、そこで子を産み育て、つつましい暮らしができれば、それでよいのだろう。だがわたしの子に、おまえはボアザン王家の末裔なのだと伝えることもできぬ、ましてやボアザンの名を口にすることもできぬ、そんな状況をわたしは想像できない、いや、したくはないのだ。
 カザリーン、おまえを愛しているのにわたしにはその望みを叶えられぬ。わたしは、もう、汚辱にさらされたくないのだ。笑い事のように弱い男なのだ。

 銃をエンジンに撃ちこみ、計器が異常を起こす。カザリーンを腕に抱いたまま、機械のシグナルをハイネルは涙に濡れた顔をして呆然と聞いていた。
「わたしはあのとき死ぬつもりだった……。今は、ひとりが、こわくなったのだ」
 軽くカザリーンのくちびるに触れる。
 負け犬と謗りを受けるよりは……誇りのために死んだという名目がほしいのだ。――いや、ただ、そばにおまえがいてほしいだけなのかもしれぬ。ただそれだけのことなのかもしれぬ……。


 たのむ、カザリーン。わたしは、こわいのだ……。

●Author's Note

前作の「片恋慕」を書いてから、しばらく考えてやっぱりハイネルは生きていけないんじゃないのかな〜、ご都合主義だったかなあと(二次創作でご都合主義も何もないんですけど;;)思い直して書いたもの。ただ、一度助けておいてまた死なせるというあまりにもダークな話になってしまったのと、少し思うところがありずっと公開はしていませんでした。だいぶ時間が経ったのでまあいいかなと……。

2006?

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