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ラッパ節    
 
 
    

詩: 添田唖然坊 (Soeda Azenbou,1872-1944) 日本
      

曲: 添田唖然坊 (Soeda Azenbou,1872-1944) 日本   歌詞言語: 日本語


華族の妾のかんざしに
ピカピカ光るは何ですえ
ダイヤモンドか違ひます
可愛い百姓の膏汗 トコトットット

当世紳士のさかづきに
ピカピカ光るは何ですえ
シヤーンペーンか違ひます
可愛い工女の血の涙 トコトットット

大臣大将の胸先に
ピカピカ光るは何ですえ
金鵄勲章か違ひます
可愛い兵士のしゃれこうべ トコトットット

浮世がままになるならば
車夫や馬丁や百姓に
洋服着せて馬車に乗せ
当世紳士に曳かせたい トコトットット

待合茶屋に夜明しで
お酒がきめる税の事
人が泣かうが困らうが
委細かまはず取立てる トコトットット

お天道さんは目がないか
たまにや小作もしてごらん
なんぼ地道に稼いでも
ピーピードンドン風車 トコトットット

名誉名誉とおだてあげ
大切な倅をむざむざと
砲(つつ)の餌食に誰がした
もとの倅にして返せ トコトットット

子供のオモチャじゃあるまいし
金鵄勲章や金米糖
胸につるして得意顔
およし男が下ります トコトットット

あはれ車掌や運転手
十五時間の労働に
車のきしるそのたんび
我と我身をそいでゆく トコトットット



添田唖然坊の作った歌の中でも、曲の味わいといい詩のできばえといい、私にとって最も印象的なのはこの曲「ラッパ節」です。
時代は日露戦争のころ、もう既に軍楽のラッパの響きも日本人にそう抵抗なく受け入れられるようになっていたのではないかと思います。それでかどうかは分かりませんが、この歌の冒頭のメロディは確かに軍隊ラッパを思わせますし、恐らくこの歌で一番有名な歌詞である

  今なる時計は八時半
  あれに遅れりゃ重営倉
  今度の休みがないじゃなし
  離せ軍刀に錆がつく トコトットット

というフレーズは、ビゼーのオペラ「カルメン」の第2幕。まるで追いすがるカルメンを振り払い、帰営ラッパに引かれるように軍隊に帰ろうとするドン・ホセの姿のよう。この曲のメロディのルーツがフランス人軍楽教師のル・ルーによる軍歌「抜刀隊」で、しかもその元にビゼーのカルメンがあるのでは、という説を聞くと、その因縁の深さに驚いてしまいます。
これに限らず演歌師の歌らしくいろいろな歌詞があって、花柳界で歌われるときにはこんな感じの男と女のラブゲーム的な歌詞になっていますし

  畳叩いてこちの人
  悋気でいふのじやないけれど
  一人でさした傘ならば
  片袖ぬれよう筈はない トコトットット


最初に曲が作られたときに歌われたと伝わる歌詞はこんな風にとてもユーモラスなものです。

  わたしやよつぽどあわて者
  がま口拾ふて喜んで
  家へ帰つてよく見たら
  馬車にひかれたひき蛙 トコトットット


にも関わらず今回冒頭に取り上げてみたのは反骨の演歌師らしい一連の歌詞。調べてみると日露戦争開戦前は「ロシャコイ節」などで戦意高揚を煽っていた唖然坊ですが、やがて戦争の悲惨さや欺瞞に気付き、こんな感じの反戦ソング(というよりも金持ちや貴族・上級軍人たちの欺瞞を告発する歌)を作ったのだといいます。当時日露戦争反対の論陣を張った萬朝報の社会主義者・堺利彦との交流からこんなフレーズが出てきたとも言われていますが、これは実際のところがどうだったのかは調べきれませんでした。でも確かにこの内容は当時の社会主義者の主張そのままといっても良いくらい。日露戦争で大勢出た戦死者のおかげで上級軍人たちの栄達があるのだ、という主張はドキリとするくらい率直です。

余談ですが、このラッパ節が沖縄へと伝わり、映画「ナヴィの春」で歌われて一躍有名になった沖縄民謡「十九の春」へとなっています。確かにあの詞にある「今さら離縁と言うならば 元の十九にしておくれ」というのはこのラッパ節の「砲の餌食に誰がした もとの倅にして返せ」のヴァリエーションであることはすぐに分かりますね。メロディもかなり変わってはいますがほんのりと面影は感じられます。

今聴ける「ラッパ節」の録音は、その多くが都屋かつ江さんのような花柳界にゆかりの人たちによるものなので、「今鳴る時計は」の節に続き「畳叩いてこちの人」の詞を取り上げたものがほとんど。この反骨精神あふれる歌詞のラッパ節が聴けたのは、この唖然坊の歌をとても愛する中川敬がリードヴォーカルを務める関西のバンド「ソウルフラワー・モノノケサミット」の演奏のみでした。中川敬オリジナルの新作歌詞も加えてチンドン屋のスタイルでとても景気よく歌われますが、それはあの阪神淡路大震災の被災者を元気つけるために被災地を回ったときに取ったスタイル。こんな感じのユーモラスに景気のよい反戦歌っていうのも素敵ですね。

( 2005.08.03 藤井宏行 )


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