Vier Letzte Lieder TrV 296,AV 150 |
4つの最後の歌 |
1 Früling (Hermann Karl Hesse)
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1 春 (ヘッセ)
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träumte ich lang von deinen Bäumen und blauen Lüften, von deinem Duft und Vogelsang. Nun liegst du erschlossen in Gleiß und Zier, von Licht übergossen wie ein Wunder vor mir. Du kennst mich wieder, du lockst mich zart, es zittert durch all meine Glieder deine selige Gegenwart! |
わたしは長いこと夢見ていた お前の樹々と青い空を お前の薫りと小鳥の歌を 今やお前は輝かしく華麗に装い そのとびらを開き 光に満ちあふれて 奇跡のようにわたしの前にいる お前はわたしを再び見いだし わたしを優しくいざなう お前の存在の至福に わたしはふるえる! |
2 September (Hermann Karl Hesse)
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2 九月 (ヘッセ)
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kühl sinkt in die Blumen der Regen. Der Sommer schauert still seinem Ende entgegen. Golden tropft Blatt um Blatt nieder vom hohen Akazienbaum. Sommer lächelt erstaunt und matt in den sterbenden Gartentraum. Lange noch bei den Rosen bleibt er stehn,sehnt sich nach Ruh. Langsam tut er die müdgewordnen Augen zu. |
雨が冷たく花々に降りそそぐ 夏はおののきながら 静かにその最期の時を待つ アカシアの高い枝からまたひとひら 葉が黄金のしずくとなって散って行く 消えゆく花園の夢の中で 夏はいぶかしげに力なくほほえむ しばらくはなおバラの花のもとに 夏はとどまり憩いを待ち望む やがてゆっくりと 疲れたその目を閉じる |
3 Beim Schlafengehn (Hermann Karl Hesse)
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3 眠りにつこうとして (ヘッセ)
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soll mein sehnliches Verlangen freundlich die gestirnte Nacht wie ein müdes Kind empfangen. Hände,lasst von allem Tun, Stirn,vergiss du alles Denken, alle meine Sinne nun wollen sich in Schlummer senken. Und die Seele,unbewacht, will in freien Flügen schweben, um in Zauberkreis der Nacht tief und tausendfach zu leben. |
わたしの心からの願いは星のきらめく夜が わたしを優しく迎えてくれることだ 眠くなった子供を抱き取るように 手よ、すべての仕事を止めるがよい 頭もすべての思いを忘れるのだ 今わたしのすべての感覚は 眠りに沈むことを欲している そして魂は思いのまま その翼を広げて飛ぼうとしている 夜の魔法の世界で 深く、とこしえに生きるため |
4 Im Abendrot (Josef Karl Benedikt von Eichendorff)
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4 夕映えの中で (アイヒェンドルフ)
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gegangen Hand in Hand; vom Wandern ruhen wir nun überm stillen Land. Rings sich die Täler neigen, es dunkelt schon die Luft; zwei Lerchen nur noch steigen nachträumend in den Duft. Tritt her und laß sie schwirren, bald ist es Schlafenszeit; daß wir uns nicht verirren in dieser Einsamkeit. O weiter,stiller Friede! So tief im Abendrot, wie sind wir wandermüde - ist dies etwa der Tod? |
苦しみや喜びの中を歩いてきた そしていま静かな土地の上に さすらいの足を止めて憩う まわりの谷は沈み 空には闇が近づいている 二羽のひばりだけが夜を夢見るように 夕もやの中に昇っている こっちに来なさい、小鳥たちはさえずらせておこう もうすぐ眠りの時が近づくから この二人だけの孤独の世界で はぐれないようにしよう おお、広々とした、静かな平和よ! 夕映えの中にこんなにも深くつつまれて わたしたちはさすらいに疲れた これが死というものなのだろうか |
偉大な歌曲作家リヒャルト・シュトラウスの事実上最後の作品。1928年以来20年ぶりに作曲された歌曲で、ヘッセとアイヒェンドルフの詩によるオーケストラ伴奏歌曲です。タイトルの「4つの最後の歌”Four Last Songs”」は、イギリスの出版社ブージー・アンド・ホークス社が作曲者の死後の出版時につけたものです。また出版譜の1:「春」 ,2:「九月」,3:「眠りにつこうとして」,4:「夕映えの中で」という曲順も作曲者の関与しないもので、作曲者の希望により没後翌年に行われた初演(フラグスタート独唱、フルトヴェングラー指揮)では、3,2,1,4の順に演奏されていました。しかし皮肉なことですが、「4つの最後の歌」という印象的なタイトルと、最初に春の詩を置いたつながりの良い曲順は、この曲の人気を高めるのに相当貢献したのではと思います。
そもそも作品を聴く前にこのヘッセの美しい詩を読んだら、それに作曲して、それも管弦楽伴奏の歌曲に仕立てて成功できるなどとはとうてい思えませんが、それが見事に達成された奇跡的な傑作がこの作品だと思います。色彩豊かで美麗な管弦楽はしかし決して押し付けがましくならない節度を持ち、装飾的で華麗な歌は詩の美しさを生かしきる。そして信仰を持つことが難しい現代のわたしたちにとって、この宗教色の無いしかし安らぎに満ちた死こそ理想であり憧れなのではないでしょうか。
さて演奏ですが、以前この項を書いたときは
キリ・テ・カナワ(s)アンドリュー・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団(CBS)
が一番のお気に入りでした。しかし今では
フェリシテ・ロット(s)ヤルヴィ指揮ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団(英シャンドス)
シュヴァルツコップ(s)セル指揮ロンドン交響楽団(エンジェル)
の2種がさらに優れていると思います。ロットの方は初演時の曲順によっていますが、わたしは出版譜の順が好きなので、CDプレイヤーで曲順を変えて聴いています。言葉を大事にするシュヴァルツコップの演奏も感動的です。そしてもうひとつ
ジェシー・ノーマン(s)マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(フィリップス)
最初あまりぴんとこなかった盤ですが、当HPにも投稿をいただいている丸田和彦さんが特にマズアの指揮を絶賛されていたことで聴きなおしてから見直しました。約10分をかけた「夕映えに」は圧巻です。
(甲斐貴也)'98. 6/15/2003.1/29改稿
( 2003.01.29 甲斐貴也 )