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『どうすればよかったか?』
監督・撮影・編集 藤野知明

 本作のタイトルには「(誰が)(誰を)どうすればよかったか」のなかに、作り手の「僕は父をどうすればよかったのか」との自戒が込められているように感じられた。2021年に亡くなった姉の雅子さんは僕と同じ生年で、三十二歳で娘を得た父親たる医学研究者は、奇しくも僕の父親と生年が同じ大正十五年だった。僕の弟は二歳下だが、雅子さんの弟である藤野監督は八歳下だ。タイトルの「どうすればよかったか?」との問いに対しては、是非もないと返すほかない生の記録が収められていたような気がする。

 両親が揃って医師であり、研究者である藤野家において、姉の雅子が両親に倣って医学部に進学したのは無理からぬことで、必ずしも親がそれを求めなくても子供の側がそれを望むのは、よくあることだ。解剖実習を機に不調を来すようになったという姉の苦悩が精神の病にまで至るのは、よくあることとまでは言えない気がするものの、娘の不調に対して両親の採った判断に、なまじ医師であるうえに臨床の場にいないなかで彼らが強固に抱いていたと思しき精神医療に対する根深い不信感があったのではないかという気がした。

 姉も亡くなった後の卒寿を過ぎた父親に、なぜ精神科を受診させなかったのかを問う息子の弁に虐待を恐れたのかとの問いもあったが、虐待にまで至らずとも、精神治療そのものに対する不信が医師たる彼に強くあったような気がしてならなかった。生前、母に訊ねた際には父の意思だったと応えられ、母も姉も亡くなった後に父に訊ねたら母の強い意思だったと応えられていた両親の言葉のいずれが事実なのか、或いはいずれも事実ではないのかは、作り手にも観る側にも確かめようがないが、僕は、いずれか一方の意思ではなく、揃って医師だった夫妻の両者に強くあったもののような気がしてならなかった。

 二十余年を経てようやく姉を入院させることができた際に、幸いにして適合薬が見つかり、わずか三ヶ月で退院してきて劇的に症状が緩和と言うか寛解してきたときに最も衝撃を受けたのは、父たる医師だったのではないだろうか。その心中たるや察して余りあるものがあった。それでも、齢九十を過ぎて車椅子生活になっていても、頭はしっかりしていて自失していない大した方だったように思う。亡き母が生前無理やり入院させると、お父さんが死んでしまうと息子に言っていたが、その台詞を思い起こさせるほどに退院後の姉の姿は痛烈だった気がしてならない。当然ながら、玄関口の鎖施錠は外されていた。

 雅子さんが繰返し繰返し受験し続けていたという医師国家試験に挑戦し始めたのは、卒業後しばらくしてからで最初は父親が勧めたものだったように思うが、その後はどうだったのだろう。自宅療養を続けていても一向によくはならない娘の不調の最大の原因が「挫折」にあると感じ取っていた父親が、自信回復に国試への挑戦を促したものの、それも厳しそうだとなったとき、以後も続けて受験することを求めたりはしていないような気が僕はしている。一度受験したことによって、それを繰り返す意思を強く持ったのは娘自身だったのではないだろうか。そして、そのあたりの事情は、既に藤野家を出ていた息子は、よく知らずにいたのではないかという気がしてならなかった。

 作中で確か解剖実習で躓いたという説明があったように思うから、てっきり中退だろうと思っていたのに、卒業して受験資格があったのかと驚いた。聞くところによれば、面倒な学生は卒業させてしまえというところからの「温情卒業」というのもあるらしい。それは予想外だったのだが、そういう事情もあったのなら、得心できるような気がした。父親が国試受験を勧めたときの交換条件は、雅子さんが興味を持っていた分野での自費出版の話だった。装丁しか映らなかったが、かなり立派な本が出来上がっていた。論文も父娘で共同執筆中のものがあるというような話もあったから、実技試験のない国試なら可能性があるのではないかと父親が思ったとしても不思議はない気がする。結局、そうは問屋は卸さずに、却って雅子さんの囚われを重くしたわけで、何とも痛ましかった。

 また、映画の造りのせいか、いつにない客数のせいか、映画の仕舞いのほうでは息苦しくなってきて難儀した。今まで気づかなかったけれど、館の換気があまりよくないのかもしれない。これほど客が入っているなかでの100分越え作品の観賞は初めてのことで、驚いた。

 すると、精神科で医療事務に携わっていたことのある旧知の映友女性が仲の良かったPSW(精神保健福祉士)さんが、精神病院にアルバイトしている時、そこでは患者さんの事を、固定資産って呼んでいたんですって。退院は無いって事です。今から20年以上前のお話しです。と教えてくれた。今では、入院三か月というのが取り敢えずの目安だそうだ。入院の算定はしたことがないのでうろ覚えらしいが、雅子さんの場合、症状は慢性化しているけれども、おそらく急性期で入院しているはずで、三か月過ぎると診療点数が下がったはずだとのこと。薬は入院したほうが絶対に合わせやすく、そのために入院する患者もたくさんいるということだった。
by ヤマ

'25. 2.26. キネマM



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