『一日遅れの贈り物』

 1990年5月1日、この日は、ボアザン星地球侵略軍に携わる女科学者の20回目の誕生日であった。しかし、今ボアザン星は地球防衛軍との戦争の最中であり、戦局は敵メカボルテスVの強靭さにより、ボアザンがやや不利な状況にあったのだ。
──そんな状況で、ハイネルさまが、お気づきになるはずもない。
 地球侵略総指揮官プリンス・ハイネルの片腕であり、乳姉弟であるリー・カザリーンはそう思っていた。
 いつものように振る舞えばよいのだ。いつものように、ハイネルさまのお心を煩わせぬように。そう言い聞かせ、カザリーンは指令室にやって来た。そこにはいつものように厳しい面をのぞかせた青年が、モニターと手元の資料を交互に見つつ顔を上下させている。
「カザリーン、そちの作戦は良好のようだな」
 ハイネルはカザリーンのほうに顔も向けずに言う。
「はい。このところあのベルガンめにしてやられておりましたから、今度の獣士ではボルテスに目にもの言わせてやれるはずでございます」
「ふむ。自信があるようだなカザリーン」
 カザリーンはハイネルに追加の資料を手渡す。
「気負うことはよいが、せいぜい今までの轍は踏まぬようにな」
「承知いたしております」
 礼をして、依然としてスクリーンを見続けるハイネルの姿を後ろ目で見送りつつ、カザリーンは指令室を後にした。

 カザリーンはハイネルを愛していた。いつのころからかはわからない。ただ、幼いころから彼を知るカザリーンに取ってのハイネルは、皇子でも弟でもなく……いつしかそれ以上の存在にふくらんでいた。
 母を失い、裏切者の子と蔑まれ、罵られたハイネル。そんなハイネルを、幼いカザリーンはやさしく受け止めた。この方には、自分しかいないと。自分しか、やさしくしてあげられる者はいないと、そんなことを思っていた。しかし、彼はそんな境遇を乗り越えて今の地位に昇りつめた。そのためとてもプライドが高く、人にも自分にも強くあることを望む。ときにカザリーンもハイネルから軟弱と言われることすらある。しかしカザリーンはそれがハイネルなりに気遣っての物言いなのだと理解していた。

 その日、ハイネルからカザリーンに対しての呼び出しは何もなかった。
──やはり、このような状況で何かあるわけがないのだ。ハイネルさまにそのようなお暇はない。常にボアザンのことを、敵のことを最優先に考えねばならないお方なのだから。一介の科学者たる自分にかまけている暇などない。

 だが翌日の夜、私室で休もうとすると衛兵に呼び止められた。
「カザリーンさま。ハイネルさまからこれをお渡ししておくようにと」
 衛兵は包装された小箱をカザリーンに差し出す。
「ハイネルさまから……?」
「自分は、これをただカザリーンさまに渡せ、とだけ仰せつかったもので。では、失礼します」
 カザリーンは当惑気味に小箱を開けると、中にはボアザンの宝石でできたイヤリングがそっとたたずんでいた。ハイネルの心遣いに、カザリーンは顔を綻ばせる。──ハイネルさま、覚えていらっしゃったんだわ……。

 しかしその翌日ハイネルに礼を言おうとすると、いつもとおなじ、厳しい顔でねめつけられた。
「なにか作戦に問題があるのか、カザリーン」
「いえ、作戦には何も問題ございませんわ。ただ、わたくしは……」
「ええい、もうよい、そちは下がっておれ。余は今忙しいのだ」
「は、はい……」
 ハイネルの覇気に負け、カザリーンは引き下がった。

 あれは一体なんだったのだろう。ハイネルがよこしたものではなかったのかもしれない。以前ダイヤを使ってこの自分を操ったベルガンの悪戯かもしれない。ひとときでもハイネルからの贈り物だと思った自分が情けなく思えた。カザリーンは、小箱を引出しの中に仕舞った。ハイネルへの想いとともに。

──

 その後のカザリーンはうわの空で仕事が手につかなかった。カザリーンの仕事は獣士製造という、正確さと緻密さを求められるものである。心配したジャンギャルに、少し休むといいと言われたが、ここで休んではハイネルに合わせる顔がないとカザリーンは言う。

 ようやく一日の仕事を終えたカザリーンは疲れ果てていた。ハイネルに謁見しようとすると、ちょうど指令室に戻ろうとしていたそのハイネル自身から、話がある、と告げられた。
 歩きながら、カザリーンは今日の仕事ぶりのことを注意されるのだと思っていた。……こんなことなら、ハイネルさまを好きになど、ならねばよかったのかもしれない。そんな自虐的な思いがこみ上げる。
 ハイネルとカザリーンは、カザリーンの部屋の前で止まった。カザリーンが怪訝に思っていると、扉を開けるよう促される。言う通りにすると、ハイネルは、
「あれを持っておるか?」
 唐突にたずねる。
「あれ、とは……?」
「余がそちにやった小箱のことだ」
 カザリーンの胸は高鳴る。あれは、本当にハイネルからのものだったのだ。
「は、はい……こちらの引出しの中でございます」
 カザリーンは小箱を取り出した。
「うむ。実はそちに謝らねばならぬと思ってな」
「ハイネルさまが、わたくしに?」
「一日遅れてしまっただろう。文書のみで片付けるのは貴族としての精神に反する。謝罪は顔をつきあわせ、誠意をもって行うのが貴族のやり方だ」
「あの、一日遅れた、とは……」
「そちの誕生日だ、カザリーン。そちは日中、余にこのことを言おうとしていたな。しかし公私混同などボアザン兵団として言語道断だ。だから余は咎めたのだ。何か言いたいことがあるのなら、今申すがいい」
「ハイネルさま……あ、ありがとうございます」
 そうカザリーンが言うと、ハイネルは彼女の手にある小箱を開け、宝石のイヤリングを取り出した。
「耳を貸すがいい」
 ハイネルは、その手でカザリーンの両耳にイヤリングをつけた。カザリーンの顔は紅に染まる。
「しばらくそちの誕生祝いなどしていなかったのでな……」
「ありがとうございます、ハイネルさま。このご恩、何とお返ししてよいのやら……」
「これからも余の片腕としていてくれればよい。これからも頼むぞ、カザリーン」
「はい……いつまでも、ハイネルさまのおそばで、ハイネルさまのお役に立ってみせます……!」
 いつも険しかったハイネルの顔が、ほんのわずか綻んだようにカザリーンには思えた。
(了)

●Author's Note

カザリーンお誕生日(5/1)記念のSSでした。ボルテス話初挑戦です;; カザリーンは声がのび太なこともあってか(笑)ボルテスで一番好きなキャラです。ハイネルさまとラブラブな話、見てみたいなあ……。

2006.5.1

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