「殿村先輩、これで本当に卒業ですね」
感慨深げに、そして若干恨みがましく
上塚まりも(うえつか・−)が(殿村の耳に聞こえるよう)つぶやき、殿村は「いやはや、あっはっは」と笑って誤魔化そうとした。
確かに
殿村功一(とのむら・こういち)は全国レベルではないものの、長身で2枚目のスポーツマン。性格は陽気なしっかりもので仲間からの信頼も厚い。しかし、実際のところ、成績は常に最下位すれすれ。3年生の前半は欠席も多く、補習補習でなんとかやっと卒業にこぎ着けたというわけだ。当然、デートする暇などあるわけがない。
「これからは一緒に映画や水族館に行けますか?」
ちょっと上目遣いに殿村の顔を見る。そのとき、
「殿村くん、ソツギョーおめでとー!」
「詰め襟もなかなかカッコいいじゃん☆
気がつくと数人の女性が駆け寄ってきた。父母とか父兄とかいうにはちょっと若く、どちらかというと「姉」みたいな女性たち。ちょっと香水の匂いが強くて化粧が濃かったりする。
「……誰?」
「あ、う〜ん……」
口ごもる殿村とまりもの会話を気にすることもなく、女たちは手にした花束を殿村に押しつけた。
「こーちゃん、いきなりバイトやめちゃったから、寂しかったよ!」
「あいさつくらいしていきなよ」
その声を聞きながら、まりもは無表情で頷いた。
「バイト先のおねーさんだべや」
殿村の顔は見る見る青ざめ、汗がだらだらと流れ始める。まるで高速カメラの映像でも見るようだ。
そんな2人の間を気にした様子もなく、お姉さん方は殿村のほっぺたをちょんちょんとつついたり、投げキッスしたり、それなりに気をつかっているようでもあり使っていないようでもあり。
「長居して先公にみつかるとヤバイから、これでいくね」
「今度はお客さんで来てね、サービスするから☆」
ぶんぶんと手を振りながらお姉さんたちは去り、まりももむっつりしたまま立ち去った。
「お、おい、まりも! どうしたんだよ!?」
「……なんもさ」
「おーい、まりもさーん……」
振り返りもしないでスタスタ歩く。
あとにはただ殿村だけが取り残された。
★
店のガラス窓を誰かがこつこつと叩いていた。
何倍めかのアメリカンコーヒーを飲み干そうとしていた秋山は、見知った顔を見つけ、眉をひそめた。
会いたくない相手ではないのだが、今日、この時間にここで遇うべき人物ではなかったのだ。
愛想のない男は、まったくもって不似合いな花束を持ったまま、つかつかと店内に入ってきた。
「卒業、おめでとうございます」
「……式典はどうした、松平?」
しかめ面で花束を受け取りながら、秋山は後輩に訊ねた。
「先輩方に花束を贈るのも卒業式の一部です。でも秋山先輩は、今日は欠席らしいということでしたので」
「よく見つけたな……」
呆れたようにいいながら、花束を隣の席に置く。
「御礼参りが怖くないなら、コーヒーでも飲んでくか? それくらいおごってやるぞ」
「謝恩会までには戻らないといけないので、30分ほどでよろしければ」
そこで秋山は大きく笑い、松平残九郎を座らせた。
「良い度胸だね。酒を酌み交わせないのは残念だが、まあよかろう」
窓際の席で、2人はのんびりとコーヒーを楽しんだ。ガラの悪そうな若者が何人か前を通りかかったが、この光景を目にするやいずれも踵を返して二度と姿を見せなかった。
君子危うきに近寄らず……それくらいはこの3年間で学習していたとみえる。
★
生徒会主催の謝恩会まで1時間ほどあるということで、いったん懐かしの教室に戻る者も多かったが、部室で卒業生と在校生が過ごす部も少なくない。
猫屋敷にも三々五々に部員が集結していた。
しかし今日で郷土史研もごっそりメンバーが抜ける。赤武祭で大きな成果を挙げ、なんとか新入部員勧誘の原動力にしたかったが、それも叶わなかった。展示発表そのものの評判は良かったけれど、社会科教諭に好評でも部員は増えないのだ。ちょっとばかしエンドレスワルツに力を注ぎすぎたかも知れない。
「まあ、あの千年部長も無事卒業ということで……」
真壁衛(まかべ・まもる)や後輩たちは戌井利政のねぐらがあった一角に目をやった。この1週間できれいに片づけられ、隠者の庵を彷彿とさせた痕跡はもう残っていない。それぞれの記憶にのみ留められているだけだ。
「戌井は卒業式が終わるなり消えてしまったんで……、まあ、私から後輩へ!」
そういって衛はごそごそと手提げ袋から年季の入った紙袋を取り出した。ありきたりの本屋の袋だが、「別冊マーガレット・河あきら『錆びたナイフ』」とか聞いた覚えのないマンガの宣伝が載っていたりする。
代表して受け取った出羽誠二郎はおそるおそる中身を取り出した。
やたらと分厚い書籍だった。『赤武史研究序説』と題がつけられているが、自費出版本のようだ。図版も豊富だが、虫食いも激しい。
「出羽なら好きそうだから、せいぜい活用してやってよ。まあ、まともに記述を信じると、竜宮城も蓬莱島も邪馬台国もニライカナイもみんな赤武にあるらしいから☆」
ぱらぱらと読めない箇所の多い本をめくる巨漢の新部長は、そのトンデモさ加減に納得した。たまたま開いた頁ですら、蛇子連には古代文明のピラミッドが埋まっているという記事が載っていているのだ(もう削られて工場になっているけどな)。
「この本があれば、郷土史研はあと10年は戦えます」
その言葉に、衛は満足げに頷いた。
「これもおまけにつけてあげよう」
「いえ、それはけっこうです」
速攻で断られ、ヘビとナメクジのハンドパペットを手に、衛はしょぼんとした。
★
「おめでと、義姉さん」
周囲に誰もいないのを確認して、ぶっきらぼうに
遠見治司(とおみ・こうじ)はお祝いを伝えた。
「ありがとうね」
ミランダ・ミラーも今日ばかりは眠たそうにはしていなかった。服装も薄汚れた白衣のままではなく、アイロンのきいた制服で、髪も丁寧に梳かれている。そりゃ卒業式だもの。
「おねーちゃーん!」
桜並木の向こうから声がした。
妹たちだ。ロザリンド、コーデリア、ジュリエット、ティターニア、アリエル。父親がいた。母親がいた。そしてミランダの娘のベリンダとオフェーリアの双子姉妹を両手に抱いた夫がいた。
「あなた!」
「アニキは嫁さんをほったらかしにしすぎなんだよ!!」
遠見治司は怒ったように言い放ち、それを聞いてロザリーたちは笑い、遠見直人は困ったように頭をかいた。
★
湯沸かしポットが蒸気をたてている。
北条真子(ほうじょう・まこ)と
夢宮菊花(ゆめみや・きっか)は図書館の準備室にいた。他には誰もいない。ただ、窓の向こうの受付ブース内にHPLが座っているだけだ。田丸明子以下、図書委員は謝恩会の手伝いに動員されており、まあ、3年生だけ3人、ここに居座っている。
「正直、腹が立ったこともあったわ。あなたが無闇に憎らしかった。人が我慢していること、隠していることをことさらに暴き立て、煽り……」
「まるで極悪人ですわね」
「極悪人よ」
そう断言しながら尼将軍は菊花の差し出したティーカップを受け取った。リンゴの甘い香りが漂ってくる。
「でも、その極悪人に感謝しているわけよ。この北条真子としてはね」
その言葉に、日本人形のような少女は微笑みだけで応えた。紅茶クッキー、イチゴマシュマロ、ミルクキャンディーを盛り合わせた菓子皿を差し出した。色鮮やかで可愛い。それも菊花の手作りだった。
「麻希も有望。流行ものに走りたがるところはどうかと思うけれど、それは仕方がないわね」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、クッキーを1つ小さくかじる。そして真子はくいと顔を上げた。
「あのアゴ男も呼んできましょうよ」
「HPLですか?……尼将軍の仰せのままに」
静かに立ち上がると、菊花は準備室と開架室の境のドアを開け、青白い図書委員を招き入れた。
「やつがれごときを茶話の席にお招き頂き恐悦至極に存じます」
「さっさとお座りなさい、ハワード」
ぴしゃりというと、真子は新たに取り出したカップにお茶を注いだ。
菊花が折りたたみ椅子を持ち出してきて、自分はそこに座った。暖かい春の日差しがレースのカーテンごしに差し込んでくる。
HPLが紅茶クッキーをつまみ口に運ぶ。紅茶。そしてイチゴマシュマロ。紅茶。ミルクキャンディーを口に含ませる。そんな様子を愉しそうに見ていた真子は、カップをテーブルに置いた。
「菊花。この際、はっきりいわせてもらうけれど、あなた、お菓子作りは下手ね」
その言葉に、HPLがぽんっと手を打った。
「そうでしたか!! 実は先ほどから、自分の舌が機能不全に陥ったかと心配しておったのです」
「ええ。あなたの舌のせいじゃないわ。お菓子の方がちょっとユニークなだけ」
辛辣な批評に、ちょっと哀しそうな表情を見せる菊花。
「1つくらいは上手くいくかと思ったんですけど」
「サムエル・クレメンスが言っているわ。『玉子を1つの籠に盛るバカ。分けて盛って注意力を分散するバカ』ってね」
慣れないうちは何事も一事に集中した方が良いということだ。しかしすぐに真子はハハハと笑って立ち上がった。
「今度、ちゃんとしたクッキーの焼き方を教えてあげるわ。私が人並みに出来るのは、お芝居だけじゃないのよ」
そういうと、時計を見て謝恩会がそろそろ始まる時間と見て取った。
「さあ、いきましょう」
「わたし、ここの片づけをしていきますから、お先に」
なら手伝うという真子の言葉を菊花はすぐ済むからと断った。
「すぐに来なさいよ」
「はい」
手提げカバンを手にすたすたと出て行く北条真子。歩く姿はなかなか凛々しい。
「夢宮菊花。これが望んだ光景かな」
続けて部屋を出かけていたHPLが戸口で足を止め、まだ静かにテーブルについたままの菊花を見た。
その言葉に菊花は頷く。
「過去に思いを馳せながらも、ときには自ら変化し、また変化に適応しながら歩み続けるのが人間であるし、偉大なる絶対神でない身であれば、歩みを止めれば滅びが待つだけであろう」
「あなたは去るのね」
「貴方は残るのだね」
2人は静かに笑った。
「やよ忘るな」
「いざさらば」
そして誰もいなくなった。
★
同じクラスのミランダと記念写真でもと思ったアイリーンだったが、探してみればミラー一族は歓談の真最中。さしものアイリーンもこの集団には近寄るのをためらわせるものがあった。
しかし
坂本歩(さかもと・あゆむ)を怯ませるものではなかった。
「ミランダ先輩、写真をお願いできますか?」
「いいわよ」
気軽に尋ねて気軽にOKをもらう。もちろん、それは歩自身のためでなく、写真部の仕事だからできることだ。
「アイリーン先輩、どうぞ」
そういいながら管弦楽部のうるさ方を金髪の群れへと押しやった。
「はーい、こっち見てください☆……ク・ラッ・カー!!……はい、もう1枚お願いします……チーズっ!……ありがとうございます」
歩の手には手に入れたばかりの古いカメラがある。今までに貯めたお年玉と年末年始にいそしんだバイト代の結晶だ。技術の進歩と普及の早さで、デジカメもノートPCも中古市場の値崩れが早い。そしてデジカメの普及のあおりをくらって中古一眼レフも下降線。ショップには気の毒な話だけれど、おかげで歩は一眼レフからデジカメまで一式揃えることができた。最新式ではないが、今は十分。

ドドンドドドと太鼓の音が遠くから響いてくる。
どうやら謝恩会が始まったようだ。
「みなさん、邦楽部の連太鼓ですよ。謝恩会が始まりますので、会場の方へどうぞ☆」
そういって、ミランダやアイリーンたちに体育館の方を指し示す。ゆっくりとぞろぞろと一団が動き始めた。
「さあて、お二人さんの塩梅はいかがかな」
そう呟くと、歩も彼らの後に続いた。同じ写真部の御堂流香と二木輪は今頃、会場の方でペアで動いている。さぞかし騒々しいことだろうが、それもまた楽しい。それに、きっかけを積み上げていけばそのうちにきっと……もっと楽しい事態に陥るかもしれない。
「焼き増しできました!」
「ほな……アホたれ!」
パカターンの二木の後頭部を流香のハリセンが強襲する。
「端っこが切れ取るやないか! ちゃんと考えて焼きつけせーっ!」
「だって、これデジカメの分ですが」
「だったら、ちゃんとトリミングせーっ!!」
パコターン!!ともう一度ハリセンでどつかれると、背中に蹴りが入った。
「やり直しやーっ! ついでにコントラストも調整して、顔に影がかかった分もなんとかせい!」
厳しい師弟関係というか、どつき漫才というか、ともかく歩が期待したような関係とはかなり隔たりがあるようだった。
★
巨大な和太鼓を中心に、幾つもの太鼓が並ぶ。邦楽部有志&卒業生による「赤武太鼓」セッションだ。
これだけの太鼓が一斉に打たれると、それはもはや「音楽」の領域を超えている。「衝撃波」だ。リズミカルなドドンドドドンという空気の波動が身体の根幹から揺さぶり高揚させるのだ。
連打連打に疲れを見せることのない
若槻瑞穂(わかつき・みずほ)の額からも、玉のような汗がしたたり落ちている。
★
「京子先輩」
「面白いネタは拾えて?」
浅木京(あさぎ・けい)から花束を受け取った
鈴木京子(すずき・きょうこ)はにっこり微笑み、京は前部長の問いかけに頷いて答えた。
今の3年生にはさんざん新聞記事のネタにさせてもらい、おいしい思いをさせてもらったものだ。今回は卒業式の準備とか謝恩会の司会とか、あれこれ手伝いもした。気持ちとしては、御礼奉公が半分、取材が半分。
「ゴシップだけの新聞部ではありません。在校生の隠れた努力を後に残すのも新聞部の役目のひとつですから」
「あら、ゴシップ記事なんか扱ったことがあったかしらん」
京子がいけしゃあしゃあと言い放った。
「それで、ですね」
「京子先輩の制服のボタンを頂きたいんですけど……」
「あら……」
そこで京子の言葉が詰まった。
右手を上着のボタンに添えつつ、目はじっと京を見た。
「先輩」
「京……あなたは知っていたのね?」
「は?」
「さすがは私の見込んだ子だわ」
いえ、先輩。わたしは単に卒業の記念に、先輩の思い出の品としてできたらボタンの1つも貰えたら嬉しいなというだけで、なにかそんな思わせぶりな気持ちなど何一つ無いわけで……。
いまだに気づいていないことを答えられるはずもない。だが彼女は沈黙を答えと理解したようだ。ふふふと笑い、京子は軽くぷちっとポタンをちぎって手渡した。ちぎったというより、ちょっと止めてあったのを外しただけという感じか。ボタンから細いケーブルが伸びており、それが100円ライター・サイズのケースにつながっている。
「256MBだから容量的に90枚くらいは撮れるけど、その前にバッテリーが切れるかな」
よく見れば、ボタンの表面に小さい穴が開いていた。
「せっかくだから、袖ボタンもあげる」
そういいながら、また今度は袖のボタンを外し、するすると引っ張ると、今度はケーブルに続いてタバコ・サイズのケースが現れた。
「白黒25万画素だけど音声マイクも内蔵されているから、けっこう便利よ。動画で約60分」
ぽんと手渡されても京はどう扱って良いか困ってしまうが、とりあえずポケットにしまい込んだ。
そして京子は京の肩に手を添え、そして耳元でそっと囁く。
「楽しい2年間だったわね。いけ好かないインキン親父を減給処分に追い込んだのも、リーゼントヒグマに停学2週間をくらわせたのも、今となっては良い思い出だわ」
傍目には麗しい先輩後輩の交歓である。しかし実態は遙かに生々しく毒々しかった。
★
さて、まだ謝恩会は終わっていないけれど、
常磐万葉(ときわ・かずは)は森に立っていた。
胸に飾る一輪の花はいまだにみずみずしい。水の入ったコップにさしておけば、かなり長持ちしそうだ。
「もう頻繁には来られなくなるけど元気でね。そして、これからもよろしく」
そんなことを言いながら、木立の間を散歩する。
15分も彷徨っていただろうか。
「ここにいると思いましたよ」
木々の間を抜けて、
恋卦かりン(こいけ・かりん)と
須葉琴子(すよう・ことこ)が姿を現した。
「森の木にお別れをいう前に、後輩たちにもお別れさせて欲しかったですね」
「あら、ごめんなさい」
人よりも植物に親近感を感じてしまう万葉の頭からは、悪気はないが、ときどき人間の存在が消えてしまうのだ。
「花壇や森のこともお願いね」
「力と技の営繕委員会にご期待下さい☆」
どんと胸を張るかりン。
「団結もね」
「はいはい」
須葉琴子が万葉の手を取った。
「生徒会の謝恩会は終わっちゃいましたよ。猫屋敷の方で、二次会やりますから!」
そういうと、今にも消えてしまいそうな万葉の手を引っ張って、2人は歩き始めた。
★

猫屋敷の2階の一室に営繕委員が集結していた。
ペットボトルの紅茶やウーロン茶に、ポテトチップの大袋。飲み食いが目的ではなく、顔を会わせて言葉を交わすのが目的だから、こんなもんで十分だ。とはいえ、話題は外壁塗装の剥がれ具合とか、今度の梅雨は雨漏りしないだろうかとか、色気も何もあったものじゃない。
しかし話が弾んで、お菓子も減り、ふと気がつくとみんな手が動いている。机を拭いていたり、椅子を修繕していたり、床を磨いていたり……道具をきっちりしとかないで付喪神になったら怖いじゃないと琴子は思っているが、それよりなによりみんな根っからのお掃除屋、営繕マンなのである。
「そうそう、ここのトイレが水洗になるらしいです」
一二三四(たかつぎ・みひろ)が言った一言が、今日最大のトピックだった。
「え、なに!?」
「どうしてどうして!」
「いつ、いつ改装?」
次の瞬間にはすべての部員が彼女の周囲に集まっていた。
「新年度から学科が増えるじゃないですか。新校舎が完成するまで、何クラスか、こちらに島流しになるらしいんです」
「そりゃあ、大変ねえ」
この学校もいろいろ変わっていくのだ。卒業する万葉らは「大変ねえ」で済むけれど、後を引き継ぐ一二三四らにとっては一大事。どこまで業者が入るのか、そしてどこからが営繕に委員の仕事になるのか、確認しないことには話にならない。
「猫さんも大変だねえ」
そしてまた万葉がいう。確かに工事が始まれば、周囲に居座っている猫たちも追い立てられることになるだろう。
「和美が気に病むね、きっと」
この場にいない少女を思っての琴子の言葉に皆が頷いた。