『教育と愛国』['22]
監督 斉加尚代

 選良も官僚も揃いも揃ってわきまえ知らずで、世も末だという感じの昨今にあって、つい先ごろオフレコとは言え、余りにわきまえのない発言をいわゆるLGBTQに関して洩らした政府高官の件について、誰に替えたところで、こんなのばっかりが、続々とすげ替えで就任してきそうな現与党体質のような気がしてきていますが…。まぁこれがやりたい放題、言いたい放題の新自由主義ということなんでしょうね。それを国の教育方針に掲げてきたわけですから。などとコメントしたところだったが、本作を観ると、改めて亡国内閣が長期政権のなかで、選挙のためだったら何だってやってしまう無定見な無様さを、内閣主導という誤った政治主導によってもたらしている横暴の招いた惨状に、実に暗澹たる気分になった。

 数多示された事象それ自体は、第一次安倍政権下での教育基本法の改定であれ、第二次安倍政権下での学校教育法改定であれ、教科書検定制度の度重なる改変であれ、慰安婦問題や沖縄問題に絡んだ政治圧力のことであれ、日本書籍の倒産事件であれ、杉田水脈衆院議員が国会質問した科学研究費助成の件であれ、日本学術会議任命拒否問題であれ、かの森友学園の籠池泰典理事長と松浦防府市長が、『学び舎』歴史教科書を採択した学校に対して自署名で採択中止を求める葉書を、籠池氏の言う執拗に送付していた事実以外のほぼ全ての事象が新聞報道等で得ている既知のものであって、今更こんなことが行われていたのかとの驚きは何一つないけれども、それぞれの関係者の肉声については殆どが初めて視聴したものだったので、改めて心中穏やかならざるものを掻き立てられた。肉声というのは、やはりインパクトがあって、まさにドキュメンタリー映画の強みだ。倒産してしまった日本書籍の編集者が奥さん子供さんとも別れて独り暮らしをしている事情が何ゆえなのかは判らなかったが、その後ずっと教科書の変遷を追わずにいられないでいる姿には痛切極まりないものがあった。教科書執筆に携われなくなったという一橋大学の学者先生もさることながら、編集者として抱えた苦衷には察して余りあるものを感じた。

 最も強く刺激されたのは、『育鵬社』歴史教科書の責任執筆者だという東大名誉教授の伊藤隆だった。インタビュアーの質問に対して小馬鹿にしたようなとても学者とは思えない不実な回答をしていた姿に呆れ返った。曰く、“教科書の執筆目的”に対してはちゃんとした人を育てたい、“ちゃんとした人とは”に対しては左翼でない人、“歴史から学ぶべき事は”に対しては歴史から学ぶ必要はない、“日本が戦争に負けた理由”に対しては弱かったからなどという有様だった。歩きながらの取材インタビューではない。入室してきて小テーブルの前の椅子に着席して受けているインタビューだ。本当に唖然とした。

 今や卒寿を迎えているようだが、八十九歳時の二度目のインタビューでは、一時伸びてきていた育鵬社教科書の採択が(左翼の抗議によって)落ちてきているので、大々的に遣り返さなければいけないというようなことを言っていた。日本を貶めようとする韓国の政治勢力という思いに囚われているようで、それに対する敵愾心の強さと安倍礼賛という、典型的なネトウヨ・メンタリティを窺わせていたけれども、歳も歳だし、いわゆるビジウヨ【ビジネス右翼】という風情は感じられなかった。それだけに、日本を貶める教義を布教し続けてきている旧統一教会と、選挙ボランティアや票割りを通じてどっぷり深みに嵌っていた事実や証言が続出していることへの、彼自身が言うところの実証研究重視の手法からの見解はどうなっているのだろうと思わずにいられなかった。

 だが、換言すれば、確たる証拠がなければ全てなかったことにするというのと同義と思しき“実証研究”なるものの有体からすれば、既に故人となった本人による自認が得られない以上、些かも揺るがないという立ち位置になりそうな気はする。次代を担う子供たちに与えられる大事な教科書がかような“学者”の手によって執筆されていることが腹立たしくてならない。

 作中で先の大戦下において、アメリカが「敵国日本を知ろう」とのスローガンのもと、日本の教育制度について報じていたニュース映画が挿入されていたが、その報じるところの中味が、現今の教育制度の目指しているものとそっくり重なって来て、実に遣り切れない思いが湧いてきた。

 製作協力・宣伝としてクレジットされていた松井寛子さんが、全編観て「政治ホラー映画」だと思うとともに、劇映画ではなくて本当に怖いとのコメントを寄せてくれた際に、『月刊風まかせ』に上映後のトークショーの採録を挙げていると教えてくれた。そこでは、斉加監督も安倍さんらは、教育を政治の道具にするため「愛国心」と繰り返し言っていましたが、純粋に国を愛していたわけではなく、自分たちの政権維持のために、すべてはあったんだということがわかったと思いますと述べていた。我が国の最高権力者の姿として、これほど情けなく悲しいことはないと改めて思った。そして、九十八歳の元教師の方の教室から戦争は始まるとの言葉の重みには震えの来るものがあるように感じた。
by ヤマ

'23. 2.11. 美術館ホール



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