『約束』['72]
監督 斎藤耕一


 前に観たのは、おそらく十代の時分だと思うのだが、なんだか話が暗くて盛り上がりに欠け、妙にイラつくようなまどろっこしさがあったような覚えがある。だが、先ごろ知人との間で、ちょうど岸恵子の話題が出たばかりだということもあって、何十年ぶりかで観たら、思いのほか面白かった。

 岸恵子の声は相変わらず好みではないのだが、伏し目がちにした面立ちのなんと艶っぽいこと。また、いろいろ映画を観重ねてきたせいか十代の頃とは違って、やたらと前面に出てくる宮川泰のフランシス・レイもどきの音楽だとか、石造りの地下道や地下水道を思わせるコンクリート構造物のなかでの場面、螢子を演じた岸恵子の映し出し方などを観ながら、「作り手はフランス映画をやりたかったのだなぁ。」と妙に微笑ましく感じた。

 新潟から中部地方まで汽車の旅を続けて訪れた最後の女子刑務所前での屋台は、いかにも取って付けたような佇まいだったが、「8時までに入りゃいいんだろ?」と僅かな時間の名残を惜しむ中原朗(萩原健一)の声に無言で了承した島本刑務官(南美江)が、箸もつけずに丼を抱え湯気を見つめ感じ入っていた螢子を尻目に一足先に食べ終え、代金360円を払って行った場面がなかなかよかった。屋台のラーメンで一番高いやつもなかろうに、勝手に朗が3つ注文したものなのだが、湯気の立つ丼に目を落としている岸恵子が実に美しかった。今でいうDVと思しき夫を殺して服役中の35歳の模範女囚の役どころなのだが、歳以上に落ち着いた色香が漂っていたのは、実年齢がアラフォーだったこともあるのかもしれないが、決してそれだけではないような気がした。

 また、萩原健一がイノセントな柄の悪さを素のまま体現していて、なんだか可笑しかった。「手の綺麗な女には気をつけろ」などという箴言は昭和の時代ならではのもので、今や死語に違いない。それはともかく、今どきの若い連中が観たら、島本刑務官が払って行ったラーメンの代金360円は、自分の分だけだと思ってしまうのではないだろうか。三人が出会った汽車のなかで駅弁を馳走しようとした朗に対して、謂れのない施しを受けるわけにはいかないと代金を払う螢子に追随して慌てて金を出していた場面との対照が利いていて、彼女が三人分を率先して黙って払う姿に作り手の想いが投影されていたように思う。だから、これを一杯分の代金だと受け取ったら、大きな勘違いになるのだが…。

by ヤマ

'14. 8.31. 龍馬の生まれたまち記念館



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