茉莉花(まつりか) |
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咽び嘆かふわが胸の曇り物憂き 紗の帳 或日は映る君が面、媚の野にさく 阿芙蓉の萎 魂 われはまた君を擁 極秘の愁ひ、夢のわな、――君が腕 痛ましきわがただむきはとらはれぬ。 また或宵は君見えず、生絹 衣ずれの音のさやさやすずろかに ただ傳 茉莉花 まじれる君が微笑はわが身の痍 もとめ来て沁みて薫りぬ、貴 茉莉花=ジャスミンの一種 阿芙蓉(あふよう)=芥子(ケシ) |
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明治期の象徴派詩人、蒲原有明(かんばらありあけ・1875-1952)の文語詩による作品。蒲原はイギリスのラファエル前派の画家で象徴派詩人のダンテ・ガブリエル・ロセッティに心酔し、未完に終わったもののその全訳を試みていました。
この詩はご覧の通り4+4+3+3の構成で、ロセッティが多用したソネットの形式を模して書かれています。どうぞ声に出して何度か読まれてみてください。
この、ジャスミンのむせるように甘美な香りのように濃厚で美しい文語詩を、信時は演奏時間6分ほどのロマン派風歌曲に仕上げています。おそらくこのような作品が今後生み出されることはないだろうことを思うと、ますます貴重に思える歌曲です。なお蒲原はフィッツジェラルド訳の「ルバイヤート」を初邦訳(六首)したことでも知られていますが、信時はそのひとつにも作曲しています。
聴くことの出来たのはビクターの信時潔歌曲集に含まれる木村宏子(MS)と三浦洋一(P)による一種のみですが、曲の魅力を知るに十分な優れた演奏だと思います。
( 2005.10.26 甲斐貴也 )