『舞う鷹、堕つる天女』

●注意

初のクロスオーバー話ですので、いくつかご注意ください。最初に前提として「スーパーロボット大戦GC」での設定が元になっているので、ファーストガンダムのジオン公国とドラグナーのギガノスが同盟関係にあります。あと、ギニアス兄さんがGCでは妹思いのひたすらいい人です(この話を書くきっかけでもありました)。スパロボGCという名目ではありますが、この話ではガンダム第08MS小隊とドラグナーだけわかれば後は問題ないです(笑)。
ちなみにマイヨとアイナはくっつきませんので……(笑)。

 スペースコロニーから独立した国家ジオン公国と月面統一帝国ギガノスは、同盟を組み地球連邦軍と目下交戦中であった。国力において連邦軍に大きく劣るジオン軍にはギガノス帝国軍の加盟は願ってもないことであった。

――

 ザビ家に所縁のあるサハリン家の息女アイナは、ギガノス軍エースパイロット「ギガノスの蒼き鷹」マイヨ・プラートと面会中だった。アイナは正直困惑している。何故なら、これはいわば「お見合い」に等しいからだ。

 数日前、ジオン公国公王デギン・ザビの末子ガルマも招いた盛大なパーティーの片隅で兄ギニアスがマイヨに今回の話し合いを提案したらしい。長年尽力したモビルアーマー・アプサラス建造計画も上層部に認可されたことから兄は珍しく機嫌がよかったのだ。そこからサハリン家の今後を、という話になったと忠臣のノリスから聞いた。
 なんでもマイヨ・プラートはメタルアーマー建設者の息子で士官学校在学時代のころより新型のテストパイロットをしていたという。現在の愛機ファルゲンに至っては彼用に特別チューンナップされ、他の者では扱うのが困難な機体である。アプサラス計画が軌道に乗り、新たな機体(ギガノス帝国と連携し、メタルアーマーの技術を取り入れることも視野にあるらしい)を開発することになってもマイヨならそれに適応してくれる。ギニアスはそう言うのだ。モビルスーツやモビルアーマーの操縦もできないわけではないと言っていたし、メタルアーマーとさほど大きく操縦系統が異なるわけでもない。
 家柄も悪くない、礼儀作法も問題はない、年も若く、身体頑健でパイロットとしても一流。容姿も整っている。つまりはギニアスに取ってマイヨは理想的な次期サハリン家当主であったのだ。元々合理主義者の兄ゆえ、彼を選んだのもわかる。
 ――兄の言うままに結婚相手を決めてしまってもいいのか? ……あのときの彼、シロー・アマダにまた会うこともなく、このままに。そしてマイヨにもなかば強制するようなかたちで。正直アイナはマイヨの瞳が怖かった。戦場で共闘することもあったが「鷹」と称されるほどの男らしく、射るような鋭すぎる目が時折恐ろしく感じる。
 だが病で長くはない兄が、一息ついた今になり自分とサハリン家の行く末を案ずる気持ちもわからないではないのだ。
「アイナ嬢」
「はい」
 お互いにずっと沈黙していたが、マイヨがそれを破った。
「ギニアス閣下から話は聞いていたが……私は、どうしてもこういった、女性と二人きりという場は苦手でキミには嫌な思いをさせてしまい申し訳ない」
「いえ、大尉が謝ることありませんわ。兄が強引だったせいで、むしろご迷惑をかけたのはこちらのほうです」
「気遣いありがとう。……私の妹もキミくらい大人ならばな」
「そういえば大尉にも妹さんがいらっしゃるそうですね。どんなお嬢さんなんですか?」
「……私とは八つ歳が離れていてな。あまり構ってやることができなかった」
 彼の妹は名をリンダといい、父親の影響なのか月面の工学系学校に通学しているという。妹のことを話すマイヨは、幾分柔和な表情になるのを見てアイナも安心した。いつも表情を変えない男だと思っていたが。
「彼女も、お父さまのようにメカニック志望なのですか? それともお兄さまと同じくパイロット?」
「恐らくメカニック方面だろう。そう……キミもパイロットだが、キミがアプサラスから降りてきたとき、正直キミのように線の細い女性があれに乗っているとは思わず驚いたな」
「兄が病の身ですから、私にできることはしてあげたいんです」
 それは事実だ。兄の夢を自分が代わりになって果たそうと、誇りと信念と兄への思いからアプサラスのテストパイロットを務めるようになった。
 だが、果たしてそれでよかったのか。兄の言うなりに生命を賭け、何もかも自らの意志を押し殺す今の自分は「生きている」と言えるのだろうか?
「プラート大尉は、本当にギガノスのために尽くされているんですね……」
「それが軍人としての責務だからな。キミは正式な軍属ではないから色々と悩むこともあるだろう」
 自分の抱える悩みを見透かされたような気がしてアイナはハッとする。知ってか知らずか、
「どうした?」
 とマイヨが少しだけ目を瞠る。
「いえ、なんでもありませんわ。考え事をしていただけです」

 その後は現在の境遇ゆえ今後の戦局の話や、ついでのように互いの趣味の話などをして時間が経過した。
「また機会を設けてお話しましょう」
「ああ。ギニアス閣下によい結果をご報告できればよかったのだが、こればかりは簡単にはいかないな」
 そう言ってマイヨは苦笑する。本当に実直な人だとアイナも苦笑交じりに思った。


 サハリン家の、兄の人形のよう。アイナは自分をそう感じていた。のちにマイヨも自身を人形と形容することとなる。だが、まだ彼は挫折と敗北の味を知らなかった。


 アプサラスのテスト飛行を兼ねた連邦軍との交戦中、連邦のモビルスーツとアプサラスがともに雪山へ墜落するという事故が起きた。忠臣ノリスから、以前アイナと接触したことのある連邦軍兵士と同じ男が救助信号を出していたとギニアスは聞く。それに関してアイナに尋ねるも、彼女は取り合おうとしなかった。
 ――アイナはその男を好いているのだ。そんな素振りを見せているようにギニアスには思えた。敵兵との恋愛など愚の骨頂だ。アイナが馬鹿げた考えを起こす前に、手を打っておかねばならない。
「マイヨ・プラート大尉を呼び出してくれ」

 ジオン軍アプサラス開発基地にマイヨ・プラートは呼び出されていた。ギニアスは以前のパーティーのときよりも若干顔色が悪いように見えた。長椅子に腰掛け、コーヒーカップを気だるげに傾けている。体調があまり思わしくないようだ。
「プラート大尉、先日は妹と話してみてどうだったかな?」
 落ち窪んだ蒼い瞳でマイヨに問いかけてきた。
「はっ。慎み深い女性だと思います。ですが、彼女もまだ決断できないように見受けられます。私も、ましてやこの戦中そういったことまで考えられるほど器用ではありません。ギニアス閣下には申し訳ありませんが、もう少しお時間をいただけないでしょうか」
「生真面目なのだなキミは。だがそう長く時間は与えられんぞ」
 自嘲気味な眼差しと口調でギニアスは言う。「時間」とはすなわちギニアスの残された生命に他ならない。
「誰でもいいというわけではないのだ。本当に家柄や武勲だけを見て相手を選ぶのなら、ユーリ・ケラーネに譲っている。――先日のパーティーでアイナに絡んでいた男だ。腐ってもケラーネ家の将軍なのだからな。だが奴はあまりにも粗野で品性に欠ける」
 突然パーティーに乱入してきたあの男か、とマイヨはギニアスが彼を毛嫌いする理由を納得する。
「シャア少佐はいかがです? あの方はガルマ様のご学友で私よりも若く、なおかつジオン随一のエースパイロットです。……ご家族はいらっしゃらないようですが」
「彼には早々に断られた。それこそ家柄を理由にな。全くしたたかな男だよ」
「それを言うならば、私は……裏切り者の子です。それでもよろしいのですか」
 苦虫を噛み潰した表情でマイヨが呟く。だがギニアスは意に介してはいなかった。
「ラング・プラート博士は世界に有数の技術者だ。私は同じ技術者として彼を尊敬しているのだよ? キミやギガノス帝国に取っては裏切られた形になるだろうが、あいにく私はジオンの人間だ。さしたる問題ではない」
 プラート家が断絶した代わりに、サハリン家の当主となれ。そう言いたげな口振りだった。マイヨにとっても実際悪い話ではない。ギガノス本国では彼を敵視していた高級将校たちから裏切り者の子と屈辱を受けている今、サハリン家と結託すればその辱めを雪ぐこともできるだろう。
 だが、職業軍人であるマイヨとしてはあくまでも武勲により汚名を雪ぎたかった。
「……実はな、アイナは連邦の兵士を好いているのかもしれんのだ」
「連邦の、ですか? なぜ……」
「ノリスがその連邦兵とアイナがともにいるところを何度か見ている。解せん話だが本当に妹がそれほどに愚かだとしたら尚更縁談を早めねばならん……」
 独白するように焦りをにじませギニアスは言う。
「閣下、お言葉ですが私はまだ決めたわけでは……」
「わかっている。他の相手も検討する予定だ。だが、いかんせん……こんな、ゴホッ!」
 ギニアスは血でも吐いているかのように大きく咳き込み、しばらく呼吸を正していた。そんな様子をマイヨは恐る恐る眺めている。彼が抱える病は不治のものだとノリスから聞いていた。ノリスも、アイナも、ギニアスがこの戦争を最後まで見届けられるかどうかしか生命が続かないと知っているという。持って、一年から半年程度だと。
「ギニアス閣下、ご無理はなさらず」
「アイナを…………」
 消え入りそうな声が聞こえた。
「アイナを、見てやってくれ……」
 そのとき、ノックの後タイミングを見たようにノリスが現れ、薬を持ってきた。いたたまれないマイヨは、ギニアスとノリスに断りを入れて部屋を出た。
 自分では、彼に対して何もしてやれない。愛する男がいる女性と政略結婚することはできない。堅い男だと揶揄されるかも知れないが、それがマイヨ・プラートという男だった。

***

 ――私の代わりにアイナを見てやってはくれんか、プラート大尉?
 かつてそう告げたギニアスの言葉をマイヨは大破したファルゲンの外で反芻していた。
 連邦軍の総司令部ジャブローでのジオンと連邦の激戦にマイヨらギガノス軍も参加した。たまたま自分を気に入ってくれた技術将校ギニアス・サハリンもまた完成したアプサラスを伴ってこのジャブローの地に来ていたが、連邦軍に投降を促す彼の妹アイナを止めるため自らアプサラスに乗り込み、そして。
「閣下……、ギニアス閣下っ……!」
 堅牢な要塞のようだったアプサラスの陥落に動揺したマイヨは、敵の攻撃をまともに喰らいジャブロー奥地へ落下した。
 もしかしたらあのときアイナと婚約したほうがよかったのかもしれない。そのほうが、ギニアスを安心させられたのかも……。
 ほぼ無抵抗でアプサラスに乗るアイナを守るためギニアスは妹を戦線から離脱させた。もし自分が同じ立場にあったら、やはり妹の代わりになっただろう。ギニアスがどんな形にしろアイナを案じていたというのは、同じく妹を持つ自分にもよくわかった。
「リンダ……」
 いまだ行方のわからぬ妹の名をつぶやき、マイヨの意識は混濁する。

 かさ、と熱帯の針葉樹が擦れる音がマイヨの耳に響き、意識の底から咄嗟に銃を身構えた。だがそこにいたのはひとりの少女だった。
「……リンダ?」
「にいさん……」
 長い金髪を陽光になびかせ、手に水や薬、包帯など医薬品を抱えている。
「ひどい怪我だったから、難民キャンプで薬をもらってきたの。……怪我、見せて」
「なぜ…………」
「え?」
「なぜこんなところに……? おまえは……」
 喉の渇きに耐え切れず、差し出された水を飲み干す。脱力と疲労、痛みで身体が言うことを聞かなかった。ふらつく身体をリンダが支え、そっと横にさせられる。
「せめて、人を助けたいと思って。……でも、あの艦にいる間、つらかった」
「あの艦?」
「ホワイトベースよ。ずっとあれに乗っていたの。あそこで『ギガノスの蒼き鷹』っていう言葉を聞くのが、つらかった……」
 言いながらリンダはぽろぽろと涙を流す。マイヨもまた衝撃を隠せなかった。自分が何度も落とそうと狙っていた「木馬」の中に、リンダがよもや乗っていたとは。――リンダを、この手で殺すかも知れなかったとは。
「にいさん、死んでしまったのかと思った……」
 包帯を巻きながらリンダが呟いた。その瞳から大筋の涙が伝う。胸を締めつけられる思いになりながらマイヨはふとアイナのことを思い出した。
 死期を知っていたとはいえ、アイナはギニアスの死を悼むだろう。ぽろぽろと涙をこぼすリンダとアイナの姿が重なった。
「おまえを置いて死んだりはしない」
 起き上がってか細いリンダの身体をあらん限りの力で抱きしめた。リンダもまたマイヨにしがみつく。
 アイナを娶れ、というギニアスの遺志には応えられないかもしれない。今は、せめて目の前の自らの妹だけでもアイナと同じ悲しみを――兄を失うという悲しみを味あわせたくはない。そして、宇宙へ行ったアイナの無事を願わずにはいられない。

 強く生きてくれ、アイナ嬢。もしキミに想い人がいるのなら……彼とともに添い遂げてほしい。
 きっと兄上も、そう思っているよ。
(了)

●Author's note

スパロボGCのギニアス兄さんは原作とは異なって、最後はアイナを助けるためにアプサラスに乗るんですよ。原作ギニアスは色々苦労が重なってああいう風になってしまいましたが、GCのようにアプサラス計画が重用されていればアイナを気遣ってやれる余裕はあったのかな、と切なくなるのでした。ドラグナーのマイヨとリンダと絡ませたのは、監督が同じというのが最大の理由ですが(途中で替わってはいるんですが……)プラート兄妹も道を間違えていたらサハリン兄妹のようになっていたかも、ということがあります。ギニアス兄さん最初は「異常なほど妹を溺愛する」ってLDのブックレットに書いてあるぐらいシスコンだったわけだし。いわば似たもの同士だったのでスパロボの世界観を借りて絡ませたかったんですよ。
おもにマイヨ視点で書いたのでサハリン兄妹がおざなりになった感があるのが口惜しい……(泣)。

2013.12

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