『ある男』
監督・編集 石川慶

 オープニングの安藤サクラ演じる武本里枝が泣き出す演技の圧巻に押されるまま、筋立て以上に、続々と登場してくる演技巧者の競演を愉しむような作品だった気がする。

 近ごろ流行りの「親ガチャ」なる軽々しい言葉など、とても使えるはずもない境遇の人々の人生を見せる部分よりも、いわゆる「なりすまし」についての触発力のほうが強かったように思う。在日〇世と死刑囚の子を重ねて提示した痛烈さが充分に活かされていなかったのが残念だった。何世だとか国籍如何の話じゃないという憤慨あたりは、よく描けていたように思うのだが、己が言動や人となりとは異なり「見た目には判らない」ことで下される蔑視という点から死刑囚の子供と並置していたことと、在日は見れば判ると言い切っていた小見浦(柄本明)を並置していたことの痛烈さが充分に活かされていなかったような気がする。

 それにしても、劇中で血塗れの紙幣を渡されていた少年は、誰だったのだろう。渡していた男を演じていたのは窪田正孝ではなかったように思うから、大いに気になるところだ。城戸弁護士(妻夫木聡)が、妻(真木よう子)から不審がられるほどに谷口大祐の身元調査に入れ込む理由と関係がありそうな気がした。ネットの映友たちが寄せてくれたコメントでも、かの男が窪田正孝だったと言う人と違う役者だったと言う人のふたてに分かれていた。他に見た人二人に確認しましたが「違う」と言っています。俳優名を調べましたが分かりませんでした。と寄せてくれた映友によれば、シナリオでは小林死刑囚であることが明示されていたらしいのだが、それならば、死刑囚による絵画展で城戸が気になって確認した画の目録のほうには確か小林謙吉という名で窪田正孝の写真が印刷されていたのだから、彼に演じさせるべきだと思った。

 あの段階ではまだ「ある男」の正体を明かしたくなかったということなのかもしれないが、それなら小林死刑囚が描き残していた画のように、顔を見せない形で撮ることは造作もないことなのに、体格からしてまるで違う人物のように映る登場のさせ方には疑問が残る。だからこそ、僕は演出・編集を担った石川慶が敢えて設えた仕掛けのように感じたのだろうという気がした。

 それはともかく、二人目の子が欲しいからと一戸建て住宅を買いたがっていた城戸の妻が、購入を勧めてきた父親(モロ師岡)にあっさりと断りを入れていた理由がそういうことだったのかと露わになる場面がいかにもで、何とも可笑しかった。ちょうど谷口大祐の身元調査依頼の案件が片付いたばかりのタイミングで、それまでと違って妻の表情がとても柔らかくなっていたことに気をよくしていた感じの城戸弁護士は、この後、どうするのだろう。よもや遠藤遼一(だったかな?)の身元調査を始めたりはしないのだろうが、原作ではどうなっているのか少々気になった。

 城戸弁護士がカウンターバーで谷口大祐を騙って話をして名刺交換を求められていた初対面の相手とのやり取りを映し出していたラストシーンは原作にはない場面ではないかと僕は思っているのだが、城戸が何ゆえ谷口大祐を騙ったのかを思うと、死刑囚の息子であることから逃れようとした原誠の想いをなぞっている気がして仕方がなかった。そこのところから劇中で血塗れの紙幣を渡されていた少年は、誰だったのだろうとの思いが湧いたのだった。原誠が谷口大祐を騙って武本里枝との間に作り得た家族を自分は成し得なかったことへの慙愧の念も働いていたのかもしれない。

 里枝の連れ子を演じた少年に感心していた映友もいたが、同感だ。義父が死刑囚の子供であることから逃れたくて、別人を騙って母親と結婚したことに対し、自分が父親にしてもらいたかったことを全部、僕にしてくれていたんだねと語り、妹には僕が話すから(母さんが言わなくてもいいよ)と引き取った男気が頼もしくて、かっこよかった。妹にそれを話す日はきっと来ないと思いながら母親にそう告げていたような気がする。

 また、「なりすまし」ということでは、谷口大祐の高校時分からの訳あり女性(清野菜名)の「なりすまし」が功を奏した場面での清野菜名の涙目もなかなか素敵だった。そして、気配を察して店にも入らず立ち去った城戸が好かった。

 それにしても、川っぺりのムコリッタの薬師丸ひろ子に続いて、本作でもエンドロールのクレジットに現れた池上季実子に狼狽えてしまった。歳なのかなぁ、すっかり集中力が落ちているようで悲しい。と零していたら、ネットの映友女性が、城戸弁護士にあなたは違うわよ。在日も三世なら、日本人ですものと言っていた義母だと教えてくれた。すぐ判ったそうだ。確かに、その役あたりしか残っていない気がする。すっきりした。

 旧作と違って公開時期にタイムリーな観賞をすると、ネットの映友たちがいろいろと教えてくれるので、実にありがたいものだと改めて思った。早速、原作を読み始めたという映友女性もいたので、原作にもあのケータイの場面があるようには思えないのですが、もしあったら、その後の城戸をどう描いているのか、教えてください。と頼んでいる。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20221204
by ヤマ

'22.12. 1. TOHOシネマズ4



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>