交響詩『暗い扉』 |
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暗い扉が閉ざされてゐる。 その前で盲目どもがわいわいさわぐ。 まつくらな室。 どんどんと一人が叩く。 するとまた二人が叩く。 今度はみんな寄つてどんどんと 割れるほど叩きだす。 「おかしな扉だ。」 「まつ暗な扉だ。」 「開けてくれ!」 と喚く。 けれども扉はいつまでも動かない。 「死ぬんぢゃないか?」と誰かゞ云ふ。 その声が顫へてゐる。 いひ合したやうに皆んなが黙る。 其の間、長い恐ろしい沈黙がつゞく。 「死ぬんぢゃないか?」とまた ──── けれども「否」と云ふものが無い。 そこで皆、低く唸るやうに泣きだした。 暗い扉はやつぱし閉ぢてゐる。 |
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1913年に作曲された山田の三作目の管弦楽曲。その第一作である序曲ニ長調こそは日本人作曲家による初の管弦楽作品であり、第二作の交響曲「かちどきと平和」は日本人初の交響曲です。しかし両作品ともとてもそうとは思えないほど完成度が高い魅力作であるのには驚かされます。そして、ベルリン高等音楽学校での習作のため保守的な様式で書かれた前二作と平行して作曲され、翌年完成したこの作品は当時最先端のリヒャルト・シュトラウスばりの様式で書かれた交響詩です。芸大の前身である東京音楽学校に作曲科すら無かったという当時、西洋音楽の様式を自在に駆使する若き山田の才能には畏敬の念さえ覚えます。
三木露風の詩「暗い扉」は、目の見えない人たちが閉じられた扉の前で絶望的な気分に浸る、といった情景の暗い詩で、山田の作曲は、人々がおびえて扉をたたく場面がクライマックスになっている、シュトラウスの交響詩「死と変容」を思わせる静と動が対比された四管編成、演奏時間10分ほどの作品です。
口語詩ですが「死ぬんぢゃないか?」といった仮名使いが時代を感じさせ、最終行の「扉はやっぱし閉じている」の「やっぱし」が今日の若者言葉のようで面白いです。三木は自伝でこの作品が山田によって作曲され、ニューヨークやロシアで演奏されたと豪語しています(『我が歩める道』厚生閣書店:1928)。
演奏はつい最近湯浅卓雄指揮アルスター管弦楽団によるものが発売され、手軽に聴くことが出来ます(ナクソス)。これは山田の初期の作品を集めたCDですが、世界初録音の序曲ニ長調が聴けるうえに演奏もよいお薦め盤です。(2005.02.05)
三木露風の著作権が昨年末切れましたので原詩を追記しました(2015.3.22)
( 2005.02.05 甲斐貴也 )