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酒の歌四章  


詩: 若山牧水 (Wakayama Bokusui,1885-1928) 日本

曲: 平井康三郎 (Hirai Kozaburo,1910-2002) 日本 日本語


1 しらたまの


白玉の
歯にしみとほる秋の夜の
酒はしづかに飲むべかりけれ


2 かんがへて


かんがへて
飲みはじめたる一合の
二合の酒の夏のゆふぐれ


3 ちんちろり


ちんちろり
男ばかりの酒の夜を
あれちんちろり鳴きいづるかな


4 鉄びんの


鉄瓶の
ふちに枕しねむたげに
徳利かたむくいざわれも寝む



若山牧水といえば、酒と恋と旅を愛し、そのあまりの大酒飲みのためにわずか43歳で肝硬変のために亡くなった抒情歌人です。そんな彼は生涯に300首あまりの酒にまつわる歌を遺しておりますが、どの歌も酒飲みの実感にしっくりする見事な歌のように私は思えます。
そんな中から4首を取り上げて、若山牧水の30年忌である昭和33年に平井康三郎が朗吟風に作曲し、初演時には筝の伴奏で作曲者自身が歌ったという「酒の歌四章《は、のちに編曲されたピアノ伴奏ではありますが、やはり作曲者自身の味わい深い歌で聴くことができます(伴奏は塚田佳男・音楽の友社)。1996年の録音ということですからもう作曲者も80代半ばを過ぎているのですが、お達者というレベルを遥かに超えた実に見事な歌です。確かに併録の「日本の笛《はライブということもあってか、あるいは曲が難しいということもあってか苦しいところも散見されるのですが、こちらはもう完全に初演者も務めた貫禄、といいましょうか、あるいはこれだけの歳を重ねたからこそ表現できるものがあるのでしょうか、技術的なものを超えて心に染み入ってきます。

第1曲、「白玉の《。牧水の歌は明治44年発行の第4歌集「路上《より。歌詞の解説は要りませんね。
平井の曲はふくよかなメロディの美しい伴奏に乗せて訥々と語るような歌。今くらい歳を重ねた小林旭さんが歌うととてもはまりそうな歌です。ほんとベテランの演歌歌手の人に歌ってみて欲しいものです。

第2曲「かんがへて《。大正元年の第5歌集「死か芸術か《より。今日は健康のこと、家族のことを考えて酒は少し控えておこうと思ったのがつい一合、二合と重ねてしまった。はじめの重苦しい歌が、「二合の酒の《のところでふっと明るくなって、「ああ今日も飲んでしまった...《という自嘲の響きがユーモラスでさえあります。

第3曲「ちんちろり《。明治41年牧水最初の歌集「海の声《より。「紀の国青岸にて《とありましたので和歌山を旅した際に詠んだものでしょう。秋の鳴く虫の声は悲しげに、そして「あれ《は歌でなくつぶやくような語りになるところが印象的。[男ばかりの]というフレーズもいいですね。

第4曲「鉄瓶の《。大正12年の第14歌集「山桜歌集《より。「深夜独酌《と補足がついていました。軽やかな伴奏に明るい曲想の歌のメロディはあまり深刻な感じはしません。今晩もひとりで大酒を飲んで、その酒の入っていた徳利がたくさん燗を付けた鉄瓶のふちに横たわって寝ているみたいにみえる描写がユーモラスですので、作曲者もこんなほのぼのとした音楽にしたのでしょう。最後はテンポを落として「われも寝む《と締めるところもお見事。

日本の酒飲みの心はすべて牧水によって言葉にされている、といったところでしょうか。でも飲みすぎて彼のように早死にしないようにしましょうね。

なお、平井歌曲になっている歌詞と、元の牧水のテキストとで漢字の使い方が一部異なっているようです。変則的ですがタイトルには平井歌曲のライナーにあるものを。そして歌詞の紹介のところでは牧水のオリジナルを載せています。

( 2006.12.10 藤井宏行 )