比例中項としての政府
比例中項としての政府

学生:ルソーは、政府とは何かを論じた第3篇第1章の冒頭で、「読者に断わっておくが、この章は落ち着いて読んでいただきたい。注意を払おうとしない読者にわからせるすべを、私は知らないからである」(87頁)と警告していますが、比例を使った以下の説明には、正直言って、落ち着いて注意を払う気力が持てませんでした。訳注での説明はあるのですが、やはり、よくわかりませんでした。
政府のなかには、さまざまな中間的な力があり、その諸関係が、全体と全体との関係、すなわち主権者と国家との関係を形づくっている。この後者の関係は、連比の両外項の関係としてあらわすことができ、その比例中項が政府である。政府は主権者から命令を受け取り、それを人民に与える。そこで、国家を均衡のとれた状態に置くためには、他の諸力がすべて相殺され合うと仮定した場合、政府そのものの平方または二乗と、一面では主権者であり、他面では臣民である市民の平方または二乗とが、等しい状態に置かれなければならない。(第3篇第1章、89-90頁:p.254)
教師:私たちのような文系頭(あたま)の人間は、主権者=Sといった略号は使わない方がよいようです。というわけで、言葉でルソーの言っている連比を示してみましょう。
主権者:政府=政府:国家
内側の2項を乗じたものと、外側の2項を乗じたものは、等しくなりますから、
政府×政府=主権者×国家
政府=√主権者×国家 (±は今の場合は不要ですね)
ここまでは簡単ですが、この先で注意が必要になります。国家は、ルソーの場合、組織や機構ではなく、臣民全体の集合体でしたね。臣民全体の集合体は、見方を変えれば、主権者団体でもあります。
 しかし、ここで扱っている数式では、国家のところに構成員の実際の数値を入れません。そうではなくて、一つのまとまりとして見て、1を代入するのです。「臣民としてはいつも一単位なのであるから」(91頁)です。主権者の方は人数を入れることになっています。すると
政府=√主権者×国家  → 政府=√主権者×1
要するに 政府=√主権者 となります。
学生:なるほど、それでルソーは、「この理論をあざわらい、その比例中項なるものを見いだして政府という団体を形成するには、君によれば、人民の数の平方根を出しさえすればよいわけだね、などと言う人があったとすれば」(92頁)と言っているわけですね。 教師:そうです。他にもいろいろな要因が影響することは自分でもわかっているとルソーは言うのですが、ひとまず、上の数式で行けば、主権者(人民)の数が2倍になると、政府の大きさは、√2倍=1.4142……倍になる必要がある、ということになります。 学生:やはり、スキップしてもよかった議論でしたね。でも、せっかくの機会なので、先生には申し訳ありませんが、もう一つの算術的議論についても教えていただけたらと思います。
政府は、それを含む大きな政治体の縮図である。それは、いくつかの特定の能力を授けられた精神的人格であり、主権者のように能動的でもあれば、国家のように受動的でもあって、これをさらに、同じようないくつかの比に分解することができる。その結果、そこから一つの新しい比例が生まれ、その比例のなかに役所の順位に従って、さらに他の比例が生まれる。こうしてついには、分割できない一つの比例中項、すなわちただ一人の首長あるいは最高行政官に達するが、彼は、この縮小してゆく模様の中心に位置し、分数級数と整数級数とのあいだの〔比例中項の〕単位としてあらわすことができる。(第3篇第1章、92-93頁:p.257)
連比ならまだついて行けそうですが、分数級数と整数級数となると完全にアウトです。等比級数の話みたいですが。
教師:この部分にも訳注がついていますが、訳注の説明はよく理解できませんでした。なんとかわかる範囲で考えてみますね。まず、次のような連比を出発点にします。
政府構成員の総数:首長・最高行政官=首長・最高行政官:構成員1人あたりの権力の大きさ
内側の2項を乗じたものと、外側の2項を乗じたものは、等しくなりますから、
(首長・最高行政官)の2乗=政府構成員の総数×構成員1人あたりの権力の大きさ
構成員1人あたりの権力の大きさに注目したいので、これを左辺に移し、他の項は右辺にまとめます。
首長あるいは最高行政官は、ふつうは1名でしょうから、右辺の分子は1になります。
政府の頂点は1名、その直下の組織は10名、さらにその下は10部署×10名=100名 …… とすると、構成員1人あたりの権力の大きさは、
1、1/10、1/100 …… という分数の級数(=分数級数)になります。
順序を逆にすると、最後が首長あるいは最高行政官で、分数ではなく整数の1=「分割できない一つの比例中項」ということになるのだと思います。
 他方、政府構成員の人数を並べると、整数の級数(=整数級数)になります。
1、10、100 ……
これら二系統の数字の並びを大きさ順で結合すると、中間点に1、つまり、首長あるいは最高行政官が位置することになります。
……100、10、【1】、1/10、1/100 ……
「彼は、この縮小してゆく模様の中心に位置し、分数級数と整数級数とのあいだの〔比例中項の〕単位」というのは、このことを指していると考えられます。
 要するに、早い話が、政府が大きくなって組織が重層的になってくると、その分だけ、統制が必要になる段階も増加し、また、権力・権限の大きさは階層の下になるほど小さくなる、というイメージが湧けばよいのだと思います。
学生:ありがとうございます。最後に言っていただいた点のイメージは、ちゃんと湧きました。