Hold me tight, AM-X

 --Warning, No enter without authorization... Warning, No enter without authorization...

「この警報が聞こえないのか?」
 セクター6「NOC」の最深部で道を閉ざされ、やむなく禁止されたエリアに入ろうとした私を、アダムが止めた。
 そう、アダムだ。コンピューターではない、生身の、人間のアダム・マルコビッチがそこにいた。
「そのエリアは立ち入り禁止だ。すぐに引き返したまえ」
 その声も、口調も、姿も、私の覚えているそのままの姿だ。
「あ……アダム……?」
 アダムが私に近づいてくる。心臓が早鐘を鳴らしていた。今にもはちきれそうなほどだ。
「聞こえているのか? レディー」
 その手が、私の肩に触れた。彼の手袋も、私のパワードスーツも、すべて通り抜けてその生身の温度が伝わる。途端、私のパワードスーツが解除された。スーツ状態を維持するには常に気を張り詰めていなければならない。すこしでも気を緩めればスーツは解除されてしまうのだ。ゼーベスでのミッションの際は、その一瞬の油断で命を落とすところだったが――。それを教訓とし、普段でもスーツの状態を維持できるように努めていた。
 だが、彼が、アダムが私を「レディー」と呼んだ。死んだと思っていた彼が……。そのショックに、私の積年の努力があっさりと瓦解する。生身の状態のまま私はアダムと対峙していた。
「本当に、アダム、なのか?」
「何を言う。私がアダムでなくてなんだというんだ?」
 ふと私は疑問を覚える。アダムはこと頭脳と判断力にかけては他の追随をゆるさないが、ヒューマノイド種であることに変わりはない。その彼が、生身の状態でこんな危険な場所まで単独で踏み込めると? 私はメトロイドワクチンの効果でXの寄生からは逃れられているが、なぜ、その恩恵のない、ましてや普段戦地には赴かない司令官のアダムが単身ここまで来る必要がある?
「おまえは……誰だ」
 再度訊ねる。だが……今の私はパワードスーツをまとってはいない。もし、私の恐ろしい予感が当たっていたならば、成す術があるだろうか?
「アダム・マルコビッチ。銀河連邦軍司令官准将。そして、キミの夫だ、レディー・サムス」
「黙れ! 貴様がアダムであるはずがない。……Xは、記憶と身体をコピーする。おおかたアダムの遺体にでも寄生して、擬態しているのだろう!」
 腰に携帯している銃を向けた。以前所持していたパラライザーよりは強化されているが、Xに対して効果があるかは、正直わからなかった。
「レディー、銃口が震えている。銃の扱い方については以前指導しただろう」
 Xとおぼしきアダムが、銃を向けられているにも関わらず私に近づき、私の手を取った。
 ――そう、連邦軍に入って間もないころ、私はアダムに銃火器についての指導を受けた……。彼は的確に敵と味方の判断をし、冷静に敵の急所を撃ち当時の私は度肝を抜かれたものだ。
 顔が、近い。息遣いまで聞こえるほどだ。あんなにも愛し合い口付けを交わした彼の顔が……。
「サムス……?」
 手が、私の頬に伸びる。私を名前で呼ぶとき、アダムは、必ず、私に……。
「やめろ!」
 力を振り絞り、目の前の「X」を突き飛ばした。司令官の帽子が落ち、くせ毛ぎみのブラウン・ヘアーが露わになる。
「おまえはXだ! 新たな天敵である私を排除しようと、アダムを利用した! それだけだ!」
「レディー、キミのその激昂しやすい性格も、直せと前に言ったはずだが?」
「まだしらを切る気か……」
 言葉とは裏腹に、聞きなれた言葉、たしかに言われたことのある記憶に私の心は激しく揺さぶられる。

 もし、アダムが、生きていたならば。
 そんな愚かな考えをしたことがないといえば、嘘になる。私は彼の死を看取ってはいない。彼の乗る艦の爆発により、生存が絶望視されていたのだ。遺体も発見されてはいない。
 どこかで逃げおおせて、どんな形であっても生き延びていてくれれば。アダムの死を受け入れようとするたび、その考えが私の脳裏に浮かんでくる。
「レディー」
 不意をつかれ、「X」の接近に気がつかなかった。
「さびしい思いをさせてすまなかった」
 あたたかく、引き締まった身体に抱き寄せられる。私の中の、死んだと思っていた「女」の部分が、反応する。
「もうキミが戦う必要はない。連邦が対X用のワクチンを量産させた、あとは彼らにまかせるのだ」
 私を抱いたまま、彼は告げた。
「サムス、キミが苦しむ姿を、もう見たくはない」
 あの日から感じていた罪悪感と寂寞感と、彼への愛情が私の中で弾けた。
「アダム……?」
 以前とおなじ感触の、見た目よりもやわらかいくちびるに、キスをする。
「アダム……っ……!」
 投げられる言葉と彼のあたたかさに、私の理性は失われていた。
 誰よりも、誰よりも愛したアダムが、目の前にいて、私をレディーと呼び、私を抱きしめ、キスをするのだ。少女のころから描いた幻想が、形になったのだ。

***

「AM-X。おまえが、サムス・アランの唯一のウィークポイントだ。このステーションのメトロイドを駆逐するまで、なんとしてでもそいつを釘付けにしておけ」
「わかっている、SA-X」
「ん……アダム?」
 半分目を覚ましたサムス・アランが身じろぎをする。
「レディー。もうすこし、お休み……」
 AM-X――AdamMalkovich-Xがサムスの耳元にそっとささやく。サムスはその言葉に、素直に従った。
「……こんな程度で幸せになれるものなのだな。鉄の意志のバウンティ・ハンターでさえも、な」
 SA-Xは見下すように言った。
 恋人の胸に抱かれる幸せな夢を見ているのであれば、それでよい。AM-Xにはなんの感慨も、愛情、同情もない。彼に与えられた使命はただひとつ、アダム・マルコビッチの姿を用いてXの新たな天敵であるサムス・アランを殺すこと。もしくはSA-Xがメトロイド管理区のメトロイドを全滅させるまでの時間稼ぎをすることだ。
 幸せな夢を見たまま逝けるのならばそれがいいだろう。それが、唯一AM-Xの情けといえる感情であった。
「アダム……もう……どこにも行かないで……」
 AM-Xが、無意識にサムスのやわらかな金髪をそっとなでつけた。
(了)

2009.

back to fanfic top