『片恋慕』

「皇帝陛下に伝えてくれ、余はボアザンの貴族として戦い、戦死したとな! さらばじゃカザリーン!」
 そう言い残してハイネルは吶喊(とっかん)する。カザリーンはうつ伏せに倒れながらも、決死の思いで麻酔銃をハイネルめがけ発砲する。命中した麻酔弾はハイネルから意識を奪い、やがて彼は円盤メカのコクピットに崩れ落ちた。「余は地球で死ぬのだ」と言い残し。

 残されたカザリーンは、ハイネルをコクピットから下ろし、ボアザン星に戻る覚悟を決めていた。
──ハイネルさまを、死なせるわけにはいかない。なんとしても……!

***

 カザリーンとハイネルは、ボアザン星のカザリーンの城にやって来ていた。ボアザン星にはビッグファルコンとボルテスVが来襲しており、都は壊滅状態だった。ボアザン解放を推めるドイル将軍の呼びかけにより、ボアザンの労奴たちがほうぼうでデモを起こし、もはや誰の手にもつけられない事態になっている。貴族たちは戦いもせず皇帝ザンバジルの黄金城に我先にと押しあっていた。
 カザリーンは、そんな祖国の有り様を見、愕然としていた。自分たちは地球人に負けたのだ。いや、ハイネルが司令官を解任されたときから、すでに自分たちの戦いは、終わっていたのだ。予想以上の惨事に、カザリーンは窓のカーテンを閉めた。
 もう、この星では生きていけない。カザリーンは母星からの脱出を考えていた。カプセルの中で静かに眠っているハイネルを眺め、そして隣室に設置された宇宙船を見つめる。この宇宙船で、ハイネルを連れて逃げるのだ。どこか、追手の来ない遠い星に……。
 ほどなくして、ボアザン星から一隻の宇宙船が発進した。無数に散らばるボアザン円盤に混じり、その宇宙船は瞬く間に見えなくなっていく。

──おゆるしください、ハイネルさま。
 ハイネルを幼少から知るカザリーンは、複雑な心持ちだった。ハイネルが誰よりも気高く誇り高く、敵前逃亡などという真似をゆるしはしないということを知っているからだ。だが……。
「ここは……どこだ……。カザリーン……?」
 後ろから声をかけられた。宇宙船後部のカプセルの中にいるハイネルが目を覚ましたらしい。カザリーンは宇宙船の操縦をオートに切替え、ハイネルに向く。
「わたくしの城に残されていた宇宙船の中でございます」
「宇宙船だと? どこに向かっておるのだ」
 その質問に、カザリーンは答えを教えられずうつむく。ハイネルは、カザリーンの様子に気付き、険しい顔で詰問する。
「どこに向かっておるのかと聞いているのだッ! 答えよカザリーン! この宇宙船は一体どこへ向かっている!?」
「……宇宙の外れに、ほうぼうの星から逃げ出して来た者たちを迎え入れる惑星があるといいます。そこへ向かっております」
「なぜそのようなところに行く必要がある!? ボアザンはどうなったというのだ!」
「ボアザンは、もはや壊滅状態です。労奴たちやボルテス、ビッグファルコンが宮殿に攻め入り、黄金城も陥落寸前です」
「そちは、貴族でありながら、臆病風を吹かせておめおめ逃げ出してきたと言うのか!? 余はボアザンに戻る! 例え最後のひとりであろうとも、頭に角をいただく者がいる限り地球とボアザンの戦いは終わらぬのだ! そこをどけ!」
「いいえ、もうボアザンには戻れません。この宇宙船はオートコントロールでくだんの星へ到着するようになっております。……お願いですハイネルさま。今一度カザリーンの願いをお聞きください。貴族であることを忘れ、どうかわたくしだけの……わたくしだけのハイネルさまでいてください! お願いでございます……」
 カザリーンはここでハイネルに斬られても構わないという覚悟でこの言葉を口にした。
「わたくしの願いが聞けないのでしたら、その剣でわたくしめをお斬りください。ですが……ハイネルさま……あなたさまだけは、どうか、生きてくださいまし。このカザリーンの分も……!」
 スラリ、と長剣の抜かれる澄んだ音が響く。カザリーンは後悔していなかった。愛するハイネルに斬られるのならば……。
 しかし、カザリーンに刃は向けられていない。ハイネルは、自分の腹に剣を突き立てていた。はっとしてカザリーンはハイネルと長剣の間に駆けた。
「ハイネルさま!」
 カザリーンは長剣とハイネルの腕を握る。刃を持つ手から、血がぽたぽたと流れ落ちた。
「離せ! ボアザンが滅亡し、戻れぬと言う今、余にはもう生きる理由はない! ならばカザリーン……」
 カランと床に剣が落ちる。
「そちが余を斬れ。そちの覚悟、余も受けようではないか」
 そう言うと、ハイネルは力を失ったかのようにくずおれた。大きな失意が全身に表れていた。皇帝に裏切られ、配下に裏切られ、兵に裏切られ、そして全幅の信頼を寄せていた片腕ジャンギャルを失い……。信じていたもの全てが否定されたのだ。ハイネルは、皇帝の手の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。地球攻撃総司令官に命じられたのも、本当は戦争のいざこざでハイネルが地球人と共倒れになることを願ってのこと……。
 だが、信じるもの全てから、本当に裏切られたわけではない。たったひとつ、ハイネルには希望が残されていた。それは、目の前にいる女性……。
「ハイネルさま。それは、できません」
 ひざまずいて、カザリーンはハイネルと目線を合わせる。ハイネルとカザリーンの目が合った。
「わたくしに取って、ハイネルさまは唯一の希望なのです。生きる理由なのです」
「カザ……リーン……」
「ずっと、お慕い申し上げておりました。ずっと……」
 呆然としているハイネルに、そっとカザリーンは抱きついた。心が、高鳴っていく。
 おそるおそる、ハイネルの手がカザリーンに回される。忘れていた、あたたかいものが奔流のようにこみあげる。ハイネルはその奔流に身をまかせたいと思った。貴族として、司令官としてふさわしくないと殺して来た感情。それが、愛だった。
「カザリーン……! 私はおまえを……」
 愛している、と言う言葉は嗚咽になってしまい、聞こえなかった。カザリーンは、ハイネルの涙に驚いていたが、すぐにやさしく抱きとめる。いつか、幼いふたりがしてきたように。

<ハイネルさま、涙をおふきになって>
<カザリーンにお花あげようとしたら、女みたいだってバカにされたんだ……>
<でも、うれしゅうございます。ありがとうございます、ハイネルさま>


 ハイネルの、カザリーンの笑顔が大好きだった。それは、今も同じこと。
 もう一度あのころのように、戻ろう。「貴族として」ではなく、人としての本当の幸せを得るために……。
(了)

●Author's Note

どっかのスパロボ大戦で、カザリーンがハイネルさまに麻酔弾撃つ例のシーンがあったっきりふたりは出て来ない、という話を聞いたので、その補完がわりに(笑)。なので本編からのセリフが多いです(^^;; タイトルは片想いですが本当は両思いです、もちろん。
なんだかよわっちいハイネルさまでごめんなさい;;(2013年追記:スパロボAのことだと判明しました(笑)。Aではハイネルと健一たちの関係も説明されてないのね;;)

2006.5.

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