標本の作り方                       (2004/06/20)

 「大切に飼育してたクワガタやカブトムシの姿を末永く残していたい」、「世界の昆虫に興味があっていろんな昆虫標本をコレクションしたい」、あるいは「残り少なくなった夏休み、なんとか自由研究を終わらせてしまいたい」…。理由は人それぞれありますが、ここでは比較的簡単に出来る甲虫の乾燥標本の作り方についてお話したいと思います。

 

 

 本格的な学術標本作製を学びたい方(私も含めて)は、細かく解説されたサイトも数多くありますのでそちらをご参考にされることをお勧めしますので(おいおい…)、とりあえずここでは「あんまし難しいこと言ってないで手っ取り早く作っちゃおうぜ〜!」というノリでいってみたいと思います(^^)

 

 #001 準備するもの・準備すること

@標本になる甲虫 … ま、当然必要になります。採集してきた虫は場所や日時、自分で育ててきた虫はそれまでの飼育データ等を記入したラベルやメモと一緒に小分けして保管しておくと便利です(写真左上)。

A針・展足板・ピンセット・接着剤・防虫剤・乾燥剤 … 後述しますが、虫の形を整えたり、傷んでしまった標本の補修をするのに使います(写真右上)。

 

 

B薬液・容器 … このコーナーは死んでしまった虫がテーマですが、まだ息のある虫に使う薬品についても少しだけ説明しておきます(写真左下。写真のビンは酢酸エチル)。

C標本箱の材料 … 専用の標本箱以外に「お手軽標本箱の作り方」についても説明します。写真はその材料です(写真右下)。

 

 #002 前処理と薬品について

 前処理とは、↑で触れた「薬液」を使って標本の防腐処理をする作業のことで、対象はまだ息のある虫です。薬液は酢酸エチルが防腐効果が高く、死後硬直が緩和されるのでよく使われますが、薬局での購入手続きがやや面倒です。そのため入手しやすいベンジン等で代用することもできます。使い方はこれら薬液を染み込ませたガーゼや脱脂綿と一緒に虫を容器に入れ、呼吸器から体内に浸透させます。この時に使う容器は通称「毒ビン」と呼ばれ、溶剤に侵食されないガラス製、フタがきっちり閉まることが 重要です。

 これら毒ビンを使う以外に、注射器を使って直接虫の体内にエタノールアンモニア水を注入する方法もあります。私はアンモニア水を使ったことがありませんが、聞くところによると標本が腐敗しやすいそうです…。 これら以外にも脱脂(脂抜き)のためにアセトンキシレン等が使われますが、ここでは省略します。

 

 #003 軟化

 とりあえず「 既に死んでしまった虫」という方向に話を戻しますが、死んで間もない虫はまだ体も柔らかく、そのまま次の「#004 展足〜乾燥」に進むことができます。 しかし多くの場合は死後硬直で特に脚部が不自然な格好で固まってしまい、そのままでは標本としてレイアウトできないことが多いため、この「軟化」という作業が必要になります。

 私は長いこと加湿器を使って1頭ずつ状態を確認しながら軟化させていましたが(写真上)、最近は一度に処理する量も増えたため(と言うよりマメに処理していないだけ…)下の写真のようにお湯を張った容器を使って軟化させることが多くなりました。
 同時に複数の虫をお湯に浸けると小さな個体から軟化が進むため、上手く段取りすれば次々と手際よく展足することが出来ます(お湯の温度はお風呂と同じくらいが目安)。しかしあまり長時間お湯に浸けすぎると関節という関節がボロボロに取れてしまうことがあるので注意が必要です。加湿器やお湯を使う以外にも注射器で専用の軟化剤やエタノールを注入する方法もありますが、時間がかかるので私はあまりやりません…

 

 

 この作業を行う時、同時に虫の体に付いた汚れを落としてあげることも大事です。必要に応じ筆を使って汚れを落としたりしますが、落ちにくい場合には食器洗いの中性洗剤を薄めて使うこともできます。但し虫の体が崩れてしまわないよう 慎重に…

 

 #004 展足〜乾燥

 体が柔らかくなったら次はいよいよ展足という作業に移ります。展足で最終的な標本のカタチがほぼ決まってしまうので、これは慎重にやりたい作業です。

 展足に必要なのは展足板と昆虫針。これらは標本専用のものも市販されていますが、私は専ら発泡スチロール板と普通の虫ピンを使っています。虫用じゃないのに通称「虫ピン」として売られている針は少々太めで短いですが、最終的に体に刺して固定する針ではないので使いやすければ何でも良いのです(裁縫用の待針でもOK)。それより気を付けたいのは発泡スチロールの方で、前述の酢酸エチル等で処理した虫をこの上で固定すると、まだ虫の体から薬液が完全に抜け切っていない場合、発泡スチロールが侵食されてグニャグニャになってしまうことがあります。そういう虫にはコルク板を使いましょう。
 


@軟化させた虫。

Aまず大まかに体の位置を固定する。この場合は針を6本(赤丸)使って固定。

B次に細部の形を整えていく。基本は体の中線で左右対称にすること。各脚や触角のカタチは図鑑や専門誌などを参考に、気に入ったものを採用すれば良い。

 最近流行の「ライブ標本」「ジオラマ標本」等は別として、箱に並べる標本の基本は左右対称であることです。それ以外のカタチに関しては図鑑や専門誌の写真を参考にして自分の好みで仕上げてください。ひとつひとつの標本を見るとバッチリ出来上がっているようでも、最終的に箱に収めた時にバランスが悪くなってしまうことがよくあります(単に展足のウデが上がってきてる以上にその時々のクセが顕著に現れている…)。私も昔作ったのと新しく作った標本を同じ箱に並べた時、いつもガク然としてしまいます(^^;;
 余談ですが、海外の特に博物館級の標本などを見ると日本人の作った標本の几帳面さがお判りになると思いますよ(笑)。



 上の写真は展足後、乾燥を待つ標本の例です。虫の大きさや種類だけでなく虫の状態によっても針を使う量が極端に違ってきます。クワガタの場合はAのように頭の下に枕(ティッシュや発泡スチロールの切れ端など)を敷いてやるとカッコ良くなります。また甲虫標本は脚を少し浮かせた状態にするのが基本ですが、その場合も針を交差させて脚を乗せる等してレイアウトしてください(私はメンドクサイのであまりやりませんが…)。

 乾燥はこのまま半月〜1ヶ月くらいで完了します。下の写真では発泡スチロールのケースに防虫剤と乾燥剤を入れてます。ただ乾燥させるだけなんですが、最終的に箱に収める順番などを想像しながら レイアウトして待つのも楽しいですね(^^)

 

 

 #005 標本の補修

 軟化や展足の途中で標本の一部が取れちゃったりした場合、ボンドや接着剤で補修することができます。下の写真は2枚とも虫が逆立ちしちゃってますが、左のオオクワガタは胸部と腹部が取れてしまったものを木工用ボンドでくっ付けてるところです(乾燥後は透明になります)。カブトムシには出来ない芸当ですが、アゴを発泡スチロールに差し込んでます。クワガタは便利です(笑)
 右のノコギリクワガタは前脚のフ節が取れちゃったので、瞬間接着剤で仮留めした後のカタチを整えるために重力を利用してます。フ節はただブラ下がってるだけなので、本体の向きや角度を調整すればバッチリ位置決めすることができますよ。

 

 #006 ラベル

 標本の乾燥を待つ間、ラベルを作っておくのも楽しみ方のひとつ。ラベルの内容は基本的に「採集した日時や場所、採取者の名前」といった項目、飼育品の場合は飼育データも書き込んどくと良いでしょう。意外にも種名は入れないのが基本です(種名は変わることが多いし、きちんと同定されているかも判らないので…)、それ以外の記載は趣味・好みの問題で、個人で楽しむ上では特に制約にこだわる必要はないと思います。

 ↑は現在使ってるラベルの一例なんですが、元来あまり意味のないことに情熱を注ぐのが好きなので(それが趣味というもの !?)けっこう手の込んだ様式になってます(笑)。 たくさん買い込んで使い切れなかった写真紙(けっこう上質)にプリントアウトして標本に添えておくと、それだけで見栄えも良くなりますよ。基本は自分が育てた虫の履歴書、言い換えれば「墓標」のようなものなので、孵化日や羽化日、譲り受けた人の名、採集者でもない自分の名前なども入ってます(^^;;

 

 #007 標本箱

 さてさて乾燥も無事終了していよいよ標本箱に並べるところまできました。 標本を固定するには昆虫針を刺して留めるのが一般的ですが、対象の大きさによって針の刺し方はいろいろあります。
 一般的なのは↓の左の2例のように前翅の向かって右側に1本、垂直に刺す方法で、これはクワガタやカナブン、小〜中型のカブトムシまで幅広く使えます。しかしこれが大型のカブトムシとなるとなかなか1本の針では固定できない(標本がクルっと回転してしまう)ばかりか、針の長さが足りないケースも出てきます。右の2例は直接標本に針を刺さず、針を3本使って固定したものです。交差させたり傾けたりして固定しています。
 使う針の種類も「有頭針」「無頭針」などの種類があり、個人的には有頭針を使用していますが、これも好みの問題で使っていけば良いかと思います。小型のクワガタでは針を使わずに接着剤で台紙に貼り付けたりもしますが、ここでは割愛します。


 標本をセットする標本箱にもいろんな種類があり、子供の頃よく使った煎餅の空き箱から厚紙で出来た標本箱(
ボール箱)、桐で作られたインロー箱等が代表的なものですが、やっぱり一番優れているのは通称「ドイツ箱」と呼ばれるドイツ型標本箱です。
 

 ドイツ型標本箱は専門メーカーや家具屋さん等が製作していますが、 前面ガラス張りで中が見やすいことはもちろん、秀逸なのはその密封性。最高級品では↓の写真@のように各箱の本体とフタに番号が書かれており、組合せの違う箱とフタはおろか同じ箱でも番号の位置(フタの方向)が違っただけでピッタリ閉まらないようになっています。逆にこの密封性のおかげでフタを開けるにも一苦労で、コツを憶えないとなかなかうまくいきません。箱の深さは60oサイズがもっとも普及しているようですが、大型のコーカサスやネプチューンなど体高のあるカブトムシには80o前後のものでないとフタが閉まりません。↑の写真のネプチューンも実は胸角がガラスに当ってます…(^^;;

 

 この 箱の中に標本と防虫剤を入れて保管しておくわけですが、今回は防虫剤の味気なさを消すためマッチ箱の中に隠してみました(写真A)。エキゾチックなクワガタやカブトムシにマッチの柄がマッチして(駄洒落じゃないんですが…)我ながらなかなかのヒットだと思ってます(^^)
 まぁこのように最高の性能を持つドイツ箱なんですが、やはりお値段も相応の価格となってます。初めて標本を作ろうか、という方にはなかなか手を出しにくい
金額かなと思いますので、以下に私も使っていた「お手軽標本箱」について書いておきます。
 


 


 この標本箱の特徴は、100均で売っているA5サイズの透明ケース(ポリスチレン製の整理箱)を使って安く、お手軽に作ってしまうという点です(^^)。このケース、日夜クワカブ飼育の材料を探して100均を物色している方なら一度は見たことあるのでは!?

 




@準備するのは100均の透明ケース、それにコルクボードがあればOK。あとは本体とフタの隙間を埋めるテープ(スポンジの隙間テープやコルクテープ)があれば良い。

Aコルクボードにも種類がありますが、1枚¥200〜¥400程度の安いもので十分。逆に安いものほどダンボールに薄いコルク紙を貼っただけだったりして加工し易いです。写真のものは枠が付いていたので解体しているところです。

Bコルクボードをケース本体底面のサイズに合わせて切り出します。1枚のコルクボードから大体5〜6枚分くらい作れます。

Cあとはケース本体に両面テープで貼り付ければ出来上がり。長期間使う場合は、フタと本体の隙間に@で準備したテープをグルっと一周巻きつければOKです(但し密封性や害虫の侵入防止という意味では期待ほどの効果はありません…)


 ↓は使用例ですが、@のようにちょっとしたディスプレイの演出でインテリアとしても十分使えるし、Aは身近な昆虫の標本箱として夏休みの宿題に提出すれば見応えあります。個人的にはBのようにドイツ箱に納まりきれなかった標本(特にカブトムシの♀など)の一時保管用として使うことが多いです。これから標本作りを始める方、高価な標本箱を購入する前の練習用として一度チャレンジされてみてはいかがですか?(^^)
 



 

 #008 最後に

 急ぎ足でしたがとりあえず一通りのお話は出来たかなと思ってます。最後までお付き合い頂いた皆様、どうもありがとうございました(^^)。クワガタやカブトムシのような甲虫は死んでしまっても生きていた時の姿形のまま標本として永くその姿を留めておくことができますから、写真をアルバムにするよりリアルな想い出が残りますね。私は家に遊びに来た人に見てもらう(見せびらかす?)のが好きなので、玄関から居間に続く廊下にドイツ箱を並べています。だから初めて訪れた人でも必ず虫の話からになります(笑)


 活きた虫を飼育してる方が標本製作を始めると、時として「飼っていた虫を標本にするのか、標本にするために虫を飼うのか」という問いに答えられなくなることがあります。標本を専門にやっている方には「標本を買う」という明確な答えがあるんですが、「虫をいかに長生きさせるか」という目的で飼育してきた我々が、「死んじゃっても標本にすればいいんだ」という思考を手に入れると、ある日ふと「早く標本箱に並べたいなぁ〜」という願望が芽生え、それまで今際の際(いまわのきわ)まで看病してた手をそっと引いてしまう…。オーバーかも知れませんが、そんな心の葛藤を生んでしまったりするんですよね。

 #006 ラベル」のところにも書きましたが、私にとって標本は墓標。何かの縁で私の手元にやって来た虫、一瞬でも楽しい一時を共にした虫達のお墓参りをするような気持ちで標本に接してあげられれば良いのかな、などと思っております(^^)
 

to be continued・・・

 

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