TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ


An Philomele   Op.62-5  
  Das Holdes Bescheiden
フィロメーレに寄せて  
     歌曲集「善き慎み」

詩: メーリケ (Eduard Friedrich Mörike,1804-1875) ドイツ
    Gedichte  An Philomele

曲: シェック (Othmar Schoeck,1886-1957) スイス   歌詞言語: ドイツ語


Tonleiterähnlich steiget dein Klaggesang
Vollschwellend auf,wie wenn man Bouteillen füllt:
  Es steigt und steigt im Hals der Flasche -
    Sieh,und das liebliche Naß schäumt über.

O Sängerin,dir möcht ich ein Liedchen weihn,
Voll Lieb und Sehnsucht! aber ich stocke schon;
  Ach,mein unselig Gleichnis regt mir
    Plötzlich den Durst und mein Gaumen lechzet.

Verzeih! im Jägerschlößchen ist frisches Bier
Und Kegelabend heut: ich versprach es halb
  Dem Oberamtsgerichtsverweser,
    Auch dem Notar und dem Oberförster.

お前の嘆きの歌は音階のように高まり
膨れ上がる、瓶が満たされてゆくように;
  それは昇る昇る、壜の首まで・・・
    ほら、そしてこの愛すべき水は泡立ちあふれる

おお歌姫よ、お前に可愛い歌を一曲捧げたい
愛と憧れに満ちたのを! だけどもうつっかえた;
  ああ! 私の使った呪われた比喩のせいで
    俄かに渇きが起き、喉がからからなんだ

失礼! 今晩猟師館で新しいビールを飲んで
九柱戯をやるんだ:もう半分約束してたんだよ
  上級地区裁判所所長代理とね
    それに公証人と上級林務官も一緒なんだ

「フィロメーレ」は小夜鳴鳥(ナイチンゲール)の別名の一つでギリシャ神話の登場人物の名です。卓越した自然抒情詩人メーリケによる小夜鳴鳥の詩ならどんなに素晴らしいかと思ったらユーモア詩でした。小夜鳴鳥の歌いぶりを詩人が壜の中で泡立つビールに喩えて詠ううちに飲みたくなって急用を思い出す(?)というこの詩、どこか同じ詩人の「戒め」(ヴォルフの項参照)を思わせます。そう言えば「戒め」にも小夜鳴鳥の名前が出て来ます。
 『メーリケ名詩集』(宮下健三訳注・大学書林)によれば、この詩は古代ギリシャのアルケウス詩形に則っているそうで、その荘重な様式で俗っぽい笑い話を語る仕掛けというわけです。小夜鳴鳥を一般的なNachtigallにしないでギリシャ神話に由来する別名を使ったのも、もったいぶった感じを出そうとしたのでしょう。
 第3連の”Oberamtsgerichtsverweser”を宮下氏は「地方管轄区代官」にしていましたが、わたしは「上級地区裁判所所長代理」と元に合わせて長くしておきました。このおよそ詩的とは言えない長ったらしい言葉をわざわざ使うのもメーリケのユーモアなのでしょう。
 宮下氏によれば「猟師館」は森の縁にある旅館兼料理店のこと。「新しいビール」とは、当時小さな旅館では新しいビール樽を毎日は開けなかったことから、新鮮なビールが飲める日の意だそうです。
 シェックの作曲ももちろんユーモラスなもの。例によってピアノが小夜鳴鳥の鳴き声を模倣するのですが、オチの後の後奏でのそれは小夜鳴鳥がむくれているようで笑えます。演奏は芸達者なフィッシャー=ディースカウ(クラーヴェス)が楽しいです。
 さて余談になりますが、メーリケ生誕200年を迎えた昨年発売された「小夜鳴鳥の歌」というCD(”Nachtigallensang” 独Bayer Records 140 004)に、メーリケが牧師をしていたクレールズルツバッハの森で書き留めた小夜鳴鳥の歌を、鳥笛(?)で再現した録音が入っています。別項でご紹介したサリエリのオペラアリアの替え歌など、楽しく貴重な録音の集められたこの盤の中でも特に興味深く楽しいものです。
不思議なことにネット上ではこれと注釈まで全く同じものが、同時代の博物学者フォイクトFriedrich Siegmund Voigtのものとされているのですが、CDの解説書にはメーリケの自筆の写真もありますので、メーリケからフォイクトの手に渡ったのかもしれません。どういうわけか題名はラテン語で書かれています。

Cantus Lusiniae 
in Silvis Cleversulzbaccensibus observatus
ルスキニア(小夜鳴鳥)の歌 
クレーフェルズルツバッハの森にて観察せり

Tiuu tiuu tiuu tiuu,
Spe tiu zqua
Tio tio tio tio tio tio tio tix
Qutio qutio qutio qutio
Zquo zquo zquo zquo;
Tzü tzü tzü tzü tzü tzü tzü tzü tzü tzi.
Quorror tiu zqua pipiqui.
Zozozozozozozozozozozozo Zirrhading:
Tsisisi tsisisisisisisi,
Zorre zorre zorre zorre hi;
Tzan,tzan tzan,tzan,tzan,tzan tzan,zi.
Dlo dlo dlo dlo dlo dlo dlo dlo dlo dlo:
Quio tr rrrrrrr itz
Lü lü lü lü ly ly ly ly li li li li *),
Quio didl li lülyli.
Ha gürr gürr quipio
Qui qui qui qui qi qi qi qi gi gi gi gi **)
Goll goll goll goll gia hadadoi.
Quigi horr ha diadiadillsi.
Hezezezezezezezezezezezezezezezeze quarrhozehoi,
Quia quia quia quia quia quia quia quia ti:
Qiqi qi io io io ioioioio qi -
Lü ly li le lä la lö lo io quia,
Hi gaigaigaigaigaigai gaigaigaigai.
Quior zio zio pi.

*) Diese ziehenden melancholischen Töne wiederholt ein Vogel 32- 52mal.
これらの引き伸ばされる憂鬱な声は32から52回繰り返される。
**) Dies klingt viel schärfer als das Obige.
これは進むに従いより鋭く響く。

これを読むとあのせわしない小夜鳴鳥の歌声が聞こえてくるようですが、小夜鳴鳥を讃える詩を書かなかったメーリケも、我々日本人の感性と同じくこの鳴き声をあまり詩的と思わなかったのではないか・・・などという妄想も浮かんできます(笑)

( 2005.01.10 甲斐貴也 )


TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ