その瞳に映りし者

〜第5話 出逢い〜

 ソユーズ家では、ベアトリスがシュテインヴァッハ家から届いた晩餐会の招待状を持って訪れていた。

招待状を見たジュディは、とても喜んで、何を着ていこうかと大はしゃぎ…。

ベアトリスと、3兄弟のことについて盛り上がっていた。

「ねえ、叔母様…何を着ていったらいいかしら!今、流行ってるのは、このタイプだけど、シュテインヴァッハの殿方たちは、どういったのがお好きだと思う?」

クローゼットの中に入ってるドレスを、片っ端から引っ張りだし、真剣に吟味するジュディを見て、ベアトリスは少し呆れながらも、こう言った。

「ジュディ…ドレスは勿論大事だけど…あなたの中身の方が重要よ でも安心して!殿方たちは、きっとあなたのその女性らしさ、その気品に好感を持つことでしょう…自身をもって望めば、彼らの心を掴むはずだわ」

よく解らない理屈ではあったが、ジュディもその意見に深く頷いた。

「リリアにも、このことを話しておかないとね…じゃ、これから話しに行ってくるわ」

ベアトリスが、リリアの所へ行こうとすると、すかさずジュディが、

「叔母様…晩餐会にはリリアも参加するの?まさか、嘘でしょう」

と、冷たい口調で言った。

「勿論参加しますよ…リリアは、ソユーズ家の長女ですよ 世間の関心も彼女に集まっているのに、行かないわけないじゃないの」

ベアトリスは、ジュディにそう答えた。

「私、あの方は、まだ早いと思いますわ…社交界デビューなんて、もっと後でよろしいんじゃなくって?」

「そうゆうわけにいきませんよ、ジュディ…個人的な意見では決められないのよ 第一シュテインヴァッハ家がリリアも是非にと言ってきてるんですから…」

ベアトリスは、そう言うとさっさとジュディの部屋を後にした。

「……」

残されたジュディは、まだそのことに納得していないようだった。

 

 リリアの部屋にやってきたベアトリスは、招待状を見せながら話し始めた。

「シュテインヴァッハ家で、当主セルゲイ氏の誕生日を記念して、晩餐会を5日後に開催することになったのよ…そこで、何か大きな発表もあるらしいわ…あちらの方々もあなたには是非参加してほしいと…」

「それには、必ず参加しないといけないんですか?叔母さま…」

思いもよらぬリリアの返答に、いささかビックリしたベアトリスは…

「えっ?!まさか、行きたくないとかいわないでよね、リリア…当然、あなたはソユーズ家の長女ですから、代表として参加してもらわなければ困るわよ」

と、招待状を握りしめて言った。

「…わたし、そうゆう晴れがましい所って苦手なんです…でも、どうしてもというなら」

「当然ですっ!苦手とか言ってる場合じゃありませんよ…これからは、どんどんそういった機会が増えてくるでしょうから、慣れてもらわないとね」

ベアトリスは、いつものように強気で、リリアに諭した。

リリアは、少しため息をついて、こうつけ加えた。

「ところで叔母さま…晩餐会に着ていく服がないんですけど…どうしたら…」

「心配ご無用!すぐに用意させますよ…あなたにピッタリな素敵なドレスをねっ!」

ベアトリスは、得意げにそう言うと…すぐにその後仕立て屋を屋敷に呼び入れ、リリア用のドレスを作らせていった…。

晩餐会までには、5日しかなかったが、アッという間にドレスは仕上がり、当日には、素晴らしいドレスが用意されていた。

 

リリアによく似合う薄い水色のドレスを見て…

ジュディは、複雑な心境だった。

「なにこのドレス…私のよりもずっといい仕立てだわ…」

恨めしそうにドレスを見るジュディを見て、リリアは、

「孫にも衣装って感じでしょ?豪華過ぎて、わたしには、勿体ないわ…」

と、謙遜して言った。

「そうね…一応、ソユーズ家の長女だから、かなり頑張ったんでしょうね あなたも、このドレスに負けないよう、せいぜい恥をかかないようにね でなきゃ、私一緒に行くの嫌だから」

相変わらずの嫌味だったが、リリアはめげずに笑顔で頷いた。

 

 シュテインヴァッハの晩餐会に行くために、ジュディは出来る限りの努力をして、美しく着飾った。しかし、その為に時間が下がり、予定出発時刻を過ぎてしまっていた。

「ちょっと、急いでちょうだいっ!もう時間がないのよ、ジュディ」

ベアトリスは、時間が気になってしょうがない様子だ。

「叔母さま、待って…帽子がズレてるのよ…もう、髪だってグチャグチャよ」

まだ鏡を見ながら、帽子を被りなおしているジュディを見てベアトリスは、

「あなたは、そのままで充分綺麗よ…さっ、早く行きましょ」

と、ジュディの手を無理矢理引っ張っていった。

馬車に乗り込んだ3人は、急いでシュテインヴァッハの屋敷へと向かった。

 

 シュテインヴァッハの屋敷には、もう既に大勢の紳士淑女が集まっていた。

馬車から降り、一歩足を踏み入れると、そこはまるでお伽話に出てくるお城のよう…。

リリアは、初めて見る、きらびやかな世界に、夢を見ているようだった。

「立ち止まらないで…邪魔よ」

ジュディは、呆然としているリリアを押しのけて、前へ進んでいった。

リリアも、我に返ると、迷子にならないようにジュディの後ろを追いかけた。

 

 「ごきげんよう、ベアトリス…お久しぶりね!そのお嬢さま方は、ソユーズの?」

初老の婦人が、いきなり尋ねてきた。

「ごきげんよう、ダレン婦人…ええ、そうよ…リリアは、今夜が初お披露目なの…これから、宜しくお願いしますね」

「ええ、勿論よ…お2人とも可愛いお嬢さまだこと…将来が楽しみね」

ダレン婦人は、リリアとジュディを品定めするように眺めると、笑顔で去っていった。

「なんだか、緊張するわね…こんなこと慣れてないから…」

リリアは、次々と挨拶に来る紳士淑女に緊張しているようで、ジュディに不安そうに言った。

「社交界では、当たり前のことでしょ…何気を張ってるのよ…それより、シュテインヴァッハ家の兄弟について何か聞いてる?」

「いいえ、何も…どうかしたの?」

リリアが本当に何も知らないようだったので、ジュディは足早に何処かへ向かって歩き出した…。

「あ…待って、ジュディ!おいてかないでっ」

リリアは、慌てて追いかけようとしたが、大勢の人に紛れてジュディは見えなくなった。

いつの間にか、ベアトリスも遠くで他のご婦人方と話しをしている。

「…どうしよう…迷子になっちゃうわ…」

キョロキョロと辺りを見回したが、当然のことながら知った人はいない…。

リリアは、大広間の真ん中で途方に暮れてしまった。

 

…すると、後ろからトントンと肩を叩く者がいる。

ビックリして、後ろを振り返ると銀髪で長身の美青年が立っていた…。

「はじめまして…ソユーズの…」

「あ…リリアです!…あなたは…?」

「僕は、ダニエル・バトラー…お逢いできて光栄です」

その銀髪の美青年は、いきなりリリアの右手を取って、手の甲にキスをした。

「っ!…ちょっ…何するのよ!」

そういった行為に免疫のないリリアは、思わず叫んでしまった。

「お一人ですか?他の方々は…」

「あ…ちょっとはぐれてしまって…」

リリアは、誰かに助けを求めたかったが、ジュディもベアトリスも遠くに行ったきりだ。

「そうですか…こういうところは、まだ慣れてないでしょう…よければ、僕がエスコートしますよ」

ダニエルは、リリアの手を握ったまま離さない…。

正直、リリアはこういうタイプが苦手だった。

なんとか断る口実を考えたが、なかなかいい言葉が出てこない。

 そこへ、ワルツの調べが聞こえてきた…。

「ちょうどいい…これから踊りませんか…僕がリードしますから」

ダニエルは、リリアの耳元で囁いた…。

ゾクッとしたリリアは、思わず拒絶反応を示した。

「いえ…結構です…わたし、踊れませんから…」

「大丈夫、僕が教えますよ…遠慮しないで」

ダニエルは、何食わぬ顔で、そう言った。

「え…遠慮してるわけじゃなくて…あの」

この男には、何を言っても無駄だとリリアは思った。

 

 一方、ジュディは、リリアから離れたところで、シュテインヴァッハ家の面々を探していた…。

しかし、いっこうに当の本人たちが現われない。

(主賓が、出てこないってどういうこと?…)

ジュディがそう思ってると、やっと螺旋階段をすべるように降りてくる一団が見えた。

周囲の人々は、一斉にざわついた…。

やはり、彼らには華がある…。

ジュディは、目を輝かせながら、うっとりとした表情で彼らを仰ぎみた。

「遅くなって、申し訳ない…今日は、私の誕生日にお越しいただき、ありがとう…」

セルゲイは、そう言うと、こう続けた。

「実は…今晩私は、引退を決意したことを皆さんに発表したくて、お集まりいただいたのです…」

セルゲイの言葉に、人々は驚いた。

「私は、これで隠居の身となりますが…息子達三人が、シュテインヴァッハを支えてくれるでしょう…これから息子たちをよろしくお願いします…どうか温かく見守ってやってください」

セルゲイは穏やかな表情で、そう語った。

周囲は、その言葉に温かい拍手を送った…。

息子たち三人は、黙ったまま頭を深々と下げた。

同じく、彼らに拍手を送っていたジュディは、何とかお近付きになりたいと思ったが、そのきっかけがつかめないでいた…。

それを見たセルゲイは、息子たちに目配せをしたが、三人は一向に動こうとしない。

「おまえたち…彼女がソユーズ家の令嬢、ジュディだよ…エスコートしたまえ」

そう言いおわらぬうちに、ある人物がジュディを誘ってきた…。

「はじめまして…ジュディさん…僕は、リオン・フォードです…よければ、踊っていただけませんか?」

その青年は、澄んだ瞳で彼女をみつめた。

その瞳があまりに真っ直ぐだったので、思わずジュディはその誘いを受けてしまった。

一緒に踊りはじめたが、心の中でとまどっていた。

(ちょっと待って…わたしは、こんなことしてる場合じゃ…)

ジュディは、振り返ってシュテインヴァッハの兄弟たちを探した。

 

 セルゲイは、息子達をみて、ため息をついた…。

(我が息子ともあろうものが、女性ひとりを誘うことも出来んとは、嘆かわしい…先が思いやられるな)

「彼は、ダニエルの友達のリオンだろう…結構、積極的なんだな」

「兄さん…関心してる場合じゃないよ…躊躇してる間に先を越されたじゃないか」

ジュリアンとノエルは、2人でそう話しながら、顔を見合わせた。

だが、ヴィトーだけは、まったくそんな事にはなから興味がないという様子だった。

「こんなくだらないことに、時間を割かなければならないぐらいなら、仕事をしていた方がマシだな…」

相変わらず、無表情なまま、そうつぶやいた。

「だったら、参加しなければよかったのに…別に無理に長男だからって、顔を出す必要ないでしょ…そんなに乗る気じゃないのなら」

ヴィトーの言葉に、カチンときたのかジュリアンはそう言った。

「何だって?…」

2人の間に、また不穏な空気が流れた…。

 

 セルゲイの挨拶が済んで、再び会場がダンスフロアと化したが、リリアはダニエルの誘いから逃れようと必死になっていた。

「あの…ダニエルさん…」

「ダニエルでいいよ…これからは、ダニエルって呼んで」

「あの…わたしよりも他の方を誘ったらいいのに…わたしなんて、つまらないでしょ?

もっと、綺麗な人がここにはいっぱいいるし…」

「そうだね…確かに綺麗な人はいっぱいいる…でも、いま僕はリリアを誘いたいんだ」

「……」

リリアは、もうこの厚顔無恥男からは逃れられないと思った…。

 すると、何処からか救いの声がしてきた…。

「リリアっ!何処にいるの?」

それは、ベアトリスの声だった…。

リリアは、すかさず手を振って答えた。

「ここですわ…叔母さまっ!」

そして、ダニエルから逃れるように、ドレスをひるがえし、ベアトリスの方へ向かった。

 

 「あなた、いったい何していたの…気付いたらいなくなってたから、慌てたわよ」

「ごめんなさい、叔母さま…ちょっとあることに手間取ってしまって…」

「あること?…」

「大したことではないんです…それより、ジュディは?」

リリアの言葉にベアトリスは無言で指さした…。

そこには、ある男性と踊っているジュディの姿が…。

「ご覧の通りよ…さすがはジュディね…リオンは家柄もいいし、とっても好青年なのよ いい人を選んだわ」

なぜかジュディに感心するベアトリスを見て、リリアは何も言えずにいた…。

「叔母さま…わたし、ちょっと外の空気を吸いたくなったので、バルコニーに出てもいいかしら…」

急に、ジュディは気分転換がしたくなって、そうベアトリスに尋ねた。

「いいけど…あら、大勢の人に酔ったのかしら…そりゃ、すぐにこの雰囲気には慣れないわよね…どうぞ、いってらっしゃいな」

ベアトリスに促されると、リリアは喧騒を抜けてバルコニーの方へと向かった。

 

 バルコニーに出ると、人の声もワルツの調べもあまり聞こえなくなった。

やっと張り詰めていた空気から開放されて、リリアは安堵した様子でいた。

(やっぱり、この雰囲気、どうも馴染めないわ…外の方が落ち着く…)

リリアが涼んでいると、向こうから人の言い合うような声が聞こえてきた。

その声が妙に気になって、リリアは声のするほうへと近付いていった…。

するとそこには、見覚えのある2人の男性の姿があった。

…ヴィトーとジュリアンである…。

リリアは、思わず柱の影に身を潜めた…。

 

 「だいたい、学校にも行かず、仕事もせず、家でプラプラしている自堕落なおまえに、意見してほしくないんだよ…シュテインヴァッハの人間ともあろう者が恥ずかしくないのか…自分で、嫌になったりしないのか…私だったら、恥かしくてこんな席には出てこれないね、絶対」

そんなヴィトーのきつい言葉に、ジュリアンは抵抗するように言った。

「お言葉ですが、兄さん…あなたと僕じゃ考え方が違うんです…あなたは、いつも仕事仕事で、他のことは顧みず…余裕のない生活送ってますよね…でも、僕はもっと大事なものがあると思ってるんです…今晩だって、この雰囲気をもっと楽しんだらいいじゃないですか…眉間にしわを寄せてばかりいないで」

「いい加減なおまえに言われたくないっ!そもそも、おまえたちがそんなんだから、仕事ばかりしなければいけなくなるんじゃないか…シュテインヴァッハを支えているのはどこの誰だと思ってるんだ…父上ではなく、実質この私だぞ…だいたいおまえのせいで…」

「おまえのせいで何ですか!」

「おまえのせいで、母上は亡くなったんだ!」

「っ!…」

「おまえがいなければ、母上はこんなに早く亡くなりはしなかった…おまえの存在が母上を苦しめたんだ…」

「……」

2人の話しを、柱の影で息を殺して聞いていたリリアは、出るに出られなくなった。

(この2人…こんなに仲が悪かったんだ…それにしても、気まずい…)

「…もう、いい…こんな話しをしても、意味がない…おまえとは噛み合わないからな」

「同感です…」

ヴィトーは、ジュリアンに背を向けると最後にこう言った。

「ジュリアン…シュテインヴァッハの名を汚すことだけはするなよ…」

そして、バルコニーを後にした…。

一人残されたジュリアンは、帰ることもせず、その場に佇んでいた…。

そして何かを思うように、空に浮かぶ月を眺めた…。

リリアには、ジュリアンの瞳から一筋光るものが流れたようにみえた…。

ドキッとしたリリアは、思わず柱のそばにあった鉢を蹴ってしまった。

「っ!…誰だ」

ジュリアンは振り返り、リリアと目が合った…。

「あ…あの…わたし…」

「聞いていたのか…さっきの話…」

「ご…御免なさい…立ち聞きするつもりはなかったの…でも…」

ジュリアンの深刻そうな表情に、リリアはとまどっていた…。

「な〜んてね!気にすることないよ…少しビビッた?」

ジュリアンは急におどけてみせた。

その態度の違いに、リリアは呆気にとられた。

「君、もしかしてリリア?…あの、噂のリリア嬢だよね!やっと逢えたね…初めまして、僕はジュリアン・ド・シュテインヴァッハ…よろしくね」

ジュリアンは明るくそう言うと、リリアに手を差し出した。

「は…はじめまして…こちらこそよろしく…」

握手しながら、リリアは複雑な心境だった…。

(この人…さっきとは別人みたい…一体、なんなの…)

 …これが、リリアとジュリアンの出逢いだった。

この先、どんなことが待ち受けているかなど、今の2人には知るよしもなかった…。

                              Novelsへ
                                                    NEXT→