『L&S〜狂翼の天使、猛る野獣』 turn.1

海より来たる

「ごきげんよう、ドクター・ハッケンブッシュ」
「ごきげんよう、ミス・ハミルトン」
 朝も夜もない挨拶が、療養所の廊下にこだまする。
 夜勤明けの看護婦が、疲れ切った顔を笑顔で隠し、詰め所の扉をくぐり抜けてくる。
 ヒポクラテスに誓いを立てた心身を包むのは、白い色の制服。入院中の患者たちにいらぬ心配をかけないよう、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。しかし、必死の表情で走り抜けるなどといった、はしたないまねも、急患ならば仕方がないこと。
 バルター療養所。
 もともとは精神科の療養所であったけれど、軍の意向もあって数年前に外科の治療もできる施設が併設され、腕の立つ医師や看護婦が送り込まれた。実質的な半官半民である。港の軍港施設にも診療所があるが、これは小規模なもので、重傷者はこちらに送り込まれてくる一方、医師や看護婦が交代で詰めている。だから一般の市民以上に、近づく戦争の足音を鋭敏に感じ取っていた。
「コーヒーでよろしいかしら」
「ああ、お願い」
 詰め所に戻ってきたブレンダ医師にブロック看護婦がマグカップを差し出した。
「そういえば、海坊主の噂はお聞きになりましたか?」
「ええ。もしかしたら連合の間諜かもしれないわ」
「深きものどもかも」
 不審げに見る女医に、看護婦は「水死体か鮫かもしれませんね」と言い直した。
「水死体じゃあ、斬っても楽しくないわ」
「縫合もしにくいですしね」
 この2人はこんな話で何か盛り上がってしまい、今晩にでも見に行きましょうということになったのだが、残念ながらその約束は果たせなかった。ブレンダ・ハミルトンに急遽往診の依頼が来てしまったからである。
 ハミルトンにふられたロゼッタ・アセナス・ブロックは、同人仲間のジョオを誘おうと思ったのだが留守ということで連絡が取れず、ふられふられて1人で海岸へと向かった。
 それでもいつの間にか、少女2人を後に従えている。
「いいですか、未成年がこんな夜更けにふらふらしていてはいけないのです」
 説教をタレながら歩く。ただ、それで追い返すならともかく、まず自分が海岸を散歩したいのだから、結果的に子供をお供にしているだけである。
「いいですか、婦女子がこんな夜更けにふらふらしていてはいけないのです」
 そのせいで、今度はロゼッタ自身が岩場の陰でボートの準備をしていた青年に説教されるはめになった。
「海坊主の噂を聞いたことがないのですか!?」
「「「あるわ」」」
 エドガー・ハイネマンの言葉に、3人は一斉に頷いた。
「ならばすぐに帰るべきです」
「「「いやよ」」」
「どうしてですか。見間違いでも怪物でもないとしたら、そんな怪しいモノは、軍港を偵察か工作に来た南部軍の潜水艦とその乗員、そのあたりと考えるのが妥当な線ではありませんか? もしそうだったら危険きわまりない」
 それこそ彼女らが遭遇したいと思っていたモノだからだ。
「だったら、警察か軍隊に知らせてやっつけてもらうわ!」
 威勢良く断言したのは、マリア・スチュアートだった。彼女は「連合軍の策略」が気になって、こっそり孤児院を抜けだして来たのである。ちなみにもう1人の、やや薄汚れた(当社比)の少女は教会裏手をいつも徘徊しているティスリーだ。牧師さまがなんとか引き取ろうと努力しているけれど、本人はおかまいなしにいつもふらふらしている。
 ぱしゃ ぱしゃ
「もしかして、本当に幽霊や怪物だったらどうするんですか!?」
「まあ、それはステキなことじゃないかしら!! 深淵の澱みから這いうねるモノがその醜くもおぞましい無数の触手を蠢かしながら出現するのは、まるで縫合に失敗した青白い死体がホルマリンの水槽で静かに浮き沈みしている光景を見るようだわ!」
 ハイネマン助教授の問いに反応し、そこまで一気にまくし立てたロゼッタはあらためて3人の顔を見回し、息をつくと、上目遣いでそっと訊ねた。
「<這いうねる>の方が<のたくりまわる>よりもずっと詩的だと思わない?」
 ぱしゃ
「「…………」」
「おかしーよ、ねーちゃん」
 答える言葉を持たなかった2人の代わりに、ティスリーが容赦なく批評したが、ロゼッタは特に気にした様子はない。
 ぴしゃん ぴしゃん ぴしゃん
 4人が口論……というか、勝手に喋りまくっている間に、何かが海から上がってきた。
 ぬめぬめした黒い肌が月光に照らし出され、その巨大な一つ目が闇夜に浮かび上がった。その下に大きく広がっているのは口なのだろうか。人の頭くらいはひと呑みにできそうな口だ。身体のあちこちからは管ののようなものが飛び出ており、腰のあたりには何か大きな塊がぶら下がっている。
「あ……」
 気がついたマリアが言葉を詰まらせる。
 異変をやっと感じ取ったハイネマンたちが海の方に目をやり、その黒い人のような姿をしたモノを目撃した瞬間、その頭部と思しき部分から大量の液体が吐き出された。
「ぎゃっ!」
「!」
「きゃーっ!!」
「きゃ〜っ☆」
「うわっ」
 その瞬間、ハイネマンは腰を抜かしながらもオールを求めて手で探り、ティスリーはすばやく飛び下がって安全そうな場所まで逃げ延び、マリアは大人の女性であるロゼッタの懐に飛び込み、ロゼッタは目を輝かせて両手を差しのべた。
「……あんたら、何をしてるの?」
 聞き慣れた声を耳にして、ロゼッタは差しのべた手を腰に下ろしてため息を吐いた。
「それはあたしの方が聞きたいわよ、ジョオ・トレーシー」
 黒い影は頭に両手をかけるとスポッと引き抜いた。
 その下から現れたのは、ティスリーに負けないくらい日焼けした肌と褐色の髪。ロゼッタにとっては見慣れた、トレジャーアイランドの二女の顔だった。
「南軍の間諜? そんなもの、見なかったわよ」
 ジョオはよっこらしょと焚き火の脇に腰をおろした。火では大きな海老が小枝に突き刺された形で炙られてパチパチはぜている。
「なんなのお、噂の海坊主はジョオだったの?」
「海坊主なんて知らないわよ」
 そういいながら少女は脱いだゴム製の服を折り畳み、その上に大きな鉄カブトを置いた。
「珍しい服ですね」
 乾いた流木を集めに行っていたハイネマンたちが戻ってきた。
「それで水の中を動き回れるのですか」
「そうよ。高圧ボンベの空気が持つ限り、水中に留まっていられるの。でも、空気圧の調整機がろくに動かないから、けっこう苦しいわよ」
 そういって水着の上から上着を羽織ったジョオは笑った。
「なんで夜中にこっそり潜ってんだよ!」
 驚かされたのが不満なのか、ティスリーが問いつめる。
「まだ実験中だからね。ちゃんと完成する前に秘密が広まったらいけないって、マーシャンが……」
「あの火星人? 彼、どこにいるのよ。彼の発明なんじゃないの」
 居るべき人間がいないことに気づいたティスリーが訊ねたが、ジョオはしばし考え、何かアイデアがひらめいたとかいって帰ってしまったと告げた。その間、ロゼッタは焚き火で炙られていた海老を取り出すと、くるりくるりと回している。
「ねえ、海の生き物って、基本的にグロテスクよね」
 そのままバーベキュー・パーティーになった。

森の人

 ビッグフットはロッキー山脈一帯で目撃談が報告される伝説の怪物だ。ネイティブ・アメリカンが「毛深い巨人」と呼ぶサスカッチと同じものだという説もある。
 ブレンダ・ハミルトンが往診のため農場に向かう途中で出くわしたモノはまさしくソレであった。
 身長は2m50ほど。筋骨隆々として全身を褐色の毛が覆っている。しかし顔には毛が生えておらず、鼻が低く目が落ち窪んでいるのが解る。それが突如として木立の間から道の真ん中に飛び出してきたのだ。
 ブレーキをかけ、カウンターをあてるが間に合わない。
 ブレンダのバイクはターン状態で巨人と衝突し、女医は跳ね飛ばされて宙に舞った。
「きゃっ!」
 身体は投げ出され、自転車は道脇の大木に跳ね返った。
 大地に叩きつけられた身体が動かない。指先から少しずつ身体を動かしてみながら、自己点検をしてみる。骨は折れていないようだが、左肩は脱臼したみたいだ。何かの枝で切ったのか、左足に痛みを感じる。痛みをこらえながら目を開ける。涙でかすんだ、その目の前に巨大な影があった。
「ダイジョウブ……カ?」
 それは人間の言葉で話しかけてきた。カタコトではあったが英語だ。
 酸味のある刺激臭が鼻をつき、うっと咽せる。
 毛むくじゃらの大男は、静かに彼女の足を撫でた。
 いやらしいっ!
 腹を立てる間もなかった。男は女医の肩をつかみ、身体をぐいっと起こした。ぐきりと身体の中で音がした。脱臼した部分がはまったようだ。そのまま、樹の幹にもたれかからされた。
 エンジンを再始動させるのに少し手間がかかったが、すぐにバイクは動くようになり、夕方になる前には農場に到着した。農家の前には真紅のトラックが止まっている。見間違えようもない、ジョセフ・カーペンターのマックだ。
「先生、こっち、こっち!」
 エンジン音を聞きつけ、農夫が中から姿を現した。手を引かれるようにして中にはいると、ソファに横たわったままカーペンター牧師が手を振っていた。
「わざわざすまんのお」
「気にしないで下さい」
 手袋とゴーグルを外しながらブレンダは答え、背嚢から診察用具一式を取り出した。
 最初に電話で容態を聞いたときに想像したとおり、老牧師はぎっくり腰だった。それ以外は120歳という年齢を考えれば、十分に健康といえるだろう。だが、今日動かすのは無理なようだ。
「お二人とも、今日は泊まっていって下さい」
 農夫の勧めを受け、ブレンダは病院へ電話を入れておく。転倒したときにヘッドライトの電球が切れてしまったらしい。夜が明けるまでは帰りたくても帰れない。
「ああ、先生が出くわしたのは、プーですて。熊みたいな大男だったでしょうが」
 バイクで転倒した話をすると、農夫は頷いた。いつの間にか森の奥に住み着いていた隠者の老人らしい。
「悪さはしないんですか? 警察を呼ぶとか」
「そういう話がないでもなかったが、なにせ人里にはまず近寄らないからな。警察だって、何もしていないのにわざわざ山狩りなんかしたがらん」
 そうすると、ブレンダが出くわしたのは、滅多にない出来事だったのだろう。
 口には出さなかったが、彼女がそのとき考えていたのは、最近の家畜の失踪事件は彼のせいではないかということだった。郊外の牧場などで最近、家畜が相次いで行方不明になっている。家畜が勝手に抜け出したのとは違うらしい。それも鶏や兎といった家禽だけではなく、馬や牛までいなくなるというから、人の仕業か野獣の所業か。南軍のスパイの仕業と考えるより、盗人や放浪者の仕業と考える方が納得できる。
 ソファでうたた寝していたブレンダは凄まじい物音に目を覚ました。
 身を起こすと窓の外を何かが通り過ぎていったような気がした。急いで明かりをつけ、窓を開くが誰もいない。
「なんてこった!」
 農夫の叫び声が外から聞こえてきた。急いで上着を羽織って外に飛び出す。声を求め走り、間もなく裏手の家畜小屋にたどり着いた。いや、小屋が存在していたはずの場所だ。
 そこは折れた柱や板きれが散乱する瓦礫の山となっていた。そこでは農夫が懸命になって、廃材を取り除こうとしていた。彼の豚がいたはずなのだ。ブレンダも手伝った。だが、生きたものでも死んだものでも豚は出てこなかった。
 あたりはすっかり荒れ果て、何があったかも定かではない。天から巨大な拳が降ってきて叩きつぶしたと言われても納得してしまったかも知れない。だが、ブレンダの目は何か引きずったような跡がそこから森の方まで続いているのに気がついた。いや、森から来て森へ帰ったというべきか。
 農夫はどこかに逃げ込んでいるかも知れないブタを探して走り回っている。
「……なんだったかね?」
 戻ってきたブレンダへの牧師の質問は、誰にも答えられない問だった。
「ブタ小屋が壊されていました。だいぶ逃げてしまったみたいですね」
「おお、それはトムも気の毒に……」
 なんとかしてやらなくてはと呟く牧師に背を向け、ブレンダはラジオのスイッチを入れた。彼女が見たものを誰かに告げるべきだろうか。いや、薄暗がりの中、森の奥に逃げ込む姿をちらりと見ただけだ。そんなはっきりしないものをあやふやな言葉で語っていたら……それこそ療養所の患者にされてしまう。
 そのとき流れていた音楽が止まった。牧師の呟きも止まった。その顔が彼女の方を、いや、彼女の前のラジオを見ていた。臨時ニュースが始まったのだ。
「なんてこと!」
「主よ、許したまえ……」
 戦争が始まったのだ。

サンダーバード・プラン

 ルイヴィルの空気は、今日もねっとりと肌にまとわりついた。
 アメリカ南部独特の湿気と温度。このようなけだるさの中で過ごしているアメリカ連合国の連中が、あくせくしたがらぬのも無理はない。
 食事の手を止め、ヨアヒム・シュバルツバルト少将はふとそう思った。
 小さくあごを左右させ、彼は自らの考えを否定する。
 けだるさをもたらしたのは、南部の空気だけではない。
 連合軍のみならず、英軍や日本軍までも含めた連日の調整。その合間を縫うようにしての作戦準備。不慣れな地理を学びつつそれらをこなす激務が、確実に彼を疲労させていた。
「もうよろしいのですか?」
 まだ幼さを残す声が彼に問いかける。黒人従兵のフライデーだ。
 無論、フライデーというのは本名ではない。ドイツ人であるシュバルツバルト少将らにはいささか発音しにくかったため、誰が言うともなくついたあだ名だった。
 まだ食べる、と言いかけてシュバルツバルト少将は食卓を眺めた。
 甘辛いリブのバーベキュー。ナマズのフライ。ピッチャーにたっぷりとたたえられたアイスティー。いかにも南部流のディナーだ。
 しかしそれらの魅力的な香りも、疲れ切った彼の食欲をそそることはできなかった。
 目で問いかけるフライデーに、彼は右手を小さく振って答えた。
 たしかに、自分はいささか疲れすぎている。
 皿を下げるフライデーの赤茶けた掌を眺めながら、彼はそう感じた。
 彼が率いる第88戦車集団がこの新大陸に着いて、どれぐらいたったろうか。
 豊かに香るモクレンの下、催された歓迎の宴。堂々たる円柱を背に、おだやかに微笑みかけてくる大柄なサザン・ベル(南部美人)たち。なにもかも、遠い夢だったようにすら思える。それほどまでに彼は疲れ切っていた。
 だが、それがなにほどのことか。
 胸の中で、彼は自らを叱咤する。
 彼の指示に基づき、これから多くの者たちが戦いに赴く。第88戦車集団のみではない。南軍……アメリカ連合国軍は言うに及ばず、もったいぶった英国人たちや小柄な日本人たちも、彼とともに北へと向かう手はずとなっている。
 目指すは果てしなく広がる中西部の平原。そこでは少なからぬ将兵らが、疲労困憊どころか命までも失うであろう。
 ならば、それらの犠牲が無駄に終わらぬよう努めるのが将星たる自分の義務だ。
 立ち上がり、彼は食卓を後にする。
 その脳裏はすでに、検討すべき作戦上の課題によって埋め尽くされていた。
 開戦が遠くなかろうとは、北軍……アメリカ合州国軍も予想していた。ファイエットビルから、南軍がピッツバーグ目指して侵攻してくるだろうとも。
 しかし開戦劈頭における南軍の動きは、彼らの予想よりもはるかに素早かった。少なくとも、合州国第23、および第25歩兵師団首脳が考えていたよりは。
 青ざめた伝令兵の顔を横目で見ながら、ダグラス・ウッドペッカー少佐はそのように理解した。
 合州国第3河川艦戦隊砲艦、<セントルイス>。ウッドペッカー少佐はその艦長であり、戦隊司令も兼務している。
彼ら第3河川艦戦隊は今、伝令からの情報に基づきミズーリ川を遡上しつつあった。
 戦隊は河川用砲艦4隻で編成されている。それらはいずれも、揚子江用の砲艦と比べると武装は強力だ。それぞれが、7.6cm単装両用砲2基と12.7mm機関銃8丁を備えている。だが、その程度でしかないのも事実だ。
「敵は3個師団と思われます。ピッツバーグの守備隊は簡単に後退を強いられました。はたして、こんな砲艦で有効な打撃を与えられるでしょうか」
 伝令は震える声で、何度目かの疑問を呈する。混乱の中、第23歩兵師団から送られてきた若い兵士だ。いや、むしろ幼いと表現すべきか。
 おそらく、ちょっとしたパニックに陥っているのだろう。状況を問いただしても無意味だと判断したウッドペッカー少佐は、目端の利く水兵を呼ぶ。わずかな目配せのみで、水兵は伝令を連れて行った。
「さて、状況は彼から説明があったとおりだ。それ以外はなにもわからん。上はよほど混乱しているとみえる」
 狭い露天艦橋に、ウッドペッカー少佐の声が響く。
 部下らの注意が十分集まったことを確認すると、彼はあえてゆっくりと言葉を続けた。
「おそらく南軍は、ポートアーサーなどの港湾に配置していた連中をかき集めたのだろう。いったんそれぞれの港に集結させ、そこから船舶と鉄道を使ってファイエットビルまで北上してきたに違いない」
「それにしても、この作戦スピードは異常ではありませんか?」
「うむ、たしかに速すぎる」
 ウッドペッカー少佐は無精ひげまみれの頬に笑みを浮かべ、部下の問いに答える。
「だからこそ、我々にもチャンスはある」
 彼は自らの演技力に感謝した。
 南軍は3個歩兵師団をもってピッツバーグを抜き、そのままカンザスシティへと迫りつつある。部隊は第33、第38、第39歩兵師団で、いずれも港湾などの守備に分散配置されていた部隊だった。
 虎の子の機械化部隊の大半はルイヴィルへと集中され、北上しつつある。
 同時に、ハンチントンとファイエットビルからも攻勢を進めていた。これらは、敵部隊を拘束して機械化部隊の進撃を助けるのを主目的としている。
 そしてこれまでのところ、南軍の狙いは十分以上に果たされていた。ここカンザスシティもまた、例外ではない。
 北軍はこの戦線に、合州国第23および第25歩兵師団を振り当てていた。対する南軍は3個師団。だが、南軍が優勢なのは数に勝るゆえではない。彼らは無理とすら感じられるほどの強行軍により、戦いのイニシアティブを北軍から奪い取っていた。
 結果、北軍は陣地構築も不十分なまま南軍との対峙を強いられている。
 そのような窮地に駆けつけたのが、ウッドペッカー少佐率いる合州国第3河川艦戦隊だった。
「単縦陣を維持。各艦は旗艦に追随して射撃せよ」
 露天艦橋に、ウッドペッカー少佐の声が太く響く。双眼鏡ごしに、彼は南軍兵士らとおぼしき影を見た。トラックや馬車は少数だ。自らの読みがあたったことに、彼は小さく安堵の息をもらした。
「砲術長、車両を中心に狙え。5kmに入ったら射撃開始」
 <セントルイス>の甲板を慌ただしく兵士らが動き、2門の7.6cm両用砲が火を噴いた。やや遅れて、後続する砲艦も攻撃を開始する。
 砲戦は一方的だった。カンザスシティに迫りつつあった南軍には、砲兵戦力が不足していたのだ。
 シュバルツバルト少将は奇襲効果と進撃スピードを優先した。それ故に、南軍は初戦において戦いのイニシアティブを得たのだ。
 だがその副作用として、推進が遅れたものも少なくなかった。兵糧、そして重火器などである。
 カンザスシティ前面の南軍はこの時、迫撃砲と少数の7.5cm歩兵砲しか展開していなかった。しかもそれらでは、機動する艦艇への射撃は困難である。
 ウッドペッカー少佐は南軍の進撃スピードから、正面部隊の推進を優先させているものと推察していた。確信できるだけの根拠はなかったが、賭けるべきだと彼は考えたのだ。
 南軍は機銃や37mm対戦車砲などで対抗を試みていたが、合州国第3河川艦戦隊は完全にこれをアウトレンジしていた。大打撃とは言い難いが、南軍に無視できぬ損害を与えつつある。
 ウッドペッカー少佐が再度の反転・攻撃を指示せんとしたその時、一人の水兵が高く叫んだ。
 彼が指さす方向に双眼鏡を向け、ウッドペッカー少佐は舌打ちした。南軍の戦闘機編隊だ。おそらく、ドイツ製のHe51だろう。9時方向に回り込むと、編隊は思い切りよく降下してくる。
「対空戦闘っ。各艦、回避運動」
 轟音とともに迫る南軍の編隊に、M2重機関銃が牙をむく。だが曳光弾がかすめても、それらの戦闘機は回避することなくまっすぐに接近してきた。
 水面を、そして砲艦の甲板を機銃弾が穿つ。甲板のチーク材がはじけ飛び、耳をふさぎたくなるような金属音とともに煙突に大穴があく。
 回避運動を指揮しつつ、ウッドペッカー少佐は地上の南軍へと目をやった。いくつかの煙と火炎が立ち上る中、南軍は整然と後退しているようだ。敗走、という様子ではない。航空隊が砲艦を制圧した機をつかみ、敵は体制を立て直したのだろう。
 南軍の航空隊には急降下爆撃機は含まれていないようだから、戦隊の損害はさしたるものにはなるまい。しかし、掌中にあったチャンスはこれで失われる。
 歯がみしつつ、彼は上空を乱舞する戦闘機の群れをにらんだ。
 合州国第3河川艦戦隊の砲撃により、南軍はカンザスシティ攻略を一時中断せざるを得なかった。そして一方、彼ら第3河川艦戦隊は南軍航空隊の襲撃により、それ以上の戦果拡大を為し得なかった。
 痛み分け、である。
 南軍の窮地を救ったのは、意外にも女子独立航空戦隊だった。
 彼女ら航空戦隊を率いていたのは、「空飛ぶサザン・ベル」として名高い南部の女傑、ジャクリーン・コクラン中佐である。
 女子独立航空戦隊はこうして初陣を飾り、保守的な南部将校らの鼻をあかした。
「手ひどくやられたもんだな」
 手早くまとめられた被害報告に目をとおし、ウッドペッカー少佐は頭を掻いた。ふけが散り、士官らが顔をしかめる。だがそれも、彼の気を引かなかった。
 彼が立つ露天艦橋からも、戦隊の損害はそれなりに見て取れる。
 幸い、機関や推進器を損傷した艦はない。だが、対空機銃や居住区への損害には無視できないものがあった。また、負傷した兵員も少なくない。
 しかしそれでもなお、彼は闘志を失っていなかった。後退などする気は毛頭ない。むしろ逆に、セントルイス方面へと下りつつある。セントルイスで交戦中の守備隊と合流し、南軍に一泡吹かせるつもりなのだ。
 傷ついた戦隊でどのように戦うべきか。メモを睨んでうなる彼の耳朶を、水兵の声が打った。
「11時の方向、街道上……友軍ですっ」
 他の水兵から双眼鏡を奪いとり、彼は素早く焦点をあわせる。同時に、彼は絶句した。そこには、敗北の色も明らかな友軍将兵らが多数、カンザスシティ方向へと歩む姿があったのだ。
 彼が目にした部隊は、カンザスシティへと逃れる合州国軍第18歩兵師団である。そして、その後ろには第3および第9歩兵師団も続いていた。
 そう、この時すでにセントルイスは南軍の手に落ちていたのだ。
 彼はいったん南下を取りやめ、友軍の負傷兵や物資をカンザスシティまで輸送することとした。わずか16ktの河川砲艦だったが、それでも馬車やトラックとは比較にならないほどの輸送効率を発揮できるからだ。
 幾度も繰り返しカンザスシティまでの後退に携わる中で、彼は北軍が深刻な状況に陥りつつあることを理解した。
 南軍は機械化部隊を集中し、ルイヴィルからニューオルバニへと攻め込んだらしい。守備に当たっていた合州国第11歩兵師団のみではとうてい敵わず、シンシナティへと後退した。損害は少なかったが、同時に南軍の拘束もできなかったようだ。
 南軍は機械化部隊の機動力を活かし、そのままインディアナポリスの第19歩兵師団へと襲いかかった。彼らは第11歩兵師団との合流を図ろうとしていたが、それすら阻まれるほど、南軍の動きは素早かったようだ。
 結局第19歩兵師団もまた、損害を受けてデートンへの後退を余儀なくされていた。
 つまりすでに、インディアナポリスまでが陥落していたのだ。ミズーリからイリノイ、インディアナへと広がる平原を、南軍はあたかも電光のように駆け抜けたらしい。
「幸か不幸か、セントルイスから後退した部隊のおかげでカンザスシティの兵力は倍加しています。まずはこちらの防衛に協力してはどうでしょうか」
 意見具申する士官らの声に、ウッドペッカー少佐はかぶりを振った。
「攻撃に対応するばかりでは、いつまでたってもイニシアティブを取り戻せない」
「では、どのように?」
 広げられた地図の一点を指さし、彼は答える。
「我々はセントルイスに向かう。ミシシッピー川とオハイオ川の両方に睨みをきかせ、南軍の兵站を混乱させる」
 凄みを帯びた笑みを浮かべ、彼は言葉を続けた。
「戦いはこれからだ(I have not yet begun to fight)」
 コロンバスは強い雨に見舞われていた。
 その市街中心近くの学校で、1人の英国人が窓の内から低くたれ込める雲を眺めていた。
 大英帝国第12植民地師団を率いるバンデル・ハーホッフ少佐である。
 彼らと第4歩兵師団《クー・クラックス・クラン》を中心とする攻略部隊は、ようやくこのコロンバスから北軍を追い出したところだった。
 熱い紅茶をすすり、壁に貼られたままとなっている子供らの絵を眺める。じきにそれらははがされ、部隊指揮に必要な地図などが貼られるはずだ。そう、この学校は現在、彼ら南軍の宿営地として用いられている。
 セントルイスなどと比べれば、北軍がこの地に配備した部隊は少ない。
 しかし北軍は、第1戦闘機大隊を投入して守備隊を支援させていた。
 この長雨がなければあぶないところだったな、とハーホッフ少佐は考える。
 地上戦自体はおおむね彼ら南軍が優勢だったが、合州国軍の航空爆撃は予想以上に強力だった。一時は部隊が分断され、各個撃破されるおそれすらあったほどだ。
 後退すら検討される中、低気圧がコロンバス周辺を覆う。そして低く広がる雲と雨が、合州国軍第1戦闘機大隊から作戦行動の機会を奪った。
 南軍は幸運の女神の前髪を強引につかんだ。出血を顧みずに彼らは攻撃し、どうにかコロンバスを制圧したのだった。
 紅茶を口に含み、先の会議での情報を彼は反芻する。
 北軍はピッツバーグに部隊を集結しつつあるらしい。
 ルイヴィルからニューオルバニ、インディアナポリスへと攻め込んだ南軍機械化部隊の進撃は稲妻を思わせる勢いだったと聞くが、北軍部隊を撃滅できた訳ではない。
 デートンやシンシナティには、敵部隊が残っているらしい。しかも後者には、ほぼ無傷の2個師団がいるとの情報もあった。
 眉根を曇らせる彼の目に、一枚の絵が映った。立ち並ぶ工場と倉庫、そして行き交う船。おそらく五大湖の一つ、エリー湖を描いたのだろう。ここコロンビアからエリー湖のほとり、トレドまではざっと300km。ロンドンからだとバーミンガムかカーディフあたりと似たような距離だ。
 そう、五大湖南岸までは決して遠くない。トレドを落とせば、我々は合州国をまっぷたつに分断できる。
 そこまで考えて、彼は再び眉をしかめた。当然、その程度のことは北軍も考えているはずだからだ。
 北軍は、自分たちを北上させまい。ことによればピッツバーグやデートン、シンシナティの部隊によって袋だたきに遭うやもしれぬ。
 そんな状況を心配している自分に、彼は苦笑した。
「コロンビアおよびカンザスシティに対しても部隊を進め、敵兵力をなるべく多く拘束します」
 ジョン・ナンス・ガーナー大統領らを前に、シュバルツバルト少将はそう説明していた。ならば、北軍の大部隊が我らを取り囲むのなら、あのドイツっぽの思惑通りではないか。
 少しぬるくなった紅茶を飲みつつ、彼はシュバルツバルト少将の言葉を思い出す。
「基本構想は、かつて北軍が選択したアナコンダ・プランに近いと言えましょう。敵国を東西に分断し、総力戦を不可能とせしめるのです」
「ふむ、それで」
 否定とも肯定ともとれる大統領の問いに、少将は黙って指揮棒を地図上で滑らせた。大統領が片眉を上げたのを確認して、少将は言葉を続ける。
「戦略目標はシカゴ。機械化部隊を集中させ、可能な限り短期間でこれを落とします。ミシガン湖およびミシシッピ川以西を合州国から奪います。電撃戦です」
「電撃、ね。作戦名はなにか考えているのかね?」
 わずかな沈黙の後、少将は答えた。
「インディアンらの神話に、稲妻を呼ぶ鳥がいるそうですな……たしか、『サンダーバード』と」

日いずる国より

 執務室には紫煙が立ちこめている。
「即時撤退すべきですぞ、宰相!」
 開戦を知らされて以来、外相はアメリカ連合に派遣した日本軍の即時撤収を主張していた。この吉田茂の主張も至極もっともな話である。日英同盟も重要ではあったが、海洋国家である帝国の盟友は第一にカルフォルニア連邦であり、その隣国での内戦に干渉しすぎるのは好ましいことではなかった。
「同盟国だからといって、火薬庫の花火遊びにつき合う義理はありません。しかも仕掛けたのは南からだというではありませんか!?」
「いや、それは連合軍兵士が合州国に攻撃されたからだよ」
 宰相はあくまで南側の主張を支持するつもりのようだ。少なくとも現時点で真相は藪の中だ。
「深入りは避けるべきです」
「解ってはおるよ。走狗になるつもりはないよ」
 親英家として知られる宰相・重光葵とて暗愚ではない。世界大戦で欧州での戦いに関わった日本軍は、結果として列強の一員として認識されるようになり、太平洋での覇権を確立できた。しかし、大英帝国の手駒として良いように使われる結果になったのは事実であり、払った犠牲も並大抵のものではない。
「だが、勝手に引き上げさせることもできん」
 今、世界の大洋は大英帝国と大日本帝国で支配しているといっても過言ではない。しかし、その比率は単純に艦艇数からいえば、5:3である。カルフォルニア連邦も海軍に力を注いではいるが、比率でいけば日本とカ連を合わせても4に満たない。逆に英国とカ連を足せば、その差は倍となる。それが、この同盟が続いている理由の1つであり、カルフォルニア連邦との関係を重視する理由でもある。
 さらに海軍長官や陸軍長官からの具申や意見交換の末、陸軍についてはこれ以上の派兵はおこなわず、あくまで義勇軍であると言い切ること、海軍は通商路や在留邦人の安全確保のために留まるものとされた。
「私が特使として桑港へ赴きましょう」
「大統領にはよろしく伝えてくれ。我々はカルフォルニアとの同盟関係の強化を望むとな」
 カルフォルニア連邦にとって、戦禍が自国に及ぶことも避けたいが、万が一にも南北どちらかが勝利して統一国家が生まれることも(もはや)望ましいことではない。そこを説得し、日カの関係を強化することが吉田茂に求められるのだ。
 戦争により諸外国の眼が南北両国に向いている現状は連邦との関係強化の好機であるが、逆に一手間違えれば一気に悪化してしまうだろう。できれば、この南北紛争において日本は中立的立場を維持したいところだが、既に義勇軍が派遣されてしまっている。これを無かったことにできないのであれば、合州国側にも何らかの見返りを与え、プラスのバランスをとらねばなるまい。とにかく、和平の斡旋などの根回しは早い方がよい。
 摩天楼の一角に、大塚貿易商会のニューヨーク支社があった。
 経済研究員の若槻隆吉(わかつき・たかよし)は戦争勃発以来(そう、単なる国境紛争とか事変とか言葉で誤魔化しても無意味だ)、自宅に帰っていなかった。刻一刻と変化する状況を少しでも早く、少しでも正確につかみ、その上で1つでも多く的確な手を打たねばならなかった。
「穀物市場は白ブタに押さえられちまったな。本当に偶発的なものなのかね」
 まったくグッドウィン&ピッグトン商会の打つ手は早く、南米方面の穀物は連合国資本に完全に抑えられてしまった感があり、分単位で高騰している。やや遅れて原油価格も上昇し始めていた。
「G&P商会の株でも買い占めますか」
「そりゃいいね」
 他の研究員と声を合わせて笑うが、それはかなわないことだ。彼らは株式公開などしていないのだから。
「カルフォルニアからのルートは確保できそうですね」
「ふうん?」
 今のところ、中立を唱えるカルフォルニアは物流に関して何の制限をおこなっておらず、穀物も銃も原油も関税を支払っている限りは自由に行き来している。
「気になるのは、大西洋ですね。保険の掛け金が鰻登りです。フランスやアフリカ方面は要注意です」
「当然だな。前の大戦で潜水艦がけっこう使えると解っちまったからな」
 戦争当事国でない限り、その船舶の安全な航行が認められるのが建前だが、浮いている機雷は中立国であろうがなかろうが差別しないし、こっそり雷撃されて知らぬ存ぜぬで通されたらお仕舞いだ。ロイズも楽観的ではいられない。
「問題は、この国がどこまで勝ち、どこまで負けないかだ」
「負けることはないでしょう?」
 それは実際にアメリカの大地に足を踏み下ろしている者の素直な感想だ。これだけの高層建築が立ち並ぶ首都を持つ国。広い道路を走る無数の車輌。港の設備だって、横浜や呉を足しても勝てないかも知れない。
「しかし、相手のある話だ。何が起こるか解らない」
 そういって若槻はくすりと笑った。
「だから、詳細な情報収集と正確な分析が欠かせないわけさ。本社への定時連絡は滞らせるなよ」
「はい」
 海千山千の魑魅魍魎どもの隙間を見つけてかいくぐるのが彼らの仕事だった。そして、彼は新たに届けられた情報に目を落とした。それは合州国の自動車メーカーに関する報告だった。
 エドガー・R・バロウズ陸軍大将の装甲集団司令部。
「これは、これはフラー少将!」
 満面の笑みを浮かべ、バロウズ大将は英国人将官を出迎えた。
「著作は拝見させていただいております。『帝国の統一と防衛』、なかなか示唆に富んだ内容でした」
 この賛辞にたいして、小柄な軍人は学者然として肯きながら、言葉を返した。
「いやいや、あなたの作品も拝見させていただきましたが、なかなか面白かった」
 その言葉に老将軍の頬がかすかに引きつった。
「……さて、何のお話でしたかな」
「もちろん英国貴族が主人公の……」
「ああ! 解りました。それはともかく、グデーリアン将軍もお待ちですので、こちらへ」
 皆まで言わせず、バロウズ大将はジョン・フレデリック・チャールズ・フラー……現代機甲戦の提唱者を別室へと案内した。既に夕刻となっており、ほとんどの将官は到着していた。すなわちハインツ・グデーリアン少将、ジョージ・パットン少将、そして見知らぬ日本人が1名。
「渡良瀬です」
「渡良瀬少将。山下将軍はどうなされましたか」
「諸事情により本国へ戻られました。私は閣下に代わって、義勇兵団<煌>を預からせていただきます」
 渡良瀬保行は英米独の将官を相手に落ち着いた態度で答えた。それぞれの国にはそれぞれの事情があり、それはここで詮索すべきことではない。
 彼らの前に据えつけられた巨大な机には北米大陸中央部の地図が広げられており、そこに幾つもの色分けされた木片が置かれ、さらに細かな書き込みがされている。
「これはどの時点での状況ですかな?」
「およそ2時間前です」
「改善の余地はありますな」
 フラーの問いにパットンが答え、グデーリアンはそこに表される日本軍の位置を指摘した。
「日本軍の動きが悪い。戦車の動きに歩兵がついていけないのかね」
「我が軍の機械化は残念ながら遅れております。また、この地まで装備を送ることも困難でしたので……」
 渡良瀬の言葉は弁明ではなく、ただ事実の一部を冷静に説明しただけだ。言及しなかった部分については、聞き手の想像に任せよう。
「日本軍については後詰めを任せればよかろう」
 バロウズ大将がそう語った。
「連合軍の目的は、機甲戦力の集中による敵戦力の分断であり、分断した敵を掃討するのは歩兵の仕事であるからな」
「航空機の投入は最初の役割分担通りにお願いしたい」
「演習と実戦では随分と違いますがね」
 そういいながらも、了解したというように渡良瀬はグデーリアンに応えた。
「観測士官をそちらに受け入れていただきたい」
「うむ」
 事務的に話が淡々と進む。ここに集ったのは、渡良瀬を除けばいずれもフラーの弟子のようなものである。多かれ少なかれフラーの『機甲戦』をテキスト代わりにそれぞれの機甲戦術を磨き上げたのであり、航空機に支援された戦車の集中運用……電撃戦に到達していたのだ。
 その光景は頼もしくはあったけれど、アメリカ連合国の命運がかかった戦いであり、さしものバロウズも決して楽観的にはなれなかった。しかし、そんな気持ちは陽気な外見に押し込め、他人に感じさせることはない。
 国産機の開発が遅々として進まない現状からすれば意外な話だが、日本の航空史は欧米と比較して、さほど遅いスタートをきったわけではない。
 ライト兄弟の初飛行が1903年。だが1909年にはフランスのル=プリウール海軍大尉と日本の相原四郎海軍大尉による滑空機飛行が不忍池で実施され、翌1910年には徳川好敏大尉による動力機飛行が成功している。
 それが航空機開発において遅れを取ることになったのは、新興国の予算不足ゆえである。まだ海の物とも山の物ともつかない航空機開発に予算を投入するくらいなら、まず海軍の充実が先決だという主張を否定できる者はいない。二宮忠八が1891年に無人グライダーの実験に成功しても、それが人類初の有人飛行に結びつくに至らなかったのもそれが原因だ。
 それでも技術格差が決定的なものにならなかったのは、欧州大戦に参戦し、実際に戦場で活躍する航空機の姿を一線の将官が目の当たりにしたからである。ただ、工作機械の精度の差、生産能力の差だけは一朝一夕には埋まらない。航空機は兵器であり、兵器は量産されてこその兵器だからだ。
「飛ばし甲斐のある空だ」
 アトランタの飛行場に見慣れぬ機体が並んでいた。機体側面の赤い丸印が濃緑色のペンキで塗りつぶされ、代わりに赤青白三色のクロスマークが描かれる。南郷茂章海軍中尉によって遙々日本から持ち込まれた新鋭機だ。
「できれば<蒼龍>を使って試してみたかったが……」
 言ってもせんなきことである。本国はあくまで中立を主張しており、彼らはあくまで私人として参加した義勇兵だ。さすがに戦闘機や攻撃機はともかく空母まで投入しては言い訳が立たない。そして、連合国の空母は<飛龍>や<蒼龍>のような正規空母ではないから、甲板距離が不足している。甲板上での離発着が可能にならない限り、連合空母では出撃回数が稼げない。自軍の練度を上げると共に敵状に合った戦術を研究、実施し訓練するという目的には不都合だった。
「ロシアの戦闘機が出てくると面白いがな」
 大日本帝国の仮想敵はあくまでロシアであった。
 合州国軍、国境を越えて侵攻!の報告を受けた鞍馬准将は、即座に防御陣地を構築するよう命じかけたが、すぐに気がついて苦笑いした。ここはサクラメント。カルフォルニア連邦の港である。いくら連合軍でも、あるいは合州国軍でもカルフォルニア連邦まで一度に敵にしようとは思わないはずだ。
 鞍馬冬也海軍准将が預けられているのは、戦艦<山城>を旗艦とする小艦隊だ。<山城>には駆逐艦4隻が随伴している。本来ならサクラメントで補給を受け、またハワイ方面に向かう予定ではあったが、情勢の緊迫化に伴い、待機状態に置かれている。カルフォルニアにしてみれば大メシぐらいの用心棒みたいなものだ。
「艦隊司令部からまだ何も言ってこないのか!?」
 自分はこれから何をすべきなのか。常に先手を打つよう心がけている鞍馬にとって、司令部の黙りは腹に据えかねた。
 日本はけっして女性の社会進出が早い国ではなかった。しかし、先の世界大戦に参戦したことで成人男性の数が不足するようになり、それを補う形で記者やバスの車掌、新聞記者、工場作業員等、本来男性の職場とされる分野への進出がおこなわれるようになった。そして1934年には初の女性警察官64名が採用され、国内研修の後、7名が海外研修へと派遣されたのである。
 そのうち6名はロス・アンジェルス警察に派遣された。カルフォルニア連邦は大日本帝国の友好国であり、またロスは世界初の婦人警官、アリス・ステヴィンス・ウェルズが活躍した地であった。だが残る1名、神凪羽常(かみざき・はつね)は何故かアメリカ連合国へと派遣されてしまった。
 それはロス市警が6名しか受入枠を用意しなかったにもかかわらず7人選抜してしまったからだとか、日本が義勇歩兵師団を派遣する際に憲兵の人員が不足していたので員数合わせで押し込んでしまったのだとか……ということは、担当者の責任問題になるので……全くない。ありえない。
 とにかく現実として、神凪羽常はアトランタに派遣されてしまい、日本軍も憲兵隊もアトランタ市警もジョージア州警察も、この(名誉白人扱いだけど)有色人種で、(連合内では日本より数の少ない)女性警官で、しかも「CIA長官にご挨拶させて下さい☆」などと言い出す性格を持てあましてしまったのである。
 各所で裏取引の1ダースも繰り広げられた末、1人の老人の警護にあてられることになった。既に時代遅れの人物とみなされており、専属の警護官をあてるほどの価値はないと思われてはいたが、放置しておくには重要すぎる……それが老人への評価だった。つまり飼い殺しの運命である。
 そんな事情を羽常は知らなかった。ただ、重要な人物がいるので、その身辺警護と身の回りの世話をして欲しい、これこそ警察官としての能力と女性ならではの繊細さが求められる任務であると言われ、それを喜んで受け入れただけである。
 彼女はアトランタ市内のホテルで老人と出会った。そこが彼の住まい屋となっていた。
 身長は2m近いだろうか。少し痩せぎすだ。しかし青い目は鋭い光を放ち、鼻の下の髭は手入れが行き届いており、老いを感じさせはしなかった。ただ、いつも不満げにイライラしていることが多かった。
 どこへ出かけるということもなく、部屋で思索にふけったり書に読みふける毎日であったから、警護で苦労することはなかったし、一流とは思えなかったが日本の水準からすれば立派なホテルであったから、身の回りの世話といってもすることはほとんどなかった。ただ、ときおり老人の使いで図書館へ本の借り出しに行ったり、書店へ注文した本を受け取りに行くだけの毎日である。
 ある日、やっとうち解けてきたのか、老人はぽつりと羽常に言った。
「200万ドルの費用と3ヶ月の工期さえ与えられれば、どんな国であろうと難攻不落にしてみせるよ」
 羽常は特に語学が堪能なわけではなかったから、老人の言葉が本気か冗談かの判断はできなかったけれど、もしかしたらと思わせるだけの何かが老人にはあったのだ。
 そして、また相変わらずの日々が続く。もしかしたら、飼い殺しにされているのは羽常の方であったのかもしれない。

最善の道、迷い道

 フォードは単なる一企業ではない。内外の政財界に強い影響力を持つ合州国屈指の大企業であり、産業界のオピニオン・リーダーでもある。戦争勃発と同時に財界を取りまとめ、「『強いアメリカ』を再び創る為には、不幸な事ながら、内戦の再開を決断した政府に最大限の理解をする」と政府支持を明確にした。これは会長である大フォードの力によるものだが、それを促したのは周囲からは父より格が落ちると見なされている小フォード、エドセル・フォードの才覚であった。
 同時にエドセル・フォードはV8エンジンを量産体制に移行させた。より安定性の高い改良型である。フォードはこの戦争が民需に与える影響はさほどでないと踏んだ上に、軍需転用による消費拡大を見込んでいた。
「フォードはどれくらいで可能なのだ」
 ダルティル・モーミュ・アーネス中将に問いただされたエドセルは即座に3ヶ月と答えた。
「単にトラックを納品しろというだけでしたら1ヶ月も必要ありません。産業界もすべて軍需の要請に応えるべく動き始めています。しかし軍の機械化部隊にというお話ですから、悪路を支障なく走行できるよう車軸も強化したいし、エンジンも改良型を搭載したいと思いますので……」
「装甲はどうだね」
「どの程度を必要とされるかによります。厚い鉄板を張るということはそれだけ材料が必要になりますし、工程も増えます。重量増にも対応しないといけませんし……」
「解った。詳細は部下から伝えるよ」
 アーネス中将の言葉に、フォードは一礼して退出した。将軍は中部方面軍を統括している。侵略軍を撃退するために、少しの余分な時間もないのだ。まだ兵站や技術関係にも目を配るだけ理解があるといえよう。
「さて、将軍は軍を動かし……ぼくは何を動かそうかな……」
 もう既にアメリカ産業界を動かしている男は、さらに世界を動かすべく次の手を打ち始めていた。
 帝都ペトログラード。
 駐ロ一等書記官であるジョージ・フロスト・ケナンは、ひそかにロシア政府との交渉を進めていた。ロシアを合州国陣営に引きずり込めれば、単にロシア一国だけではなく、ロマノフ朝とウインザー朝の縁戚関係を強調することによって、連合の最大の支援国である大英帝国を連合陣営から引きはがせる可能性が出てくるからである。
 彼はウィリアム・ビュリット大使の許可を得て国務省へ長文電報を打ち、その行動に承諾を得た。外交は、機械工の手法ではなく庭園師の手法でやらねばならない。切って削って填め込んで……とはいかないものなのだ。
「面白い男だな、おまえは」
「そうでしょうか。単に現実主義者なだけだと思いますが」
「そういうところが面白いのだ。戦線から遠のくと、楽観主義が現実にとってかわるものなのだがな」
 そういって、ナジェージュダ・ボリーソブナ・ユーリエフスカヤはにやりと笑った。
 ユーリエフスキー公の娘、先帝の従妹、東シベリア大公女にして勅撰議員。肩書きはいろいろあれど、目の前に立つ女性はただ虎(Panthera tigris altaica)であるとしかいえない。顔の大きな部分を占める火傷の痕も、彼女の内面から滲み出る威圧感の前には仮面の1枚でしかない。
 雌虎は牙をむいて笑った。
「ロシアは合州国を支持し、支援を与えるだろう」
 それだけを告げ、ナジェージュダは部屋を後にした。
 巨大な扉が静かに閉まり、カチリとだけ音を立てる。
「ババヤガよし」
「エロフェイ・ハバーロフよし」
「ヴァシリー・ポヤルコフよし」
 ただまっすぐに歩み続ける彼女の背後には、いつしか鮮やかな瑠璃色の軍服の男たちが付き従っていた。
「少々物足りないが、これから私はお前たちに戦争を与える。撃鉄を起こせ!」
 上空からだと集結しつつある軍隊の動きが手に取るように解る。至る所で、輸送車両や行進する兵士、仮設の天幕村や物資集積所を見ることができる。だが敵の姿はなく、砲火や煙も目撃することはなかった。
「だからピッツバーグなんだろ!?」
「ピッツバーグです」
「だったら、敵はどこにいる!」
「だからピッツバーグです!!」
 ピッツバーグの飛行場に到着した第34歩兵師団航空機大隊を率いていたアレン・シアフィールド少佐は、迎えに出た飛行場の女性士官とひとしきり無意味な会話を繰り返した。到着次第、上空制圧のためにP6E<ホーク>を発進させようとしていたのだが、士官は敵はピッツバーグだというのである。
「カンザスか!?」
「だからカンザス州ピッツバーグだと申し上げているでしょ!?」
 次々に着陸してくる戦闘機のエンジン音で聞き取りづらくなっているものの、これは不覚だった。敵は当然のごとく、ワシントンを目指して侵攻してきていると思いこんでいたが、敵は国境付近に展開してはいるものの積極的な動きは見せていない。どうやら中部方面が主戦場となっているらしい。
「了解した。予備の機体や整備部品は届いているな」
「ええ。まだ道路の混雑で到着が遅れたトラックがありますが、問題はありません。受け取りにサインをお願いします」
 この基地にも続々と荷物が到着し、仮設建物が次々に組み立てられている最中だ。彼方の兵舎では女性兵士の一団が窓を開け掃除をし、シーツを洗濯している。
「燃料の補給が終わり次第、1個中隊を偵察に出す」
「やっています」
 頭上をまた1編隊が通り過ぎる。最新鋭の<ヘルダイバー>の小隊だ。
「飛行士の補充は?」
 書類にサインをしながらシアフィールドは補充の飛行士について訊ねたが、士官は兵舎を指さした。
「彼女らがそうです。とりあえず10名」
「女性か!?」
 しかめ面を隠そうともせず、シアフィールドは吐き捨てた。事務士官の眉がかすかに動く。この20年ほどの女性の社会進出は進んできたし、女性飛行士が増えていることも認識していたが、戦闘部隊を預かる自分がそんな女性たちを指揮することまでは想定していなかったのだ。
 いささか古風な価値観をもつシアフィールド少佐が困惑していた頃、海軍次官ルーク・ハミル少将は自分の先見の明に満足していた。ハミル少将の発案で、陸海共同による飛行士養成学校が設立されたのが3年前、男女共学になったのが3ヶ月前。南軍の侵攻に対し、民間の飛行資格を持つパイロットの訓練がぎりぎり間に合ったのである。ただ、彼の最初の志とは若干方向性が違ってきている。
「合州国が勝つには、南軍に勝る工業力を効率的に運用することであり、前線で必要なものを短期間に届ける体制を確立することが、自分の使命である」
 そしてその一環として、女性飛行士の養成に尽力した。輸送などの後方支援に女性飛行士が投入できるなら、その分の男性飛行士を前線に送り込める計算になる。それはトラックの運転手でも機関車の機関士でも同じことだ。そう思っていたのだが、事態は彼の想定以上に進んでいた。
「この際、女性パイロットをダシに、志願兵のますますの増員を計ろうではないか」
 ある意味開き直った少将は、部下にメディア受けの良さそうな女性飛行士の選抜を指示した。その飛行士を報道機関に取り上げさせ、意図的に彼女たちがいかに危険な任務に就いているかを訴えることで、女に任せておけるかと男気をくすぐるもよし、女性を危険な目に遭わせてはならんと侠気をあおるもよし。
 それだけを指示すると彼は次の書類へと取り組み始めた。
 南北戦争以来の国家分断と臨戦態勢の継続は、必然的に女性の社会進出を加速した。その中でも、特に北部の合州国においては、軍隊で女性を見かけることも珍しくない。
「この天幕の中は私達の戦場よ! たとえ大統領だろうと勝手な事は許さないからね!」
 前線から後方47キロの位置に布陣している野戦病院を取り仕切っているのも女性だった。ラチェット・ウィンチェスター。32歳。軍医中佐である。
 前線から続々と後送されてくる負傷兵を次々に振り分け、簡単な治療で前線に戻せる者は戻し、十分な治療が必要な者は都市の病院へと送り出し、処置無しと診断すればモルヒネだけを与える。いつこの場所自体が最前線になるかもしれない中で、最善を尽くすには個人の感情を押し殺すしかないのだ。
「軍医殿、敵の侵攻が近づいてきています。ここも放棄します」
 天幕に顔だけ入れて報告すると走り去る伝令にウィンチェスターは毒づいた。
「たった24時間、50キロの戦線を維持することもできないわけ!?」
 しかし切り替えは早い。無駄にする時間はもはや無かった。手近な看護兵をつかまえると移動手段の確保を命じた。
「トラックをつかまえて来るのよ! C棟の患者はレベルに関係なく、全員連れて行きます」
 部下たちは既に軍医中佐の命令を待つまでもなく、撤収の準備を進めていた。医薬品も大半は放棄だ。安全な場所にたどり着くまでの医薬品や器具があればいい。負傷者とスタッフを運べるだけ運ぶことだけを考える。
「クランシー伍長、また会いましょう」
「中佐殿もご無事で」
 動かせない負傷者のために、志願した3名の衛生兵が後に残されることになった。動き出すジープに足をかけ、飛び乗りながらウィンチェスターは答礼した。
 砲声が次第に近づいてくる。
 国境方面との連絡が途絶した時点で、第2海兵連隊第3大隊はデモインにまで進出していた。その段階で、敵のカンザスシティ突破もあり得るとして、ジョン・ブラックウッド少佐は陣地構築を指示した。カンザスシティが突破されればデモインはすぐそこであり、デモインの防衛戦が崩壊してしまえばシカゴやミネアポリスまでさしたる障害は残っていないのだ。
「装甲車中隊を出してカンザスとの連絡を確保しろ」
 戦闘は流動的だ。ただ、デモインを敵の手に渡してはならない。それだけははっきりしていた。
 義勇空挺部隊《エロフェイ・ハバーロフ》および義勇狙撃兵師団《ヴァシリー・ポヤルコフ》は8月中旬までにはオリンピアへの揚陸を完了した。当初の移送計画では黒海発ウィルミントン揚陸を予定していたが、動かせる部隊が主にシベリア方面に展開していたため西海岸への揚陸となったのである。唯一、キエフで編制した義勇航空隊《ババヤガ》だけは予定通り、ウィルミントン経由でフィラデルフィアに到着したようだ。だが、名目上の司令官である大公女はどちらにも同行していなかった。3個師団相当を十分な装備弾薬とともに北米大陸に送り出したユーリエフスカヤは、そのままパリへと渡り、外交の舞台へ戦場を移していたのである。
 一方、大西洋航路は現在までのところ、民間船も含めて双方に1隻の損害も出ていない。合州国および連合側海軍による臨検や潜水艦の出没など、いろいろ焦臭くなってはいたが、どちらも現時点での艦隊決戦など望んでおらず、また日英独仏露のいずれも直接対決による世界大戦の再来を欲してはいなかったからだ。そのため、たとえ臨検がおこなわれても武器が武器だけで積んである限りは民間貨物船と見なされたし、兵士が兵士だけで乗船している場合は民間客船と認識された。欺瞞と詭弁に塗り固められた航路であった。

疾風怒濤

 北大西洋航路での臨検は、合州国にとっても連合国にとっても欺瞞と詭弁に塗り固められていた。  開戦以来、ウォルター・カーティス海軍少将率いる第2水雷戦隊は僚艦共々哨戒任務に就いていた。だが、敵側に大きな動きはない。
「方位128度、艦影見ゆ!……数、7……いや、10。うち重巡2!」
 艦橋に緊張が走る。だが、それも瞬間のことだ。間もなくそれも安堵の息に変わった。
「巡洋艦<足柄>です。日本帝国海軍!」
「<エイジャックス>もいます」
 通商路の護送には数が多すぎるし、艦隊戦を合州国に挑むと決めたにしては少なすぎる。演習でもしていたというところだろうか。
「やれやれだな。お茶にしよう。忘れるな、ミルクは先に入れるんだぞ」
 そう従卒に命じると、カーティス少将は艦長に話しかけた。
「やれやれ、同盟国で助かったよ。<シリウス>と<カノープス>だけで敵さんと出くわしたら、たちまち流れ星だ」
「何を祈りますか」
「世界人類が平和になりますように……かな」
 ニコリともせずにそういうと、少将は双眼鏡を手に取った。
 確かに第2水雷戦隊が遭遇したのは、大日本帝国海軍の大西洋分戦隊と大英帝国のカリブ艦隊だった。
 東堂明(とうどう・あきら)は演習の結果を目にしながら満足そうに頷いた。近距離砲戦、統制雷撃、対潜戦闘、いずれも評価は高く、心配したような長期航海による練度の低下は見られない。むしろ、速度も特性も違う英国艦とこれだけ連携を取れることを誇るべきだ。しかし、訓練に手を抜くことはできない。
「中村」
「はっ」
 東堂が声をかける前に、従卒がコーヒーを載せた盆を手にして立っていた。すっとカップを受け取ると熱い珈琲を喉に流し込む。
「もうよい」
 カップを盆に戻し、そう告げると従卒は下がった。
「さて、問題はドイツの御仁だが……」
 ポートサルファに入港する<足柄>をエーリッヒ・フォン・レーダーも装甲艦<ドイッチュラント>の操舵艦橋から見守っていた。
「日本は空母を持ってこないつもりなのか」
 当然の配慮であろうが、失望したことは事実だった。
 レーダー中将はドイツ海軍の再建に腐心していたが、世界大戦の敗戦により失った海軍を取り戻すことの困難さを実感していた。従来型の戦艦を建造しても、目標の数を揃えるころには他国は更に新鋭の艦艇を多く揃えており、必死で体を鍛えて同じ棍棒で殴り合っても、残念ながら出遅れている分だけ力負け・体力負けしてしまうのだ。単純な理屈だ。
 だが、その単純な理屈を総統に理解させるのは困難なことだ。
 <ドイッチュラント>はまだ新しい装甲艦だが、ヴィルヘルムスハーフェンで改修工事を受け、さらにその性能を向上させている。耐久試験を名目に大西洋を渡ってきたが、新型のディーゼル機関は順調に動いて予定通りの数値を叩き出している。その後、南米諸国まで足を伸ばす予定ではあったが、北米情勢の急変で足止めを食らっている。必要の場合には、ドイツの権益を擁護すべく必要な措置をとらねばならないのだ。
 レーダーは、ドイツ海軍が列強海軍と互角以上の立場に立つためには、彼らと同じ方向を歩んでいてはダメだと考えていた。戦勝国の連中が棍棒を振り回している間に槍の使い方を憶え、弓矢を生み出すしかない。空母以外の大型艦は研究のみにとどめ、空母の開発や沿岸を守れる程度の巡洋艦、潜水艦といったものを組合せた低コストの戦術を考慮すべきという提言は既におこなっている。しかし総統は大きなものに目を奪われがちだ。より大きな戦艦、より強力な主砲を要求しているのだ。できれば今回の内戦で、空母、せめて航空戦艦がめざましい活躍をすれば、総統も考えを変えるはずだ。いや、変えてもらわねばならない。祖国の海軍を世界に冠たる存在とするために……。
 すべてが半端なのが気に入らなかった。
 航空巡洋艦<ハンプトン・ローズ>の艦長であるセーラム・ライトは、クレーンで吊り上げられてくる偵察機を眺めながら唸った。
 上部構造物をすべて取り払ってしまえば、いや、せめて右舷だけでも撤去してしまえば、もう少し長い滑走甲板が確保でき、もっと自在に航空機を運用できるのに……。それがライト大佐の悩みだった。
 今の航空巡洋艦では、甲板が短すぎて搭載機の発艦はできても回収が困難なのだ。理論的には着艦できるはずだという。しかし実際には10機中7機が甲板が終わるまでに停止できず再着艦を試みることになり、そのうち2機が海に落ちるか甲板に激突する。正確なデータは不明だが、感覚的にはそんな感じだ。これを繰り返していたら、あっという間に使用可能な機体が無くなってしまう。
 なんとか甲板が終わる前に止まる助けになればと、土嚢を積んでみたが見事に失敗。着艦した戦闘機は土嚢をまき散らしながら前転を繰り返し、操縦していた熟練飛行士は右手・両足を骨折して現在入院中。おそらく現役復帰はありえないだろう。
 そういうわけで、<ハンプトン・ローズ>の偵察機は偵察を終えると水上に着水し、おとなしくクレーンで吊り上げられるのを待つことになる。これが何を意味するかというと、せっかく敵の戦艦や輸送艦を捕捉しても偵察機を回収している間に見失ったり、偵察機の回収を後回しにせざるをえないということだ。
「なんとかしてもらわんとな……」
 航空機はこれから主役となるべき兵器だと信じている。そのためには、もう少し運用しやすくしなければならなかった。
 だが、彼らの活躍がレーダー中将に期待されているとまでは知るよしもない。
 水平線上に船影を発見した<デビルフィッシュ>は潜望鏡深度で様子を伺うことにした。敵か味方か。
 この大西洋航路は各国の輸送船が行き来する。合州国向けはこのまま西進し、連合国向けならこのあたりから南西へ進路を変えるはずだ。
「急速潜行! 深度80」
 輸送船ではなかった。駆逐艦だ。
 艦隊決戦に投入でもされれば話は別だが、アズディックと爆雷を搭載した戦闘艦を相手にする気は艦長には毛頭無かったのだ。
「嫌がらせをしているのか、されているのか」
 中立国の船舶への臨検はできるが拿捕や撃沈はできない。そして大英帝国は現時点でいかなる国とも交戦状態にない……ことになっている。
 駆逐艦<ウィシャート>の艦長、ルイス・フランシス・アルバート・ヴィクター・ニコラス中佐は苦笑いしながら紅茶をすすった。世界大戦に発展することを恐れるのは理解できるが、本国政府が腹をくくってくれないことには、こちらは身動きはとれない。
 そのとき、アズディックが前方にかすかな痕跡を感知した。おそらく潜水艦であると判断したニコラス中佐は僚艦を先行させた。駆逐艦<アステカ>が機関出力をあげて前に出る。先行して露払いをするのだ。撃沈までは期待できない。アズディックの音響探知は自艦のスクリュー音まで拾ってしまうため、前方にいる潜水艦しか探知できないのだ。
 <アステカ>が敵予想地点通過と同時に後部から爆雷を投射する。数十秒後に白い水柱が天高く吹き上げる。航跡をずらして続く<デイジー>が爆雷を投下しつつ、走り抜けた。3つ、4つ……水柱が蒼い水面にそびえ立った。
「圧縮音なし、水面に浮かぶものなし」
 報告を受けた中佐は黙って頷いた。おそらく潜水艦は反転し、こちらの横面をかすめて逃げ去ったのだろう。
 やはり嫌がらせにしかならなかった。いや、訓練というべきか。ニコラス大佐は<アステカ>と<デイジー>に通信を送り、定位置に戻るよう命令した。
 まだ先は長いのだ。
 ところで、黄昏の帝国を預かるボールドウィン首相は素朴で誠実な人柄として知られていたが、対外的には消極的な姿勢が目立つ人物であり、彼の就任前に新大陸に送られた植民地軍の扱いには終始困惑していたと思われる。そのためか、彼の方針は常に消極的関与と消極的不関与の間を揺れ動いていた。
 大英帝国にとってアメリカ連合国は穀物や鉱物資源の購入先であり、工場で生産した商品の大口の売却先であったから、その関係は重視せざるをえないものであったが、かといって陸海軍、議会、新聞世論、そういった意向を無視して政府が無条件でテコ入れできるほどの関係でもなかった。そしてイギリス全体の論調は合州国に対して好意的ではあったが、それは政府に対して無条件に白紙小切手を切らせるほどのものでもなかった。
 イギリスに対して戦闘艦艇の購入を打診した時点で、アメリカ連合側は戦争債以外に支払手段を持たなかった。しかし戦争国債は往々にして支払拒否されるものだ。現に世界大戦の際、英国自身が日本に対して一部をデフォルト処理している。無償供与は論外。国民と議会の弾劾を受けずして、いずれの方策を選択することはできない。
 だがカルフォルニアに居ながら、コーデル・ハルはそうした状況に一石を投じたのである。
 改修を受けるため本国への帰路に就いていた戦艦<ロイヤル=サブリン>に、ケベックへ引き返すよう命令が届いたのは8月1日未明のことだった。
 ケベックでリチャード・ドレイク大佐を出迎えたのは、<リアンダー>艦長であるマイケル・オスカー・ヤングハズバンド大佐であった。
「帰国がかなわず残念だったな」
「かまわんさ。カナダの水も不味くはない」
 そういいながらバーカウンターへと回り込む。
「人払いをしてしまったもんで、全部自分でやらなくちゃいかん」
 2つのグラスに琥珀色の液体に透明な氷塊が浮かぶ。
「それで実際、どうなっているんだ、我々の立場は」
「それが解らん。我々に与えられた命令も待機だからね。ただ、近々何らかの動きがあるらしいという噂はある」
 そういいながら、ヤングハズバンド大佐はグラスを手に取った。
「海軍省は積極的に関与する意志はないようだが、陸軍が参加している以上、その補給線はメンツにかけても守らねばならない」
「合州国海軍は弱体だが、束になってかかってこられると、ちと手に余る」
「潜水艦も動きがかなり活発になってきている。駆逐艦も大忙しさ」
 2人はぐいとグラスをあおった。グラスと氷がぶつかり、ちりりんと鳴った。

戦争の夏

 ペンシルバニア州ピッツバーグ。
 酷暑の中フランシス・テーラー合州国第13歩兵師団長は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 連合は事実上東部では大規模な作戦は行なわずに西部から中央部で作戦行動を継続中であった。目標は恐らく五大湖への突進。侵攻当時から在ピッツバーグで駐屯防衛の任についていたテーラー率いる第13歩兵師団はほとんど戦闘らしい戦闘はしておらず、いつしか東部戦線はゴーストフロントの渾名をいただくようになっていた。
 連合の侵攻はあらかじめ予想されており、当初の作戦プランどおりに後方から緊急に増援が送られてはいるものの、傍からみれば連合のお手伝いをしているように見えないこともない。
 兵力の中央から東部への転用がそれである。
 結果として東部ではまったく戦線が動いていないものの、中央部では連合の進撃の前に大穴が開きそうな状況である。無論、州兵の緊急動員は進んでいるものの今すぐそれが役に立つものではないし、東部に振り向けた部隊を急に中央部へ転用することもできない。
 現状では合州国中央軍集団は、手持ちの兵力と僅かな増援兵力をもって戦線のほころびを紡いでいるという状態が続いていた。
(まあそれはそれとしてだ)
 テーラーは疑問に思うことがあった。
(連合の奴らはそれだけの兵力を持ってたのか?いや恐らくそんなはずはない。…とすれば)
「とりあえずひと当てしてみるか?」
 テーラーは呟くと野戦電話を取り一言呟いた。
「テーラーだ。軍団司令部を頼む」
 南北境界線を挟んでベンジャミン・O・デイヴィス・Sr中将率いる第7師団はワシントン防衛の任についていた。
 戦前の予想でもっとも激戦となる可能性が高かった場所であるが、いざ戦闘が始まってみると決まった時間に砲兵射撃の応酬が行なわれる程度でほとんど南軍には動きは無い。反対に時間がたつにつれ、合州国軍には増派された部隊が到着している。
 BOOMM!
 東部時間5時きっかり、お決まりの時間に砲声が聞こえ前に着弾したところとほとんど変わらないところに着弾する。
 こちらの砲兵もお返しとばかり砲撃を行なう。
「また定期便か?」
「そのようです、師団長。それから軍団司令部から命令です。速やかにリッチモンドに展開する敵部隊規模を偵察しろとの事です」
「国境線を越えてか? やれやれ貧乏くじだな。うちの偵察機は出られるか?」
「ここのところ南軍の奴らはしつこく偵察妨害をしてますからね。偵察機を出すたびに追い払われることが多く最近は満足な情報もはいってないですから」
 デイヴィスは少し考えてから指示を出した。
「先に戦闘機中隊をだし、南軍の奴らを引き付けてから偵察機をだせ」
「了解しました。手配します」
 副官は敬礼すると野戦電話で指示を飛ばしてから野戦指揮所をでた。
 そしてデイヴィスも続いて出てそして上を見上げた。降り注ぐ太陽の光はまぶしくそして熱かった。
「…戦争の夏か」
「……しかし海兵がまったくの陸の上というのもなんだかなあ」
「まったくです。まあ、水があるだけまだマシということにしましょう」
 デトロイトに派遣されている、合州国第1海兵連隊長ロイ・ハリー・ルイス大佐が双眼鏡で湖の方を覗き込みながら副官と話していた。
 とりあえず英連邦の一員であるはずのカナダ連邦にまったく動きは無く常日頃とかわらぬ状態が続いていた。
 さすがにこちら側も面と向かって挑発するような態度を示すわけにもいかず、河川艦隊が警備を強化した程度である。
 カナダからの原料輸入もとくに滞ることなく、デトロイトは今大騒ぎの24時間体制で工業製品を吐き出し続けている。そして街中では工員募集の張り紙が兵員募集のポスターと並んでそこかしこに張られ、戦争という事実を突きつけていた。
 そんな中、デトロイト駐留の第1海兵連隊は唯一この街で暇そうにしている状態である。いや暇ということではないのだけれども暇に見えてしまうのであった。おかげさまで連隊所属の工兵中隊が借り出される始末である。軍司令部からの通達というから止むを得ない。
 キッと車のブレ−キ音がした。ルイスは双眼鏡を眼から離した。
 車から降りた連絡士官があわててルイスのもとに駆け寄る。
「大佐!至急電です。インディアナポリスが占拠されたそうです。緊急移動命令です」
「やれやれ、この分だと陸の上でドンパチだぜ!」
 コロンバスから退却して来た部隊を受け入れつつあったピッツバークのテーラーの元には、作戦参謀から報告が届いていた。
「ワシントンからの情報ですが、やはり南からの圧力はたいしたことはありません。執拗に航空偵察の妨害をされてますので詳しい状況はわかりませんが、おそらく東部方面には大規模な部隊はいないものと思われます。その代わりといってなんですが、中部方面へインディアナポリス方面からの圧力がかなりかかっています。デトロイトやシカゴへの突破や、このままだとクリーブランド経由での東部軍の包囲作戦も可能性があります」
 地図を指ししめながら参謀が見解を述べる。
「さてどうしたものか? まあ中央軍をほうっておくわけにもいくまいが」
 南への反撃を行なうべきか否か?
 インディアナポリスには、連合軍の機甲混成集団の仮司令部が設置されていた。
「つまらん、生き残った奴らは黒人どもの懲罰大隊に叩き込んでおけ。カンザスシティへの増援だ。弾除けぐらいにはなるだろう」
「了解しました」
 うれしそうに同じく白人優位主義者の副官が答える。
 アメリカ連合陸軍総司令官テリブル・M・リヴァー大将は不機嫌だった。捕虜相手のロシアンルーレットでそれなりに外れ目を出されたのがよほどお気に召さなかったようだ。
 後世の評価によればリヴァーを陸軍総司令官を任命したのがそもそもの第2次南北の戦争の引き金であったと指摘する説もある。それも戦略面や作戦面での評価ではなく性格面の一点においてである。凶暴、凶悪、凶相の3凶、これで17歳の奥さんがいるというのだから世の中わからない。が、それ程性格的に問題があるのにもかかわらず南の陸軍総司令官である理由は、機甲戦術を理解し行使できるという1点からであったというのが衆目の一致した意見だった。
 破壊されたインディアナポリスの街を見ながら、つまらなそうにタバコを燻らせる。しばらく前に無防備都市宣言をだした市庁舎を暇つぶしに軍団、師団砲兵の一斉射撃で粉砕したばかりである。名目は不審者が市庁舎内部に立て篭もっているとの情報を得たからであったが、リヴァーにはどちらで構わなかった。
「補給が届くまでの間しばらくの休養だ」
 カンザス・シティからは増援要請がきている。窓に目をやった。南軍のものだろう航空機が空を飛んでいた。
 あまりの進撃スピードに補給部隊が追いついていない。南軍の巡航戦車も戦闘消耗より行軍での消耗の方が多いくらいである。ただ戦闘でも北軍の対戦車砲による被害が続出した点については、同行の独義勇軍の技術将校が装甲の薄さを指摘し、数両を後方に研究用に後送したいと申し出ている。 「予備役動員はかけている。徴集された黒人部隊を弾よけがわりに使え。黒人なんぞただの消耗品だ。猫や鼠にも劣る」
 リヴァーの進撃は死と破壊とを伴っていた。

南部の唄

 会見場に集まった内外の記者を前に、連合政府の報道官は型どおりの声明を読み上げた。連合国政府はこれまで度重なる北からの徴発にもかかわらず、対話による解決を試みて戦線不拡大の方針を守り続けてきた。しかし、今回の合州国側の先制攻撃により連合国兵士に死傷者が出たため、消極策を放棄して戦闘に踏み切ることとした。これはすべて連合国国民を守るための戦いであり、純自衛的性質のものであると。
 サンフランシスコ・エグザミナー紙の記者が挙手した。ジョシュア・ハワードだ。
「戦闘には英独日の軍隊が参加しているそうですが?」
「軍隊ではありません。海外からの義勇兵です」
「その義勇兵は旅団規模で最前線で戦っていると聞きましたが?」
「防衛のための戦いに常に備えているということです。他には?」
 奥の方の席にいた大柄な男が指名された。
「戦闘はいつまで継続するものと見込まれますか?」
「連合国国民の生命と財産が守られることが保証されるまでです」
 にこやかな笑みを1ミリも動かさないまま、報道官は答えた。
 一方、ガーナー連合国大統領は執務室で首席補佐官らスタッフからの報告を受けていた。大使を通じてルーマニアやチェコから物資援助の提案がされていたのだ。
「受け入れた方が良いかと思います、大統領。正面装備の国産化が完了しない前に戦端が開かれてしまいました。戦車、航空機、支援車輌、ブーツにヘルメット、とにかく少しでも多くが必要です」
 次席補佐官が取りまとめた資料を提出し、大統領はそれにさっと目を通すと机の上に放り出した。基本的な数字はすべて頭に入っていたし、目新しい内容もない。連合国には資源はあるが工場がない。まったくないわけではなく、日本あたりと比べてもまだ上の工場施設を持っているはずだが、それでも工業地帯の塊のような合州国を相手にこの戦争を戦い抜くには不足している。
「援助といっても無料というはずがあるまい? 相手は何を要求している? それに性能はどうだ? 飛行機が飛ばず、戦車が紙細工のように脆く、ブーツに穴が開いていては話にならんぞ!」
 まだ若い次席補佐官は頭をくしゃくしゃとかきながら、さも言いにくそうに答えた。
「相手は正金決済を要求しています。少なくとも、我が国の紙切れはいらないと言っています」
 その言葉にジョン・ナンス・ガーナーはふんと頷いた。
「それでこそ本当の取引というものだ! よし、好意を受け入れようじゃないか。で、交渉には誰を立てる? 国の金庫を預けるようなもんだ。自分の財布の中身も知らない男には任せられんぞ」
 そこで首席補佐官が1枚のリストを差し出した。候補者の履歴だ。そこに示された名前を見た途端、大統領の顔が大きく崩れた。
「そうこなくちゃいかん! 市場の破壊者、貪欲なる悪魔、地獄の金庫番、ガス・ピッグトンか!!」
 ガーナー大統領は大笑いした。これほど愉快な話はないというように。
 いつの世も、成長し生き残る企業は情報収集の速さと情報操作に巧みでなくてはならない。グッドウィン&ピッグトン商会を取り仕切るガス・ピッグトンもそれを常に心がけていた。
 グッドウィン商会はもともと鉄道レールや穀物など各種商品の取引仲介から株券の売買や外国為替取引をおこなう金融業者ではあったが、泡沫の1つであり、さほど大きな商売に手を出すことはなかった。転機が訪れたのは、ピッグトンをパートナーに受け入れたときであろう。事実上引退した老グッドウィンに代わって采配を振るうピッグトンは鮮やかな手際で軍需物資の納入に絡むことに成功した。そして軍部とのつながりを徐々に政界へと広げていく一方、大胆な投機取引を次々に成功させることによって頭角を現してきた人物である。
「えらく面倒な仕事ですな」
 しかし政府より財務代理人をという水面下の接触を受けた時、ピッグトンは葉巻の端を囓り取りながら呟いた。取引は表向きにはグッドウィン&ピッグトン商会が、チェコやルーマニアの会社とおこなう形になるが、実体は国と国の取引だ。しかも肝心の連合政府の金庫は心許ないときている。
「そこまで、こっちに考えさせる気かね。みんな家畜と同じにコーンでも食わしてがっちり戦わせりゃいいんだ」
 金無しでは戦争はできない。兵士に食事を与えねばならないし、車輌にはガソリンが必要だし、大砲を撃つにも弾がいる。では金があるなら戦争をするかというと、「金持ちケンカせず」の言葉の通り、懐に余裕があるときに好きこのんで戦争をする者はあまりいないはずだ。
 この取引をまとめることができれば政府に対するピッグトンの立場は盤石のものとなる。戦争の結果如何では、グッドウィン&ピッグトン商会がロスチャイルドと肩を並べられるようになるかもしれないのだ。
 千載一遇のチャンスだった。ただ、一般における戦時利得より、少々深入りしすぎなことだけが問題だった。
 港はかつてないほどの賑わいを見せていた。
 まるで駅のプラットフォームのように貨物船が次々と欧州に向けて出航し、また貨物を満載して欧州や南米から到着していた。荷揚げされた日用品から戦略物資まであらゆる品の大半はそのまま貨物列車に搭載され、各都市へと送り出されていく。港の倉庫は満杯になる間もなく、かといって空っぽになることもない。
 ここ1週間は鉄屑の荷揚げに大わらわであった。巨大な煙突のような鉄パイプやら歯車やら車輪やらと、工業プラント1つと機関車50両を潰したようなスクラップが倉庫からあふれ出んばかりになっていたが、それも数日でいずこともなく送り出されていった。
 さらに鋼材も次々に荷揚げされてくる。もちろん、国内でも製鉄事業は盛んに行われてはいるけれど、それでも新型戦車やトラックを次々に製造している工場からは矢のような催促が来る。品質の善し悪し以前に絶対数が不足しているのだ。
 ニューオリンズで生まれたジャズは、ミシシッピ川を遡行してメンフィスにたどり着き、ブルースを生み出した。西アフリカから連れてこられた黒人奴隷による労働歌に西欧の宗教音楽などがこの街で融合し、繰り返しの多い歌詞と旋律の音楽を生み出したのだ。
 しかしマテーラ運輸商会の今の商売繁盛ぶりは、とてもブルースのリズムでは追いつかなかった。ブルースよりはマーチが似合うのではなかろうか。
「インディアナポリスまで、ゴムタイヤを運ぶ仕事があるんだけどな」
「そんな最前線じゃないですか、無理っすよ、無理」
 商工会に顔を出したルッカに、顔見知りになった窓口が声をかける。
 ジョー・ルッカの所有するトラックは今や引く手あまただ。創業間もなく、事業拡大に四苦八苦していた彼の小さな商売にとって、この戦争は願ったりかなったりだったといえよう。大手運送会社のトラックが根こそぎ軍事物資輸送用に徴用されてしまったため、中小零細工場への配送や納品に使うトラックが不足してしまったのである。これもある意味、ピッグマン商会の仕業だ。
「第一、うちはお得意さんの仕事でいっぱいいっぱいだって、ご存じでしょ」
「まあね。融資?……おい、ハリー!」
「この際、トラックを何台か買い足そうと思うんですが……」
 ルッカは融資担当者に相談をかけるが、答えは芳しくない。融資はかまわないが、まず買える車を見つけないといけないだろうというのだ。戦争のおかげで価格は高騰しているし、市場からも払底している。国産車より輸入車と考えてもいいくらいの現状らしい。
「軍隊の後ろから付いていけば、フォードくらい拾えるかもしれんよ」
「勘弁して下さいよ」
 ぶすっとしてルッカはタバコを取り出した。湿気っていた。
 そこは「クラウド」と呼ばれていた。本当に雲の上にあるわけでもなかろうが、公文書にその所在は記されていない。連合国内における防諜機関の総元締め、スペクトラムの拠点である。
「……近所の見せ物小屋は北軍スパイの拠点に間違いない……くだらん」
 スカーレット大尉は全米(この場合は南部連合内)に張り巡らされた情報網から入ってくる情報に目を走らせる。内外各地の大使館員や駐在員、情報提供者、チクリ屋、ありとあらゆる情報が流れてくるのだ。途中で最低限の取捨選択はされるが、基本的には街の噂話や新聞記事から外交情報まですべてが流し込まれる。その中から上澄みをすくい、型に流し込むのが彼らの職務だ。
「ネズミは駆除しても駆除しても湧いて出る」
 北軍の諜報網、逃亡ルート、完璧に叩き潰したつもりでも、いつの間にか再生し始める。とはいえ、今回の摘発はさすがに効いたようで、今は砕いた破片が蠢き始めたというところか。
「なあに、わざと見逃した穴もあるということだ」
 とはいうものの、鉄橋爆破の黒幕はいまだ検挙していないし、各国軍偵の動きも活性化しているとの報告もある。これまで以上に情報漏洩の取り締まりには力を入れておかねばならない。
 今回は先手を取られたが、次の一手ではそうはいかない!

それぞれの祈り

 文芸同人誌『Providence☆Tales』の編集部は、薄黄緑色の丸屋根が印象的な教会の筋向かい、大学通り66番に建つ古びた一軒家の1階にあった……というか、そこがロゼッタ・ブロックの住まいだった。そこはプラウン大学のキャンパスに近い、東にのびる大きな丘の頂であり、大学付属の図書館がすぐ裏手にあることから、ロゼッタやジョオはかなり便利に使っている。
 戦争の知らせは、この街にも届いていた。
「号外! 号が〜いっ!」
 新聞売りの少女が通りを駆け抜け、郵便局に速報が張り出される。
「あらあら、まあまあ。一気に旧都ワシントンが陥落させられると、俄然連合軍が有利となってしまう」
「我が軍だって、兵力を東海岸に呼んで首都の守りくらいかためるわ」
「どうかしら。連合軍は、優勢な河川艦隊を使ってミシシッピ水系を制圧、ミシガン湖へ魚雷艇部隊を送り込み、この水系で合州国軍を東西に分断、西部の軍が東部へ来援できないようにする作戦を採ることもできるのよ」
 ブロックの見立てでは、北軍西方部隊をエリー湖・オハイオ川・ミシシッピ川のラインで分断している間に、南軍の陸海主力が東海岸で大攻勢をかけるのではないかというのだが、そうなると上陸目標はクリーヴラントということになるのだが……。
「トリッキーだわ」
 ジョオが断言した。
「南軍には基本的に兵力が足りないもの」
 その言葉にはロゼッタも同意した。
「そうね。連合がどんな攻め方をしてこようとも、合州国軍としては、あんまりハイリスクな作戦をたてる必要はなくって、とりあえず現在の戦線をできるだけ守って維持し、南軍が損耗してきたところで攻勢に出れば良いのではないかなー、という感じ」
 もちろん河川艦隊を全滅させられないように気をつけて、オハイオ川・五大湖を制圧しておけばという前提だろう。
 結局ロゼッタの推量は外れていたらしいことがおいおい解ってくるのだが、こんな天気の良い日に、うら若い娘がお互いの髪をすきながら、戦争の行方について無責任に語り合うのはいかがなものか。
 さて、戦争勃発を知ってからの老ジョセフの動きは、どこが腰痛で苦しんでいる120歳なのかというものであった。
 ブレンダたちが止めるのを振り切り、杖をついてパッカードに乗り込むと泥道を疾走して街へ戻り、市内の各教会に呼び掛けて瞬く間に合同ミサを決めてしまったのである。
「…主よ。天に坐します我らが主よ。人はまた愚かなる戦いを始めてしまいました。どうか愛する祖国と罪深き同胞に御加護を……エーメン」
 駅前広場に集まった人々は出征していく兵士たちの無事の帰還を祈り、そして賛美歌アメージング・グレースを合唱した。
「無事に帰ってきてね!」
「もちろんさ、パット」
 パトリシア・ヴァイオレットと恋人は片時も離れまいというように寄り添い、ミサに参加していた。郵便飛行士である彼は、開戦のニュースを聞いたその足で徴募事務所へ向かっていたのだ。
 集会の終了間際になって、反戦を訴えるグループとの間に小競り合いが生じたが、大きな騒ぎになることなく散会した。とはいえ、後味が少し悪くなったことは否めない。
 分析課のアリーが昨日分のレポートをデスクに置いていった。ショーン・マグローは日付が変わってから5杯目のコーヒーを飲みながら、それに目を通した。
 ボストンの連邦捜査局分室は、合州国北東部を所管としている。前線から遠く離れているし、首都ニューヨークは本局の管轄ではあるが、決して閑職とはなりえない。スパイや第五列は地方都市にも根付き、芽吹いていくものだからだ。
 戦争の勃発から1週間が経過したが、今のところCIAによる大きな動きは察知できていない。計画された侵攻であるなら、同時に通信網などへの破壊工作をおこない、こちらの迎撃体制を混乱させる行動に出ても不思議はないのだが、そのようなサボタージュは認められていないのだ。やはり、これは偶発的なものなのだろうか。いや、そんなもので戦争を始められてはたまったものではない。
 1週間分のデータをリスト化してみる。これはけっこう面倒で退屈な仕事だし、成果をあげられる保証もない。
 運輸通信関係の事故が幾つか報告されているが、連合の工作の可能性があるものはない。少なくとも普通の事故や障害の範疇に収まっている。面倒なのは、平和団体と労働組合だ。この両者が結びつくとロクなことにならないとショーンは考えている。
 既に反戦集会が3件発生しており、プロヴィデンスでは前線に赴く兵士らへの祈りの会で小規模な小競り合いが発生していた。反戦グループの中心は倉庫会社の事務員。もちろん労働組合員だ。
 労働組合は合法活動であるし、合州国においては各人が自由に意見を述べる権利がある。とはいえ、こうした活動が南の工作員に利用される可能性はあるし、それを未然に阻止するのも彼の仕事だ。
「アリー、3番のファイルを」
 今度はKKK構成員のファイルを取り寄せる。クー・クラックス・クランは白人優位を主張する団体だ。その主張自体は(憲法問題に抵触するものの)合法だが、意見の異なる反対論者や団体あるいは非白人にたいし、暗殺や暴行、破壊工作など暴力行為で圧力を加えようとしている。これは完全に非合法だ。何度かの摘発で、その勢力は大いに削がれたものの、野に放たれたままの幹部や潜在的なシンパは多い。
 彼は各地の警察署に連絡し、既に所在を把握しているメンバーについて監視強化を依頼すると共に、自分は所在の解らぬ幹部の発見に努めることにした。
 ジョージ・ベック、37歳。穏やかな見かけとは裏腹に思い切った行動に出ることが多い。恐らくは牢に繋がれていないメンバーのうちで最悪の人物。半年前にニューポートで目撃されたのを最後に消息を絶っている。
「どこかでのたれ死んでてくれりゃあな……」
 そういいつつ、マグローは上着をつかんで立ち上がった。何を敵に利用されるか解ったものではない。可能性が少しでもある蟻の穴を埋めていくのが彼の仕事だった。
「はあ、あれは軍施設ですか」
 そう呟くジョニー・ヴィンセンズに、営業所長は慌てて釘を刺した。
「頼むよ、キミ。おかしな騒ぎは起こさないでくれたまえよ」
 労働組合怖さに上司はしがない事務員相手におっかなびっくりだ。先日の反戦集会で彼はもちろん、この会社もFBIあたりに目をつけられたかもしれない。だが、ヴィンセンズだって事を荒立てたいわけじゃないのだ。
「自らの敵をも愛し、誰も傷つけたくないってだけですよ」
「それは立派な心がけだけどね……まあ、とにかく自重してくれたまえよ。今は非常時なんだからね」
 そういうと、そそくさと所長は席を立った。あの様子では、集会で速やかな停戦と平和的南北統一を要求したなんて知ったら卒倒してしまうかもしれない。
 彼の望みは市民の生活に危害が及ばないこと。それだけだ。
 港の一角に作られた謎の施設。単なる軍艦の整備ならニューポートで充分なはずだし、造船廠にしては小さすぎはしないだろうか……。
 個人経営の博物館……といえば聞こえは良いけれど、実態は見せ物小屋であるトレジャーアイランドは港に面した一角にあった。
 今、ここに住み込んでいるのは5人。夫の留守を守る母、ジェニファー。娘その1、気丈なジョオ。その2、呑気なバージニア。そして末娘のアレックス。そして住み込み従業員のマーシャン。マーシャン……なんて本名じゃない。頭でっかちをからかってつけたあだ名だが、本人も気に入ってしまったらしく、誰も本当の名前を気にしなくなってしまった。本名はピエールだったか、ジャンだったか……。
「あの人から手紙が来たのよ。今、飛行訓練してるらしいのよ」
 ふらりと寄ったパトリシア・ヴァイオレットがジェニファーと話し込んでいる。
「小さい子供たちまでが、もう少し年上だったら僕も戦うのにっていうのよ」
「でもねえ、15を過ぎたら一人前。それを止められなくなるのよね」
 ジェニファーはため息を吐いた。
 なんか2人とも沈み込んでしまった。よろしくない傾向だ。
 沈黙を打ち破ったのは、ケトルが立てるけたたましい響きだった。
「あ、お湯が沸いたみたい。今、コーヒーをいれるわね」
「今日のマフィン、ちょっと自信がないんだけど……」
 今までの沈黙を取り繕うように、あたふたと立ち上がるジェニファーとパトリシア。
 愛する人を戦で失いたいと願う者はいないのだ。
 トレジャーアイランドの筋向かいに「ジミーの床屋」がある。
 理髪師のジミー・スローダーの髪は、自分はもちろん、他の誰にも切ることができない。でもその腕前は確からしい……いや、僕は散髪してもらったことがありませんから。
 子供たちでごった返す見せ物小屋を横目に、ジミーは自転車で駆け抜ける。
 港に建てられた仮設の建物で、ちょきちょきちょきんと器用に兵隊さんの髪を切る。いや、下っ端の兵隊さんたちは自分たちでバリカンを使って刈るから、かなり上の士官さんたちである。
「なんですか、軍は秘密兵器でも造る気ですか?」
 散髪しながらの雑談で、ついつい目の前の大きな施設が話題になる。
「なあに。改装して魚雷避けをつけるのさ。来月にはエライ先生たちもお見えになるそうだ」
 普段なら気軽に口に出さない言葉でも、床屋に散髪されながらうとうとしてしまうと、ついつい余計なことまで喋ってしまう。恐るべし、市井の床屋。とはいえ、最低限の抑制はかかるから、誰もそれ以上は話さなかったし、最後には「ここで見聞きしたことは余所で喋らないように」と釘を刺された。
 とりあえず巡洋艦あたりがそのうち寄港して、あれこれ改装を受けるらしい。うちの床屋のお客が増えるかなあ、自分でバリカンばかりでなく、たまには床屋を使って欲しいよなあと思いつつ、ジミー・スローダーは基地を後にした。ちりりんちりりんと自転車のベルを鳴らしながら。
 それはどこともつかない場所。深い雪を抱く神々の峰の頂であるかもしれないし、暴風と荒波に孤立した海洋の小島かもしれない。もしかしたら、星の彼方という可能性もないではない。
 しかし、そこには小さな小屋が1つあり、外観とは裏腹に長距離無線を傍受できる巨大なアンテナと高性能の無線設備が備え付けられていた。それ以外にも、この建物から一歩も外に出ることなく、1年は暮らしていけるだけの物資や設備が用意されていた。発電機の燃料は、引火したらエトナ山の爆発のように、さぞ見物になると思う。
 とはいえ、誰が好きこのんでこんなところに……という小屋に寝泊まりしているのが、まだ15かそこらにしか見えない少女1人であったと知ったら、驚かない者はいないだろう。
「まったく、いつになったら!」
 独り言が増えたとグレンダは思う。オウムでも連れてきたら気晴らしになるかと思わないでもなかったが、そうしたらそれこそロビンソン・クルーソーよろしく永遠に交替が来なくなるのではないかと思うと恐ろしくてできないのだ。
「2年間の休暇……ってこともありえるわね……」
 楽しみといえば、短波や中波のラジオで音楽を聴くことくらいだ。学校の勉強は大学を卒業できるあたりまでやり尽くしてしまったし、編んでいたセーターは小屋の回りを3周するほどの長さになった。
 それもこれも、入るかどうか判らない無線のためだけである。
『プツ…………』
 かすかなノイズが耳に入った。
 たちまちグレンダは臨戦モードに切り替わった。手動でアンテナを動かし、かすかなノイズさえ聞き逃さない体勢に入ったのだ。
 やがて、途切れ途切れにメッセージが入り始めた。
『……されど、その魂は……にあらず……宙に還りたるがため……』
「……そう来たわけ?」
 鉛筆を舐め舐めメモを取りながら、少女は笑った。何ヶ月ぶりかの笑顔だった。
「例のセルビア人が亡命を承諾しました」
 メジャース大尉の言葉に、ゴールドマン局長の手が止まった。
「今、この時期にか!?」
 既に戦端は開かれていた。国境線がどこかさえも定かではなくなっている。
「向こうからのアプローチは随分前からあったようですが、<ハリー>が潰された時にうやむやになってしまったんです」
 その言葉を聞きながら、OSI局長はタンタンと机を叩く。
「回収はできるか?」
「難しいですね」
 レストランやミュージカルの席の話でもしているかのようにメジャーズは応えた。
「<ハリー>か<ディック>を使いたいところですが、スペクトラムの監視がついている可能性がある。裏を取るまでは使えません。やぶ蛇になりかねない。ハッタリ屋ですよ、彼にそれだけの価値はありません」
 あまり乗り気でないというように、メジャーズ大尉は両手を天に向けた。だが局長は別の考えのようだった。
「彼のいうところのアイデアの1/100しか使い物にならないとしても、それだけの価値はある。いや、彼が南に居ないというだけで充分だ。ただちに保護回収にあたりたまえ」
 上司の命令に、一瞬の間をおいて大尉は応えた。
「<雷鳥>を潰すかもしれません」
「かまわん」
 既に可能性は検討し尽くしていた。亡命科学者を救出するとしたら、虎の子の地下鉄道を投入するしかないことも判っていた。
「彼がこの戦争に決着をつける秘密兵器……そう、殺人光線くらい持ってきてくれんことには、元が取れそうにありませんよ」
「わからんよ」
 そう言って、ゴールドマンはにやりと笑った。

白亜の館

 プラウン大学の学徒であるブライアン・オキーフは、同じ市内にある自宅にいることがほとんどない。教師を目指して勉学に励むのに忙しく、講義に出ているか、図書館で勉強しているか。そして休日は奉仕活動で教会に、という模範的ではあるけれど、あまり家に居たくない別の理由もあった。
 オキーフの実家は雑貨商だが、裏稼業で潜り酒場も経営しているのだ。真面目すぎて融通が利くとはいえない彼にとって、この実家の稼業は嫌悪すべきものであった。かといって、完全に家を出てしまうには家族を愛している……それが彼のジレンマだ。
 うまくいけば酒場が合法になるチャンスはあった。ルーズベルト大統領が誕生したときだ。けれどもフランクリン・ルーズベルトはいまだ禁酒法を撤廃しあぐねていた。
 アルコール類の製造、販売、所持、醸造を禁じて、ギャングの資金源にするよりは、解禁して酒税を国庫に入れた方が得策という声も強かったが、穀物は醸造するよりパンにしろというスローガンの前には勝てなかった。みんな戦争が悪いのよ。
 そういうわけで、彼はこの週末も朝から教会に赴いていた。礼拝の終わった午後、孤児院の子供たちを引き連れ、海まで遊びに来ていたのだ。
 砂浜で遊んだ帰りしなにろも子供たちにせがまれてトレジャーアイランドでキャンディーバーを購入するはめになった。
「こんなもんで……」
 はしゃぐ子供たちの中で、年長組のマリアは少し不愉快そうだ。
 通りすがりに工房の方を覗くとマーシャンが忙しなく働いていた。何をやっているのか。ハロウィンにでも使うようなかぶり物を弄っているから仕事ではないのだろうか。ジョオがなにやら大きな箱を抱えて入ってきた。
「行こ」
 ぼおっと様子を見ていると、マリアがオキーフの袖を引いた。見れば他の子供も菓子を食い終わっている。
「もう1本ずつ何か買うか、このまま戻るかだと思うけど」
「よし、帰ろう!」
 オキーフは元気よく叫んだ。
 腕の良い職人なら食うに困ることはないはずだった。
 ライナス・ブラウンは腕の良い職人だった。
 だがライナス・ブラウンは食うに困っていた。証明失敗。
 いくら最先端の写真製版技術を持っていても、こんな田舎では需要はないし、そもそも機械を持っていなかった。宝の持ち腐れである。
 手持ち資金をかき集めて、かろうじて製版機械一式を揃えて貸ガレージで工房を始めてはみたけれど、それでどれだけ大きな仕事を得られるというのだろう。先日は同人文芸冊子の印刷を依頼してきた女性2人組がいたけれど、活字を組むところから始めて1週間で刷り上げろという鬼のような注文だった。30%増しの料金をふっかけたけれど、足元を見られ、結局1割増で引き受けさせられた。そんな半端仕事と内緒の内職で食いつないでいるのだ。
 皮製の書類カバンを抱え込むようにしてライナス・ブラウンが向かったのは、郊外の丘に立つゴシック復古調の邸宅である。広い庭園を巡らした白亜の館の裏手の窓に立てば、円屋根や尖塔が立ち並ぶ町並はもちろん、遙か彼方の田園まで見渡すことができたであろうが、この館の主がそんな光景を目にしたことがあるかどうかははなはだ疑問であった。
 アーチ状の荘厳な門は固く閉ざされたまま蔦が覆い繁り、窓はいずれも鎧戸が固く下ろされていた。廃屋と言っても疑う者はいないであろうが、あらかじめ指定された通用口だけは赤く錆が浮き上がった状態でも辛うじて動き、そこから体を滑り込ませるように、ブラウンは館の敷地に足を踏み入れた。
 枯れ枝のような執事(と思われる人物)に導かれ、彼は館の奥へと足を進めた。
 案内された広い部屋は薄暗く、周囲をとてもはっきりと見渡せるものではない。正面には大きな肖像画、部屋を取り巻く飾り戸棚にはカラクリ細工が飾られている。バネとゼンマイと歯車とクランクがせわしなく動いているのは解るが、その用途はもちろん、それが全体で1つのものなのか、それとも何十何百の別々のシステムなのかも解らない。
 屋敷の主であるボーモンは、深々と椅子に身体を沈め、傍らのガラスケースの中の何かに餌のようなものを与えながらブラウンを迎えた。
「環形動物は5億年、その姿を変えていないという学説は聞いたことがあるかね。もし進化論が正しいとすれば、これこそが進化の到達点ではなかろうか」
 水槽の中で蠢いているのが、そのナントカという生き物なのだろうか。
「いやあ、生物学は門外漢ですので……」
 一刻も早く立ち去りたいブラウンは、そそくさとカバンから封筒を取り出した。
「ご依頼の書類です」
 傍らのフィンガーボールで手をゆすぎ、執事から渡されたハンケチで拭くと、茶封筒から書類を取り出した。そして片眼鏡で子細に調べ始める。
 カチコチ
 カチコチカチコチ
 ジジジジジジジジ
 キシッキシッ
 周囲の音が気になって仕方がない。カチコチという小さな音が何万と集まって、身体を押しつぶさんばかりの圧力となって襲ってくるようだ。
「芸術的だね。見事だ。礼金はドールマンから受け取ってくれたまえ」
 ボーモンがやっと満足そうに頷いたときには、思わず全身の力が抜けんばかりであった。
 執事から報酬を受け取ると、彼は這々の体で館を飛び出した。
 ボーモン邸の帰り道、コーヒーショップに転がり込むように飛び込むと、ブラウンは崩れるようソファに埋もれた。イヤな雰囲気。別にこれといったところのない屋敷としか思えないのに、なにか精気を根こそぎ奪われるような倦怠感が残るのだ。
 そのとき、少し離れた席に座っていた一団が、ちらちらとこちらを見ているのに気がついた。黒ずくめの背広が3人に、純白の背広が1人。もう夏だというのに、背広をぴしりと着こなし、汗ひとつかいていない。
 男たちはひそひそ話をしていたかと思うと、ついと白い男が立ち上がった。黒も後に続くき、そのままつかつかとブラウンの前まで歩み寄ってきた。
「ブラウンっていうのは、あんたかい」
 白い男はぶっきらぼうな口調で訊いてくる。最新流行の仕立てだが、胡散臭さがぷんぷん漂ってくる。もちろん、ブラウンは相手のことを知っていた。
「そうですよ。ミスター・マテラッツィ」
「ほお、オレのことを知っていてくれたかい」
「この街で、あんたのことを知らない人はいやしませんて」
 ディノ・マテラッツィ。まだ若いが、一見平和そのもののこの街で、賭場、潜り酒場を一手に取り仕切っている男だ。他にもいろいろやっているという噂だが、そこまではブラウンは知らない。ただ彼を怒らした人間で、まだ浮いている者はいないそうだ。
 何がそんなに面白かったか、マテラッツイは大声で笑うと、印刷工の肩を抱いて引き寄せた。そして小声で言った。
「あんた、良い仕事してくれてるってな。感謝してるぜ。どうだ、コーヒーくらい驕るぜ」
「いや、けっこうです。もう1杯飲んだところですし、まだ仕事もありますから」
「そうか、そりゃあ残念。また頼むぜ」
 そういいつつ、ブラウンの胸ポケットに紙束を突っ込んだ。
「コーヒー代の代わりだ。取っといてくれや」
 そういうと、男は部下を引き連れ、悠々と出ていった。
 その後ろ姿を見送って、ブラウンは紙束を取り出した。ぐるりと束ねたドル紙幣だ。
 結局、危ない橋ばかり渡っているなとブラウンは思った。反省したわけではない。回想しただけだ。同人誌やチラシ印刷だけじゃ食っていけないのだ。
 少年は犬の兵士になりたいと願っていた。本で読んだ救助犬の物語に感動したのだ。世界大戦のとき、塹壕で倒れ誰にも気づかれずに死のうとしていた兵士を瓦礫の下から発見し、救護兵に知らせたボビーの物語である。この南北対立が続くアメリカにおいて、マイク・アダムス少年がいずれ兵隊になることは既に決定事項として受け入れられていた。しかし、それならば、好きな犬と共に人を助ける仕事をしよう。彼にとって軍犬とはその程度の認識だ。あとは番犬として使われるだろうというくらいで、それも仕方のないことだろう。
 しかし、人間と犬の関係は有史以前に遡るといわれており、その歴史はそのまま戦いの歴史でもある。
 もっとも古い記録では紀元前13世紀のアッシリアにおいて戦闘に参加するマチスフ犬の姿がレリーフに刻まれているし、エリザベス1世のアイルランド遠征でも、1839年のフロリダ戦争でも、何百頭ものブラッドハウンドが戦線に投入されている。ブラッドハウンドとは字の通り「血を好む犬」なのだ。
 先の世界大戦でも同様だった。各国が戦場に犬を投入した、何万頭と。歩哨、伝令、探索者、追跡者、牽引……そう。ロシア軍は機関銃や補給用の荷車を犬につないで戦場に送り込んだ。荷馬より身軽だし、餌代もかからないからだ。
 マイクは走った。
 ちょこまかと走るマルチーズの後を追いかけながら。
「げ、元気じゃねーか!」
 堪らず愚痴る。金持ちの愛玩犬なんてバカばっかだと思いながら走る。K9部隊への道のりは遠い。
「責任とって止めなさいよ!」
 後ろを走る少女が叫ぶ。叫んだ分だけ足が遅くなり、また少し引き離される。
 愛玩犬は白い紙を口にくわえている。ジョオが印刷所に持ち込もうとしていた『Providence☆Tales』の生原稿だ。チョコレートソーダの匂いでも染みついていたのか、くわえて放さないのだ。
「停まれ! アルフォンヌ・ルイ・シュタインベック2世!!」
 一気に叫んだら、息が切れてマイクも少し引き離される。
 前方から誰か歩いてくる。浅黒い肌の美女だ。パリッとした白シャツを着ていた。
「すみません! その犬、捕まえて下さい!!」
 走ってくるのがドーベルマンやシェパードだったら迷わず逃げただろうが、相手は小型犬。さっと手を出すが、その手をかいくぐり、足下をすり抜けた。リタ・バーグマンは振り向き、犬が引きずっている散歩紐をつかもうとするが、間一髪で右手の門扉をくぐり抜け、敷地の奥へと逃げ去ってしまった。
 やっと追いついてきたマイクとジョオは呆然と格子門の向こうを見た。オーブ高校だ。もう日が暮れて、門には鍵がかけられている。
「地下から誰かが啜り泣いている声が聞こえるんだろ?」
「関係ないわよ。あんたの犬なんだから、責任取りなさいよ!」
 ジョオが怪談の噂に怖じ気づくマイクの首を締め上げ揺さぶるのを、リタは制止した。
「悪い気は感じられない。大丈夫だ」
 そういうと、格子に足をかけ、ひょいと乗り越えた。仕方なくマイクも続く。
「見たら殺すわよ!」
 そうマイクに通告してジョオもリタの手を借りて敷地内へと進入した。
 犬と追いかけっこをしながら、校舎の周りを1周半したところで子犬はするりと開いていた扉に飛び込んだ。地下倉庫の扉がなぜか開いていたのだ。
 そこへ降りる石段の途中に、原稿用紙が落ちていた。犬の牙……というより歯で穴が幾つか開けられヨダレと埃にまみれてはいたが原稿は原稿だ。
 ジョオはかがみ込んで原稿を拾うとハンケチで丁寧に拭いた。
「じゃあ、原稿は取り戻せたんで、あたしはここで!」
 くるりとUターンしようとする少女の足に少年がすがりついた。
「お願いですよお、一緒に犬を捜して下さい〜!!」
「ええい、乙女の脚に手を触れるとは不埒な輩めっ!」
 少女の蹴りがゲシゲシゲシゲシ……もうひとつゲシッとマイクの頭を襲う。
「夜中に何を騒いでんですか!?」
 いきなり大声がした。
 ジョオとマイクは一瞬息を呑んだが、リタは平然としている。彼女の位置からは、角を回ってやってくる小柄な少女が見えていたからだ。
「パメラ……なにしてるの?」
「質問に質問で返すなんて、まったく……」
 パメラ・パワーはよっこらしょと言いながら、大きな木箱を2人の足下に下ろした。
「あたしはパーティーの後片づけです。遅くなっちゃったから、許可をもらって鍵を借りてるの。で、グレンダのお姉さんは何をしてるんです?」
「犬がその中に逃げこんじゃったの」
「なんで入ったんです?」
「そりゃ、扉が半開きになってたからよ」
「ふうん」
 全員がパメラの手にした鍵束を見た。
「じゃあ、とにかく犬を連れ出して施錠しましょう!」
 真っ暗で1人か2人だったら不気味な夜の学校も、明かりをつけて大勢でのし歩けばなんて事はない。あっという間にアルフォンヌ・ルイ・シュタインベック2世を追いつめ、抗議の鳴き声を無視して箱に押し込めてしまった。
「一件落着ね」
 そういいながら、ジョオはその箱の上にどっかと腰かけた。彼女がアルフォンヌ・ルイ・シュタインベック2世を押しつぶさないかとハラハラしつつも、マイクは不安そうに周囲を見回した。
「泣き声……聞こえないね」
「聞こえてるよ。あたしの下から」
「それは犬!」
「犬だよ」
 ムキになるマイクを軽くあしらうジョオに、最後の箱を棚に収めたパメラが思いついたように訊ねた。
「そういえば、グレンダは元気にしてます?」
「……ん、ああ、元気だと思うよ。星の観測と読書ができれば満足な子だから」
「連絡あったら、たまには手紙寄こせって伝えて下さい」
「なに? グレンダから連絡あったの?」
「ないの!」
「ふうん……ウッドクラフトなんとかっていうキャンプだろ。いつ戻るのさ」
 マイクの言葉に、ジョオは鼻の頭をぽりぽりかいた。
「再来月くらいかな……何か聞こえる?」
 ジョオの言葉にみんな黙りこくった。
 確かにどこかから何か聞こえてくる。
「邪な精霊のものではない……」
 ポツリとリタが断言した。
「どこかに風の通る穴か何か開いてるのよ!」
 パメラがそういうや、片づけたばかりの箱を床に放り出して、壁際の棚を動かし始めた。慌ててマイクやジョオが転がった箱の中身を収めて片づけようとするが、パメラは意に介した様子もない。
 ガンガラガンガンガン
 ズリズリズリ〜……
 頭が良いのか悪いのか、単に大雑把なだけなんだろうけど、とりあえず軽くした棚を押してずらすと、そこには古びたドアが隠れていた。高さが1メートルほどの小さな扉はペンキが剥げ、立て付けも弛んでいる。
「ほらね、あるところにはあるのよ!」
 そういいながらドアノブを回し、押すのか引くのかも気にせずにグイッと引っ張った……がそこには何も無かった。
 ドアの向こうはコンクリートで塗り固められていた。何かの点検用通路か物置だったのか。亀裂が入っていて、そこからすきま風が流れているから、どこか奥の方で下水道か別の地下室にでもつながっているのだろうが、このコンクリートをたたき壊して掘り進むことはとても考えられなかった。
「じゃあ、これで幽霊話は消えるのかしら」
 そう言いながら、リタがそこにあった古新聞に水糊を塗りつけ亀裂に貼り、ゆっくりとドアを閉めた。
 怪しい物音はしなくなった。
「これで一件落着! さ、あとは棚の荷物を元通りに……って、あ、みんなどこに行くのよ!?」
「エバンズ夫人に犬を返してこなくちゃ……」
「図書館の施錠をしてこないと」
「早く入稿しなくちゃ!」
 口々に呟きながら3人が、それぞれの荷物を抱えて地下室からぞろぞろと出て行った。もちろんパメラは置き去りである。
「なんだ、みんなが帰るならあたしも帰ろ!」
 ひっくり返った箱をヨッコラショとまたぎながら、パメラも地下室を後にした。
 そのうちなんとかなるでしょう。

新聞雑誌の報道から

「鉄道橋爆破される!軍用列車川に転落。負傷者多数か?」
 7月20日午前1時ごろテネシー川(ナッシュビル−パデュカ間)にかかる全長2208フィートの橋が突然大音響とともに吹き飛んだ。そして偶々通りかかった24両編成の軍用列車の先頭車両から数両が川に転落し負傷者が出ている模様である。 現場はすでに軍、警察などによって封鎖されており懸命の救助作業が続いている。
 目撃者の証言によると橋が突然一瞬光ったかと思うと爆発音が聞こえ橋の中央部に近いところが下に崩れ落ち通りかかった列車は急ブレーキをかけたものの止まりきれず川に転落したということである。
 なお軍は現場にいた不審な人物数名をすでに拘束し取り調べている模様である。 その結果、当局は北部の工作員との見方を強めており不審人物の洗い出しの強化を宣言している。
 また仮復旧には1カ月程度かかるものと鉄道当局はみている。(7/22 アトランタタイムズ)
「連合国侵攻続報、合州国中央戦線崩壊か?」
 7月初めに合州国に進撃を行なった連合国軍であるが8月10日現在ニューオルバニを占拠さらに北部インディアナポリスへと電撃的に進撃中の模様。また最西部ピッツバーグからカンザスシティ方面にも進撃しておりこの情勢を連合国広報は「敵軍の戦線が崩壊しつつあるようだ」との認識を示した。これに対し東部の合州国ワシントンと連合国リッチモンドでは国境線上で奇妙なにらみ合いが続いている。
 合州国、連合国内の在留邦人については戦争開始直後に出された退避勧告によりカリフォルニア連邦、カナダ連邦への避難が行なわれておりいまのところ邦人の被害は確認されていない。
 また開戦当初ピッツバーク攻略に関与されたといわれる日本人義勇部隊に関して大日本国外務省は「彼らは連合国義勇兵であり大日本国とは関わりはない。ただ邦人の保護の観点から連合国と参加している個人に対して粘り強く説得は続けていく」との談話が発表された。(8/10 旭新聞)
「連合国、日本に対し戦闘艦の売却を打診?」
 連合国関係筋は日本に対し戦闘艦の売却を打診していることを明らかにした。
「わが国はヤマシロ、アシガラに関心があり日本と交渉中だ」
 これは西海岸サクラメント在泊中の「山城」と先日よりジャマイカ沖の公海上で演習を行なっている「足柄」をさすと見られている。大日本外務省はこれにたいし「そのような話は聞いていない」としている。(8/14 サン)
「合州国、太平洋、大西洋の大型貨客船、貨物船徴用へ!」
 7月30日ルーズヴェルト大統領は議会が緊急可決した戦時徴用法に署名。これにより民間籍の貨客船、貨物船、タンカー等が戦争終結までの間、一時的に軍に徴用が決定した。すでに一部の船は任務についているとみられる。(7月 海事月報短信)
「欧州方面船況」
 今回の戦争を受けてギリシア、イタリア等中立国の外洋航行可能な船舶が米州、仏、露系の会社にスケジュールを押さえられつつあり船舶運航費およびアメリカ方面行きの保険料はかなりの値あがり傾向にある。(7月 海事月報短信)
「フランス議会紛糾!」
 8月上旬のイタリアのエチオピアへの治安維持部隊の投入をうけてフランス議会ではアフリカ重視派とアメリカ重視派に分かれて議会が紛糾した。その結果、アメリカに治安維持のため移送予定だった外人部隊は宙に浮いたままとなった。なお議会はアフリカ重視派がダラディエ仏首相の経済政策の失敗の責任を追及し不信任案を提出する構えをみせておりなおも紛糾する見通しである。(ル・モンド)
「吉田外相、カリフォルニア連邦大統領とサンフランシスコで会談」
 今回の戦争勃発を受け日本の吉田外相と加大統領は緊急会談に望みその席上共同声明を発表した。
「日、加連邦関係こそ両国およびに北米の平和にとって第一義の重要性をもつという点で両国は見解の一致を見ており昨夜同意した日加連邦協定をもって両国国民の希望を象徴するものと見なす」
「我々は両国にかかわる他の問題が生じた場合にも協議という方法でその解決にあたることを決意し、また将来に禍根を残しかねない要因を除去すべく両国が引き続き努力することによって北米の平和の確立に貢献できるものと考える」
 これに対し連合国広報官は「両国との良い関係は変わらない」との談話を発表している。(まいにち)
「金、値幅制限上限へ株は乱高下」
 南軍の侵攻を受けて株式は特に合州国中部に本社、工場を持つ企業を中心に現在まで乱高下していたがフォード社の声明を受けていまのところ株は幾分落ち着きをとりもどしている。
 また金は値幅制限いっぱいの高値に張り付いており現物が出にくい状況となっている。(ワシントン先物市場市況)
「集え国民よ!」
 アメリカ連合の卑劣な攻撃と侵攻に対し海軍航空隊は緊急増員を求められており苦肉の策として女子にも門戸を広げたところ海軍航空養成学校には連日志願者がつめかけており担当官はうれしい悲鳴を上げている。これに関連して陸軍航空隊でも近々同じく門戸を広げることとなった。なお採用された女性は後方任務や輸送任務等に活躍してもらうとの事である。(7/20 L'etoile du nord)
「フォード社、軍へ全面協力へ」
 フォード社は今回の南軍の侵攻を受けて直ちに経営会議を開き軍への全面協力ならびに各民間企業の戦時体制への移行を支援することを全会一致で決議した。この決定を受けてデトロイトをはじめとするフォード社の各工場増産体制にはいり軍へ自動車等を供給することになる。また戦車用エンジンの供給や組立て等も将来的には行なう事としている。
 席上フォード社のエドセル・フォード氏は「『強いアメリカ』を再び創る為には、不幸な事ながら、内戦の再開を決断した政府に最大限の理解をする」とのコメントを発表している。(ワシントンタイムズ)
「ロシア、義勇軍派遣へ」
 ロシア帝国議会は合州国からの要請をうけ国内で義勇兵を募集し直ちに北米に派遣することを決議した。 この席上オブザーバー参加していた在ロシア合州国大使は謝意を表した。詳細は不明であるがまずシベリア方面で先遣隊が編成されウラジオストックより出港しオリンピアを目指すものと見られる。なおロシア議会はアメリカ連合の侵攻に対し非難決議も採択した。(7/30 タイムズ)
「摩天楼の怪人、警官隊の追撃をふりきる」
 貿易商の邸宅や貴金属店を襲撃し、ニューヨーク市民に恐怖と不安をまき散らしていた怪盗707号は、昨夜未明にボスコーン商業銀行に侵入したところを警備員に発見され、駆けつけた警察官らの追跡を振りきって自動車で逃走。そのままニューヨーク港の埠頭から海に転落したが、引き上げられた車輌に姿はなく、警察では逃走したものとしてさらに捜索を続けている。(6/21 タイムズ)
「エチオピア国境で紛争、イタリアの暴挙か?」
 今年1月のイタリアによる国境侵犯以来緊張が続いているエチオピア国境地帯だが、先月10日にイタリア軍とエチオピア軍双方の間に衝突が生じ、双方合わせて200名程度の死傷者が出た模様。イギリス領ソマリランドとエチオピアの国境策定委員会の度重なる抗議にもかかわらず、イタリア軍はエチオピア領内より撤退する動きをみせておらず、さらにはワルワルにおいて要塞の建設を始めたのが今回の衝突の直接の原因と思われる。これにたいしイタリア大使館広報部は、「我が国は協定に基づいた国境線を主張しているだけであり、侵略はエチオピアの方である」とコメントした。
 この状況の悪化に、大日本帝国は軍事顧問団をエチオピアに緊急派遣する方針とのことである。(4/4 まいにち)

マスターより

●追加ルールです。
●サブ・キャラクター(以下サブキャラ)の作成を可能にしました。5ポイントを消費することにより、1プレイヤーにつき1人だけサブ・キャラクターを作成することができます。作り方は普通のキャラクターと同じですが、選べるクラスはメインのキャラクターと同じ陣営に属する「陸軍司令官」「陸軍指揮官」「特殊部隊員」「飛行士」のいずれかであり、技能は選べません。またアクションは「要旨」のみ認められます。
●サブキャラの強さは同じクラスのNPCより少し上で、技能を何もつけないPCより少し下です。リアクション上の描写は活躍しないPCよりさらに少なく、ほとんど期待できません。
●すべてのキャラクターの昇進等はプレイヤー間に大きな異論が生じない範囲で任意におこなって下さい。ただし、それが(二等兵がいきなり将軍にとか)あまりに不自然な場合はマスターによる修正が加わる場合もあります。
●私信・補足その他です。
●戦闘序列に記載してなくても、各師団には1〜3個大隊の戦車部隊が歩兵支援用として随伴しています。装備は正規の機甲部隊と同じか1つ下のレベルです。
アクション送信の際は、タイトル名/件名を「ターン数(L+ターン数)/陣営(北軍・南軍・中立・プロヴ市民)/軍民別(陸・海・空・職業)/キャラ名」の要領で記載して下さい。将軍なら「L0/南軍/陸軍/ナン・グーン」、プロヴ市民なら「L2/プロヴ市民/花屋/ハナ・ヤー」、従軍看護婦なら「L6/北軍/看護婦/ナース・ホルン」、政治家なら「中立/政治家/緒植弾豪」というようになります。
●吉田外相はこのターンでサンフランシスコに到着しました。現在はアクションにある提案を元に下交渉が始まったところです。
●フォード氏の提案した外交ルート設定は承認されました。
●ユーリエフスカヤ大公女の要求した決済条項は概ね承認されました。パリでは交渉が開始されています。
●ピッグマン氏には物資調達から資金確保に関する行動や意見具申が期待されています。
●南郷中尉は義勇航空隊全体に配備された96式艦上戦闘機と96式陸上攻撃機の比率を決定して下さい。どちら重視でも可。
●大日本帝国海軍の艦艇の一部をアフリカ方面に移動させる動きがあります。
●リース対象となる英国海軍の艦艇は、その旨を申し出て下さい。ただし、この戦争中はリース解除ができないものと思われます。
●アクション締め切りは予定通り、8月7日メール必着、または消印有効とします。
 えっと、試行錯誤しながらの開始です。皆さん、ご協力ありがとうございます。マスターやイラスト描きを買って出てくれた諸氏、設定協力のスタッフ一同には感謝しております。写真協力のかやのふさんもね。
 リアションは完成しましたが、戦闘処理データがクラッシュしました。元データは残っているので、なんとかアクション締め切りまでには復旧させる予定です。あー、休めねー。
 それから、戦争でも政治でも防諜でも市民生活でも利用できるネタはリアクションの各所、Q&A、政治外交データ、ワールドガイド等はもちろん、史実の年表や地図などでも使えるものは使ってかまいませんからね。せめて自分のアクションに影響するような会話やデータがどこかに出ていないか、自分がやろうとしているアクションが許される状況なのか、そんなことをしていていいのか、アクションを補足する情報はもう他には出ていないのか等々、アクション提出前に再考した方が良いでしょう。こんな忠告は無用な人も多いでしょうが、キャラ視点だけでなくプレイヤー視点でも情報をしっかりチェックし補足するのが成功率を上げるコツです。
 ではでは。

※このページのデータはゲーム用の資料であり、掲載されている人物・団体・地名はすべてフィクションです。