『義兄と義弟』

「オレ、なんか自信ないんだ」
「何のだ?」
 レグニアの孤児院からすこし離れたところに位置する、小高い丘。フリオは幼いころからよくここに登っては町を見下ろすように寝転んでいた。学校を抜け出したり、鍛冶屋の仕事に根を上げたり。昔は幼馴染のキャロも連れてきていたものだが、生まじめな性格の彼女は「さぼる」ことに対して否定的になり、滅多に訪れることはなくなった。
 今隣にいるのは、キャロではなく先日ここにやって来たダオスという名の男だ。彼は記憶がなくその面妖な姿から、はじめ魔物と間違われていたが、誤解が解け、人々の好意からフリオたちが暮らす孤児院で暮らすようになった。中でもフリオは初対面からダオスに対し憧憬の念を抱いており、兄のように慕っているのだった。
「女神さまに選ばれて『なりきり師』になったのはいいけど……世界が滅びるとか、勇者とか、ピンと来なくて。どうしてオレなのかなって思うんだよ。オレより強いやつはいくらでもいるってのにさ」
「誰でもそう思うものだ。それにフリオ、おまえとキャロが選ばれたことには理由があるのだろう。今はまだ、誰にもわからぬかもしれないが……。植えた段階ではどんな花が咲くのかわからぬものだからな」
 ゆるやかにダオスは笑む。
「花、ねえ……。オレには似合わないよな。成人の儀式にはアナスイの花がいるんだけどさ。ま、キャロなら喜ぶんだろうけど」
 幼馴染の顔を思い浮かべてぷっと吹き出した。「豚に真珠」のようだとフリオは思った。
「あいつに花なんてなあ」
 しばらくフリオの顔をまじまじと見つめていたダオスだったが、やがてからかうように切り出した。
「……キャロが気になるのか?」
「だっ、ダオスさん!? 何言い出すんだよ!」
「いや、そう私が勝手に思っただけだ。気にしないでくれ」
「あ、あのさダオスさん、オレとキャロはただのおさななじみでさ……」
「彼女をだいじにしたほうがいい。『なりきり師』のパートナーでもあるのだろう?」
「うん……」
 記憶がないというダオスだが、時折その視線がとても悲しく映る。記憶の一部を取り戻しているのかどうかはわからない。
「パートナーというのは、本当にたいせつなものだ。世界を守るのももちろんだいじな使命だが……おまえがいとしく思う人を守ることもまた、重要だ。自分が神に選ばれたという実感が湧かぬのなら、まず身近な者のことを考えるといい。このレグニアの人々を守りたいと……。それだけでも十分おまえは勇者になれる」
 大きな手がフリオの髪をくしゃりと撫でた。その手から、見えない力が流れ込んでくるように思える。フリオの憧れる、強い力が。
 ――この人は、きっと本当の勇者なんだ。フリオは思う。記憶こそないが、ダオスのその立ち居振る舞いがもの言わず雄弁に語っていた。
「さあ、そろそろ町へ戻ろう。シスターやキャロに怒鳴られたくはないだろう?」
「うえ……わかった」
 天敵である恐ろしい女たちの怒声を想像し、身体についた土草もそのままに、フリオは慌てて丘を駆け下りていった。

 ひとり丘にたたずむダオスの顔に一瞬、はるか彼方への望郷の想いが浮かんだことは誰も知らない。

●Author's Note

サイト始まって初(!)のファンタジア以外のテイルズファンフィクです(笑)。とはいえ、ファンタジアメインなのは変わらずですが。ダオスさまの出張っている「なりきりダンジョン2」小説版に感化されてプレイしたのですが、普通にハマってしまいました。ダオスさまからの依頼とかあったらいいなあ……。

2008.9.7

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