航海その後

「在る日どこかで…あの人たちは…」

 …旧ソ連邦…某国某所にて
 破壊された市街地の中でその3名はいた…
「ふん!」
 マスクをかぶった黒人の大男は一言うなると中身の詰まったドラム缶を空高くぶん投げた。
 数秒後、ハッチを空けてあたりを確認していた戦車長がドラム缶の直撃をあびて崩れおちる。そして1人の小男がその戦車にすばやく近づきエンジンハッチにお手製のパイナ ップルを放りこんだ。
 小さな爆発音がしエンジンがいかれ、その戦車は活動を停止した。
 そしてあたふたと戦車兵が逃げ出す。
「ふふふ、ぼんくらの動員兵どもだな。セオリーを無視しおってそんなに全滅したいのか?」
 やけにうれしそうに大男、元航海士のリッキー・ドーセンが言う。すでに頭まで泥とほこりでどろどろであるがあまり気にしていないようである。
 歯の白さと不敵な笑みがやけに目立つ。年齢不肖のおじさんは心底戦いを楽しんでいるようだ。
「まったくもってそのとおりでございますともドーセン様」
 小男…ノートルダム・重松が合いの手をいれる。
 この男もなにを考えているのかよくわからないがとりあえずドーセンの腰巾着としてあの航海以来くっついているようである。
「粗悪品の戦車などこの鋼鉄の肉体には歯がたつものか…」
「そうでございましょうともドーセン様…」
 …ただまったくの部外者がもうひとりそこには存在していた。
「…だいたいなによ…あれは!どーしてうちらが戦争に巻き込まれているわけ?」
 気象予報士の陽向あおいである。
 彼らのいる廃墟のまわりにはなぜか戦車の残骸がおりかさなっていた。
 ほぼ1個中隊分はあろうか…おもにドーセンの仕業であった。
 なぜか砲身をひん曲げられたり装甲版が陥没したりしている車両も存在していた。恐るべき破壊力である。…本当に人間か?
「だいたいどうしてもついてこいなぞとは言わなかったぞ」
「だっておもしろそうだったんだもん」
 陽向が学園にいたときドーセンが『しばらく学園を離れて欧州にワシよりも強い奴を探しにいく』と言う話を聞いたとき陽向は1も2もなくついていくことにしたのである。主に観光が目的だったのだが実地でヨーロッパの気象を肌で感じてみたいという理由もあった。
 ドーセンは費用などワシにまかせておけばよいといってたし…
 まさかこんなところにつれてこられるとは…思いもよらなかった。
「弱きを助け強きをくじくこれはワシのモットーである」
 だいたいこうなったのもドーセンが『言葉がわからなくても人類すべて体で話せば皆理解し合える』とか言ってボディーランゲージであの国境警備隊全員を間接技で伸ばしてしまったのがいけないのよ…それからというもの…みんなこんな調子だし。
 そう陽向が考えている間にも今度は奇妙な音と共に上の方からなにかふってきたようである。
 間の抜けたポン!ヒュルルルルという音と共に弾が来た。
 間髪をいれずドーセンは陽向の手をとって引っ張る…というか振りまわす。
「走れ小娘、ゲリラ戦はヒットエンドランが基本だ!」
「…その通りでございます。あおい様、生き残りたければお走りなさい…」
 ヒヒヒッと気味の悪い笑みを浮かべた小男はちゃっかりドーセンの首にしがみついていた。そしてその後方で迫撃砲弾の連続爆発音。爆風とほこりが3人を襲う。
「あたしゲリラじゃないもん!だれか助けてよ」
 陽向が悲鳴をあげる。彼らが逃げおおせるのはドーセンが『…低脳どもの力攻めにはあきた…』というまで続いた。

 その頃、学園研究部では、元医療班の田中一郎医師がその陽向あおいの電波を受けていた。
 …ぴぴん…
「…ああ、なんということだ」
 田中はおろおろしはじめた…
「先生いかがなされました?」
 同僚の同じ元医療班の新田原築城医師が尋ねた。
「…ごはんのタイマーをいれ忘れていた…」
「先生だいじょうぶですよ…そんなこともあろうかとさっきスイッチはいれておきました」
「ああ、先生ありがとうです。よかったよかった」
 …電波は違う方向にはたらいたようである。
「ああ、そういえばもう2年にもなりますね。みんなに何をしてるんでしょうね。あの航海でいっしょにいた人たちは…」
 ぴーーーーー
「…ああ、ご飯がたけました。うれしいことです。一緒に食べましょう…」
 田中がどんぶりをもってきて山盛りにご飯をよそう。新田原は仕事のの手を休めて田中からどんぶりを受け取った。
「…そういえば操ちゃんからこの前、久しぶりに手紙がきてたっけな…」
 仕事にかまけてまだ返事は書いていない。
 どう書いたものか新田原はちょっと考えていた。

 同時刻、宇津保島近海。
 イルカに乗った少年がいた。航海に出ていた2年前とはちょっと様変わりして体が二回りほどでかくなっている。
 ただやはりどうもさほど人界には興味がないらしく相変わらず行動様式は変わっていない。
「がうがうがう」
 ぎぎぎぎっ
 これはイルカの鳴き声。
 ジンタとはもう1年以上のつきあいになるこのイルカは完璧にジンタの子分と化していた。どうもシャチに襲われたときにジンタに助けられたのがきっかけだったらしい。そして航海のあと彼はイルカと一緒に生活しておりほぼ完璧な野生児と化していた。
 そのジンタを迎えに研究部に残って海洋学の研究をしている奈希・アクアリウムがたまにやってくるのだが、親しく近寄ってはくるものの学園内には戻らない。今日も奈希が海洋学部の研究のついでにジンタのよくいるポイントに来ていたのだが遊ばれている。
「ジーンタ〜、いいかげんにぃ〜もどってきなさ〜い〜」
 ざざざざざざっと小型船の脇をイルカの群れとジンタがとおりぬける。
「…まったく〜だめでしょう〜」
 相変わらず間延びした口調で奈希が説得したが聞いちゃいない。
 突然ジンタがピクッと震えた。謎の電波が着信したようである。
「がう?」
 きょろきょろ辺りを見まわしたがなにもいない。ジンタは槍を振りまわしながらあたりを警戒しはじめる。
 細かい泡がたち海中から黒い影が現れた。
「がうううううううう!!!」
 巨大な触手がイルカ達とジンタに襲いかかる。
 バシャーン!
 海面がたたかれ近くにいた小型船の上にいた奈希も手すりにしがみつく。
 学名ウツホオオイカ
 全長10メートルを越えるものも珍しくない…
「あら〜困ったわね〜。また〜いつも〜どうり〜戦うのね〜」
 …そうこの戦いはいつもの事なのである。

 再び同時刻。
 まともな神経をもつ人間なら用もないのに近づかない旧図書館…そこに完全と立ち向かうモップとお掃除道具一式を持った女性がいた。
 究極目標として彼女はこの人類史上最強最悪ともいわれるエリアをお掃除することを今回の目標としていた。彼女はこそはすでに<なでしこ>の究極お掃除人としての名ををもつ王城聖夜その人であった。
「今回の目標はこれよ!すでに何次もの整理整頓隊が全滅しているこの巨大なお掃除エリア。これこそ私の最終目的に一番近いと言えるわ」
「王城先輩、本当にほんと〜にここを掃除するんですか?」
 もじもじしながら王城につきしたがうもう一人の女性、黒鬼涼子が言った。かわいらしいメイドにかわいらしい仕草…これだけなら美女を思い浮かべてもいいかもしれない。
 ただ残念なことに彼女の姿は北斗の拳のケンシロウの女性版であった。ちなみに彼女らは<なでしこ>の元生活班の同僚である。
「…さあ鍵をあけて涼子」
「でも〜」
「開けるのよ。問題無いはずよ。あなたの腕なら…」
「でもやっぱり〜」
「あ・け・る・の!」
 仕方なく涼子が巨大な旧図書館の鍵に向き直った。本来ならあけられるのは極めて限られた数の人間しかいないはずである。
「はあ〜えぃ!」
 涼子がちょんと鍵の腹を指でつつく。
「…あなたはもう開いている」
 どういう訳かあかないはずの鍵がはずれギギーという音と共に巨大な扉があいた。
「さぁいくわよ涼子。戦いはまだ始まったばかりよ!」
………
「どうしたの涼子?」
「いえ、だれかの悲鳴が聞こえたような気がして…」
「気のせいよ…さっいくわよ」
 2人の戦いは始まったばかりであった。その後の消息はいまのところ不明。なにしろ出てこないし、覗きにいく酔狂な人間もいないので…

[了]

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