『告白』を読んで
湊かなえ 著 <双葉社>

 映画化作品を観たのは二ヶ月近く前だが、原作小説を読むと、松たか子が非常によく演じていたことが改めて偲ばれた。映画化作品とは雲泥の差を感じる、卓抜した人間観と倫理感覚に溢れた小説だったように思う。

 六人の告白者による六章から成る物語ながら、第一章聖職者と第六章伝道者は共に森口悠子で、第三章慈愛者が直樹の兄と母の二人から成る告白になっているところが巧みだ。

 六人の告白を読み進めていくと、告白者の誰もが真っ当な感情を備えた人間であり且つ病み傷んでいることがひしひしと感じられ、例外は第三章で姉のためにも、父のためにも、自分のためにも、そして母のためにも、弟を無罪にしてやりたいと思う。でも、それをするのは、弟の本心を確認してからだ。(P148)と語っていた直樹の兄ただ独りであったような気がする。

 だからこそ、第二章殉教者としての告白を残している美月が語っていた愚かな凡人たちは、一番肝心なことを忘れていると思うのです。自分たちには裁く権利などない、ということを……。(P74)との言葉が沁みてくるわけだが、そう言いながらも、美月も告白のなかでウェルテルを裁いており、直樹の兄さえも父親を裁いている部分があって、それこそが人間というものなのだろうと思わずにいられない。

 だが、裁くことと罰することとはまた別物で、HIV感染にて倒れた「世直しやんちゃ先生」桜宮の最期の言葉が憎しみを憎しみで返してはいけない。…我が子を殺されても復讐をしてはならない(P259〜P260)であったことの意味は重たいように思うのだが、“母”たる悠子先生には、それが届きながらも響かないのもまた已む無きことなのだろう。死の瞬間まで、親であるよりも、教師であろうとした彼を許すことができませんでした。(P261)との受け止め方になってしまう。

 それにしても、これだけ卓抜した人間観と倫理感覚に溢れた原作小説を映画化作品では、どうしてあのように単純化した人間像しか浮かび上がらせないエンタメ仕様に仕立てあげてしまったのだろう。「どっか〜ん!」「なーんてね」などという台詞を捏造して脚色するのは暴挙という他なく、いかにも趣味が悪い。

 映画化作品を観た知人が「この映画を観ると、“ドント・トラスト・アンダー・フィフティーン”という気分になります。あなたが自分の身を守りたかったら、また、あなたの子どもや家族を守りたかったら、アンダー・フィフティーンの子どもは、半径3メートル以内には近づけない方がよろしい。ナイフを持っているかも、毒を持っているかも、果ては爆弾を隠し持っているかもしれません。」などと綴っていたが、原作小説の告白を読めば、少なくともそんな単純な“裁き”を下したりはできなくなるはずなのに、映画化作品が原作小説の複眼性を失って、あまりに悠子先生に寄った立ち位置で物語るという安易さに流れたために、原作小説に備わっていた卓抜した人間観と倫理感覚がすっかり損なわれたような気がしてならない。

 原作小説で最も共鳴した告白箇所は、第二章殉教者の以下の部分だった。
…少し考え方が変わりました。
 やはり、どんな残忍な犯罪者に対しても、裁判は必要なのではないか、と思うのです。それは決して、犯罪者のためにではありません。裁判は、世の中の凡人を勘違いさせ、暴走させるのをくい止めるために必要だと思うのです。
 ほとんどの人たちは、他人から賞賛されたいという願望を少なからず持っているのではないでしょうか。しかし、良いことや、立派なことをするのは大変です。では、一番簡単な方法は何か。悪いことをした人を責めればいいのです。それでも、一番最初に糾弾する人、糾弾の先頭に立つ人は相当な勇気が必要だと思います。立ち上がるのは、自分だけかもしれないのですから。でも、糾弾した誰かに追随することはとても簡単です。自分の理念など必要なく、自分も自分も、と言っていればいいのですから。その上、良いことをしながら、日頃のストレスも発散させることができるのですから、この上ない快感を得ることができるのではないでしょうか。そして、一度その快感を覚えると、一つの裁きが終わっても、新しい快感を得たいがために、次に糾弾する相手を探すのではないでしょうか。初めは、残虐な悪人を糾弾していても、次第に、糾弾されるべき人を無理矢理作り出そうとするのではないでしょうか。
 そうなればもう、中世ヨーロッパの魔女裁判です。…
(P73〜P74)

 一昨日に観た切腹['62]に描かれていた“人が人の心底を慮ることの至難”に通じるものを感じないではいられない小説のようにも感じた。かの切腹に関わった主要人物たちの“告白”を是非とも読んでみたいものだと、この小説を読んで、改めて思った。



推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2010kocinemaindex.html#anchor002049
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/1006_1.html
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1625201159&owner_id=158141
by ヤマ

'10. 8.24. <双葉社>



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