ヨーロッパの印象と日本の将来への懸念 


 先の旅行でヨーロッパ人の考え方や生活習慣に直接ふれることができ、日本の現状と比較し大きな違いがあることを実感致しました。 主な内容を以下にご紹介します。

*自己責任を重んじた社会
 先ず最初にヨーロッパ社会は伝統を重んずる成熟した「大人の社会」といった印象を強く受けました。 例えば交通機関にしても駅やホームに改札口も無く、料金支払いは車内で利用者の自己申告によって行われておりました。
 また、日本の駅や車内放送にみられるような過剰なサービスが行われておらず、各人の自己責任において行動するよう習慣づけられているように思いました。
 自己責任を重んずる別の例として、スイス国内で毎年30人前後の人々がアルプス氷河でクレパスに落ちたりして行方不明になっていると聞いて驚きましたが、さしずめ日本ならば直ちに立入禁止などの行政措置がとられるかと思います。 しかしスイスでは個人の自己責任の問題とみなされ行政当局の介入などは一切行われていないとのことでした。
 このことがおのずと人々に自己責任で行動する習慣を育て、結果として社会全体の行政コスト低減にも寄与しているように思いました。

*余裕のある生活態度
 スイスの国土は九州とほぼ同程度で総人口が約700万人と人口密度が低いため、チューリッヒやジュネーブなどの都会は別として地方の町では人もまばらで交通渋滞などは全く見られませんでした。
 そのためか人々は実にゆったりとした豊かな生活を送っているように見受けられました。 例えば駅で手荷物の輸送手続きを行った際に、窓口に十人以上も並んでいて前の人の処理に20分以上も掛かったこともありましたが、誰ひとりとして苦情を言う人もなく、整然として自分の番が来るのを待っている姿に感心しました。
 また、日常生活の中で休息時間が制度として定着し、徹底されているいることにも驚きました。 日曜日には商店街がすべて休業し、町の中は火が消えたような静けさになり、平日においてもレストランを除く全ての商店や一部公共施設も正午から午後1時15分まで一斉に昼休みを励行ししておりました。 更にイタリヤ領においては午後3時15分までの昼休みとなっておりました。
 この制度は一部交通機関にも及んでおり、ケーブルカーの休止で下山予定時間がずれて困ったこともありましたが、このことをあらかじめ知っていたならば回避出来たかと思います。

*社会道徳の充実
 観光立国を目指すスイスだけあって駅や交通機関の施設はもとより、手荷物輸送などの各種のサービスシステムが充実していることに羨ましく思いました。 また、人々も親切で老人や外国人が困っているのを見るとごく自然に近づいて援助の手を差しのべる中・高校生や若者の姿に感動を覚えました。
 マッターホルンにほど近いツェルマットの町での体験ですが、宿泊予定のユースホステルに行く途中のこと、その場所は高台にあってタクシー(電気自動車)が近づけず、重いスーツケースを携えたまま坂下の遙か手前で降ろされてしまいました。 宿に辿り着くためには其処から100m以上も急な坂道を登らねばならず、われわれ高齢者にとってはまさに難行苦行の道程でした。
 仕方なく意を決して運びはじめた頃に、散歩途中と思われる現地の青年二人が通りかかり、われわれの重い荷物を宿の入口まで運び上げてくれました。 すっかり感激してお礼を言うと当然のことをしたかのような面もちで笑顔を残しながら去って行きました。
 この様子をユースホステルの中庭でベンチに腰を下ろながら眺めていた数人の学生風日本人青年がおりましたが、彼らは全く無関心を装っておりました。 また、ユースホステル内でも宿泊客の半数近くが日本人の若者(多くは学生)でしたが、彼らのマナーの悪さが目立ち、先の二人の青年の行為を思い浮かべながら同じ日本人として恥ずかしいやら情けない思いを禁じ得ませんでした。

*国への強い帰属意識

 スイス国内では何処へ行っても国旗が掲げられているのを目にし、人々の国家への帰属意識の強さを感じました。 町の商店街が華やかに国旗で彩られているのはともかくとして、ホテルや主な公共建物の屋上には国旗と州旗が常に掲げられている情景は、現代の日本とは大きな違いであることを実感した次第です。
 特に意外に感じたのはスイスの軍備のことでした。 全世界の中で永世中立国として知られるスイスですが、自衛のための軍備には相当に力を入れているといった印象を強く受けました。 各地を旅行していると軍の施設や軍用車両なども多く散見され、山に登っていてもスイス空軍の新鋭ジェット戦闘機の編隊が眼下の谷間を縫うように飛んでいく訓練風景にもしばしば遭遇しました。
 また、徴兵制度も敷かれ若者に一定期間の入隊を義務づけているとのことでしたか、彼らには週末休暇を家で過ごすことも認められているようで、週末に電車を利用して帰省する軍人の姿が多く見られました。
 驚いたことに帰省する彼らは、迷彩色の軍服を着用し軍規格のカバンを持ち、なかには自動小銃まで携行している者もいて日本では到底見られない光景でした。 しかも一等車で多く見られたことから彼らには一等車の利用も認められているらしく、国防を任務とする軍人に対するこの国の優遇策の一面を垣間見ることが出来ました。

*しつけ教育の徹底
 現地の青少年の行動を見ていると、幼・少年期を含め若年層に対する躾教育が実に良く行き届いていることが実感されます。 電車やバスの中では、中・高校生が老人や子供にごく当たり前のように席を譲る姿が多く見られました。
 また、行楽シーズンだったためか、各地で小学生や幼稚園児の団体旅行によく出会いました。 彼らは電車やバスを待っている間に友達同士でふざけあったり騒いだりしている様子は日本の小学生などと変わりませんが、ひとたび先生やリーダーが声を掛けると一斉に静かになり、注目して話を聞いている姿が印象的でした。
 一方、スイス各地を旅行してみても日本のように暴走行為をする若者を目にすることもなく、交通ルールも良く守られているように思いました。 さらに前述したように徴兵制度によって教育された20歳前後の若い軍人の帰省風景を眺めていると、礼儀正しさや生き生きとした表情が感じられ、青少年期のしつけ教育の重要性を実感した次第です。
 余談になりますがスイスでは人間に限らず、生活を共にするペットのしつけ教育も行き届いていることに驚きました。 スイスでは交通機関はもとより、一部レストランやスーパーマーケットなどへ愛犬を同行させることが認められており、旅行中に電車や観光船の中でセントバーナードのような大形犬と席を隣り合わせたこともしばしばありました。 交通機関の利用に際しては、別途にペットのための料金が必要とのことでしたが、電車の中での犬は座席を使用せず、主人の傍らでおとなしく座り、他人に恐怖感を与えたり、ペット同士で喧嘩したりする行動は決してしませんでした。
 また、レストランに犬を同行しテラスで食事している光景を見ましたが、決して食事の妨げになることもなく、主人の脇でじっと座って待っている姿にけなげささえ感じました。
 このようにスイスでは人間だけでなくペットにも社会生活の厳しい躾が徹底されていることに強い驚きを覚えました。

*節度をもった商業活動
 繁華街や商店街を歩いてみて感じたことは、華やかな宣伝広告や商店の呼び込みなどはなく、実に静かな雰囲気に包まれていたことでした。  驚いたことには、全国各地に散在するレストランや土産物店において、値段が殆ど同じであることでした。 例えば、町の真ん中と海抜3000m以上の山頂レストランでも値段が殆ど変わらないことで、昔に富士登山で味わった日本での経験を思い浮かべて両国の商業道徳に大きな差を感じました。 さらに日本に比べレストランや食料品などの値段が格段に安く、とりわけレストランや飲食店では明瞭会計が励行され、日本で最近話題になっているような「ぼったくり・・・」のような風潮は全くみられませんでした。
 そのためか地元の人々も気軽に利用しているようで、毎晩ホテルのレストランに付近のお年寄達が普段着姿のまま集まり、ワインやコーヒーを飲みながら楽しそうにお喋りやカードゲームに興じている姿が見られました。
 スイス国内ではホテルやレストランは山地や辺境な田舎にも存在し、その数の多さに驚かされますが、それぞれに経営が成り立っているのは誰でも気軽に利用できる環境を自ら造り上げて来た結果ではないかと素人なりに納得した次第でした。

*国土利用と環境への配慮
 スイス国土の特徴は、日本の九州程の面積に海抜4000mを超える山々が合わせて39峰も聳える典型的な山国ですが、環境を重視しながら国土を最大限に利用している点に強い印象を受けました。 もちろん平地は少なく耕地も僅かですが草地が多く、海抜3000m近くの土地までも牛や羊の放牧に利用されているのに驚きました。 また、国土資源の有効利用の点からも地方では生活燃料や暖房に地元で採取した薪が利用され、冬を前にして家々の軒先にうず高く積まれている光景を目にしました。
 一方、環境保全にも力が注がれており、海抜2000m近くにあるツェルマットやミューレンなどの町では、一般のガソリン車やディーゼル車の乗り入れが禁止され、町内の交通には電気自動車が主役を果たしておりました。
 また、消費生活の中でも極力ゴミを出さない工夫が随所にみられ、生産者と消費者が協力してゴミの軽減化に取り組んでいる姿勢が窺われました。 家庭ゴミの収集も有料で行われているようで、首都ベルンの街角での光景ですが、ゴミ収集場所に出されているゴミ袋には、提出者の「氏名と住所」、「ゴミの量」(重量ではなく容積)および「費用」(定められた算定法によって各人で算定し自己申告したものと思われる)も記入されているのに驚くとともに冒頭の「自己責任社会」の実践を再認識した次第であります。

 以上、思い付くままに今回のヨーロッパ(スイス)滞在中に感じた印象をご紹介させていただきましたが、ご判読いただければ幸いに存じます。
 最後に、独断と偏見かも知れませんが、ヨーロッパと日本の現状を比較して次の点において我が国の将来に強い危機感を覚えた次第です。

   1.日本社会全体に自己責任意識が低く、社会道徳が育っていない。
  とりわけ現代の若年層の行動に危うさを感じる。
 2.政府や行政機関の必要以上のサービスにより社会全体に甘えの構造を助長している。
  このことが結果としてコストの上昇を招いているように思う。
 3.国全体として精神的バックボーンがなく、独立国としての国防意識と社会正義に欠け
  ている。
 4.米国式の効率性や使い捨て文化が浸透し、日本古来の伝統文化が失われつつある。

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