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野薔薇    
 
 
    

詩: 三木露風 (Miki Rofuu,1889-1964) 日本
    蘆間の幻影(1920)  野薔薇

曲: 山田耕筰 (Yamada Kousaku,1886-1965) 日本   歌詞言語: 日本語


のばら
のばら
蝦夷地(えぞち)ののばら
人こそ知らね
あふれさく
いろもうるはし
野のうばら

のばら
のばら
かしこき野ばら
神の聖旨(みむね)を
あやまたぬ
曠野(あらの)の花に
知る教(おしえ)



 童謡「赤とんぼ」で名高い三木露風(1889〜1964) と山田耕筰のコンビによる美しい歌曲。詩に詠われている「野薔薇」とは北海道の道花として有名なハマナスのことです。この花はわが国固有の野生の薔薇の一種で、浜辺の砂地などに群生して夏に濃いピンク色の大きな花を咲かせます。
 この詩がハマナスを詠ったものであることはCDの解説書などにはほとんど書かれていないようですが、それを含め詩と作曲の成立の経緯は『若き日の三木露風』家森長治郎著(和泉書院)と『山田耕筰作品全集第5巻〜独唱曲1 三木露風の詩による作品』(春秋社)に詳しく記されています。
 わが国で「野ばら」という語は狭義には白い小さな花をたくさん咲かせるノイバラ(野茨)という植物を指しますが、この詩においては広義のいわゆる「野生のバラ」を意味しているわけです。詩の6行目「野のうばら」の「うばら」とはイバラ/バラの古い別名です。古来日本では棘のある植物を総称してイバラ/ウバラ/ウマラと呼んでいましたが、後に今日イバラ、バラとされるバラ科バラ属の植物に中国語の薔薇(そうび/しょうび)を当ててバラと称するようになったそうです。更には中国語でバラは実際には長春花といい、「薔薇」は中国では山東半島に分布するハマナスのことであるとも言われます。であるなら、露風は知らぬこととかもしれませんが、ハマナスを野薔薇と呼ぶのは結果として極めて正確であると言えなくもありません。
 さて、露風は「耽美的享楽的な退廃生活の根底に潜む深刻な孤独と憂愁の思い」(家森氏)からの脱却を求め、修道士生活に憧れて北海道上磯郡の日本最初の男子トラピスト修道院「厳律シトー会灯台の聖母大修道院」(1896年創立)を度々訪ねているのですが、1917年、その二度目の訪問の途上、修道院に帰る院長と偶然上磯駅で会い、修道院への道すがら、海岸沿いの険しい小道の端に咲く赤い野ばらを院長にハマナスだと教えてもらったということです。人知れず咲く美しい野ばらに神の教えを知るというこの詩はその体験から生まれ、露風の詩集『蘆間の幻影』には「賢きのばら」という題名で収められています。
 またこの詩は、露風がその素朴な人柄に好意を寄せていた同院の修道士シャルル・タルシスによっても「野茨の教」の題名で作曲され、露風の詩による11篇の歌曲集『野茨の教』が編まれているとの事です。
 山田の作曲はドイツロマン派の流れをくむ抒情的な歌曲になっており、日本歌曲にあまり馴染んでいない方も素直に楽しむことが出来ると思います。余談ですが我が国では古来薔薇はトゲが嫌われてあまり貴ばれることがなく、詩歌の題材となることは非常に少なかったようです。薔薇を題材とした文学作品が多く生み出されるようになったのは、薔薇を貴ぶ西欧文化が移入された明治期以後のことだそうで、薔薇の詩に西洋風の曲をつけたこの作品は、まさに日本文化の西欧化の象徴と言えるかもしれません。
 出版譜の序文で山田は、露風がトラピスト修道院から送ってきた絵はがきに書かれていた詩に作曲したとし、「伴奏の幾分節は余にもその意あきらかならねどたゆたふうた人の心の歩みにも似たり」と書いています。一方『NHK名歌曲全集』に掲載された『歌詞・演唱法・解説』のなかでは「伴奏の節分音的な動きは、汀にたゆたうさざ波の囁きである。伴奏の六連符は、三連符によるさざ波のゆらぎが徐々に強まり、やがて大きな力となって、汀に迫り寄る姿を写したものである。」としています。たゆたう詩人の心の歩みであり、波の囁きでもあるピアノ伴奏に乗り、情感豊かな旋律の歌われるこの作品を山田は「神の聖業を讃めたたえる、敬虔な祈りの歌声である。」(『歌詞・演唱法・解説』)と書いています。
 演奏は何種か聴いた中ではテノールの錦織健が美声で朗々と歌っている録音が、歌曲としては大柄ながら旋律の美しさを一番生かしているように思いました(「砂山〜山田耕筰 作品集〜」ポニーキャニオンPCCR-00313)。CD4枚分もの山田歌曲を録音しているソプラノの関定子(「山田耕筰歌曲集1〜たゝへよ、しらべよ、歌ひつれよ〜」恵雅堂TRK-101〜2)も大変良かったです。往年の名花伊藤京子も情緒豊か(ビクターVICC-40227〜8)。
 鮫島有美子など歌ったら良さそうですが、何故か彼女は三木露風の詩による山田歌曲を「赤とんぼ」しか録音していないようです。変わったものでは、ヘフリガーによるドイツ語訳の歌唱、また美空ひばりが歌謡曲バンドをバックに歌ったものもあります。かなり俗っぽい編曲と録音効果を超えた巧さは聴けますが、すごいポルタメントに驚かされます。
 山田はこの作品をヴァイオリンとピアノに編曲していますが、録音があるかどうかはわかりませんでした。これをチェロで弾いた演奏は、戦前に来日した大チェリスト、フォイアマンの日本でのSP録音で聴くことが出来ます(山田耕筰の遺産[11]コロムビアCOCA-13181)

参考文献:
『若き日の三木露風』家森長治郎著(和泉書院)
『山田耕筰作品全集第5巻〜独唱曲1 三木露風の詩による作品』〜「校訂報告・解題」後藤暢子著(春秋社)
『山田耕筰著作全集(1)』(岩波書店)
『山田耕筰の歌曲について』藍川由美著〜CD『この道:山田耕筰歌曲集』解説書(カメラータ25CM-312)

三木露風の著作権が昨年末切れましたので原詩を追記しました(2015.3.22)

( 2005.01.20 甲斐貴也 )


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