北風吹 白毛女 |
|
詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください
|
北風はぴゅうぴゅうと吹き 雪は飄々と舞い散る 新年が来るというのに 風は雪を巻き上げ 風は戸口に吹きつけている 父さん はやく帰ってきて 楽しい正月を迎えたいの (詩は大意の紹介です) |
かなり昔からNHKのラジオ&テレビの中国語講座のテーマとして使われていて(現在もラジオではこの曲のようです)皆様の多くも聴きなじんでおられるであろうこの曲は、実は共産主義国になったばかりの頃の中国の舞台作品「白毛女」(初演1945・最終稿1952)の中の曲で上のような詞の歌です。と、ここで舞台作品とあいまいに書いたのはこれがバレエで演じられることもあれば京劇風のオペラとして演じられる(現代京劇と呼ばれる)こともあるためです。
この「白毛女」、地主に虐げられる貧農階級の娘がその苦労で髪が真っ白になるが、やがて人民解放軍が登場して救い出され、恋人と共に革命闘争に立ち上がるというお話です。この曲はその第一幕の大晦日の場面、まだこれからの悲惨な運命を知ることのない娘・喜兒が、北風吹く寒い中金策に走り回りなかなか帰ってこない父を待ちわびて歌う歌。今の時期にぴったりの情景ではないでしょうか。
ゆったりとした寂しげな前半は寒々とした外の情景と帰ってこない父を、そして後半楽しく躍動して歌われる部分はこれから父と迎える楽しい新年を夢想しています。
ものすごく悲惨な話ですし、後半の革命のプロパガンダとしてのストーリー展開は少々よそ者が見ると気恥ずかしく感じるところもありますが、もともとは古くからある民話や民謡を下敷きにしているようなので音楽はとても素敵です。岩波新書にある「中国の音楽世界」(孫玄齢著)によれば、この曲は河北省の民謡「小白菜」(これも継子いじめを歌った大変悲惨な歌です)を下敷きにして作られたとありました。この本にある譜例を見る限りではそれほど似ているという感じはしなかったのですが...
人民芸術家という称号を持つベテラン歌手・郭蘭英の歌った伝統的な歌唱は、京劇特有のあのキンキンした声なので西洋のオペラの歌唱に慣れた耳には少々キツく感じられるかも知れませんが、揚琴や笛子など中国の伝統楽器の伴奏の響きにとてもしっくりと合って聴き込むほどに味わいが増します。中国音楽はその五音音階が懐かしさを覚えさせて「癒し系」としてよく取り上げられますけれども、この郭さんの歌もそんな感じでしょうか。聴けば聴くほど味わいが増します。このCD、この「白毛女」より他にも何曲か収録しており、また豊富な舞台写真のある厚いブックレットも付いていて記録としての価値は高いです。他の現代チャイニーズオペラの抜粋や有名な中国の歌曲集なども収録した5枚組ですが、中国音楽のCDなどを販売しているWEBで2000円足らずで入手することができました。このサイトではこの「白毛女」の舞台映像が見られるVCDが売られているのも見つけましたがそこまでは...でもこの作品、調べてみると日本でも昔はさるバレエ団のレパートリーになったりもしていたようですので、NHK講座共々けっこう日本人には関係の深い作品のようではありました。
西洋のクラシック的発声に慣れた耳には、中国を代表する日本でも大活躍のコロラトゥーラソプラノ 崔岩光さんの録音した中国歌曲集(King)がとても優しくてよいでしょうか。こちらの「北風吹」も中国の伝統楽器の小アンサンブルによるしみじみとした伴奏もあいまってひそやかに美しい演奏です。「草原情歌」や「茉莉花」などの日本でも良く知られた民謡や、知られざる中国の近代歌曲をいろいろ紹介してくれておりこの録音は貴重です。コロラトゥーラの透き通るような声で歌われる中国メロディがこんなに美しく響くとは...「南泥湾」や「在銀色的月光下」などこのCDの半分以上の曲で伴奏を務める久邇之宣氏のピアノもまた、この歌声にぴったりときたデリケートさで最高に良いです。
さて、この作品、作詞家にも作曲家にもたくさんの人の名前がクレジットされていて、この「北風吹」が誰の手になるものかは結局突き止められませんでした。まあ元が民謡だということは確かなようなので、一応民謡・作者不詳のところに入れておくことにしました。
( 2005.12.28 藤井宏行 )