中原中也による3つの歌曲 |
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帰郷
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今日は好い天気だ 縁の下では蜘蛛の巣が 心細そうに揺れている 山では枯木も息を吐く ああ今日は好い天気だ 路傍(みちばた)の草影が あどけない愁(かなし)みをする これが私の故里(ふるさと)だ さやかに風も吹いている 心置なく泣かれよと 年増婦(としま)の低い声もする ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う |
夏の日の歌
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雲片(くもぎれ)一つあるでない 夏の真昼の静かには タールの光も清くなる 夏の空には何かがある いじらしく思わせる何かがある 焦げて図太い向日葵が 田舎の駅には咲いている 上手に子供を育てゆく 母親に似て汽車の汽笛は鳴る 山の近くを走る時 山の近くを走りながら 母親に似て汽車の汽笛は鳴る 夏の真昼の暑い時 |
夕照
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退(しりぞ)けり 落陽は 慈愛の色の 金のいろ 原に草 鄙唄うたい 山に樹々 老いてつましき心ばせ。 かかる折しも我ありぬ 少児(しょうに)に踏まれし 貝の肉 かかるおりしも剛直の さあれゆかしきあきらめよ 腕拱(く)みながら歩み去る |
( 2017.03.19 藤井宏行 )