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『ある一生』(Ein Ganzes Leben)['23] | |||||
監督 ハンス・シュタインビッヒラー
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養父である義理の伯父による虐待から始まり、過酷な生で以て前世紀の大半を生き抜き、天寿を全うした男の生きざまを観ながら、さしたる艱難も辛苦も味わうことなく、温く生き延びてきている我が身の生を改めて有難く思った。前世紀の戦後十年を過ぎた時期の日本に生まれた僕の世代は、もしかすると古今東西において最も恵まれた時期に生を受けているのかもしれないと思ったりする昨今の日本の状況が情けなくなってきたりする。 「傷というものは年月のようなものだ。年を追って積み重なる」というような言葉を恨めしくもない「摂理」として零す人生を過ごしたくはないけれども、アンドレアス・エッガー(少年期:イヴァン・グスタフィク、青年期:シュテファン・ゴルスキー、老年期:アウグスト・ツィルナー)の受苦と束の間の悦びを得た生を淡々とタフに生き抜く姿に心打たれるものがあった。 場内が明るくなると、近年になって小説を書き始めたという高校の同窓生に思い掛けなく遭遇。奢るからコーヒーを飲んでいかないかと誘われ、さっそく書きかけの作品を見せられた。前にいくつか読んだ作品にもけっこう詳しく車の話が出ていたが、いきなり車の話から始まっていたので、えらい車が好きやなと言うと嬉し気にポルシェに乗っていると言っていた。エッガーもソビエト抑留を経て帰還した後に、亡妻マリー(ユリア・フランツ・リヒター)宛てに手紙をしたためては棺桶の鍵穴から挿し込んでいた。本作の原作小説は、その手紙に綴られていたことから出来ているという形式なのだろうが、歳を経て書き始めたのは同じでも、旧友とエッガーとの余りもの落差の大きさに「僕の世代は、もしかすると古今東西において最も恵まれた時期に生を受けているのかもしれない」との思いを新たにした。 すると、大学のちょうど十年先輩になる方から「「もしかすると古今東西において最も恵まれた時期に生を受けているのかもしれない」との感想、同感です。」とのコメントが寄せられた。その意とするところは、戦争に巻き込まれることがなかったということだそうだが、確かに戦争はキーワードだと思う。戦後の窮乏荒廃や、昨今の政官経による戦前回帰というか軍産化も含めて「戦争」とした場合、人生の中核期をそのいずれにも僕らは巻き込まれていないわけだから、近代以降の日本人において例外中の例外だと言えるし、二度の戦争に声が掛かっていたエッガーとは比べるべくもない。そういう点では「社会背景も丁寧に描いていました」とのコメントを寄せてくれた映友も言うように、素晴らしい作品だったと思う。 | |||||
by ヤマ '24.12.15. 喫茶メフィストフェレス2Fシアター | |||||
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