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Silent Noon    
  The House of Life
沈黙の正午  
     歌曲集『生命の家』

詩: ロセッティ,ダンテ・ゲイブリエル (Dante Gabriel Rossetti,1828-1882) イングランド
    Ballads and Sonnets - The House of Life −1.Youth and Change 19 Silent Noon

曲: ヴォーン=ウィリアムズ (Ralph Vaughan Williams,1872-1958) イギリス   歌詞言語: 英語


Your hands lie open in the long fresh grass, -
The finger-points look through like rosy blooms:
Your eyes smile peace. The pasture gleams and glooms
'Neath billowing clouds that scatter and amass.
All round our nest, far as the eye can pass,
Are golden kingcup fields with silver edge
Where the cow-parsley skirts the hawthorn hedge.
'Tis visible silence, still as the hour glass.

Deep in the sunsearched growths the dragon-fly
Hangs like a blue thread loosened from the sky: -
So this winged hour is dropt to us from above.
Oh! clasp we to our hearts, for deathless dower,
This close-companioned inarticulate hour
When twofold silence was the song of love.

高く伸びた若草に投げられた君の腕・・・
透きとおる指先は薔薇の花のよう:
君の瞳は穏やかに微笑む 渦巻く雲は散りまた集り
牧草地はほのかに明るみまた翳る
僕らの巣のまわりは見渡す限り
杓(しゃく)の花に囲まれた山査子(さんざし)の垣根に
銀色に縁取られた黄金色の立金花(りゅうきんか)の原
砂時計のように静かな 眼に映る沈黙

陽のくまなく差し込む茂みの奥で蜻蛉(とんぼ)が
蒼空から解かれた青い糸のように葉から下がる:・・・
この翼持つ時もまた高みより僕らに舞い降りた
おお! 不滅の恩寵を二人の胸に刻みつけよう 
二つの沈黙の重なりが愛の歌となった
密やかにして言い知れぬこの時を


 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ Dante Gabriel Rossetti(1828-1882)の詩集『生命の家』“The House of Life”(1871)は、彼が手がけていたステンドグラス製作の共同制作者で詩人・工芸家のウィリアム・モリスの妻ジェーンとの愛を綴った101篇のソネットからなり、「沈黙の正午」“Silent Noon”はその19番目のものです。ペトラルカンソネットと呼ばれるイタリアの古典詩の様式を模しており、abba+acca+dde+ffeという脚韻を踏んでいます。

 ロセッティの詩は明治期の我が国文学界に大きな影響力を持っており、島崎藤村、与謝野晶子、石川啄木らの文豪がこぞって彼の詩を愛読していました。藤村にロセッティを教えられた蒲原有明は、藤村のために“Silent Noon”を訳し、それを島崎は小説『春』(1908)と『新生』(1919)の二度にわたり作中で用いています。しかし古典を模した形式によるロマン的・唯美主義的なロセッティの詩は、大正・昭和に至って影響力を失い、蒲原もまた時代に取り残されてゆきました。今日我が国でロセッティは、詩人としてよりもラファエル前派の画家として名声を復興しています。拙作と並べるのもおこがましいですが、ご参考に蒲原有明の名訳をご紹介しましょう。


「静昼」

緑の草の中にしも(かひな)を君が()げやれば、
を指の(さき)のほの()きてあからむ花と(まが)ふかな、
さても微笑むやさ(まみ)や。散りては更に寄せ()なる
雲の波だつ空の下に照りては蔭る牧の原。
二人巣籠るこのほとり眼路(めぢ)のかぎりはおしなべて
黄金(こがね)の花の毛莨(きんぽうげ)、野末の(すぢ)白銀(しろがね)に、
いぬ(ぜり)()ふる山査子(さんざし)の垣根の端に連なりぬ。
げに静けさの眼にも見えて、漏刻(ろうごく)の如くしめやかに。

日影も忍ぶ草がくれ、蜻蛉(あきつ)はひとりみ空より、
解けにし藍の一すぢの糸かとばかりかゝりたる。
「時」の(つばさ)もさながらに二人の上に休らひぬ。
(ああ)、うち寄せむ、胸と胸、これや変らぬ珍宝(うづたから)
(うま)し契のこまやかにたとしへもなきこの(きざみ)
二重(ふたへ)に合へる静けさぞ君と我との愛の歌。



 ご覧のように蒲原は各行を7+5+7+5で揃え、快い日本語のリズムを生み出しています。他に、大胆に省略を施し日本語詩としての美しさを追求した森亮訳(題は同じく「静昼」:森亮訳詩集『晩国仙果 V近代イギリス』)、新しいところでは林望氏の『新海潮音』なる訳詩集に収められた「静かな昼」があります(駿台曜曜社)。
 さてこの詩の題名ですが、「静かな昼」や「静かな昼さがり」(ボストリッジ盤・木村博恵訳)はわたしにはどうも言葉無く心の通い合う「今この時」の想いが弱いように思えてなりません。ターフェル盤に付された和田吾愛訳の「沈黙の真昼」をより好ましく思ったのですが、わたしの訳ではさらに時間を限定して「沈黙の正午」としました。その後になって手に入れたアレン盤の対訳(三浦淳史訳)の題が全く同じだったのには驚きましたが、英国通の三浦氏の訳だけに多少意を強くもしました。和田訳と三浦訳は林訳に劣らない出来栄えと思います。
 ヴォーン=ウィリアムスの作曲は詩の魅力を生かした見事なもので、聴けば聴くほど味わいが深まります。ヴォルフの最良のメーリケ歌曲にも比肩する名歌曲と思います。
 演奏はボストリッジ(エンジェル)、ロット(シャンドス)、ターフェル(DG)、アレン(ヴァージン:全曲)、フェリアー(デッカ)といったイギリスの名歌手が聴けますが、この中ではボストリッジとロットが特に素晴らしかったです。またナクソスのウィリアムスによる盤も悪くなく、『生命の家』全曲であることを考えれば存在価値十分です(但し歌詞カードなし)。名バリトン、トーマス・アレンの全曲盤は録音がいささか残響過多で、対訳つきの日本盤の入手も困難なのが残念です。他にマコーマックの歴史的録音がありますが未聴です。
(2006.1.1 甲斐貴也)

※「沈黙の正午」の植物

●cow-parsley カウ・パセリ
和名:杓(シャク)/ノラニンジン/山ニンジン/コジャク/藪人参/山芹
学名:Anthriscus sylvestris
セリ科 シャク属
開花期:5〜7月

日本では北海道から九州にかけて分布する高さ0.7〜1.4mのセリ科の多年草。葉と白い花が同じセリ科のニンジンに良く似ている。若葉は食用とされる。英名は牛が食べることから。


●hawthorn ホーソーン/ 別名:Mayflower
和名:セイヨウサンザシ
学名:Crataegus oxyacantha
バラ科 サンザシ属
開花期:5月

北半球に広く分布する低木落葉樹で、我が国にも分布する中国原産の山査子(さんざし)の近縁種。5月に白色または淡い紅色の花が咲く。英国では生垣などの園芸種として広く栽培されており、英国の五月の花の代表格としてメイフラワーとも呼ばれる。清教徒を乗せてアメリカに渡ったメイフラワー号にはこの花が描かれていた。この詩は夏の日の情景なので、5月に咲くサンザシは花が終わっており、緑の生垣ということであろう。


●Kingcup / 別名:Marsh Marigold
和名:立金花(リュウキンカ)
学名:Caltha palustris
キンポウゲ科 リュウキンカ属
開花期:5〜7月

日本では本州から北海道分布する、山地の湿地や沼地に生える高さ30〜50cmの多年草。和名は花茎が立ち金色の花が咲くことから。

( 2006.01.01 甲斐貴也 )


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