八木重吉による五つの歌 |
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1 秋の空
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そのはげしさに耐えがたい日もある 空よ そこのとこへ心をあづかってくれないか しばらくそのみどりのなかへやすませてくれないか |
2 素朴な琴
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ひとつの素朴な琴をおけば 秋の美しさに耐えかねて 琴はしづかに鳴りいだすだらう |
3 秋
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ふとしたことまでうれしくなる そこいらを歩るきながら うっかり路をまちがへてきづいた時なぞ なんだか ころころうれしくなる |
4 雨
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雨がふってゐたのだ あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう 雨があがるようにしづかに死んでゆこう |
5 夕焼
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手をふり手をふり 胸にはちいさい夢をとばし 手をにぎりあはせてふりながら この夕焼をあびていたいよ |
声楽家として、そして作曲家、また作詞家、更には合唱指導や音楽評論の分野まで、戦後ずっとの長きにわたって活躍してこられた畑中 良輔氏がこの24日、90歳の大往生を遂げられました。氏の音楽界における貢献は計り知れないものがありますので、このサイトでも氏の歌曲作品の代表作とも言えるこの歌曲集を取り上げることとしました。八木重吉の繊細な詩につけたとても美しい5つの歌曲です。
Victorの日本歌曲全集のライナーにある氏の言葉がたいへんに興味深いので以下に一部引用致します。
「八木重吉の詩は、突然私の心に飛び込んできた。その飾らない美しさが、私の心を一瞬燃え上がらせた。
人間のちいさい、素朴な願いがこの中にある。それは「詩《と呼ぶにはあまりに稚ない修辞ではある。しかし重吉の中にあるひたむきな祈りは、私の中から無駄を省き、ひとつの結晶体をひき出してくれたようだ。《
詩が短いことからもお分かりのようにどれも1分あまりの短い曲ですが、素朴で簡潔な表現が実に詩の繊細さによく溶け合って感動的です。タイトルや詩の中に「秋《とあるものが3曲、他の2曲も実に秋らしい情景で、この5つの詩の選択もまた絶妙です。
( 2012.05.26 藤井宏行 )