11月28日  もう大丈夫。
 イヤカンチケが落選してから、どん底に落ち込んでいた。
でも、復活した。

 私が苦しんだのは、チケットが外れたからというより、
西川君を信じられなくなってしまったから。
『こんなに強くあなたを求める、私達の思いがわからないのか。
分かっていて、無視するのか』
と。チケットのことだけなら、「一般発売がんばろう」と
元気もだせるが、生まれてしまった疑念をはらせない内は、
浮上しようもない。

 「待っていて」と言われたから、いいこで待ってたよ。
リリースもライブも予定が立たない、先の見えない不安の中で我慢してた。
そして、ずっと、この長い沈黙が破られるライブには絶対参加したいと思っていた。
西川君と私達の、溜まりにたまった想いが開放される瞬間は、鳥肌が立つほど凄まじいものになるだろう。

 その沈黙を破るライブを、なぜこんな小さいキャパの会場でやる!?

 ライブの通知に、みんなどれだけ驚喜した事か。
やっとやっとやっとライブだ!と。
一方で、参加できる人の少なさに、心臓が痛くなった。
 みんなが渇望していた「新生西川」を見せる復活の場に、
ごく一部の人たちだけ参加させ、喜びの輪から外れてしまった人たちは
切り捨ててしまうのかと思うと、たまらなかった。
何らかの事情で、大きい会場が取れないなら、
取れるようになるまでやらなければいいと思った。


 封印の時、
「『疑わない関係』でありたい」
と西川君は言い、私は、疑うことなどありえないと思っていた。
それが、初めて彼の私達への気持ちを疑ってしまった。信じる根拠を見失った。
西川君に裏切られたような、切り捨てられたような気がしてしまい、そんなことを感じることがつらくて、涙が止まらなかった。かといって、「惚れた弱みだ、仕方ない」と無条件に目をつぶるのもいやだった。

 そうする内、数人の方からメールをいただいた。励ましのメール。
嬉しかった。温かく、ありがたかった。
そして、私に新たな考え方のヒントを色々教えてくれた。

> ター坊にとって今回のライブは再出発の記念すべき
> ライブじゃあないと思う。

こう言っていただいて、ああ、そうかと思った。
 これは爆発の本番じゃない。本番までの、息継ぎみたいなものだと思えば、例年のカウントダウンのように、参加できない方が普通と考えることもできる。すこし心が軽くなった。

 そして、色々考えた末、思い至ったのは
「愛があっても、全て相手の願い通りに行動することはできない」
という、当たり前の事。自分の希望をくみ取ってくれないからと言って、
愛されていないとは限らない。
 ましてや西川君は、人につくすべき宗教者ではなく、アーティスト=芸術家・創造者なのだから、「こういうスタイルでやりたい」と思ったら、決して譲れないものがあるだろう。TMR-eのプレミアツアーの時でも、キャパが少なくて、沢山の人が泣いた。でも彼は自分のやりたい方法でやった。
 だったら、仕方ない。アーティストが自分の思い通りのやり方をするのを否定することはできない。私の勝手な解釈だが、こういう方向で割り切ることにした。
 
 西川君は今年の初めから、カウントダウンやればよかったって言ってた。西川君としては
「本格始動とは別に、カウントダウンをやりたい。やるならライブハウスで」
という意志があるのだろう。実際、昨夜、ANNSでもそんなことを言っていた。年に一度はライブハウスでって。私達の側の盛り上がりは別として、やはり、西川君にとっては
「これが新生西川貴教だ!」
と見せるライブではないんだ。なら、本当の本番を、希望を持って待っていよう。

 とはいえ、今回のライブもあきらめたわけではないので、難しいかもしれないけど、最後まであきらめず、探してみるつもり。でも、ダメでも耐えられそうな心境になった。

 だけど、西川くぅん、「チケットはもうない」なんて言うなよお…。
イヤカン初参加、できるといいなあ。