L&S4〜狂翼の天使、猛る野獣  Turn.3 (1935.November - December)

世界は誤りと過ちに満ち

 フレデリカ・サウスストーン陸軍長官は上機嫌だった。
 価格統制令につづき、大統領権限を強化する戦時特別権限法も承認された。五大湖経由での水運も強化され、軍需生産の増強も進みつつある。総力戦体制はおおむね整ったと言えるだろう。
 そして今日、ロシアとの間で相互ライセンス承認がなされたとの知らせを受けた。ロシアによるフォード社製トラックの生産を認める代わりに、同社はBT-5快速戦車を生産できるようになる。
 BT-5は南部のクリスティー戦車を源流に持つ。45mmという強力な砲を備え、今日最強の戦車と評されていた。南部流儀というのは正直しゃくだが、優秀な兵器を得られることを考えれば些細な話だ。
 先日の陸軍における改組も功を奏している。最大の改変は、3つの方面軍設置だ。
 陸軍は戦局の変化に対応するため、コロンバス以東を担当する東部方面軍、ミシシッピ以西を担当する西部方面軍、そして、それらの間を担当する中部方面軍を設けた。それぞれ、フランシス・テーラー中将(昇格)、ダルティル・モーミュ・アーネス中将、ベンジャミン・O・デイヴィス・シニア中将が統括する。
 これにより、必要かつ十分な権限委譲がなされたはずだ。その甲斐あってか、かねてから検討されてきた中部方面反撃計画もすでに固まっている。インディアナポリスを攻略目標とするその計画は、「エイブラハムズ・ドリーム」と名付けられた。
 計画の裁可と同時に、彼は偽装工作を指示している。
 工作では、あえてインディアナポリス攻略の情報を流すこととした。無論、その内容は実際の計画とは大きく異なっている。ことに、作戦発動時期は1ヶ月ほど異なる12月と誤認されるよう仕組んでいた。
 あわよくば南軍がシカゴへと送り込んでいる機械化部隊を釘付けにしたまま、その補給路を断つためだ。
 もしそれに成功すれば、北軍は戦わずして南軍機械化部隊を無力化できる。そうなれば、この戦争はもう決まったも同然だ。
 できることならクリスマスまでに片を付けたいものだ、と彼は願う。彼とてクリスチャンなのだ。
 北軍全体が「エイブラハムズ・ドリーム」に沿って動いていた。攻撃には直接参加しない東部方面軍もまた、その例外ではない。
 フランシス・テーラー中将はピッツバーグ(PA)およびワシントンへの部隊移動を旗下の師団に命じていた。ハンチントンやチャールストン方面に圧力をかけ、南軍に中部方面への戦力移動を躊躇させるのが狙いだ。
 ピッツバーグにはコロンバスとクリーブランドから第19、35歩兵師団を移動させる。またワシントンには、第31、37、102、103歩兵師団が集結する手はずとなっていた。そしてコロンバスには第17歩兵師団が残っている。
 第35歩兵師団は方面軍直轄の総予備であり、司令部もまたピッツバーグに移動する予定だった。
 ようやく編成されたばかりという部隊も多いため、テーラー中将はなるべく欲張った指示を出さぬよう気遣っている。防衛に重点を置き、攻勢準備は二の次で良いと指示していた。ただ7個師団がそこにあるだけで南軍を掣肘できるのだから、配下に余分なことまで考えさせないという彼の判断には十分な合理性がある。
 しかしながら、合理的判断が必ずしも良い影響を及ぼすばかりではないのもまた、戦場の事実だった。
 一方、南軍のマーケット・H・リヴァー大将は危機感をつのらせていた。
 スプリングフィールドとフォートウェーンが北軍の手中にある現在、シカゴの南軍機械化部隊およそ10万は半ば包囲されているも同じだと考えられている。そしてインディアナポリス東方のデートンには、およそ12万の北軍が集結しているものと見られていた。
 もしここで機械化部隊を失えば、南部は戦争継続すら困難になる。なんとしてもインディアナポリスを維持しつつ、シカゴの機械化部隊を脱出させねばならない。リヴァー大将はそう考えていた。
 彼の焦りを加速させるかのように、北軍がインディアナポリス奪還に動くとの情報も入ってきている。それら情報は欺瞞で、実はシカゴを直接叩くつもりではないかとの意見もあった。だが彼は、そのような意見に耳を傾けもしなかった。機械化部隊の脱出を、彼は信念のごとく沈潜していたのだ。
 拘泥と専心の境は定かではない。ましてその判断が吉凶いずれを呼ぶかとなればなおさらだ。しかし彼は、是非を問わず自らの決意について責任を取る覚悟はしていた。
 南軍のオマル・ペンパートン少将はセントルイスを陣としていた。旗下の第33歩兵師団はもちろん、4個旅団もともにある。
 緒戦からカンザスシティへと侵攻していた第33歩兵師団だったが、ついにその地を陥落させるには至らなかった。目的を達成できぬままの撤退に、ペンパートン少将は忸怩たる思いを抱いている。しかし、上からの指示とあっては否める訳もなかった。
 追撃を受けることもなく迅速に配下部隊を後退せしめ、彼はこの地の要塞化を進めつつある。
 彼はまず市街西部のスピリット・オブ・セントルイス空港を破壊させた。その上で、ランバート国際空港を含む市街北部の防御態勢を整えさせている。半円状に市街をめぐる河川を利用する腹づもりだ。
 リヴァー大将からは、他戦線の動きについては降りてきていない。しかし、まずはこの地を守りきることこそ己の役割だと彼は受け止めていた。
 北軍がインディアナポリス攻略に向けて最初に動かしたのはフォートウェーンの部隊だった。
 第8、21、26歩兵師団は、フォートウェーンからほぼ真南に街道を進む。インディアナポリス東方のマンシー付近で、デートンからの部隊と合流する手はずとなっていた。
 また、同じくフォートウェーンの第1海兵連隊も移動を開始していた。彼らは最小限の弾薬、食料のみを携えて西南西へと急ぐ。ラファイエット付近から南下して、インディアナポリス西方のリッツトン付近に展開する予定だ。残りの物資は、他の部隊がインディアナポリスを取り囲んでから送られてくる手はずとなっている。
 彼ら海兵隊には、スプリングフィールドとの連絡線を絶つ役割が与えられていた。そのための強行軍である。北軍はただ、インディアナポリスの奪還にすべてを集中していた。
 一方、南軍もまたシカゴ脱出へと動き出していた。
 ミシガン湖東岸、ミシガン・シティの港湾部には多数の将兵が集結している。徴発したフェリーでシカゴから着いた彼らは、ドイツ第88歩兵旅団だった。
 ここから彼らはほぼ真東へと進み、エルクハートから進路を東南へと振ってフォートウェーンに向かう予定でいる。
 彼らを率いるオットー・シュタンダルデ少将には、エドガー・ライス・バロウズ大将から機械化部隊脱出に伴う任務が与えられていた。
「二重に北軍をあざむく、ということだ」
 バロウズ大将の言葉を、シュタンダルデ少将は思い出す。
「まず、第88歩兵旅団がフォートウェーンに向かう。敵は3個師団程度と思われるので、この段階で無理に攻める必要はない。損耗を避け、敵兵力を拘束できれば良い。そしてやや遅れて、シュバルツバルト少将、君の第88戦車集団がスプリングフィールドにあらわれる」
 その言葉に、シュバルツバルト少将は口を閉ざしたまま頷いた。
「北軍はおそらく、第88歩兵旅団を陽動と見るだろう。敵がスプリングフィールドに注意を向けている隙に、我々はフォートウェーンで第88歩兵旅団と合流、敵を追い散らす」
「我々こそが真の囮、ということですな」
 ようやく、シュバルツバルト少将が口を開く。視線をわずかにそらし、バロウズ大将は続けた。
「そのとおりだ、少将。しかし、敵は第88歩兵旅団を無視すべきか迷うだろう。君の戦車集団なら、敵の動揺を利して突破・脱出のチャンスを見いだすこともできよう」
「名誉な任務であります。喜んでお受けいたしましょう」
 バロウズ大将の懸念を無視するかのように、シュバルツバルト少将は答えた。
 いささかも迷いの色を浮かべぬその表情から受けた感銘を、シュタンダルデ少将はつい先ほどのことのように思い出す。
 シュバルツバルト少将は、自らが提案したサンダーバード・プランについて責任を取るつもりなのだろう。しかしながら、従容として危険な任務を受け入れるのは容易ではない。彼と同じように決断を迫られたとき、はたして自分は彼と同様に泰然と構えることができるだろうか。
 整列する部下らを眺めつつ、シュタンダルデ少将はそう考えた。
 フォートウェーンでの戦いは、ドイツ第88歩兵旅団が先手をとった。
 威力偵察などの結果から予想外に敵が少数であると判断したシュタンダルデ少将は、素早く攻勢を指示する。よほど準備が不足していたのだろう、対する北軍第14歩兵師団はあっさりと後退した。
 第88歩兵旅団は一気呵成に攻めあげ、市街北西部を確保する。攻勢開始時と同様、シュタンダルデ少将は機を敏感にとらえて停止を命じた。各部隊に陣地化を命じ、不意の包囲を避けられるよう急がせる。
 彼は戦力や物資の浪費を避け、無理をせずに友軍との合流を待つこととした。南部への帰り道は、まだ長いのだ。
 アルフォンス・リンドバーグ大佐はタイピング用紙の束を机におろした。赤鉛筆を筆立てに差し、とっくに冷めたコーヒーを口にする。第24歩兵師団第1独立飛行中隊を率いる彼は、戦闘詳報をチェックしていた。目玉となるのは日本軍戦闘機との空戦記録だ。
 カンザスシティをめぐる戦いは、空陸をまたぐ激戦だった。そしてそこに、南軍らは各種新兵器を投入している。
 ことに日本義勇部隊のタイプ96戦闘機は、北軍の新鋭P26ですら手強い相手だった。速度はほぼ同等、運動性能では悔しいかなこちらより上だ。彼はこの資料を通じて、巴戦を避けて二機一組であたるよう述べるつもりでいる。「後進国日本の機体」とあなどるケースを少しでも減らしたいと彼は考えていた。
 彼に資料作成を強く勧めたのは、西部方面軍を率いるダルティル・モーミュ・アーネス中将である。
 南軍がここカンザスシティからセントルイス方向へと後退していった時、西部方面軍は追撃の余力を失っていた。完全に包囲下におかれたシカゴほどではないにせよ、長きにわたっての交戦で消耗が著しかったからだ。
 リンドバーグ大佐ら前線部隊指揮官は地団駄を踏んで悔しがったが、その間にアーネス中将は手早く為すべきことをリストアップした。
 まず彼は物資の集積を急がせる。消耗した第3、23、25歩兵師団の回復に加え、冬期戦への備えという意味もあった。物資は合州国内のみならず、隣国カルフォルニアやカナダからもかき集められている。すべてが計画通りにいけば、カンザスシティは北軍の主要兵站基地の一つになろうかと思われるほどだ。
 同時に彼は、戦闘を経て得られた経験のドキュメント化・マニュアル化を推進する。貴重な情報を散逸させず、北軍全体で共有させるのが狙いだった。リンドバーグ大佐への指示も、その方針に基づいている。
 慣れぬ書類仕事にリンドバーグ大佐は再び挑む。少なくとも今は、それが彼の戦争なのだ。
 平年なら町はハロウィンの後始末を終え、クリスマス商戦に向けて活気をいや増しているころだった。
 しかし今、このシカゴには暗く冷たい空気と人々のうめき声がよどむばかりだ。北軍第2海兵連隊に所属するジョン・ブラックウッド少佐は、街路に散乱したガラス片や砕けた煉瓦を見つめる。
 南軍によるシカゴの包囲は未だ続いていた。現在、この町には他に第22、24歩兵師団とロシア第3義勇狙撃兵師団、そして少なからぬ市民らが籠城している。
 南軍は北軍支配地域を取り囲んだままで、積極的な攻勢はごくまれだった。とはいえ、あらゆる物資の欠乏は確実に籠城側の力を奪っている。にも関わらず北軍はなおも激しい抵抗を続けていた。先ほども腕っこきの狙撃兵を秘かに進出させ、南軍の監視部隊を襲撃させてきたばかりだ。もっとも、その返礼とばかりに榴弾をしこたまたたき込まれたが。
 損害に見合う戦果が得られたかと、彼はひげに覆われたあごを掴んで思案する。煤と脂に汚れた彼の耳朶を、女性の高い声が打った。
「どういうことなんです、またけが人を増やして」
 無言で振り返る彼を、若い女性がにらみつける。ラチェット・ウィンチェスター女史だ。かつて純白だった白衣は乾いた血で赤黒く彩られている。やつれた頬とともに、それは彼女が日々休むことなく傷病者の看護にあたっている旨を雄弁に語っていた。
「血液も医薬品も不足していることはご存じでしょう。なぜ敵の攻撃を招くようなまねをなさったんですか」
「専守防衛は敵の可能行動を増やします。敵の動きを抑制することにより、さらなる損害を避けるのが狙いです」
 ブラックウッド少佐は、彼女らによる懸命の働きを知っていた。そして、にもかかわらず多くの命が失われていることも。いらだちを隠しきれぬのか、ウィンチェスター女史は言いつのる。
「しかし実際に、多くの負傷者が出ています」
「戦いはこちらの都合だけでできるものではありませんからな」
「でも、あなたは最大限の協力をしてくださるとおっしゃったじゃないですか」
「だからこそ、先日も部隊を南軍支配地域に進入させました。彼らは可能な限りの医薬品を持ち帰ったはずです」
「それには重ねてお礼を申し上げますわ。けど、あれだけでは不足だともお話ししました」
「これ以上なにをして欲しいと言うんだ!」
 声を荒げた後、ブラックウッド少佐は目を落とす。礼を失する自らの態度を恥じながらも、彼は言葉を続けずにはいられなかった。
「私たちは軍人で、サンタクロースじゃない」
 シカゴ侵攻部隊の補給路を断つべく、北軍はスプリングフィールドに第20歩兵師団を配置している。
 だが南軍が近接するカンザスシティへと退いたことによって、その防衛体制には疑問符が付けられた。北軍西部方面軍はこれを受け、2つの空挺部隊をスプリングフィールドに呼び寄せる。ロシア第101航空機強襲支隊<エロフェイ・ハバーロフ>と、空挺旅団<トマス・ジェファーソン>だった。
 それらの移動は空路を利用したため、南軍の察知は遅れる。その遅れゆえに、ドイツ第88戦車集団は計画通りシカゴからスプリングフィールドへと向かっていた。
 第88戦車集団は、南軍機械化部隊脱出の囮となる覚悟である。しかし、予想外に多い敵との遭遇が、彼らに混乱をもたらした。あからさまに装備の異なる3つの部隊が布陣していたため、彼らは実際よりも多くの敵がそこにあるものと誤認する。
 その誤認に、新たな北軍部隊の出現が拍車をかけた。カンザスシティからの第18歩兵師団である。開戦以来の戦闘で疲弊してはいたが、ドイツ戦車部隊の出現を受けて急ぎ駆けつけたのだ。
 ドイツ第88戦車集団を率いるシュバルツバルト少将は、囮としての役割を完遂すべく知恵を振り絞った。彼は部隊をいったん北東のマウント・プラスキへと後退させ、そこから南東へと進んだ。そして、スプリングフィールドからおよそ40km東にあるデカチャー湖の西岸に陣取った。少しでも長く持ちこたえ、より多数の北軍とでも戦えるようにとの配慮である。また、これにより北軍はシカゴ方面にもインディアナポリス方面にも動きづらくなった。残された機動力をフルに利用したことにより、彼は戦いのイニシアティブを確保する。
 これらの動きを受け、北軍西部方面軍はデモインから第9機甲師団を急行させた。それはつい先日改変されたばかりの部隊であり、その戦力は北軍西部方面軍においても大いに疑問視されている。しかしながら、戦車に対抗するなら戦車が必要との声は多かった。
 北軍がさらなる増援を招いたことを知り、シュバルツバルト少将はセントルイスの友軍に向け連絡する。
「すぷりんぐふぃーるどニ歩兵師団4、機甲師団1アリ。いんでぃあなぽりすヘノ進撃ヲ企図スルモノト危惧ス」

北へ……

 神凪羽常は休暇をとった。警察官として採用されて以来休みなど取っていなかったから、それを全部使うつもりで申請したら、2ヶ月も与えられてしまった。いくらなんでもそんなにあるわけがないのだが、どうも憲兵隊のほうでも彼女の処遇に困っていたようだ。
「2ヶ月といわず、3ヶ月でも半年でもいいんだぞ」
「イヤですねえ。そんなに休暇を取ったら、私の席が無くなっちゃうじゃないですか」
 苦笑いしながら憲兵大尉は愛想良く少女を送りだした。
「まあ、なんだ……これ幸い、だな」
 彼女を見送った憲兵大尉の言葉が派遣軍の意志を代弁していた。とはいえ、この休暇の間に彼女がどれだけのことをしでかすか予想もしていない。
食堂遭遇  1935年11月4日深夜。天頂には上弦の月に雲が薄くかかっている。
 その下を、小走りに少女が往く。こんな時間に徘徊していても親は何も言わないのか? 親はいない。彼女はインディアン・ティスリーだ。
 裏通りを静かに抜け、ポットの海員食堂にたどり着くと静かに裏口の扉を開けた。するりと中に忍び込み、明かりの消えた食堂内を2歩3歩と進む。
「この泥棒猫め!」
 足が止まる。やはり明かりの消えている厨房に続く戸口に男が立っていた。声を聞くまでもない。窓から差し込むかすかな月光が頭頂に反射している。
「……ポットの親父よお。明かりくらい点けて待っててくれりゃいいのに」
「もったいない」
 アイザイア・ポットは手近な椅子を引き出して座り、ティスリーはそのままテーブルに腰かけた。
「で? なにしろって」
「怪物騒ぎは知っているな」
「うん。山の方に何か出たらしいって噂。ポリスは否定してる」
「おめえ、捜査官にへばりつけ。今なら怪物騒ぎの野次馬ってことになる」
「わかった。…………で?」
 ティスリーの催促に、ポットは茶色の紙袋を手渡した。ずっしり重い。
「金は?」
「まともな情報を拾ってきたらな」
 追い出されるように少女は食堂の外に連れ出され、目の前でドアはびしゃりと閉められた。
 袋の中はリンゴだった。傷が付いて腐ったり虫が喰っていたが、それでもリンゴには違いない。そして……。
作家と博士 「恐ろしいことだとは思わないかね、アーミテイジ!」大学図書館の館長室の窓から外を眺めながら、ラブクラフトは声をあげた。「巨大で無毛で脚のないモノ!? いや、まさか風に乗りて歩むもの、風の神ではあるまいね!」
「少しは冷静になってくれたまえ、ラブクラフト。すべての証拠を手に入れる前に推測を述べるのは愚かなことだ」うんざりしたように老館長は振り向いた。「きみはこの100歳に近い老人に何を期待しているんだね」
 ヘンリー・アーミテイジ老人は両手を大きく広げ、部屋の四方を埋め尽くした書架を指し示した。
「きみは私の伝記作家のつもりかもしれんが、私はここを隠棲の場として紙魚の1つとなり研究に勤しみたいだけなのだ。本当の怪事件などそうそう常人が巡り会えるものではない。警察に任せれば良いのだよ」
「警察? ハッ!」
 黒ずくめの長身の男は急に不機嫌そうになった。
「連中は、このぼくを監視しているんだぞ! このハワード・フィリップ・ラブクラフトを!」
 は頭を振った。
「それにだ、ヘンリー・アーミテイジ。きみこそ、この事件を解決するにふさわしい人物じゃないか。ウィルバー家の事件だって……」
「あれは創作だ、きみの創作。そういうことにしたはずだ」
「しかし……」
「これで終わりだ。きみは三文パルプ作家に、私は図書館の居候に戻る時間だ」
 少し意固地な様子で背を向けるアーミテイジ博士。しかし、そんな彼らは確かにFBIの監視下にあった。
 そして、ここにもFBIの捜査網に引っかかった者がいた。Rosetta Asenath Bloch……看護婦のロゼッタ・アセナス・ブロックである。
 怪しい人物、ラブクラフトと一つ屋根の下というのが怪しい。個人出版で怪しげな小冊子を配布しているのも怪しい。配布先が全国及び海外に及んでおり、何通かはイギリスにまで送られているところも怪しい。その小冊子の内容が『魔法少将フラーちゃんとウィルトのタロット』やら『超マリオネット特集』などとさらに怪しく、しかも勤め先が軍の関与する病院となったら、もうまっ黒黒の黒である。周辺住人の噂も芳しくない。
「よし、決まったな。このロゼッタとかいう女を連行しろ。ついでに、女が頻繁に出入りしているトレーシー家の連中も事情聴取だ!」
 報告書をとりまとめたショーン・マグローの号令一下、捜査官が一斉に飛び出した。
 戦時下である。防諜を担当する連邦捜査局は、支局といえども不夜城である。
 しかし、瞬間的に人気が無くなることはある。各方面から応援を頼んだマグローのチームが出動した直後の今が、そのときだった。事務官は何人か仕事をしているし、詰め所には警備官がいる。しかし、そこに慌てた様子の事務官が飛び出してきて、書類を手にしたまま警備官とせわしく会話をかわした。その隙に、身のこなしの素早い子供1人が潜り込むのは容易なことだった。
 高校生ともなれば将来の進路も考えないといけないし、そうでなくても授業のない時に社会奉仕をしているクラスメイトも少なくない。エヴィア・セラにとってバルター病院は格好の社会見学コースだった。
 以前は静かな病院だったが、最近では前線から送られてくる負傷兵たちの数が増え、入院患者の数は増えているらしい。
「でも、もっぱら治療の山場を越した患者さんの機能回復訓練に使われてるの」
 案内をしてくれた看護婦は少女の一団にそう教えてくれた。また砲弾神経症で送られてくる兵士も少なくないらしい。
 多忙な看護婦による案内はすぐに終わり、見学者たちはすぐに三々五々に散り始めた。帰り際にドラッグストアでクリームソーダを飲む相談をしている者もいる。しかし、エヴィアには少し物足りなかった。
 窓の外を見ると、港の向こうに真新しい建物が見える。なにか軍の研究施設だとかなんだとか……。
「ふうむ。お嬢さん、あの建物に興味がおありかな」
「……え、ええ」
 見知らぬ老人にいきなり声をかけられて、エヴィは戸惑いながらも礼儀正しく応えた。
「あれはな、人類の未来を創る場所じゃよ」
「でも、戦争の道具を作ってるんじゃないですか?」
 その言葉に、長身の老人は微笑んだ。
「それも事実だ。しかしナイフは人を刺すこともできれば、リンゴの皮を剥くこともできる。同じことだと私は思うがね」
「そうなんですか?」
「そうとも! 科学の発展による、人類の進歩と調和こそ……」
「先生! こんなところで何をしてらっしゃるんですか!?」
 思いがけない大きな声に、エヴィと老人は揃って振り向いた。
 そこには、カルテを抱えた看護婦が肩で息をしながら立っていた。
「あ、は……ミスター! 捜してたんですよ。勝手にいなくならないでください!」
「わしは検査なんざ、必要ないよ」
「必要ないわけ、ないじゃないですか!!」
 看護婦が思わず声を荒げるのと、院内放送が彼女に呼び出しをかけるのは同時だった。
『ロゼッタ・ブロック看護婦は至急外来待合まで。来客です。ロゼッタ……』
「……先生、すぐに戻ってきますから、必ず検査を受けてくださいね!」
 ブロック看護婦はそう言い残しながら、足早に立ち去った。
 トレジャーアイランドに向かったチームに連絡が届いたのは、彼らが今にも受付を通り抜けようとしたときであった。そしてバルター病院に向かったチームには……。
「連邦捜査局のショーン・マグローだ。局まで同行願いたい」
「何ですか! 勤務中ですよ!?」
 外来受付に呼び出されたロゼッタは、たちまち屈強な男たちに取り囲まれた。待合ロビーの各所に周囲の様子をうかがっている何人かも、こいつらの仲間だろう。
「少し訊かせてもらいたいことがあるだけだ」
 身分証のバッジをちらつかせながら、マグローは威圧するように看護婦の目を見据えた。だが女は少しもひるむ様子は見えない。思った通り、ただ者ではない。
「仕方がない。おい、彼女を!……」
 マグローが部下に命じてロゼッタ看護婦を拘束しようとした、ちょうどそのとき、病院前に1台のサイドカーが横滑りに乗りつけ、見覚えのある女性職員が飛び降りてきた。
「どうした?」
 職員は1通の報告書をマグローに手渡した。
 その文言に目を通しているうちに、マグローの顔に疑問が浮かび、それがすぐに怒りに変わる。だがそれは、ぐっと何かを呑み込むように、瞬時にかき消える。
「……引き上げだ」
 部下たちの顔にも疑問が浮かぶが、彼の厳しい様子に黙って引き上げ始める。
「騒がせておいて、お詫びも何もないわけ?」
「……失礼しました。少々誤解があったようです」
 意気消沈するFBI捜査官に、ロゼッタは腕組みした姿勢で睨みつけた。
「しかし、1つお聞かせ願いたい」
「何かしら?」
「あなたはただの看護婦ではないのか?」
「ただの看護婦じゃないわ。腕の立つ、気だての良い、美人の看護婦よ☆」
「ならば、どうして公安部の機密保持認定を得ているのですか?」
 その問いに、ロゼッタは天使の微笑みで応えた。
「その答は、あなたがB4以上の認定を得てからお答えするわ」
 言葉に詰まった捜査官は、ぶいと振り向いて立ち去ろうとする。その背中に、腕の立つ、気だての良い、美人の看護婦は1つ注文をつけた。
「それから、無線の監視は怠らないでね!」
 なぜ、こんな女が……とマグローは首をひねりながら車へと乗り込んだ。
工場見学  ロゼッタ・ブロックが急いで戻ったとき、そこには誰もいなかったはずである。なぜなら、彼らはここにいたからだ。
 埠頭の外れに建設された巨大な建物。その前にエヴィア・セラと老人、ニコラ・テスラは立っていた。真新しい建物には『海軍技術研究所』と記された真新しい看板が控えめにかけられている。
「どうだね?」
「……下水道にはつながっているんですよね?」
 老人の問いかけに、緊張しているのかエヴィは間の抜けた質問で応え、老人は苦笑いしながら「排水などは処理施設を経由してから下水道に流しているはずだ」と答えた。
「必要な機械は来週には運び込まれてくると聞いている」
 ぐるりと一周する間に中をのぞき込んでみたが、どの部屋も広くはあったががらんとしていて、何の機械も入っておらず、机の上も棚も空っぽだった。まだ動いてはいないようだ。そうでなければ、彼女が簡単にここまで来られるはずがない。
「何もしてないんですか?」
「しておるよ。重要な研究をしておる」
 え、どこで? きょろきょろと周囲を見回すエヴィに、老人は黙って自分の頭をコツコツ叩いた。すべてはここで行われているのだよと。
 薄汚れた影が音もなく室内を物色していく。ファイル・キャビネットの中、デスクマットの下。何が必要なものなのか、特にあてがあるわけではないから、新しそうな情報を中心に小さな写真機で撮影していくだけだ。時間はあまりない。博打みたいなもので、適当に撮すと、またするりと抜け出した。
「もう、い〜加減にして下さい!!」
 百雷が落ちるとは、このような状況を指すのだろう。
 肩で息をした看護婦が老人に対して悪鬼の形相で迫る様に、セヴィは恐怖を覚えたが、それも瞬間のことであった。看護婦がプロとして怒っていることが伝わったからだ。
 ロゼッタ・ブロックは医者嫌いなニコラ・テスラにほとほと手を焼いていた。これで放っておけるような健康状態なら「勝手にしなさい」で済むのだけれど、幼少の頃から大病を何度も煩っていたというテスラはいまなお健康不安の塊だった。いや、齢を重ねた分だけ質が悪くなっている。けれども、軍としてはせっかく手に入れた博士をみすみす死なせるつもりはなかった。
「……しばらくの間、私が先生の専属とさせていただくことになりました」
 すごくイヤそーな顔をする博士。しかし、これまでの経緯や資格を考えれば、それ以外の選択肢はなかった。
「わしは研究室を離れんぞ」
「ですから、専属と申し上げました。博士がエーテル理論を考えられようが、苛電粒子ビーム兵器を組み立てられようがお好きにすればよろしいです。ただし健康を害さない範囲で」
「おまえにエーテルの何が判る」
「私は一介の看護婦ですから、エーテルとオルゴンの違いも分かるはずもありませんわ」
 その答えに、博士は不思議と納得したようだった。
「軍はこの老いぼれにまだあれこれ働けというておる。もちろん、何もする気がないなら、こんな最果ての地まで遥々来ることもなかったわけだが……」
 そこで老テスラは口ひげをつまんで弾いたのだった。

館の奥

 マイク・アダムズは臆病な少年ではない。
 しかし、今日の彼の立場になってみれば、尻込みしたくなるのも無理もないことだと判るだろう。迷い込んだら帰ってくる者はいないという噂のボーモン邸。そこに1人で配達に行くのだ。友だちは誰もついてきてくれない。誘ってみたけど、すべて断られた。ぐっすん。
「なにをぐっすんしてるんだい?」
「あ、おじさん」
 せいぜい10くらいしか年の離れていない少年におじさん呼ばわりされてエドガー・ハイネマンの心は乙女のように傷ついた。でも、ハイネマン助教授は男の子だったので泣かなかった。我慢して、この半ベソをかきながら、メイド服を着せた小さな犬を従えて、海鼠やら海月やら沙蚕の親玉みたいなのがごちゃまんと入ったバケツを両手にさげて歩く少年の話を聞き終えた。
「なら、おにいさんがバケツを1つ持ってあげよう」
「……その格好でかい?」
 ハイネマンは教授会での面接用に仕立てた一張羅の背広姿だ。好意は嬉しいし、ひとりぼっちもイヤだけど、いくらなんでもその格好はあるまい。
 彼の気が変わらぬうちにと、マイクは急いで家に駆け戻ると、作業用のゴム胴長を差し出した。
 かくしてハイネマンとマイクは並んでバケツを持ち、背後におかしな犬を引き連れてボーモン氏の屋敷へと向かったのであった。
「いいかい、ここでちゃんと待っているんだよ」
 わう!
 マイクはそう言い聞かせて、メイド服を着せた小さな犬を通用門に待たせておいてから、中へと足を踏み入れた。
 枯れ枝のような執事(と思われる人物)に導かれ、彼らは館の奥へと足を進めた。
 厨房か、どこか納屋のようなところへ行くかと思いきや、意外にもどんどん館の奥へと連れて行かれる。あちこちに飾られる絵、不思議な甲冑や装飾品、複雑な時計など、好奇心旺盛な少年にとっては恐怖を忘れさせる珍しさだった。
「そこの水槽に入れてくれたまえ」
 薄暗い部屋の奥から、屋敷の主人らしい姿が声をかけてきた。その指示に従い、ハイネマンとマイクはバケツからさまざまな海の生き物を巨大な水槽に流し込んだ。巨大なゴカイがバケツの端につかまろうとするが、問答無用でたたき込む。
「環形動物はお好きですか?」
 道具を片づけながらハイネマンがおそるおそる訊ねると、存外にも好意的な答が返ってきた。
「美しいね」
 マイクは美しいなどとんでもないと思ったが口にしないだけの分別はあったし、ハイネマンの方は共感する部分があったらしい。
「機能的ですね」
「機能的かね」
「環形動物が姿を変えなかったのは、それが到達点だからではなく、単にその必要が無かったというだけですよ。進化は相対的なものじゃないですか」
「全ては有形無形の係わり合いであって、到達点など最初から存在しない……というのかね」
 このたわいのない短いやりとりの間に、周囲の時計や電化型水槽設備に興味深々な少年はきょろきょろと周囲を見回した。部屋を取り巻く飾り戸棚のカラクリ細工から、カチコチと時計の音が響いてくる。
「電気を使っているんですか?」
 つい質問してしまった。
「使っているものもあるな。有望ではあるが、まだ足りない。オートマトン……といって判るかな? わからないだろうな……」
 そこで主は言葉を止めた。マイクは屋敷の主人の姿を目に入れようとしてみた。深々と椅子に身体を沈める黒い影が見えるが、顔立ちまでははっきりと判らない。
「まあ、いい。ご苦労だったね。コーヒーでも飲んでいきたまえ」
 再び足音も立てずに出現した執事に連れられて、バネとゼンマイと歯車とクランクがせわしなく動く中を抜けていく。幾つかのドアを抜け、幾つかの廊下を通り、やがて日の光が差し込む、普通の台所に到達した。意識してはいなかったが、思わず大きな息をつく。2人ともあれでも少しは緊張していたのだろうか。
「この2人にお茶をお出ししなさい」
 長身の執事は無表情な口調でジャガイモの皮むきをしていた少女に告げた。少女は慌てて手を拭くと火にかけたポットへと向かう。
「これが謝礼だ。お茶を飲んだら、そのまま帰りなさい」
 マイクに封筒を渡しつつ告げると、執事は踵を返して台所から立ち去った。今度はちゃんと足音がしている。さっき、足音がしなかったのは絨毯のせいのようだ。
「マリアじゃないか。それにパトリシアさん……」
「ハイネマン先生……」
 台所で働いていたのは、トレジャーアイランドで見知ったパトリシア・ヴァイオレットマリア・スチュアートだった。2人はボーモン屋敷の下働きとして雇われていたのである。
 出されたお茶と苺ジャムがたっぷり入ったドーナッツを平らげ、おかしなゴム長靴を履いた青年と少年が「ごちそうさま」と言って帰ると、パトリシアとマリアはよっこらしょっと腰を上げた。仕事が残っている/できたのだ。
「まったく、誰が掃除すると思ってるのかしら」
 そうぼやきながらパトリシアが雑巾をとろうとすると、マリアが制止した。
「私がやりますから!」
 そう言うや、パットが反論する間もなく、少女は掃除道具を抱えて飛び出していった。仕方なくパトリシア・ヴァイオレットはジャガイモの皮むきを続けた。郵便局も辞めてしまったし、親切な申し入れをしてくれたトレーシー家に生活費くらい入れたいと始めた仕事である。陰鬱な雰囲気や悪い噂はあっても、妊婦の自分に好条件の働き口などそうある訳がないのだから、多少のことは我慢するしかないのだ。孤児院の資金稼ぎだというマリアも同じだろう。
 さて、マリア・スチュアートといえば廊下に転々と続く泥の跡を追いながら拭き掃除を続けていた。まったく、泥だらけの足跡はどこまで続いているのやら……。
 マリアの手がふと止まった。入ったことのない扉がかすかに開いているのだ。この屋敷、噂では謎の爆発や軍と接点があると言われているし、その昔は電気研究所があった場所らしい。ボーモン氏は何かの発明家なのだろうか? 「Curiosity killed the cat.」とか「La curiosite' est un vilain de'faut.」などという先人の言葉は彼女には届かない。むしろ、何かマーシャンの役に立ちそうな物があるのではと、少女の好奇心はむくむくと大きくなっていく。
 目立たないように掃除道具を隅に隠し、彼女はそろりするりと扉の向こうに滑り込んだ。
 暗闇の向こうから、カチコチという音が聞こえてくる。この屋敷ではよく聞こえてくる音だ。
 目はすぐ暗闇に慣れた。すぐ向こうに別のドアがあるようだ。静かに近づき、ゆっくりとノブを廻す。
 赤い光がマリアの目に飛び込んできた。
 何かの工房のようだった。薬屋と肉屋と時計屋が1カ所で商売しているようにも見えた。その中を不格好な人型をした何かが何体か、よたよたと動き回っていた。
 その姿を見て悲鳴を上げそうになったのを、マリアはぐっと堪える。最初は誰かが甲冑を身につけて作業しているかとも思った。工場の鍛冶場でそれに近い姿で作業をしている人を見たことがある。でも違った。
 いくら人の形に近いと言っても、あの中には人間はとても入れはしない。長すぎる手、長い首、細い頭。目と思われる部分は細長く突き出ている。少しずつ異なったデザインのブリキの人形が、箱を積み上げたり、瓶を並べたりしているのだ。赤い光の下なので、本当の色ははっきりしないけれど、色も黒っぽいものあり、白っぽいものありとさまざまだ。
『何をしている?』
「ひっ!」
 いきなり声をかけられ、さすがに小さな悲鳴をあげて飛び上がった。ご主人様……ボーモン氏の声だ。どこにするのか姿は見えない。この暗い部屋の中かといえば息づかいが今にも聞こえそうだし、さまざまな資材が積み上げられた隣の部屋かといえばブリキ人形の向こうにちらりと何かが動いた気もする。
『ここには用はないはずだ。用事はすべて彼らが片づける』
「は、はい」
 慌てて部屋を飛び出そうとするマリアをボーモンが呼び止めた。
『ここで見たことは当分は他言無用だ』
「あ、あの機械の人たちはご主人様の発明……なのですか?」
『……うむ。まだ実験中ではあるが、機械人、オートマタという。今は戦時中だ。機械人は戦争の便利な道具とも成りうる。噂にでもなれば南軍の連中の耳にも届くやしれぬ。秘密にする理由は分かってくれるな』
「はい……」
 かろうじてそれだけ答えると、あとは一目散に走っていく。お行儀が悪いことだ。13歳ともなれば、それなりの行儀作法は身につけていることが期待されるはずなのに……。

ある日、森の中

 余暇を費やして森の探索を続けているうちに、ハミルトンにはなんとなくプーさんの出没パターンがつかめてきた気がする。なんとしても、あの「プー」とかいう男をみつけ、魔物対策に協力してもらわなくちゃ……。
 森には冷え切った冬の風が吹きこみ始めていた。山歩きをするなら非常用にブランデーの小瓶の1つも欲しいところだが、禁酒法のせいで表だって酒が買えないのだから仕方がない。
 行けるところまではバイクで、途中から徒歩に切り替え山道を行く。だいたい、この辺りが棲息地のはずだ。
 普通に山歩きしているだけでは気がつかないだろうが、そこかしこにプーさんのサインがある。といっても署名をあちこちに書き殴っているのとは違う。かすかに草を踏みしめた跡、樹の幹に付いた擦り傷、わずかに沈み込んだ石…単なる獣道とは違う、そうした痕跡が、あの男の所在を指し示していた。
 そして、藪の向こうから何か小さな話し声が聞こえてくる。ここだ! 誰が他にいるのか……。一気に茂みに飛び込み、小さな広場へと躍り出た。
森林酒宴 「……なにしてるんですか?」
 一瞬後、ブレンダ・ハミルトンは、焚き火の回りで酒盛りをしている老人2人を呆れたように見下ろした。
 毛糸の帽子を被った小柄な老人はジョセフ・カーペンターだ。そしてもう1人は大男だ。ひげむくじゃらにボウボウの髪、それにぼろぼろになった毛糸のセーターやら汚れまくった皮ベストを着ていて、パッと見た目には野人のように見える。プーさんだ。
 カーペンター牧師は農夫に災厄をもたらした謎の野獣について手がかりを得ようと杖を頼りに亀の様に歩き回っているうちに、この不思議な隠者と出会ったそうだ。
「人死にも出てるんですよ。牧師さまもたいがいにして下さい!」
「なあに、おまえさんだって、ここにおるじゃないか。わしももう年だ。困っている者を助けるためなら……」
 ところで、カーペンターは意外に料理上手だった。もっとも、そうでなかったら彼の育てている子供たちは不幸きわまりない。そしてブレンダは料理はさほど得意ではないけれど、香辛料に使えそうな草葉を探してくるのが上手かった。
 そういうわけで、あり合わせの材料で作ったはずのシチューがなかなか美味そうにできあがった。固いパンと温かいシチューでお腹を膨らまし、強い酒で暖まると、ここが森中だろうと山中だろうと関係なくなってしまう。
「大きいお父さん、死んでしまったけれど、ぼっちゃん、プーがいるかぎりだいじょうぶだよ。とおいけど、ちゃんと守るね」
 酔っぱらいながら天に祈るプーさんに、老ジョセフが先ほどからの話の続きを始めた。
「農夫たちが困っておるのだよ」
「そんなこといっても、プーさんも困るよ。よくしらないよ」
 カーペンター牧師の問いかけに、森の隠者は困ったように首をひねった。彼も豚小屋を襲ったりしている野獣についてはあまり知らないらしい。
「なら、なんでいろんなことを知っているのよ」
 思わず語気鋭く突っ込んでしまうブレンダも、プーさんに野獣退治の手がかりを期待していたのだ。今はまだ家畜が何頭かくらいの事件だが、この前見つけた死体も犠牲者かもしれない。これから何人犠牲者が出ているか、既に出ているのか、わかったものではない。
「感じないもの、感じる知恵があればわかるよ。見たくないもの、見つめる勇気があれば見えるよ。プーさんの力、怪物やっつけるためのもの、ないね」
 ブレンダがからみ始めた。
「じゃあ、バイクの修理費と怪我の治療費、あわせて600ドル、今すぐ払ってください!」
 本当はそんなにかかるわけじゃない。もともとプーさんに責任のあることじゃないし、600ドルといったらフォードの新型車が買える値段だ。もう10倍出したら家が建てられる。これだけ酔っぱらっていなくてはいえないセリフだ。でも、そうでもして、この未知数の男を仲間に引き入れたいという気持ちは本当だった。
「こまったねえ……プーさん、アメリカのお金はほとんどもってないよ」
 言いがかりをつけるブレンダも酔っていれば、つけられるプーさんも酔っている。隠者はごそごそとザックの中から古びた皮の小袋を取り出した。そして、その中から転がり出した握りこぶしほどもあるルビーに、老牧師と女医は思わず息をのんだ。その他にも、さまざまな色の小さな小石がごろごろと出てくる。
「これなら、あげられるよ。これでゆるしてくれるか?」
 大きな体に似合わぬ円らな瞳で訴えかけられると、さすがに酔いも醒め「いらないよ。まけといてあげるわ」と応えるしかなかった。
 彼らは朝まで飲み明かし語り明かした。その中で老ジョセフはこの野人が予想以上に機知に富んだ人物であることに気がついた。カタコトの英語と風貌に騙されてはいけない。
 そして彼はプーさんから、人里離れた山中で蠢いているのは巨大な蟲らしいと聞かされた。
「ホントウだよ。プーさん、みたもの。あたたかくて、大地がぬれてる夜はあぶないよ」
 まるでミミズみたいだと思った。ただ、プーさんは危険はあらかじめ察知して避けているらしく、細かいことは知らないらしい。ただ彼が危険と感じる山間の窪地の場所を教えてくれると、「そこは近よってはダメ」と警告してくれた。かといって、放置しておくこともできないのだけれど……。
 ブレンダ女史の方は、簡単な魔よけということで、全然簡単ではない身振り手振りと呪文らしき言葉を教えてもらっていた。ジョセフ自身についてはあからさまに異教の技に手を染めることは聖職者としてはできないことだから見て見ぬふりをしていたけれど、果たして酔っぱらいの一夜漬けでどれだけ身につけられたやら。
「また、おいで! また、いっしょにのもう!」
 プーさんの野太くも好意的な声に見送られ、2人は山を下りていった。その後しばらくは事件は起きなかったけれど、聖誕祭の翌日になって、また郊外の家畜小屋が襲われたという知らせが届いた。
 周囲の山々は既に白い色に染め上げられていた。

インディ・レース

 インディアナポリスでは、北軍の猛攻が始まっていた。
 南軍はこの地に、2個機械化騎兵師団(第2、3)と3個旅団を配置している。戦力差故に、彼らは市街全域の防衛を早期に断念した。
 戦場として、彼らは市街南西部を選ぶ。左側面をイーグルクリーク、右側面をホワイトリバーで防御するのが狙いだ。ホワイトリバーは南南東にいくつかの湖沼を携えて広がっており、北軍による背後への進入を大いに妨げるものと期待された。
 インディアナポリス国際空港を陣の奥深くに置き、少ない戦力でなんとか守りきろうとの構えを示す。北軍はすでにインディアナポリスの西方と南方をおさえており、もはや南軍は撤退もできない。背水の陣となったこともあってか、彼らの戦意は予想外に高かった。
対地攻撃をする北軍の戦闘機。マリみて仕様  北軍はこの戦線にロシア第1義勇航空隊<パパヤガ>、そして独立航空戦隊<リリィ>を投入している。<リリィ>は今時作戦に際して再編された部隊であり、その指揮には昇進の上で抜擢されたアレン・シアフィールド中佐があたっていた。
 彼はロシア第1義勇航空隊との間で連絡将校を交換し、調整を密とするよう努めている。連絡将校からの情報で彼が強く興味をひかれたのは、ロシア戦闘機I-16の武装だった。20mmという大口径機銃に加え、それは対地ロケット弾まで装備できるという。
 デイヴィス・シニア中将が今時作戦において航空支援を重要視している点に鑑み、彼はロシア第1義勇航空隊に対地攻撃への注力を依頼した。代わりに、彼の率いる独立航空戦隊が制空権獲得に全力を注ぐと約束する。
 対する南軍航空隊は、いずれも正規部隊ではなかった。ドイツ第88戦闘飛行隊と女子独立航空戦隊である。
 ヴォルフラム・フォン・リヒトフォーフェン中佐率いる第88戦闘飛行隊の主力機は、最新鋭のAr68だった。しかしながら複葉のそれは、I-16と比べればみじめなほど古くさい設計思想に基づいている。
 また、ジャクリーン・コクラン中佐率いる女子独立航空戦隊はボールトンポール・デファイアントを主力としていた。単葉で1000馬力級エンジンを備えた機体だったが、動力銃座を備えているため運動性に疑問がある。
 このように劣勢と思われた南軍航空隊だが、意外なまでの粘りを見せた。彼らは北軍の対地攻撃掣肘に重点を置く。高速で進入して対地攻撃を試みようとするI-16に、彼らはデファイアントで対抗した。敵機が反撃不能な真横につき、その側面を4丁の機銃で狙い撃つ。必ずしも成功する戦法ではないが、他に類例がないゆえに北軍航空隊は混乱した。
 動きの鈍いデファイアントを先に墜とそうと近づけば、今度は軽快なAr68が妨害する。南軍航空隊は敵陸上部隊の阻止はできないものの、北軍航空隊によるそれを妨げることだけに集中したのだ。
 攻めきれぬ友軍に、シアフィールド中佐は切歯扼腕するばかりだった。
 北軍のインディアナポリス奪還作戦「エイブラハムズ・ドリーム」は、中部方面軍司令ベンジャミン・O・デイヴィス・シニア中将によって統括されている。彼はこの作戦で、南軍インディアナポリス守備隊の迅速な包囲・殲滅を重点としていた。
 先にもふれたように、インディアナポリス西北西のリッツトンには第1海兵連隊が進出している。そして南方グリーンウッド付近には北軍教導騎兵師団が展開していた。彼らの役割は、ルイヴィルやニューオルバニ方面からの南軍増援阻止である。
 そして北軍は、北と東からインディアナポリスに攻め寄った。北面には4個歩兵師団(第1、7、11、13)、東面にも同じく4個歩兵師団(第26、27、28、34)が投入されている。
 予備兵力として彼は第8、21歩兵師団を手元に置いていた。両師団はフォートウェーンからの南下で消耗が著しかったため、休息を必要としていたという点も無視できない。ここからも、いかにデイヴィス・シニア中将がインディアナポリス攻略を急いでいたかがよくわかろう。
 にもかかわらず、彼の意図とは異なり北軍の攻勢は遅れ気味だった。たしかに市街の大半は早期に獲得している。だが、彼が求めた南軍守備隊の捕捉・撃滅は容易ではなかった。南軍は守りやすい地域へと退避し、防御に専念していたのだ。
 焦慮に駆られる彼の元へ、新たな凶報が届く。教導騎兵師団が空襲を受けているというのだ。
 北軍教導騎兵師団がインディアナポリス南方グリーンウッドに進出したのは、その機動力が買われたためである。彼らはそれを最大限に発揮して進出していたが、それゆえに陣地構築は進んでいなかった。計画では、当面機動防御で対処することとされていたのだ。
 そこに南軍航空隊が襲いかかる。それは第1独立飛行戦隊に加え日本義勇航空団、そして新参の中国義勇航空隊によって編成されていた。
 地上では大きな打撃力を誇る騎兵師団だが、空からの攻撃には手のうちようがない。幸い、直接的な打撃は少なかった。しかしそれは、南軍航空隊が阻止攻撃に重点を置いていたからだ。
 空襲により、北軍教導騎兵師団は機動の自由を失った。南軍はここでニューオルバニからの増援を前進させる。それらは第36歩兵師団と2個旅団だった。
 機動力を発揮できぬままでは、教導騎兵師団が包囲・拘束されかねない。北軍は航空隊を急ぎグリーンウッド方面へ投入した。さらに予備兵力の2個歩兵師団も急行させる。
 北軍航空隊はグリーンウッド上空における南軍航空隊の跳梁を食い止め、ジョン・ブラッドレー大佐の教導騎兵師団に機動力を発揮せしめた。ようやく北軍は接近する南軍陸上部隊を迎撃すべく動き出す。しかしエアカバーが手薄となったインディアナポリス上空では、南軍女子独立航空戦隊が予想外の反撃に出た。
 ホワイトリバーを左手に見ながら、ジャクリーン・コクラン中佐はデファイアントの高度を落としていく。
 女子独立航空戦隊を率いる彼女は、新たな主力機の潜在能力を試そうとしていた。左に大きく旋回し、彼女の愛機は北軍の迫撃砲陣地後方へと迫る。列機は上空でエアカバーについた。
 主翼越しに、彼女は敵陣地を見つめる。急増ながら斜面を活かした良い陣地だ。並の砲撃や機銃掃射で無力化できなかったのも無理はない。
 時折あがってくる対空銃火を無視し、彼女はフラップをぎりぎりまでおろす。デファイアントは北軍部隊上空で小さな円を描いた。ちょうど、迫撃砲陣地が中心となる円だ。彼女の後ろで、動力銃座がモーター音とともに左を向いた。キャノピーに貼り付けたチューインガムが陣地とおおむね重なったところで、彼女は短く合図する。
 瞬間、4丁の機銃が激しいうなりをあげた。曳光弾が迫撃砲陣地の周辺へと降り注ぐ。遠心力の中、銃手は懸命に照準を修正した。弾着が徐々に陣地へと収束していき、火花が飛び散る。と、不意に轟音とともに爆煙があがった。おそらく砲弾が誘爆したのだろう。派手な戦果に、彼女は銃手とともに快哉を叫ぶ。
 彼女が考案したこの戦術は、北軍の間で「インディアンの襲撃」と呼ばれるようになった。彼女ら女子独立航空戦隊は一時的ながら制空権を得られたのをいいことに、この戦術で次々と北軍地上部隊を襲う。予想もしなかった戦術と、その酸鼻のきわみとすら見える損害に北軍は狼狽した。
 炸裂弾を用いる訳ではないので、北軍が実際に被った損害は決して大きくはなかった。しかし全周から機銃弾を注がれるという恐怖は、北軍地上部隊の士気を著しく低下させた。一時など、北軍地上部隊は飛行機の影を見ただけで遮蔽物にへばりつくありさまだった。
 北軍の前進は如実に遅れる。そしてついには、デイヴィス・シニア中将に攻勢の一時停止を決断せしめた。

愚者の群れ

 11月も下旬となると、ここシカゴではミシガン湖を渡る風が厳しい。まして夜となればなおさらである。雪こそ降らぬものの、風は縮み上がるほどに冷たい。しかしそれ以上に、南軍将兵らの眼差しは冷え切っていた。
 その視線の中心にあるのは白旗、そしてそれをかき抱くようにして立つラチェット・ウィンチェスター女史である。
 後ろには、彼女が運転してきたフォードの大型救急車がかしいだまま佇んでいた。バリケードを突破したときにタイヤが一つパンクしたようだ。
 そう、彼女は南軍への投降を選んだのだった。無論、自らの命を惜しんでの選択ではない。北軍支配地域では、すでにいくつかの医薬品が枯渇していた。そして、傷病者の中にはそれらの欠乏が死へとつながる者たちもある。彼女は誇りも名誉もなげうって、そのような人々を救うべく南軍に自らと傷病者らを委ねたのだ。
「南部の方々は情に厚いとうかがっております。当然、傷病者をいたわるお気持ちはお持ちでしょう」
 かすれた喉で、彼女は呼びかける。しかし、南軍兵士らは沈黙したままだ。いくつかのライフルはぴたりと彼女に向けられている。南軍支配地域に入ってからこっち、彼女は白旗を振りつつ幾度も呼びかけてきた。傷病者と看護婦たる彼女だけだとも伝えている。にもかかわらず、南軍将兵の視線は敵意に充ち満ちていた。殺気すら感じるほどだ。
 おびえる彼女の耳朶を、通りの良い声が打った。男の声だ。声の主は兵士らに鋭く命じ、銃を下げさせる。現れた男は、第5歩兵師団長のカール・ストリンガー少将と名乗った。いかにも南部紳士といった面持ちだ。
「兵士らが礼を失したようで申し訳ない。ミス……」
 ようやく柔和な言葉を聞き、彼女は軽く安堵する。
「ウィンチェスターと申します」
「ああ、ミス・ウィンチェスター。先ほどのこともあり、兵士らは気が立っているのです」
「先ほど?」
 問いかける彼女に、ストリンガー少将はわずかに片眉をあげた。言葉を選んだ後、彼は口を開く。
「当方の支配下にある飛行場が奇襲されました。あろうことか、死者からはぎ取った南軍の制服をまとっての襲撃だったようです。死傷者も出ております。兵士らの怒りも理解していただきたい」
 スプリングフィールドに在るドイツ第88戦車集団からの知らせは、セントルイス経由でアトランタへと届いた。
 予想外に多いスプリングフィールドの敵。北軍西部方面軍に見られる物資備蓄増強の動き。そして、インディアナポリス北東からの北軍襲来。マーケット・H・リヴァー大将は、スプリングフィールドの北軍をインディアナポリスへの増援と判断した。
 敵がスプリングフィールドから大軍をインディアナポリスへと送り込めば、守備に当たっている南軍は腹背に敵を受けることとなる。最悪、部隊とインディアナポリスを同時に失いかねない。そうなれば、呼び戻そうとしているシカゴの機械化部隊も補給途絶で無力化する。つまり、南軍はこの戦争を失うこととなる。
 スプリングフィールドの敵を急ぎ拘束する必要を感じた彼は、地図をじっと睨んだ。スプリングフィールド近くに位置し、機動力に長け、十分な戦闘力を持つ部隊。選択肢が一つしかないことを悟ると彼は素早く指示を出す。
北軍機械化  北軍西部方面軍は、デカチャー湖西岸においてドイツ第88戦車集団を包囲していた。彼らは、ドイツ第88戦車集団の役割が陽動だと知っている。機械化部隊、それも装甲軍集団レベルの移動となれば事前準備だけでも隠しきれるものではない。まして、シカゴ周辺に住む市民の大多数は北軍寄りだ。南軍機械化部隊がフォートウェーン方面へと向かおうとしているのは明白だった。
 とはいえ、戦況が膠着しているインディアナポリスへとドイツ第88戦車集団を向かわせるわけにはいかない。そして、彼我の戦力差はあきらかだった。もはや北軍に、掌中にある敵部隊殲滅の好機を見過ごす理由は何一つない。
 北軍は力任せにドイツ第88戦車集団を攻め立てる。ことに第9機甲師団の動きは稚拙とすら呼べるレベルだった。しかし弾薬や燃料が不足しているドイツ第88戦車集団にとっては、それすらも大きな脅威となっている。
 当初ドイツ第88戦車集団は機動防御をもって対抗していた。だが繰り返される北軍の攻撃に、防御拠点は一つまた一つと失われていく。そして燃料不足は彼らから機動の自由を確実に奪っていった。
 ヨアヒム・シュバルツバルト少将は、戦車の車体を埋設して砲座として用いるよう指示している。機動できてこその戦車だが、背に腹は代えられなかった。より長く、より多くの敵を引きつけねばならない。それこそが第88戦車集団の、シュバルツバルト少将の任務だった。
 いや、そのはずだった。
 スプリングフィールド北東の55号線上に、南軍部隊は突如現れた。北軍の警戒線を易々と踏みつぶし、彼らはスプリングフィールドへと突き進む。先頭を行くはエドモンド・ダンテス中将率いる第1機械化騎兵師団だ。第1、2機械化歩兵師団もその後を追う。
 北軍は予備戦力として後置していた第20歩兵師団を先頭にして後退する。彼らは南軍より先にスプリングフィールドに入ろうと、リバートン付近で渡河を開始した。しかし南軍は、最初から北軍と同じ競争などするつもりはなかったのだ。
 南軍はスプリングフィールド北およそ10kmのウィリアムズビルからまっすぐに南下し、渡河途上の北軍に襲いかかった。渡河のため長い縦隊となっていた北軍は、南軍の突進に壊乱する。北軍がようやくに混乱から脱した時には、南軍はすでにスプリングフィールド南東部を占拠していた。
 南軍は攻勢を一時停止し、後続を待つ。実のところ、強行軍で疲弊し弾薬も底を突きかけていたというのが真相だったのだが。
 カール・ストリンガー少将率いる第5歩兵師団と第16歩兵師団、そして弾薬や食料を積んだトラックや馬車が合流する。一時は壊滅寸前まで追い込まれたドイツ第88戦車集団も息を吹き返し、合流した。
 南軍は再び攻勢に出る。市街東部のクリアレイクを軸として時計回りに戦線を進める彼らに、大きな損害を被っていた北軍は長期間持ちこたえることはできなかった。リバーサイドパーク付近での反撃には成功したものの、主力が北への渡河を終えるとペオリアへの後退を急ぐ。
 こうして南軍はスプリングフィールドから北軍を駆逐し、機械化部隊の大半を再合流せしめた。しかしもはや、彼らに大規模な機動をおこなう能力は残っていない。少なくとも、インディアナポリス経由で大規模な補給を受けるまでは。

レイズ、またレイズ

 スプリングフィールドが多くの南軍機械化部隊によって奪われたとの知らせは、北軍中部方面軍を率いるデイヴィス・シニア中将にも当然ながら伝えられた。
 地図を睨み、彼は眉をしかめる。
 スプリングフィールドと、同じく南軍が支配するセントルイスとの直線距離はおよそ200km。幸いこれら二つの都市を結ぶ鉄道も主要道も「ない」から、機械化部隊はいまだ補給が枯渇した状態におかれていることだろう。しかし、200kmなら間道でのピストン輸送でカバーできぬ距離ではない。そして、補給を得た南軍機械化部隊の恐ろしさはいやと言うほど知っている。
 彼は早期に局面を打開すべく、第1海兵連隊に指示を下した。
 インディアナポリス西北西のリッツトンで待機していた第1海兵連隊は、ようやくに補給を終えていた。フォートウェーンからの移動で燃料の大半を消費していた彼らもこれで機動力を回復している。
 フォートウェーンからの強行軍、そして休む間もなく陣地構築と疲弊しきっているはずの彼らだが、その動きは機敏だった。彼らはイーグルクリーク南のクレモントに向けて進撃する。左翼をイーグルクリークでカバーしている南軍戦線の後方に回り込み、横っ面を力任せに殴りつけるのだ。
 意気高く攻め込もうとする彼らだったが、ほぼ中間点のアルバカーキにまで達したところで新たな情報が入る。市街南西の70号線上に、新たな敵軍が迫りつつあるというのだ。
「くそったれ、陸軍の連中は俺たちに嫌がらせでもしてやがるのか」
 最悪のタイミングでの知らせに、第1海兵連隊のロイ・ハリー・ルイス大佐は怒気荒く叫んだという。
 南軍は、機械化部隊がスプリングフィールドの敵を駆逐したことによって、北軍のインディアナポリス攻略計画に齟齬を与えられたものと考えていた。だが彼らはこの時、インディアナポリスの早期回復を重要視している。このため、彼らはセントルイスをはじめチャールストンやリッチモンドからも続々と援軍をインディアナポリスに送り込もうとしていた。
 機械化部隊への補給路回復が目的ならば、北軍のデイヴィス・シニア中将が考えたようにセントルイスからのピストン輸送をおこなう方が合理的なようにも見える。しかし、彼らはそうしなかった。いや、できなかったのだ。
 そもそも南部は、合州国と比べ機械化・工業化が進んでいなかった。軍が徴用できるトラック自体が限られている。それに加え、先のハリケーンがもたらした被害が南部の基礎体力を奪っていた。機械化部隊を復活せしめるほどの補給をスプリングフィールドとセントルイスの間で行うなど、この時期の南軍には夢物語だったと言えよう。
 70号線上を北東へと進みつつあったのは、渡良瀬保行少将率いる日本義勇歩兵師団だった。彼らはカンザスシティからセントルイスを経て、インディアナポリスへと迫る。
 そしてその上空を行くは、山本五十六中将指揮下の日本義勇航空団だ。
 北軍第1海兵連隊は南軍の合流を阻止すべく南下する。しかし、そこに日本義勇航空団が襲いかかった。エイボン付近で第1海兵連隊は前進を阻まれる。
 無論、北軍航空隊も黙って見てはいない。独立航空戦隊<リリィ>が日本義勇航空団の前に立ちはだかる。跳梁していた日本の攻撃機を追い払う友軍機に、第1海兵連隊の将兵は歓声をあげた。しかし、それも一時のことだった。
 南郷茂章中尉率いる第1戦闘機中隊が、上空から逆落としに襲いかかったのだ。カンザスシティ上空における経験から、彼は巴戦の限界を学んでいる。まして、相手は低空での運動性に優れるP6E<ホーク>だった。あえて敵と同じ土俵で戦う必要もないと考えた彼は、小隊単位で上空からの一撃離脱を基本戦術とするよう部下に徹底する。全金属製単葉機たる96艦戦によるこの戦術に、P6E<ホーク>はただただ逃げまどうばかりだった。
「力任せに踏みつぶす機は失われた」
 エイボン付近で北軍第1海兵連隊と日本義勇歩兵師団が対峙するに至ったとき、デイヴィス・シニア中将はそうつぶやいたと言う。
 「エイブラハムズ・ドリーム」では、北軍は大兵力で一気に南軍守備隊をたたき出すはずだった。しかし南軍守備隊は、攻め込めば攻め込むほど漏斗のように狭くなっていく戦線の奥に潜んだ。それゆえ、北軍は初期の兵力差を活かせなかった。
 また、インディアナポリスへの援軍を阻止せんと別働隊を先行派遣した結果、戦線は3つに分裂してしまった。そしていずれの戦線でも、現状では南軍を圧倒し得ないと北軍中部方面軍は判断する。まずは再び攻勢を停止し、混乱をおさめねばならなかった。
 ここにインディアナポリスの早期奪取という望みは絶たれ、事実上「エイブラハムズ・ドリーム」は中止される。
 12月に入ると、インディアナポリスには南軍のさらなる増援が来着した。
 まず3日に、チャールストンとリッチモンドからの3個師団強が現れる。第6歩兵師団のオーイドン・ビッグマウンテン准将や、第3歩兵師団のサンドラ・アラルコン少将は即時攻撃を上層部へと進言したが容れられなかった。これまでの戦いが、拙速を尊ぶあまりに戦力の逐次投入となっていたとの反省がなされたからだ。また、シカゴから殿軍たる第3機械化騎兵師団が撤退に移ったとの知らせも、南軍にとっては精神的なゆとりとなっていた。
 一気に片を付けるべく、南軍は最期の予備戦力である5個旅団の来着を待つ。それらはそれぞれ、ウインストンセーラム、エバンズビル、ニューオリンズ、メンフィス、そしてリトルロックからの旅団である。

海ゆかば……

■水上戦
 合州国海軍の主力は、大西洋海域での積極的活動を決意。チャールズ・エジソン司令長官の作戦立案のもと、「ミシシッピ演習」を発動した。
 この作戦の骨子は、「中部大西洋域において、護衛船団を襲撃する連合側艦隊を、仏艦隊の支援の元に撃滅する」というもので、実際の艦隊指揮は、就任したばかりのヴォルフリート・フォン・ギースラー中将・第一任務部隊司令官が取ることになった。
 船団護衛を、中立国による独行に切り替えた合州国海軍は、もともとのドクトリンに戻ることを決意したのだ。

ガンボート  晩秋の深夜、合州国艦隊はその拠点であるアナポリスを出航する。もともと、合州国と連合の艦隊根拠地は「隣り合わせ」と言って良いほど近接しており、昼間はお互いの航空機による偵察も激しく、出航は夜間に頼らざるを得ないという事情がある。
 出航を悟られれば、連合の主力艦隊が出撃してきて、望まない(艦隊主力がなくなれば、どちらの国家にしても戦争を失うであろう)『決戦』を強いられる可能性も大きい。そのことを理由に、一部幕僚の間では、この作戦には根強い反対が存在したほどだった。
 この「夜半での出撃」そのものは、大成功を納めた。難しい夜間の艦隊機動も、ギースラーの指揮の下、合州国艦隊は見事にやり遂げたのだ。その背後には、港湾に潜むスパイの徹底排除などの努力、また連合側監視潜水艦の減少などの幸運も重なったのだが、彼らの冷静な行動と、強い意志が成功を呼び込んだ…と言って過言ではない。
 特に、出撃前の連合側・監視艦艇の排除には、第4任務部隊を指揮した(第2任務部隊は休養と修理中)クランストン・スノード中将の手腕によるところが大きかったと評価されている。
 二流海軍視されていた合州国海軍が、装備はともあれ、主力艦隊の練度と作戦立案能力が、世界の一流海軍に引けを取らない実力を持つことを世界に知らしめた一瞬だった。

 だが残念ことに、彼らの出撃は徒労に終わった。前提条件であった仏艦隊の出撃が中止になったこと、そして、中部大西洋海戦のダメージから連合側艦隊が、自分より大規模な艦隊との交戦を、徹底的に避けるように…との厳命をカリブ海・大西洋艦隊司令長官である、ウォルター・カーティス司令長官から受けていたためであった。
 連合側は、もともと襲撃を前提とし、高速艦(巡洋戦艦と航空巡洋艦)を中心に水上艦隊を編成。先回の海戦の経験から、航空巡洋艦による航空索敵を徹底的に行った。合州国側も、航空索敵を軽視していたわけではないが、結果としては待ち伏せに失敗した形となった。
 双方の水上艦隊とも、お互いを補足したのはほぼ同時(連合側が若干早い)だったが、戦艦を含む艦隊の存在を察知した連合側の襲撃艦隊は、直ちに撤退を開始。高速艦を揃えた強みで、あっさりと合州国海軍の追撃を振り切って、根拠地への帰還に成功する。

 敵艦隊の主力補足に失敗した合州国艦隊も、連合側の主力艦隊が出撃してくることを恐れて帰還。ここに、晩秋の艦隊同士の対決は、一瞬のすれ違いに終わった。
 作戦的には、合州国海軍は高い作戦能力を見せつけたが、かえって今後の連合側の警戒を呼び込む可能性があり、また、大規模な艦隊運用のつけとして、もともと潤沢ではない燃料問題に頭を悩ませることとなった。
 一方、連合側は「根拠地同士の近さ」に寄りかかっていた認識の甘さに冷水を浴びせかけられ、完全に裏をかかれた形になったが、先回の海戦の経験から、航空関係を重視していたことで間一髪、危機を免れた。戦術上の処置で作戦のミスをカバーする、というもっとも忌むべき結果になったわけで、海軍の運用に強い非難の声があがっている。

 日英の海軍関係者は、今回の両軍の作戦について、異口同音に以下のように語っている。
「第一次大戦時のように、大規模な艦隊決戦は、双方が望まない限り生起しない」
「その一方で、艦隊における航空機の運用は、直接攻撃がかなわなくても、今やその死命を制する重要性を持った…と言える」
「しばらくは、特に大西洋北部では冬の海では状況が悪く、どちらもしばらくは大規模な艦隊行動は行いにくいと思われる」

■開発、建艦関係
 空母への改造は、南北共に順調。どちらも、戦力化されるのは、この調子なら予定通り。
 自艦が改装中な事を利用した、連合のセーラム・ライト大佐の「空母航空隊」の訓練・システム化は、合州国より一歩すすんでいるが、部隊規模が小さい(自艦航空隊のみを対象としている)のが難点か。ライト大佐自身は、他艦からの協力者を募ったが、実際は出撃する航空巡洋艦が多かったので、あまり意味がなかった。その一方で、航空部隊と乗務員共同の訓練は、いろんな空母の問題点を洗い出し、改装に役立っているようだ。

 合州国は、造船業界の振興も受けて、潜水艦8隻の進水を達成。輸送船も、月産体勢に入りつつある。もっとも、これはもともと「造船所で使用できる船台の数が多いため」で、効率は上がっているが、1つの船台で1ヶ月で進水させられる…という訳ではない。また、使用できる資材も中立国の船腹に頼らざるを得ないため、エチオピア紛争で仏伊の輸送船団がそちらに優先されたため、不足することが予想されている。
 合州国のマーク・ハミル海軍次官は、精力的に造船行政に関わり、黒人の工員の登用など、一定以上の成果をあげつつある。今回、以前より建造中だった潜水艦が8隻、同時に進水したのも、彼の手腕によるところが大きい。なお、潜水艦は「工期の繰り上げ」で建造が早まっただけで、今後の新造艦艇は2ヶ月ではとても建造できない状態であることに注意したい。
 彼が積極的に業界とすすめている「艦船のブロック工法による建造」は、技術的なブレイクスルーがまだまだ必要で、造船業界に革命を起こすには至っていない。現在は、第2ターンの結果を受けて「輸送船→魚雷艇→河川砲艦」の優先順位で建造がすすんでいる。「簡易空母より、まず輸送船」とは海軍大臣のセリフである。
平均的な潜水艦 連合は、英独あわせて8隻の潜水艦(それぞれ4隻ずつ)を購入し、さらに英からペガサス級空母<アルビオン>および掃海スループ4隻を購入した。これら艦船の購入は、今後も継続される模様である。また、自国内でも潜水艦・魚雷艇の国産化を行う予定であるが、成果が出るには通常で年単位が必要な事業なだけに、今回の戦争に間に合うかどうか楽観視することはできない。

■潜水艦戦
 先ターンの損失を見て、今回は両海軍とも潜水艦戦は低調だった。双方とも、潜水艦の整備・休養に力を入れた…という理由もある。
 それでも、合州国は冬の悪天候による損失1、連合側は沿岸沿いの海域での行動を重視したため、航空機による損失3(大破1、中破2)を被った。特に合州国籍のタンカー・輸送船の行動は停まっているが、中立国籍の船舶の活動は活発である。
 なお今回、連合側のエイドリアン・ダンガード潜水艦隊司令から、潜水艦へのレーダー搭載の上告があったが、レーダー先進国の英国でも、艦載・潜水艦搭載型のそれはまだ開発されていない。しかしダンガードの具申は上層部の注目をあび、海軍航空隊の陸上基地での運用を試みようという動きとなっている。

■その他
 ドイツ海軍の装甲艦(パンツァーシフ)艦長、エーリッヒ・ミヒャエリス海軍大佐は、自艦の点検・修理を行いつつ、台風の被害生々しいフロリダの復興に協力しており、民間からの感謝も篤い。もっとも、乗務員の一部からは、さすがに不満の声が漏れつつあるが本分も忘れてはいない。連合から提供を受けた英の機体ではあるが、<ドイッチュラント>へのカタパルト装着、水上機の装備も完了させている。
 フロリダ救援をうたった独船団も無事到着し、駆逐艦隊は海域を哨戒。連合国内におけるドイツ人気は、今や絶頂である。
 独派遣艦隊のエーリッヒ・レーダー提督は、同様に艦隊全体の整備・補給に心を砕きつつ、以前行った「空母中心の艦隊編成・建造」について、北大西洋海戦を分析しつつ、再び海軍司令部、及びヒトラー総統自身に個人的に進言している。
 予想通り、海軍司令部からの返事ははかばかしくなかったが、総統からは直々に電信、手紙で返答があり、「これこそが私の求めていた艦隊だ!」との由。漏れ聞いたところでは、Z艦隊計画に、突然大きな修正が余儀なくされている…とのことである。

 英海軍の戦艦、<ロイヤル・サブリン>のリチャード・ドレイク艦長は、カナダから連合のポート・サルファに移動。緊急に補給・整備を行った後、出撃して護衛任務を果たした。
 さらに本国の許可が下ったため、チャールストンに移動し、連合側の第1艦隊と訓練を共にする…という、忙しい日々を送っている。
 英駆逐艦<ウィシャート>の艦長、〈ディッキー〉ニコラス中佐も、消耗した第8戦隊を休養・整備させながら、一方で第21駆逐隊を哨戒任務に振り向けている。
 今回、<ウィシャート>を始めとする各駆逐艦は、連合の協力の下に機関のオーバーホール、艦底清掃などを行い、さらに対空火器の増設と、個艦ではない戦隊単位の対空演習を行った。
 集団での対空演習は、この当時ではかなり難しく、その年のジェーン年鑑もこの演習とその結果について、ページを割いている。

そして血と泥が残った

 11月の終わりを告げる寒風の中、南軍装甲軍集団司令官たるエドガー・ライス・バロウズ大将は、第3機械化騎兵師団とともに殿軍としての役割を果たしていた。
 先行して後退する部隊に対し、事前に彼は幾重かの防御陣地構築を指示していた。シカゴの北軍による追撃を、遅滞戦術をもって退けるためである。
 また、陣営などでは兵力の減少を悟られないよう様々な偽装が繰り返しなされた。物資の欠乏で疲弊しきった兵らの間からは「どうせ追撃を受けて死ぬなら無駄な工作などしたくない」との声も上がったという。しかしバロウズ大将は鋼のごとき精神力で兵士らを叱咤し、最期まで偽装を徹底させた。兵と同じわずかな食料で耐え、あらゆる面で特別扱いを拒んだ彼だったからこそ、兵士らも彼の指示に従ったのであろう。
 南軍第3機械化騎兵師団の撤退は、北軍支配地域への重砲射撃をもって開始された。撤退にあたって輸送を断念されたそれらによる攻撃で、北軍に防御態勢を取らせるのが狙いだ。同時に北軍のダグラス・ウッドペッカー少佐らが警戒する湖上でも限定攻勢を実施する。
 そして南軍は砲尾を破壊するなどして重砲を破棄し、素早くスプリングフィールドへの後退を開始する。しかし南軍の懸命な努力にも関わらず、北軍は彼らの撤退を察知した。南軍の兵力低下に伴いその包囲網は薄くなっており、周辺地域住民らからの情報を北軍は得ていたのだ。
「反撃だ!」
 やせこけた体を黒光りするほど汚れた外套の重ね着で被った男が叫ぶ。流浪のジプシーか、ダウンタウンの貧民窟に済む不法移民を思い起こさせるほど惨めったらしい姿ながら、その眼は獣のように炯々とした光を放っていた。誰あろう、第2海兵連隊のジョン・ブラックウッド少佐だ。
 等しくやせ衰えた兵士らが呼応する。雄叫びを上げて南軍を追わんとする彼らの姿は、あたかも幽鬼の集団のようであった。包囲下で燃料などとうに使い果たしていた北軍であったから、当然徒歩での追撃である。栄養不足や凍傷で足を引きずりながらも敵を追い、彼らは南軍第3機械化騎兵師団に反撃を試みる。
 街道上にあまたの死骸をちりばめながら、消耗しきった両軍は最期の戦いを演じた。
 ええ、ええ。
 ありゃあ南軍の連中でした。キャタピラの付いてない妙な戦車でしたからね、間違いありません。
 こんな脇道です、たぶん迷い込んだんでしょう。えらい勢いで走ってきました。驚きましたね、いや、勢いに驚いたんじゃありません。南軍の兵隊が、戦車にびっしりとしがみついていたんです。
 どいつもこいつもひどい格好でした。チャップリンよろしく、ぶかぶかの靴を履いてるやつもいたなあ。
 で、その戦車はそこの畑に飛び込みやがったんです。しばらくは、戦車を押し上げようとあがいてました。
 親父が鍬を持ち出して南部野郎をぶっ殺すって息巻いてましたがね、袖をひっつかんで止めましたよ。なんせ本当に大勢の兵隊だったんですから。
 そしたら来たんですよ、北軍が。でも、最初はなにかと思いましたね。乞食みたいな格好で、インディアンみたいに叫びながら南軍の連中に殴りかかったんだから。
 ええ、殴りかかったんです。鉄砲は持っていたんですがね、そいつをこん棒みたいに振り回して、あっけにとられてるやつらの頭をかち割ったんです。
 最初の内は南軍の連中も拳銃とか撃ってましたね。でもすぐに逃げ始めました。連中も怖かったんだろうなあ、ボーイスカウトみたいに甲高い悲鳴をあげてましたよ。
 で、北軍の兵隊さんたちもそれを追っかけました。こっちはこっちでコヨーテみたいに吠えながらね。
 ええ、ええ。そりゃひどい有様でした。道は血やらなんやらでぬかるみみたいになってましたよ。
 しばらくは肉が喉を通りませんでしたね。本当、ひどい有様でした。
 北軍の追撃に傷つきながらも、南軍第3機械化騎兵師団はスプリングフィールドへの脱出に成功した。エドガー・ライス・バロウズ大将がスプリングフィールドに到着したのは、12月8日のことだった。
 この時点で、北軍はいまだインディアナポリスにしがみついている。このため、スプリングフィールドへの補給はまだ微々たる量だった。とはいえ、何一つ手に入らないシカゴよりはずいぶんましだ。インディアナポリスでの優勢は揺るぎそうになく、近いうちに北軍を追い出せるだろうとの噂もあった。とにもかくにも、南軍機械化部隊は行き倒れの運命は免れたと言える。
 辛くも脱出を成功させたバロウズ大将を、南軍機械化部隊の将兵は皆、歓呼の声で迎えた。ただ一人、ドイツ第88戦車集団のヨアヒム・シュバルツバルト少将という例外を除いて。
 血の気を失い紙のように白い顔と射抜くような鋭い視線に、バロウズ大将は気づく。歓呼の声を背に浴びつつ、彼はシュバルツバルト少将に歩み寄った。
 どちらからともなく敬礼を交わすと、シュバルツバルト少将は口を開く。ともすれば叫びたくなるほどの激情を抑えつつ、彼は問いかけた。
「フォートウェーン経由で後退するのではなかったのですか?」
「状況が変わったのだ」
「我々第88戦車集団が囮で、シュタンダルデ少将の第88歩兵旅団が今頃あなた方と行動をともにしているはずだった」
「そのとおりだ。しかし、計画が変わった」
「第88歩兵旅団はどうなるのです。彼らを見殺しにするのですか?」
「出来る限りのことはしよう」
 不自然な沈黙が2人の間に漂う。バロウズ大将のひび割れた唇が、最期の言葉を押し出した。
「祖国を守るためなら、鬼にでも悪魔にでもなる。そういうことだ」
 シカゴ国際空港の滑走路には、まだ埋め戻された後が生々しく残っている。南北両軍が、相手による利用を妨げるべく砲撃を繰り返したのだ。アリステア・ウイリアムズのDC-3はたくみに弾痕を避け、着陸する。
 深く安堵の息をつくと、彼はポケットから赤い三角帽を取り出した。ぐいとかぶり、彼は白い歯を見せる。機内にはぎっしりと医薬品が詰め込まれていた。ちと早いが、南軍による包囲で苦しめられた人々にはよいプレゼントとなるはずだ。
 駐機所に機体をおさめると、彼は荷役場へと向かう。空港の職員が少ないためだろうか、荷役場は雑多な人々と荷物でごったがえしていた。係員に何度も聞きながら、彼は自らが運んできた荷物へと歩み寄る。
「あの」
 女性の声に、彼は振り向いた。どこから紛れ込んだのだろう、みすぼらしい服をみょうにこざっぱりと着た女だった。つかれきった面持ちのせいか、ひどく老けて見える。
 当惑する彼に、その女は言葉を続ける。
「医薬品を受け取りに来たラチェット・ウィンチェスターです。先に内容明細を拝見できますでしょうか」
 ひどく切迫した口調に、彼は明細を閉じたバインダーを彼女に差し出す。あかぎれだらけの手でそれを受け取り、彼女は明細をめくる。
 いくども繰り返し明細に目を通すと、彼女は短く礼を述べた。ウイリアムズは、赤い三角帽をこっそりとポケットにしまう。彼は、それがあまりにも場違いだと気づいたのだ。
 12月10日、南軍にとって最期の増援である5個旅団がインディアナポリスへと到着する。このころ北軍は、 戦線を整理しながらも攻勢を反復していた。いずれも小規模な攻撃で、南軍にフリーハンドを与えないがためのものである。
 同じく13日、南軍はついに攻勢を開始した。航空優勢を確保した彼らの勢いたるやすさまじく、北軍中部方面軍は後退を決断する。
 混乱する戦況の中、デイヴィス・シニア中将は部隊をフォートウェーンとデイトンに分けて後退させた。いずれも出血を強いられながらの撤退である。
 そして18日、アメリカ連合ジョン・ナンス・ガーナー大統領は記者会見においてインディアナポリスの確保を表明した。
『各所に停戦への動きがあるようだが、早急に行うべきである。なぜならTHE GREAT WARが斯様にも長期化したのは、交戦国間での中立国に関する継戦中の無益な交渉及び全面勝利(Total Victory)に拘泥した故である。まず平和を、しかる後に交渉を行うべきである』(パリ発:ニューヨーク宛)

マイ・スパイ

 ちょっきん、ちょっきん、床屋さん。
 エジソンとフォードの陰に隠れた天才、ニコラ・テスラの日常も少しずつ穏やかになりつつあった。港の施設にも機械や研究者が次々に集まり、警備は強化され、テスラ博士の指示があったりなかったりするけれど研究は少しずつ進められていた。
「レインボー・プロジェクトですかあ」
 理髪師のスローダーは老テスラの整髪をしながら楽しそうに言った。床屋というのは元来話し上手でなければやっていけない仕事だけれど、ジミー・スローダーの聞き上手はまた天下一品であった。誰もがなんとなくぺらぺ喋ってしまうのである。危険な床屋である。トレーシー一家が不在がちなのは実は沈船の宝探しをしているかららしいなんて話も入ってきている。
「いろいろなアイデアが現実化されようとしている。わしが思いついたものもあれば、他の者が考えていたものもな。戦艦の機雷避けの研究なんかは、わしの発明したコイルを応用して他の連中がやってることじゃ」
 テスラの研究の本旨は本来は些末な戦争のための道具にあるのではない。エネルギーのコントロールによる人類の発展こそが彼の目指すものであった。
「いろいろエライこと、してるんですねえ。……今は何がテーマですか?」
「テーマかね? 自動制御のロボットだな。理想をいえばエネルギーを無線で供給し、自分で考え動く……かつては夢物語だと思っていたが、この街に来てからインスピレーションが湧くのだよ」
 ブロック看護婦は待合いの椅子に座って雑誌を読んでいるが、2人の話を小耳で聞き流している。彼女の仕事は博士の健康管理であって防諜ではないのであまり内容は気にはしていない。スローダーも一応、軍の出入り業者なので守秘義務くらいは心得ているだろう。
「でも、部屋の中にこもりっきりじゃ、身体に良くないですぜ。せっかくこの街に来なさったんだ。たまにはあちこち行きなさったらいい……はい、お待ちっ!」
 パッパッと切った髪を払い落としながら、スローダーは長身の老紳士を送りだした。
「ここは良い街だ」
「またのお越しを☆」
 送りだしつつ、床屋は後に付いていくブロック看護婦と視線を交わしつつ軽く頷いた。博士の周囲で怪しい動きがないか見守るのは別に憲兵やスパイばかりではないのだ。
 最初は小さな特派員記事だった。それがやがて大きな記事となり、すぐに内外さまざまな新聞でも言及されるようになった。すなわち、フロリダのハリケーン被害は政府の発表以上ではないかというのである。これら記事では、治安維持や救援活動に当たるべき州兵は存在せず、戦費が膨れ上がり十分な対策費用が捻出できないなど、政府の対応のまずさと戦争が復興を妨げていることが強調されていた。まったく南部連合の報道規制は後手に回っていた。
 しかし、隣州ジョージア州が動いていた。
 ジョージア州はルース・ブロウトン州知事の下、州緊急業務部(OES)を設置して、どこよりも早く戦時体制に移行していた。戦火は容易に市民に届く。古くは南北戦争でのシャーマンの焼き討ち、最近では欧州大戦での空襲や市街戦などはけっして他山の石ではないのだ。
 このブロウトン知事が設置したOESは、自然災害、人為的災害、戦争に起因する大規模災害に対処するための統括機能を有していたが、これがフロリダ州の災害においても機能したのだった。
「フロリダの災厄は我々の災厄でもある。我々が銃後の守りを固めるのだ」
 実際に動いたのはフロリダ州軍ではあったが、マイク・ホアー少佐指揮する憲兵隊、消防隊らがジョージア州からも救援物資と共に応援に派遣された。また、混乱状態に陥っていたフロリダの行政機構は、OESをひな形にそっくりそのままコピーされ、各州からの援助物資や人員の受入を始めていた。
 この点に限っては、いたって順調に進展していたのである。だが、連合国の公安部と憲兵隊を統括するスペクトラム内部においては、また別の視点から問題が指摘されていた。
「マスコミは抑える必要はありませんな。むしろ各国からの支援を得やすくなるでしょう。ドイツからも緊急援助部隊もよくやってくれています」
 ブラック大佐の言葉に、スペクトラムのホワイト司令は片眉をあげて反応しただけだ。先月半ばにドイツから技術者の集団が資材と共に到着し、被災地の救援活動や仮設橋梁の設置などを行っている。ありがたいことだが、地味な作業服に身を包んでいても、彼らの姿はどこからどう見ても訓練された工兵部隊のものであった。しかしブラック大佐の言いたいことはそんなことではないはずだ。
「ハリケーン被災者救援と帰還にまぎれて反政府分子が南東部に潜入している恐れがあります」
「それで?」
「スカーレット大尉のチームを派遣すべきでしょう」
 提案する形でサミュエル・ブラックは言った。
 憲兵組織といっても役割の違ったさまざまな機能がある。軍内の犯罪を捜査する一般憲兵部門はそのまま残されたが、ブラック大佐の思想警察ともいえる部隊はスペクトラムとして統合されていた。とはいえ、その性質から実際的にはかなりの独自性を持っていた。最終の権限はホワイト大佐にあり、実働部隊の要ともいうべきスカーレット大尉が指揮するエンジェル部隊に、ブラック大佐が指図することはできない。あくまで助言するだけである。
 スペクトラム司令部を出ると、ブラック大佐はそのまま警察関係者が出席するレセプションに向かった。ホワイト大佐が結論を下すのを待つまでもない。エンジェルはフロリダに送るしかないのだ。
「Smart、Security、それがスペクトラムのクオリティ。彼はそれをわかってはおらん」
 そう呟く彼の様子はどこか楽しげだった。
 連合国内某所。
 路地裏の暗がりから黄色いコートを風になびかせた男が姿を現した。
「必要なものは手配した。残りの荷物も近日中に届くだろう」
「ハシモトか」
「リトラに配達させる」
 その言葉を聞きながら、リチャード・リンクスは足下の煙草の火を念入りに踏み消す。しかし視線は常に周囲に走らせて死角を作らない。
「オースティンがよろしくということだ」
 リンクスが視線を正面に戻した時、すでに男の姿はなかった。
「ふん」
 そしてリンクスも闇に消えた。
 ジョー・ルッカも最近は自分でトラックのハンドルを握ったり、荷の上げ下ろしをすることは無くなっていた。それだけ商売が順調に推移しているのである。もちろん仕事が楽になったわけではない。戦時中である。安全なルートの確認やガソリンの確保といった表の仕事から役人や警察の下っ端に鼻薬をかがせるといった裏の仕事まで、彼が指示しなくてはいけない仕事は増えるばかりだ。
「商売モンに手をつけずにやってけねーな……」
 書類の束を前にルッカはぼやいた。
 最近の仕事はメキシコ経由の医薬品が多い。もっぱら戦場で疲労回復の用途に用いられるものだ。戦時で不足気味になっているだけに、良い値でさばけるのだ。最近は商品のバリエーションも増えている。
 サンフランシスコ・エグザミナー紙のジョシュア・ハワード記者も新聞紙面を読み返しながらため息をついた。南軍による合州国分断はいまだ成らず、このまま戦争が長期化すると、国力の劣る南部が大敗してしまう恐れも出てくる。別に南軍の肩入れをするわけではないが、余力のあるうちに停戦できないものなのかとも思う。アメリカ合州国もアメリカ連合国も、カルフォルニア連邦の隣国なのだ。
 それよりも問題は麻薬だとハワードは考えている。戦争という現実が目の前に存在しているからなのだが、必要悪として無批判に受け入れすぎていないかと思うのだ。
 羽常は北米大陸をあてどもなくさまよっていた。
 いや、まったくあてがないわけではない。博士はきっと北に向かっただろうと目星はつけていた。誘拐犯に遭遇したのはほんの一時、お茶の間だけだ。しかしマフィアとかギャングとかの関係者には見えなかった。それにカルフォルニア連邦とかメキシコ合衆国ということも考えにくい。それらの国とは別に敵対しているわけでも何でもないので、気軽に旅行のふりをして、そのまま消えれば良いだけだ。そうやって、可能性の低いものを除去していけば、残るはアメリカ合州国だけである。論理的に考えればそういう帰結になるが、彼女がそこまで考えていたかは不明だ。
「自分がクビになる前に、博士を連れ戻せばいい!」
 それだけが頭にあった。
 バスを乗り継ぎ、補給部隊の輸送車や馬車に便乗しながら、ただ北へ北へと進んでいった。妙に着飾った少女が(ただでさえ日本人は幼く見えるのだ)、日傘など差し、鼻歌など歌いながら旅することを止められる者はいなかった。それでも、まだ開戦前なら国境線で行く手を遮られたろうが、今は全軍が北へ北へと突進し、その補給線を維持すべく、すべての輸送機関を使って物資が続々と送られている。なんとなく北へ向かっているうちに、なんとなく合州国領に入ってしまい、またなんとなく戦闘を避けているうちに、前線の遙か後方にまで浸透してしまっていた。防諜担当者が知ったら髪をかきむしって怒り狂うことだろう。
 そして今、見知らぬ町の四つ角に立ちつくしていた。南軍の進撃を警戒して、交通標識の類はすべて撤去されている。もともとどこへ向かうというあてもないのに、今どこにいるかもわからなくなってしまったのだ。ハバナに足を踏み入れていないだけ幸運というものだろう。
「あのお、ここはどこですか?」
 よりにもよって羽常は、通りすがりの騎馬警官を呼び止めた。道を聞くのはおまわりさんというのが常識である。
「トレドだよ。きみはどこへ行くんだね?」
「ちょっと知り合いの所です。名前はアーノルド。住所はわかんないです」
 誰だよ、アーノルドって!?
 さすがに警官も不審そうに、羽常の姿を上から下まで何度も見る。中国人かベトナム人か。もしかしたら日本人なのだろうか? しかし、このヒマワリ色のスーツを着込み、少し寒そうにしている東洋人の少女は……。
「日本人か?」
「え? アメリカ万歳ですよ! アメリカは世界一ですよ!!」
 ひたすらニコニコと、まるで迷子の子犬のように尻尾を振る少女に、やがて警官と馬は同時にため息をついた。
「西には行くなよ。あっちは戦場だ」
「は〜い☆」
 そして1ヶ月後、彼女はサスケハナ川の中州にある街に到達していた。中州ではあったけれど、周囲が3マイルあることから、そこはスリーマイル島と呼ばれていた。

東西茶話

 東堂明は故郷から届いた慰問袋の中に、見慣れぬ御守りをみつけて首を傾げた。些細な疑問ではあったが、何事であろうと即座に解決すべきなはずだ。彼は靴を磨いていた従卒に尋ねた。
「この御守りは何か? 金比羅大権現なら解るが」
 それは小さな御守りだった。矢島神社とある。海軍なら船の守り神である讃岐の金比羅宮というのが定番だ。
 従卒は小さく笑った。
「最近は、この神社も有名なのであります。呉の海軍工廠から東へ60キロほどのところにあるそうですが、ここに詣ればどんな船でも港に戻るといわれています」
「……そうか」
 本当は、たとえ沈んでも船魂は帰るといわれているのだが、そこまで艦長にいうことはあるまい。最近では陸軍さんの間にも広まっているらしい。
「ならば、鞍馬准将にも送ってやらないとな」
 その言葉に、従卒は少し複雑な表情になった。
 サクラメントの海軍司令官、鞍馬冬也准将のもとに帰投命令が届いたのは11月に入ってすぐのことである。戦艦<山城>は駆逐艦2隻とともに呉に入港すべしというのがその要旨であった。
「ふむ。へたをすると世界一周になるか……」
 <山城>の改装のためということであったが、エチオピア方面の作戦に呼応したものであることは鞍馬にも容易に想像がついた。海軍は太平洋全域に展開した通商路や信託統治領を維持するのに手一杯であり、新たにエチオピア方面へ派遣する輸送船団の護衛の数が足りなくなったということなのだろう。ならば、アメリカ西海岸でいわば保険的に艦艇を配置しておくのももったいないというところか。
「軍令部は本当ならカリブの艦隊の方こそ呼び戻したいところだろうが……さて、陸軍さんも大変だろうな」
 エチオピア遠征で海軍もてんやわんやだが、陸軍はことさらだろう。その様子を想像して珍しくもにやりとしてしまう鞍馬だった。
フォード  ルーク・ハミル海軍次官は部下からの報告に業を煮やした。 「まだ、空の要塞は目処がたたんのか」
 南北衝突のときは近いと、合州国陸軍は先年より重爆撃機の開発を始めており、ダグラス社とボーイング社による競争試作が進められていた。そして戦争が勃発した前の週には試作機の初飛行が行われていたが、ダグラス社は速度と航続距離が不十分であり、要求を満たしていたボーイング社は墜落事故を起こしてしまっていたのだ。あてになる大型爆撃機の生産が始まれば、兵士の損害を最小限にとどめて敵に大打撃を与えられるはずだった。
「性能的には不十分ですが、ダグラス社を採用すれば年内には生産に入れるでしょう。そうなると、ボーイングは完全に倒産してしまいますが……」
「それは困る。ボーイングの機体性能が優れていることは君も認めただろう? あれは捨てがたいよ」
 可能な限り早く、より良い兵器を手に入れることは重要事項だったが、それによって開発能力を持つメーカーを倒産させてしまっては元も子もない。癒着とか情実とはまた別の次元の話だ。
「エンジン強化ができればいいんだ。予算の手当を検討してみてくれたまえ」
 政治的な投資を命じて下がらせると、ハミル次官は書簡をしたためるべくペンを手に取った。やるべき仕事は無限と思えるほどあるが、できることは有限であり、それが実を結ぶことはほとんどない。
 戦争とは海に向かって石を投げ込んで陸地を生み出そうというようなものだ。海は果てしなく深い。
 東京都文京区。
 冬の寒さも太陽さえ出ていれば、ガラス窓のこちら側までは届かない。
 窓辺に置かれた籐椅子にゆったりと腰かけ、木村駿吉は穏やかな様子で茶をすすりながら書に目を通していた。
学校を退職して始めた弁理士稼業ももはや開店休業ではある。それでも書に目を通すことだけは止められなかったが、最近は細かい文字を読むことが億劫になってきていた。
 太平洋の向こうでは戦果は広がる一方らしい。自分が心配しても仕方がない。
 足下の三毛猫がにゃあと鳴いた。
 木村はそっと抱き上げた。

新たなる日には、新たなる血を

 アメリカ大陸にマージャンが持ち込まれた1920年代のことと言われている。ことにアメリカ合州国では大いに流行し、上流階級の知的なゲームとしてもてはやされた時代もあった。であるから、それなりに歴史のあるホテルなら雀卓などがそろっているのも決して珍しい話ではない。
 インディアナポリス大学からほど近いイースト・ハンナ・アベニュー沿いにそのホテルはあった。そこは今、南軍将校の宿舎として用いられている。その一室で、東洋人3人と不敵な面構えの白人が雀卓を囲んでいた。日本義勇航空団の山本五十六中将、同じく南郷茂章中尉、そして中国義勇航空隊のクレア・シェンノート大尉と高志航少尉である。
 シェンノートは、つい先頃まで蒋介石の軍事顧問をつとめていた男である。将軍としての扱いを受けていたことも在ってか、山本中将を前にしながらいささかも怖じ気づくそぶりを見せない。
 泰然と牌をきりつつ、彼は口を開いた。
「なんと言いましたか、北軍の将は」
「たしか、デイヴィス・シニア中将。ニグロの将軍だと聞きます」
 南郷中尉の言葉に、シェンノート大尉はわずかに眉をひそめた。なぜ日本人は黒人を平然とそう呼べるのだろう。彼らも有色人種だというのに。彼は牌を引き、またきる。
「たいした男ですな、あれは」
「しかり」
 牌をきりながら、山本中将が答える。
「負け戦となりながら、なおも粘り続ける。なかなかできることではない」
「多数の南軍をこの地に拘束し、同時にスプリングフィールドへの補給路再開を可能な限り遅らせる。まこと、たいしたものです」
「武人として、我らもそうありたきもの」
 山本中将の言葉と重なるように、高志航少尉が牌をきる。にやりと笑うと、山本は牌をさらした。
「マージャン。オール・グリーン(緑一色)」
「大尉、なんすかそりゃ」
 とまどう高少尉にシェンノート大尉も破顔する。
「アメリカン・ルールでの役だ。郷に入っては郷に従うがいい」
「で、どうなるんで」
「うむ。とりあえずおまえの点棒箱が空になる」
クリスマス休戦の違いを楽しむ南軍兵士。1935年  しんしんと降る雪を見上げ、オットー・シュタンダルデ少将は深く息をついた。
 彼の率いるドイツ第88歩兵旅団は今、フォートウェーンにて敵の包囲を受けている。
 南軍装甲軍集団がシカゴ脱出計画を変更した旨は、彼の元にも伝令によってもたらされていた。バロウズ大将はこの段階で、独自判断に基づく行動を彼ら第88歩兵旅団に認めている。しかし物資の不足が、彼らにこの地で留まるよう強いた。もともと装甲軍集団と合流してから南下する予定だったため、物資は必要最小限しか持ち込んでいなかったのだ。
 彼はせめてもと野戦築城を急がせたが、そのうちに後退していたはずの北軍第14歩兵師団が再び戻ってきた。おまけに、インディアナポリス方面からは新たに3個師団強がやってくる。インディアナポリスでの戦いに破れ、さらに長い後退で疲弊しきっているのだろう、そちらには積極的な動きはまだ見られない。
 とはいえここは北軍のホームグランドであり、来月早々には動き出すだろうと予想されていた。対して、インディアナポリスの友軍による救援は期待しがたい。スプリングフィールドの装甲軍集団が息を吹き返すには今しばらくかかり、その間を現在インディアナポリスにある部隊でカバーせねばならないはずだからだ。部下の中には絶望の声をあげるものも少なくない。
 だが、とシュタンダルデ少将は一人思う。
 つまるところ南軍装甲軍集団がシカゴから脱出するには、なんらかの犠牲が必要だったのだ。そして運命は、生け贄としての役割を自分たちにあてがった。ならば自分たちは、その役割を最期まで演じるだけだ。ドイツの軍人として、最期まで誇り高く。
 そこまで考えて、彼は野戦電話で管理中隊を呼びだす。
「すまんが中隊長、一つ頼まれてくれ。今日は兵士らに暖かいグリューワインを飲ませてやりたい。できるか?」
『お任せ下さい。赤ワイン、オレンジの皮、砂糖、いずれも確保しております』
「助かる。ラム酒はあとで従兵に届けさせよう」
『そいつぁすごい! 兵も喜びます』
 受話器を置き、彼はまた空を見上げる。たしかに雪は降っているが、晴れ間が見えぬ訳でもないのだ。
「たったこれだけ、でありますか」
 裏返る声で問うのは、英軍第12植民地師団を率いるバンデル・ハーホッフ少佐である。
 彼らは秋口の戦いでさんざんにたたきのめされ、壊乱した。どうにか部隊をまとめなおし、今はここチャールストンの守りについている。
 問いかけに黙って頷くのは独立航空戦隊のデイヴィッド・リー中佐だ。
 独立航空戦隊は現在、ニューオルバニで待機している。連絡と打ち合わせのため、リー中佐はチャールストンに立ち寄っていた。卓上に広げられた地図を指さし、彼は口を開く。
「ここチャールストンは貴様の1個師団。その両翼であるハンチントンとリッチモンドには、それぞれ1個旅団。それだけだ」
「ニューオルバニやピッツバーグは? たしかシカゴから海兵隊が戻ってきたはずですが」
「ニューオルバニは海兵隊<フランクリン・ブキャナン>と第4歩兵師団が守っている。あとは、我々だな。ピッツバーグには2個空挺旅団が控えているが、こいつは最期の切り札だろう」
「他は?」
「これだけだ。現在東部を守っているのはたったこれだけだ」
 ハーホッフ少佐は不安に駆られた。これまでに入っている情報が正しければ、北軍の東部方面軍は7個師団。しかもそれらはこの2ヶ月、錬成を積んでいるという。インディアナポリスから後退した北軍の大半はデートンで戦力回復を図っており、それらが東部へと移動するのは難しいことではない。
 ストーブのついた部屋であるにもかかわらず、彼は寒気を感じた。
 押し黙る彼をしばし見つめた後、リー中佐は自らの左手を軽く叩いた。
「ああ、少佐」
「他にまだ部隊が?」
 救いを求めるかのような声に、彼は一瞬言いよどむ。
「いや、ちょっと言い忘れていただけなんだ……メリー・クリスマス」


新聞雑誌の報道から

エチオピア皇帝
「続報エチオピア紛争」
 戦前のイタリア主張のエルトリア、エチオピア国境線付近に留まっていたイタリア軍がアクスム付近を警備中にエチオピア軍の一部による奇襲を受けた模様である。激しい攻撃に際し一時は防戦一方になったイタリア軍であったが空軍の支援を受け反撃に転じエチオピア軍を撃退したとイタリア軍スポークスマンは語った。
 また同スポークスマンは「イタリアは伊主張の国境内に留まっておりエチオピアの軍事行動に対し防戦したに過ぎない。またこれ以上イタリア軍に対しエチオピア軍の攻撃が続くようならば軍の安全のためにエチオピア領内への進撃を考慮せざるを得ない」とのムッソリーニ統領の談話を発表した。(11/20 ローマ共同)
「大日本帝国エチオピア派遣軍、陸路アジスアベバヘ」
 陸軍省は独立混成歩兵旅団(岩下中将)が英領ソマリランドからエチオピアの首都アジスアベバへ進出したと発表した。またこれに関連してエチオピアへの日本国民の支持や義捐金などの支援を求める重光葵首相の談話を発表した。
「仏、ジブチへ外人部隊派遣」
 フランス外務省は東アフリカ仏領ジブチに第1外人歩兵師団の傘下の1個連隊規模の先遣隊を派遣したと発表した。これはエチオピア紛争への対処と見られる。
「伊仏国境、緊張化へ」
 エチオピア問題に端を発した英独仏3カ国の経済制裁を受け、ムッソリーニ統領も対抗処置として当該国への同等の経済制裁を行なうことを発表、また緊張の進む伊仏国境へ山岳師団を含む数個師団を増派したとの声明を表明した。これを受けフランスも東アフリカ向けであった第1外人部隊歩兵師団主力の増援を中止、伊仏国境に配置した模様。こうした事態に対して、ロシアがエチオピア問題に関して仲裁の用意があると発表した。
 現在のところ、フランスを外遊中のユーリエフスカヤ大公女がムッソリーニ統領と同国境紛争問題について会談の予定であり、その直前にフランスのエトワール・ダラディエ首相とも会見するとのことである。
「高率燃料税を導入か!?」
 ハリケーン被害復興の財源として高率の燃料税の導入が政府部内で検討されている模様。これについて、最近になって政府上層部への影響力を強めているとされるグッドウィン&ピッグトン商会のガス・ピッグトン代表は「貧乏人をがむしゃらに働かせれば、交通網の復旧なぞすぐですわい!」と語った。
「合州国軍、各地で反撃、シカゴ解囲へ」
 9月より東部からシカゴ方面へ進撃を続けている合州国軍に対し連合国軍はシカゴ包囲部隊の大半を引き抜いて合州国軍の攻勢に対応した。これにより11月終わりにはシカゴ守備隊が自力で合州国東部方面との連絡を回復した。合州国中部方面軍は引き続き国内に侵入している敵軍を撃滅することに全力を尽くすとのコメントを発表している。(12/8 L'etoile du nord)
「続報、連合国フロリダ州を襲ったハリケーン被害!」
 9月上旬にフロリダ州を襲った台風被害であるが連合国政府の発表より事態は深刻であることが時間が経つにつれはっきりして来た。
 また治安維持や救援活動に当たるべき州兵は現在存在せず戦費が膨れ上がり十分な対策費用が捻出できないなど政府の対応のまずさが一部で指摘されているようだ。これは連合政府が発表した被害状況とは大きく異なっており政府による意図的な情報操作という疑惑が持ち上がっている。また先日議会を通過した臨時復興予算についても戦費への流用が疑われている。これに対し連合政府筋はノーコメントを貫いているがカルフォルニア連邦政府筋は連合に対し人道支援についてすでに打診、またドイツもフロリダ人道船団の派遣を決定するなど各国の人道支援の動きも活発化している。(サンフランシスコ・エグザミナー紙)
「インディアナポリス、スプリングフィールドで両軍激戦!」
 シカゴより転進した連合国軍主力と東部から進撃を続けている合州国軍主力が同地で激突。両軍のスポークスマンの談話から双方に大きな損害が出ている模様である。またカンザスシティ方面から転進してきた部隊と同地西方のスプリングフィールド(I)でも激しい戦闘が行なわれている模様。両軍の攻防は現在一進一退を続けており予断を許さない状況になっている。なお一部の情報によると連合のドイツ人義勇部隊が包囲されているとの未確認情報も上がっている。(12/10 パシフィック・トリビューン)
「大西洋、両軍とも作戦行動減少か?」
 10月に小規模な艦隊戦が行なわれた北部大西洋であるが両軍のスポークスマンの発表によると沿岸部で数隻の潜水艦を未確認ながら撃沈破した以外は両軍ともに大きな作戦は行なわれなかった模様である。これに関しては大西洋北部の気象条件の悪化や合州国艦隊の燃料事情の悪化等の推測がなされている。(12/15 まいにち)
「北米会議:総合」
 カルフォルニア連邦、日本、カナダ、メキシコ、アメリカ連合国、アメリカ合州国の6カ国で構成される北米会議は先月に続いて協議を続けている。南北の講和促進では戦争当事国以外ではほぼ一致してはいるもののいまだに戦局の不透明感から道筋がはっきりしない。
 日本は6カ国以外の参加国はオブザーバー参加、議長は戦争当事国を除く4カ国で持ち回り、両国に開戦経緯を確認し4ヶ国共同停戦監視団派遣の案を出したもののカナダ、カ連が大筋で合意したもののメキシコが留保、南北の各代表も持ち回り議長案には不賛成、停戦監視団については現状では容認しがたいと難色を示した。これに対して各国とも貿易交渉は進んでおりメキシコは同国内の油田開発を提案しカ連も大筋でこれを認め両国間の貿易推進に関する覚書に調印した。またメキシコからの移民や労働力の提供についても交渉に進展が見られたようである。メキシコ、カナダ、カ連による相互貿易協定についても進捗が見られた。カ連は南北両代表とも個別に交渉を行なっておりこちらは現段階では公表されていない。
「できるだけ早い時期に南北講和のための停戦スケジュールを提示したい。そのためにも各国はいたずらに戦火を拡大する義勇軍の増派を抑制すべきだろう」(カナダ外務次官:オスカー・ダグラス・スケルトン
「北米の安定が我が国の反映につながるものと確信し、平和の実現に積極的に関与していきたい」(メキシコ外相:ホセ・ロペス・デ・ルチ・エスペスーラ
「合州国議会、戦時特別権限法可決、価格統制令も即日施行へ」
 大統領権限の拡大を図った戦時特別権限法が下院を通過後上院に緊急上程され1年の時限立法にするなど若干の修正の上、可決成立した。また食料、燃料等戦略物資の政府による価格統制令も緊急上程され与野党の賛成多数により可決された。
「フォード社、ロシア市場への足がかりか?ロシア企業への同社トラックのライセンス生産承認へ」
 米フォード社はロシア政府関係の企業に同社のトラックのライセンス生産承認を与えたと発表した。その席上、同社のエドセル・フォード社長はこれは将来、同市場への展開を見据えたものであると強調した。フォード社関係筋によればロシア側からはBT5戦車のクロスライセンスを受けたものと見られており合州国全体への朗報といえる。またフランスのバナール装甲車のライセンス供与を同国筋に提案中であることも表明した。
「連合国議会、フロリダ復興予算可決」
 連合国議会は先日被災したフロリダ州の復興のための臨時緊急予算案を可決した。財源として当初は一般燃料に対し間接課税が予定されたものの運輸業界からの猛反発により議案は修正され3年の時限立法による土地税への追加課税という形式をとった。また先にジョージア州議会で採決された戦時特別法についても多数の議員が高い評価を口にしている。
「英独海軍条約締結」
 英独両政府は海軍条約締結を発表した。これは独軍の水上艦の総排水量を英の40%潜水艦を同45%に制限するものでありヨーロッパの平和に貢献するものと両政府代表はその席上述べた。しかし英では独の新型潜水艦の売却を認めたことについて英議会だけではなく英軍内部からも強い反発の声が上がっており英チェンバレン首相は釈明に追われた。反対する意見の代表として「独の潜水艦の売却を認めることは事実上無制限な潜水艦の生産を許すものであり独が再購入すればこの制限を一瞬にして破棄することも可能だ」と英軍部関係者はこう記者団に述べ政府の独走による条約締結を批判した。
「仏議会、再び紛糾!」
 ダラディエ首相が発表した対伊経済制裁はかろうじて議会で承認されたもののこれまでの対独政策を一変するような英による対独宥和政策に対しての同首相の無策ぶりに対して野党ばかりでなく与党のはずの急進社会党や共産党からも非難の声が上がっている。独の再軍備によるベルサイユ条約の事実上の破棄、またヒトラー総統による北米への独義勇軍増派発言や人種隔離政策に対し何ら対抗策をとろうとしない同首相の指導能力を疑問視する声も上がっており同首相は難しい舵取りを迫られている。
「カルフォルニア連邦議会波乱、野党党首がカ連邦の南軍への参加を提案!」
 予算委員会の席上、野党党首ビル・リトルスチュアート議員は私見であるがと前置きしながらも「ホットスプリングス事件は北部の謀略であり北米を暴力による統一を狙ったものではないか?またこれはいずれは我が国にも訪れるのではないか?」とハミルトン・フィッシュ首相に質問した。また「結果として北部が沈静化するのであればこれは連邦の国益であり我が国も南部に対しあらゆる軍事援助を含む協力を惜しむべきではない」と発言。委員会は与野党の議員の驚きで満たされた。これに対しフィッシュ首相は「事件は調査中であり北部の仕業であると決め付けるのは明らかな問題である」とリトルスチュアート議員を批判した。また「連邦は中立堅持の立場であり現在進行中の北米会議において連邦を含む調査委員会を発足させ開戦経緯の詳細調査を南北双方に提案する」と発言しその上で「ただ北部による南部侵攻があった場合については対応は別途緊急協議することになる」と南軍支援に対し含みを持たせた。
「韓露国境銃撃事件、沈静化へ」
 先月の日露国境警備隊同士による衝突事件に対し両国は共同事故調査委員会(調査期間は一年)を設立で合意したと発表した。これによりこの事件に対しては政治的決着が図られる模様である。ただし両国陸軍内部では依然不満がくすぶっていると見られ早急な対応が必要とされるようだ。
「この不幸な事件について冷静な姿勢を貫くことで、今後も善隣外交を推進していきたい」(大日本帝国外相:吉田茂
「ジョージ5世陛下、体調悪化、長期療養へ」
 11月初めより健康状態の優れなかった英王ジョージ5世陛下は全ての公式行事を全てキャンセルし宮殿にて療養を行なうこととなったと英王室は発表した。国事行為の代行はエドワード皇太子がこれを勤めることとなった。これに関連し英王室と血縁関係のあるロシアは「ジョージ5世陛下の早期回復を心より願っている」とのアレキサンドル4世陛下の談話を発表した。
「英エドワード皇太子、合州国のシンプソン元夫人との関係を公式に認める」
 以前より報道していたとおりエドワード皇太子が「シンプソン元夫人との結婚を切望している」という非公式な場での発言が現実のものとして信憑性をおびてきた。シンプソン元夫人は離婚歴があり英国国教会も皇太子との結婚については否定的な考えと伝えられている。
 英王室はノーコメントだが英政府筋としても連合国との関係から頭を抱えていることは間違いなさそうだ。(12/24 サン)
「英軍各地で軍が出撃準備態勢へ」
 英軍筋は本国艦隊ならびに英中東軍に出撃準備が命じられたと発表した。これは先日より軍事衝突が続いているエチオピア紛争ならびに北米での活動に対処するものと見られる。しかし先日アーサー・ボールドウィン・チェンバレン首相が表明した南軍への艦船売却について与党の一部からも北米での活動の強化につながるとして懸念の声も上がっている。
「英独、南軍へ相次いで武器売却へ。北米会議参加各国懸念を強める」
 連合は独から4隻の潜水艦を購入し、英から航空機運搬艦<アルビオン>、フラワー級コルベット4隻を購入したと発表した。これに対し北米会議参加国からは「北米での早期停戦に重大な懸念」との表明が相次いでいる。
「山田大佐が切腹自殺!永田事件の引責か?」
 11月5日夜、山田長三郎陸軍大佐が自宅で切腹しているところが見つかった。憲兵隊で調べたところ「不徳の至すところ」と書かれた遺書が見つかっており憲兵隊本部では山田大佐が永田事件の際同室にいたにも関わらず止められなかったのを悔やんでの自決と見ている。
「海運市況短信」
 地中海:スエズ運河での伊船舶への通行制限とヨーロッパ、アフリカ情勢の緊迫化に伴い依然上昇傾向。
 大西洋:前2ヶ月と比べやや落ち着きを取り戻しつつあり維持もしくは若干の下落ただし依然先行きは不透明。
 インド洋:日本関連商社によるアフリカ向け船舶の引き合い強まる。
 太平洋:安定しておりやや弱含み。
「大阪野球倶楽部が創設」
 12月10日(株)大阪野球倶楽部(大阪タイガース)が創立され、初代監督として森茂雄監督が就任した。
「ヒトラー総統、北米義勇軍増派か?」
 独政府関係筋はアドルフ・ヒトラー総統の要望により北米への独義勇軍の大規模な増派の検討中であることを明らかにした。しかしこれは事実上の連合国への独軍の参加に等しいためにこの独の政策に対しロシアや国内に多くのユダヤ人を抱えるポーランド等は激しく反発している。またカリフォルニア会議参加各国も「平和解決に向けての障害」と見ておりこちらも各国の反発は避けられない見通しだ。
 特にポーランドがドイツ人のダンチヒ回廊通過に対し制限をかける方針を明らかにしたのを筆頭に、ロシア議会もすでに義勇軍の派遣のエスカレート条項の検討に入ったと発表。チェコスロバキアもロシアに対し相互防衛協定を持ちかけている模様である。
「独、空母建造へ。ヒトラー総統が表明」
 ヒトラー総統は冬季オリンピックが開かれる予定のガルミッシュ=パルテンキルヒェンを視察訪問され、その席上、独海軍に対し空母を建造配備することを検討指示させたことを明らかにした。すでに計画概要の案は挙がっており、新規計画案以外にも早期建造案として現在建造中の巡洋戦艦を改装する案や、斬新なところでは同巡洋戦艦を2隻横に連ねて2連3段空母にする案も提示されており、総統も興味を示していると言われる。
「ギリシャで王政復古」
 11月3日に行なわれた国民投票の結果を受け、ゲオルギオス国王がアテネに帰国し24日再即位した。また議会選挙も行なわれたが中道左派と右派共に議席の差は開かずまた共産党が初めて議席を獲得した。
「チェコスロバキア新大統領就任」
 12月18日国民社会党の前外務大臣エドヴァルド・ベネシュ氏が第2代大統領として就任した。
「冬季オリンピック準備整う。ヒトラー総統、成功に自信をしめす」
 冬季オリンピックは独墺国境近くツークシュピッツ山の北麓に位置するガルミッシュ=パルテンキルヒェンで、来年2月6日から2月16日まで行なわれ4競技17種目で争われる。アルペンスキーではドイツのフランツ・プフニュール選手、スピードスケートで4種目に出場するノルウェーのイバール・バラングルート選手の活躍が期待されている。これに関連しヒトラー総統は冬季オリンピック開催について総統談話を発表し、その中で夏季ベルリンオリンピックにも触れ、さらに盛大に行なわれることになるとの見通しを示した。
「砂漠にオアシス!」
 カルフォルニア連邦政府は政府主導による新都市開発計画を発表した。これはネバダ州南部の砂漠地帯にある小都市ラスベガスを、地域経済の拠点とすべく再開発をおこなうというものである。
「人事異動」
 ジョージ・フロスト・ケナン:政策企画室欧州担当次長(前・駐ペトログラード一等書記官)

マスターより

 えっと、あちらこちらの戦場も波乱含みですが、マスター陣的にも波乱の第3回でした。仕事上のトラブルとかパソコンがいきなり止まってしまうとか親戚の葬式とか風邪引いたりとか……なんというか、誰も彼も一斉にお手上げ状態。それでもなんとか形になったのは、峰川(陸戦担当マスター)をはじめとした諸氏の奮闘によるもの。ご協力ありがとうございます。
 で、今回の反省をふまえ、リアクション作成のスケジュールにちょっと余裕をもたせてもらうことにしました。少しお待たせする期間が伸びますが安全係数ということでご容赦を。
 さすがに全PCのフォローはできてないと思います(この文章の執筆時には未完成。ぎりぎりまで手を入れます)。特に政治・外交・諜報関係ですが、それでも判定そのものは最初に行われていますので、多方面へ影響を与えています。ニュース記事についてもチェックしてみて下さい。この方面はそちらのチェックも重要です。なお、外交については大筋を事前にプレイヤー間の交渉でまとめておかないと、なかなか進展しません。戦場で決定的な動きが起きない限り、マスターの裁量で「こういう形で条約を締結する」などと押しつけ決定できませんからね。

●アクション送信の際は、タイトル名/件名を「L4/陣営(北軍・南軍・中立・プロヴ市民)/軍民別(陸・海・空・職業)/キャラ名」の要領で記載して下さい。ゲーム名は必要ありません。将軍なら「L4/南軍/陸軍/ナン・グーン」となります。
●カナダから英艦隊が離れたため、合州国側は戦略的な海域について、やや息をつくことになりましたが、中部大西洋以南〜カリブ海方面について連合の優位を揺るがすことが出来ず、戦略的には挽回した…とは言い難い状況です。その一方で、船団護衛を放棄することで作戦的な優位を得ていますが、連合側の戦術運用の巧みさ(主として航空偵察の重視)で、それを生かすことができていません。このことは、新しいドクトリンとして、従来から航空主兵論者の主張していたことがはっきりと現れてきた…と、各国の海軍筋では受け取られているようです。
●今回は、潜水艦の活動が低調だったこともありますが、「無制限ではない」通商破壊戦は、両国とも行き詰まりを感じているようです。敵国の商船隊を封じても、第3国のそれを封じられない限り、完全な通商破壊は行い得なくなっています。この点につき、両国の若手海軍士官から、無制限潜水艦戦への指向が語られるようになってきていますが……。
●次ターンは1月〜2月。北から中部の大西洋にかけては、「荒れた季節」ということで、潜水艦や航空機、または中小艦艇の運用は難しい時期に入ってきているので注意して下さい。
●神凪羽常さんは「ぶらぶら移動」ルールの適用対象となりました。移動ルールを参照し、次回のアクションの際には移動ルートも指定して下さい。
●エヴィア・セラさんは望めば研修所の臨時職員のバイトがあります。
●アクション締め切りは予定通り、11月13日メール必着、または消印有効とします。リアクション公開は少し変更されました。次回は12月25日予定。その他についてはマニュアルを確認下さい。
 ではでは。


※このページのデータはゲーム用の資料であり、掲載されている人物・団体・地名はすべてフィクションです。