『デジタル・アルカディア』

――ああ、楽しかった。明日もまた、遊ぼうね。


 夜更け、何かが落ちるバタンという大きな音でネオは目覚めた。レイのいる部屋の方角だと悟り、慌てて妹の部屋へ駆け込んだ。
「何があった!?」
 ネオが着いた頃には、足の不自由なレイの介護も務めるお手伝いが、怯えているレイをなだめているところだった。
「ベッドから落ちてしまったようで……怪我はないんですが」
「だから柵を付けておけと言ったんだ! 当たり所が悪かったらどうなると思ってる!」
「やめて、おにいちゃん……」
 我を忘れて憤るネオを、レイが止める。その瞳には涙がうっすら浮かんでいる。
「わたし夢を見たの……わたしの足が……」
 レイが、ぎゅっとネオの寝間着を掴んだ。
「消えて、なくなっちゃうの」
「っ……!」
 一瞬、あの事故の光景がネオの脳裏によぎる。理不尽な、忌まわしいあの「事故」。何の罪もない、まだ少女のレイからあらゆる未来を奪った「事故」だ。怒りに歯噛みする。
「大丈夫だレイ、オレがおまえの足を治してみせる」
「ほんと……?」
「ああ。必ず……必ずだ」
 華奢な妹の身体を抱きしめて、ネオは呟いた。半分は自分に言い聞かせるように。こんなイレギュラーの存在しない、「理想郷」があれば……。レイの事故以来、そんなことをずっと思ってきた。
 基本レイの世話はお手伝いがするが、出かけたときはネオが彼女の車椅子を押す。ショッピングに出て、「靴がほしい」とレイが言えばネオが履かせてやる。本来であれば活発なレイは自分からあれやこれやと選んで、服の試着や靴の試し履きをしていたのだ。だがネオに遠慮してか、「おにいちゃんが選んだのでいい」と言う。そんなとき、ネオは自分の心が空虚になっていくと感じるのだった。レイと自分と友人の藤本秀人と三人で過ごした頃は、もう戻ってこないのだと思い知らされる。

 レイが生まれて間もなく両親が死んだため、彼女は両親の顔も知らず、お手伝いに育てられた。ネオは両親の死により他人に心を開くことができなくなったが、レイは明るく素直に育った。そんな妹を羨み、そして愛おしんだ。
 足が治らないと言われても、レイは「運が悪かっただけ」と笑った。
 なぜ、妹がこんな目に遭わねばならなかったのだろう。人を憎むことも怒ることも知らぬ純粋な少女が。いびつに歪んだ心しか持ち合わせぬ自分ではなく、妹が未来を奪われてしまったのだろう。

***

「大丈夫だ、レイ……。もうすぐ、オレたちの理想郷は完成する。あらゆるバグを抹消(デリート)して、な」
 呟くネオの傍らには、黒い触手を持つ小柄なデジタルモンスターが不気味に笑っていた。
(了)

●Author's Note

サイト10周年を機に、滅多に見ない自分の過去デジモンファンフィクを読み返していたら、お恥ずかしいことにデジモンまた見たくなってしまった始末です(苦笑)。今02とVテイマー見てます……。Vテイマーに関しては、手元に単行本がない(Vジャンプ派だった)ので終わりのほうを覚えておらず、初見のようなワクワク加減で見ております(笑)。いや、当時から彩羽兄妹とヒデト(この話にはいないけど)の絡みが大好きで、この話も衝動的に書いてしまったのでした^^;

彩羽家が裕福な家庭なのは明かされてますが、親がいる様子がなかったので(単に仕事に行ってるだけかも^^;)兄妹二人と数人のお手伝いさんしかいない設定です。レイちゃんの事故前でもネオはとっつきにくい人物なので、両親が亡くなったのが遠因かなーと捏造。あ、展開によっては「血の繋がっていない兄妹」とかも…… ああっデリートされる!

2011.10.16

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