How could I hope to love you, machine

 わたしは何を考えあの言葉を彼女に告げたのだろう。
 考えてなどは、いなかった。

「裁可が下った。一ヶ月間のハンター活動の停止及び向こう半年は連邦の監視下におかれての仕事になるそうだ。報酬も減らされた」
 彼女は疲れた様子でシップの操縦席に座り、私に向き直って言葉を続ける。
「シップはもう飛び立つことはできなくなっているはずだ。しばらくは、ここで生活しろということだな。おまえと……な」
 含みを持たせた言葉を、私はあえて言及しなかった。
「その程度なら軽いほうだろう」
「もっと重い措置を考えてあんな命令を下したのか? 無責任な司令官だな」
 苦笑まじりに彼女は言う。私は、それを皮肉と受け取った。
 連邦本部がX捕獲作戦を初めから敢行していたのは事実だ。B.S.L.の爆発がXに関係しているとわかっていたからこそ、彼女自らB.S.L.へ行くという申し出は連邦には幸運だったに違いない。だが、例え真実を知った彼女が命令に背いたとしても――もっとも実際にそうなったわけだが――我々は戦士サムス・アランを失ってはならない。それは銀河全体の損失に値する。彼女にはこれからも生きていてもらわねばならない。XやSR388の損失程度で、サムス・アランの価値というものが揺らぐなどありえないことなのだ。
「SR388でXに感染されて以来、回復はしたもののキミはまだ弱っている状態だ。その間の休暇だと思えばいい」
 何とはなしに告げた言葉に、彼女は表情を一変させた。驚きを隠せぬ様子でいる。何にそれほど驚いているのか、理解はしかねたが想像することはできた。
「……アダ――」
 ある名を言おうとするところを、私は遮った。
「サムス。私がアダム・マルコビッチとは別の存在だというのは、キミもわかっている通りだ。しかし、現実として彼の思考パターンや記憶の一部などが残っている。――私は自己犠牲を尊いものだとは思わない。ゆえに、彼の死は愚かなものだと言った。残されたキミの心に深い傷を残したのはアダムの最期の罪だと思っている。いくらでも生還する方法はあったのだ」
「しかし、あの状況では……誰も何もできなかった。だから……アダムを……彼を、責めないでくれ……」
 視線を私から逸らし、彼女はうつむいた。その表情をうかがい知ることはできない。
 出会った当初、何も知らなかった状況の中でも、彼女は私をひそかに「アダム」と呼んでいたという。私自身、ほとんど忘れていた事実を彼女はほんの数回のブリーフィングから感じ取ったのだ。それほど、アダムの存在は彼女の中に根強く存在していたと推測できる。
 サムスはほとんど無条件にアダムの言葉を受け入れる。「異論はないな」という断定的なアダムの口癖がそれを如実に示していた。
 私はアダム・マルコビッチに嫉妬の念すら覚える。――彼と同様に、私もまた、サムス・アランという存在に惹かれているのだ。生物ならばそれを「愛している」と言えるのかもしれない。しかし、単なる軍事用の機械である私には恋愛感情は存在しない。だというのに、嫉妬を抱くというのはなんという矛盾であろうか。SA-Xに対するものと同様、彼女の無尽蔵なポテンシャルへの興味か、彼女自身への興味か。判断するのは不可能であった。
「本当はもう思い出したくないんだ……でも、それでもおまえがアダムのひとかけらなら、私はそれにすがってしまいたい。かけらでもいいからアダムの存在を感じていたい」
「――サムス。アダムは死んだのだ。キミも見たはずだ」
 アダム・マルコビッチは旗艦の爆発の衝撃により死亡した。サムス・アランはその場に駆けつけることをアダム自身に拒まれ、通信を通して彼の最期の言葉を聞いている。これは私のデータ内にアダムの最期の記憶として記録されている。
「だから、私をアダムの代わりだと思うのではなく、別の存在として受け入れるつもりは、ないのか?」
 おもてを上げた彼女の頬は涙に濡れていた。こんな彼女の姿は初めて見る――いや、「アダム」は、見たことがある。
「私を彼の代わりだと思ったとしても、いずれ苦痛に感じるようになるだろう。私は本当の『アダム』ではないからだ。所詮はひとかけらに過ぎん」
「アダム……」
 サムスは私のことをアダムと呼ぶが、それは人間のアダムと照らし合わせていただけに過ぎなかった。だが今の呼びかけは、機械の私自身に対してのものだと確信できた。
「おまえは、私のことを……」
 静寂の帳が下りる。
「……いや、何でもない」
 言葉少なに、サムスは席を離れた。逡巡の様子が伺える。私に――シップのモニターに背を向けたまま、彼女は告げた。
「今日はもう休む」

――

 ――アダム・マルコビッチ。銀河連邦軍司令官准将。死後大将へと昇格。生涯、優れた頭脳をスペースパイレーツや死の商人組織掃討及び銀河間の団結に費やし、功績を称えられ勲章を授与された。
 それが、一般的なデータベースに記されたアダムの素性である。だが、私は時折「夢」を見る。
 他愛もない会話をして笑うサムス・アラン。しがみついて慟哭するサムス・アラン。腕に抱かれて少女のような至福の笑顔を浮かべるサムス・アラン。その相手は全て「アダム」だ。私は、ただ傍観者として彼の声を聞いている。
『キミには期待をしている』
『異論はないな?』
『レディー・サムス、臆病なのは私のほうだ』
 サムスが、涙に濡れたおもてを上げる。

『愛している……ずっと前から……』

――

 抱き合う二人は、温かかったのだろうか。
 摂氏36.7度。地球系ヒューマノイドの標準体温としてしか私はそれを感知することはできない。

「寒い……」
「キミの体質はSA-Xを吸収したことで回復したはずだ。もう冷気で害を受けることはないだろう」
「ちがう」
 横たわったままサムスはわずかに身じろぎした。
「ひとり寝が寒いんだ……」
 もう何年にもなるのに、と付け足す。
「キミはひとりではない。たしかに私では添い寝することもできないが」
 サムスはちらりとこちらを盗み見た。その表情は、悲哀にあふれていた。しかし、わずかに安堵が伺えた。
「……暖房の温度をすこし上げておこう。多少の足しになるだろう」
「アダム?」
「なんだ?」
「明日からは……もっとおまえと話をしたい。おまえ自身のことを知りたい」
「……了解した」
 彼女なりの譲歩ということだろうか。

 彼女が私を、機械化された私自身を「愛している」と言うときは来るのだろうか。
 私が彼女に、「愛している」と答えることは、果たして、できるのだろうか。

***

 ――わたしが死んでかけらになっても、キミを愛していたい。
(了)

●Author's Note

何ヶ月かあたためていたら「Other M」の情報が出て、捏造設定が使えなくなるなーとうれし複雑な気分でした。
自分なりのフュージョンアダムとサムスの帰結点としてイメージしています。「FanFiction.net」の数あるアダム×サムス作品に刺激を受けましたね。
タイトルはフュージョンラスト、「おまえにそんなことを言われたくない!」の英語版「How could you hope to understand, machine?(意訳:たかが機械に、どうやったら理解してもらえる?)」をもじったもの。

2009.6.7

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