竿と手を繋ぎ、魚と握手する
 
 釣り竿だけではなくいろいろな分野で「握り」が作られ、形状も工夫されています。たいていは円断面なのですが、人間工学に基づいて不規則に膨らみを持たせたエルゴグリップを採用する製品が増えてきました。スキーポール、ゴルフクラブ、杖、自転車やバイクのグリップ、車のハンドルでさえエルゴグリップを採用している物があります。
 釣り具業界を観ると、ルアーロッドでは早くからエルゴグリップが採用されていますが、フライロッドとなると一部のショップメイドの商品や自作されている方を除いては殆どエルゴグリップを観ることはありません。
 
 
 何故フライロッドの殆どの商品がエルゴグリップではなく同芯円断面を持つグリップを採用しているのでしょうか?。
 
・グリップの握り方
 フライロッドの握り方は千差万別、同じ竿を使っていても人によって握り方は違うし、使う場所によって長く持ったり短く持ったりします。ファイト時にも対象魚のサイズが大きくファイト時間が長くなる場合など、持つ位置を変えたり右で持ったり左で持ったり握り変えることが多いのです。よって、グリップは断面が丸く同芯で細長い方ががいろいろな握り方に対応できるので好ましいのです。なによりも、いろいろな人が使用する竿を大量に作るメーカー側にしてみれば、旋盤で一気にグリグリ〜っと削れて、同じ形で多くの方が使用できればそれだけ生産効率もいいわけです。
 
 
・何故エルゴグリップなのか
 しかし、本当に同芯円断面のグリップで満足できる握り感が得られているのでしょうか?。
 現在出回っているグリップで主な形状はシガー、ハーフウェル、フルウェル、リッツでしょう。
 これらの形状はたしかにデザイン、生産性をうまく両立したすばらしい形状だと思います。しかし少なくとも私はこれらのグリップに対して若干の違和感を持ちながら使用しています。
 一方エルゴグリップは、ある決まった持ち方しかできないと言うデメリットもありますが、その決まった持ち方により通常の同芯円断面のグリップよりも遙かに高いパフォーマンスを発揮する場合があります。
 少し話題がそれますが、最近ロッドビルディングをされる方が増え、スパインがどうのこうのと言う話題が盛んにされています。しかしその話題の延長線にグリップに方向性を持たせるべき云々という情報は全く語られていません。そもそもスパインを気にするということは竿を曲げる方向を気にすると言うことですよね?、そうすれば当然握りにも方向性を持たせる必要があるのではないでしょうか。せっかくスパインを気にして組んだ竿も、握りが不安定で使っているうちに違う方向に曲げていたというのでは意味がありません。
 「竿を曲げる方向を決める」。そういう意味でも、エルゴグリップは威力を発揮するはずです。
 また、ファイト面ではどうでしょうか?。大型魚の急な走りに耐える際、同芯円断面ではどうしても握りが不安定になるのですが、エルゴグリップ特有の「人の手を握るような感覚」というのは非常に安心感があります。なによりも同芯円断面のグリップと比べ、掌が疲れないのです。また、グリップが濡れて滑りやすくなった場合でもしっかりと握っていられるのもエルゴグリップの利点です。
 そう、竿と手を繋ぐだけでなく魚と握手しているような感覚なのです。
 
 先にも書いたように、他の分野では積極的にエルゴグリップが採用されています。
 万人が使用する製品にでもエルゴグリップが採用されていると言うことは、最大公約数的な形状がある程度見えてきているはずです。にもかかわらずフライロッドにはエルゴグリップの風が吹きません。それは、フライロッドがコルクグリップにこだわっているからに他なりません。もしフライロッドがコルクグリップにこだわらず、樹脂製のグリップを採用していれば、フライロッドにも早くからエルゴグリップの風が吹いていたのではないでしょうか?
 
 さて、この市場になかなか出てこないフライロッド用のエルゴグリップ、某ショップでは手型を取ってそれを基にコルクを荒削りし、実際に握って貰いながら最終的な仕上げを行っているそうです。自分専用のワンオフグリップって何だかうらやましいですね〜。
 しかしここのグリップも単体で市販されることはまずありません。そうなるとますます欲しくなるのが人の性。でも欲しがるだけでは手に入りません。思い切って自作してみましょう。市場にないのなら自分で作ってしまえというのが、私の主義です。樹脂で大量に作っても売るあてがないので、コルクの一点物を作りましょう。どうせ自分が使う竿ですから、自分だけの一点物を作るのは苦になりません。
 
・どんなエルゴグリップが良いのか?
 他の業界のエルゴグリップを観てみましょう。
 自分が持っている道具から捜すと・・まずスキー用ポールがあります。昭和60年代初期に購入したエクセルの古いポールに樹脂製の偏芯された長三角形の型に革を被せたエルゴグリップが採用されていてました。数年後にはこれが改良されグリップの上端数cmを親指側に曲げ、グリップ下方には第5中手骨(小指の中手骨)が乗せられる突起が付きました。ノルディック複合で荻原兄弟が頭角を現し始めた頃には、ポールに対して直角に持つ異型なグリップが発売された時期もありましたが、現在はどのメーカーもコルクグリップを使うことが多くなり、形状もおとなしくなっています。それでもフライロッドのような同心円断面ではなく偏芯させてあり、ややエルゴて感じが残っています。なお、スキーポールのグリップが現在のおとなしいデザインに変化した理由にはストラップの進化が関係しており、決してエルゴグリップが有効でなかったわけではありません。
 他のエルゴグリップを捜してみましょう。車のハンドルとシフトノブがエルゴグリップです。ホームツールセットに入っている金槌の握りもエルゴグリップです。
 他にもいろいろとありますが、我が家で観ることのできるエルゴグリップの中でも究極のエルゴグリップといえるのは魚市場で使用する手鍵です。この握りは数Kg〜十数Kgの重量物を操る上で非常に便利がよい物です。人間工学という学問もエルゴグリップという言葉もなかった時代から使われていた道具に既に人間工学が取り入れられていたのです。すごいですね〜。
 話がやや逸れてしまいましたが、これらのエルゴグリップには共通する要素があります。どれも握る方向が決まっており、楕円断面で、しかも偏芯しているのです。また、普段は軽く、必要に応じて強く、かつ意志に反した滑りが許されないという性能が要求される車のハンドルには指の間隔に合わせたでこぼこが施されています。
 これぞフライロッドに使うエルゴグリップに求められる性能ではないでしょうか?。
 では実際に作ってみましょう。
 
・市販のグリップを改造する
 いきなり蛇足ですが、シガータイプのグリップが付いた竿を使う釣りではまずエルゴグリップの恩恵に感動する場面はないでしょう。それでもやってみたいという方は無理には止めません。しかし細めのシガーをエルゴに改造するとなると、細くなりすぎてしまうため、かえって握りにくくなるかもしれませんね。リバースドハーフウェルも同様です。よってフルウェル、ハーフウェルそしてリッツタイプグリップの改造を、しかも太めのグリップが付いている竿での改造をお勧めします。海外で生産・販売されているフライロッドは日本人の手には大きすぎるグリップが付けられていることが多いのですが、こういう竿はエルゴグリップに改造するのにもってこいだということです。
 作業は簡単!グリップの左右をちょっとだけフラットに削るだけです。これだけで掌の中でのグリップの回転やずれが起こりにくくなります。大物釣りに使う場合はグリップの腹側(ガイドが付く方の面側)に指の間隔に合わせてちょっとだけでこぼこを作りましょう。しかしこれも程々にしないと握りにくくなってしまいます。
 
・ワンオフで作る
 これこそ至高のエルゴグリップです。竿と手を繋ぎ、魚と握手する感覚を手に入れるためにはにはこれしかありません。
 作成に先立ってまず粘土を使って手の握り型を取ります。ここで気をつけなければならないのは、利き腕だけで型どりをするのではなく、左右で持ち替えながら徐々に絞り込んでいくということです。これで、左右持ち替えても違和感なく握れるグリップの型が作れます。
 型どりにはなるべく体積変化の少ない粘土を使いましょう。また最近はいろいろな色の粘土が売られていますが茶色は止めた方が良いです。私はうかつにも茶色を買ってしまい、色といい感触と言い、、、、ウ**握ってるような・・・・ぅえ!。
 型が取れたらよく観察しましょう。私が取った型は観る方向によってリッツとフルウェルをごっちゃにして誰かに踏まれたような形になりました。。。そう、誰かに踏まれたウン*のような・・・・ぅえ!。
 ウンコネタはこの辺にして、じっくり観察してみましょう。臭いはにおわなくていいです。まず断面が丸でなく三角形に近い弾頭型の断面を持っていることに気づくでしょう。また、人差し指側は横長につぶれ、小指側が縦長につぶれ、これが複雑な形で変化しながら繋がっています。横から見るとやや「への字」に湾曲しています。とても旋盤でグリグリ〜っと削って作れる物ではありません。また、この型をそのままグリップ形状にするにはちょっと無理があることにも気づくでしょう。そう、これが作れる太さのコルクリングってなかなか入手できないのです。よって、必要な要素を取り出して30m〜32mm径のコルクリングで作れる形にデザインし直します。うまくデザインし直せば、旋盤での作成も可能になります(四爪チャック等で偏芯させ、何度か掴み直す必要がありますが・・・)が、手作業で削ったほうが愛着がこもりますし、フィッティングもいいですね。何と言っても今のご時世、騒音がないのが一番です。
 型が決まったらあとはコルクリングを繋げて接着し、ひたすら削るだけです。
 コツは、一気に削らずに何度も左右の手で握って感触を確認しながら少しずつ作業すること。これにつきます。ルーターを使うと作業性は良いのですが削りすぎる嫌いがあります。丸鑢と平鑢でコツコツとやる方が失敗がないでしょう。最後に水をかけながら耐水ペーパーで全体を磨いて仕上げます。
 
 さあ、お気に入りのエルゴグリップができましたでしょうか?
 自作のエルゴグリップは観ているだけでうっとりしますね。竿に付いていなくても、グリップを握っているだけで、まるで恋人と手を繋いでいるような幸せな気持ちになれませんか?
 
 
20060206:up
 
 
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