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Peregrina (Mörike: PeregrinaU)   Op.62-14  
  Das Holdes Bescheiden
ペレグリーナ  
     歌曲集「善き慎み」

詩: メーリケ (Eduard Friedrich Mörike,1804-1875) ドイツ
    Gedichte  Peregrina (Aus: Maler Nolten) II

曲: シェック (Othmar Schoeck,1886-1957) スイス   歌詞言語: ドイツ語


Aufgeschmückt ist der Freudensaal.
Lichterhell,bunt,in laulicher Sommernacht
Stehet das offene Gartengezelte.
Säulengleich steigen,gepaart,
Grün-umranket,eherne Schlangen
Zwölf,mit verschlungenen Hälsen,
Tragend und stützend das
Leicht gegitterte Dach.

Aber die Braut noch wartet verborgen
In dem Kämmerlein ihres Hauses.
Endlich bewegt sich der Zug der Hochzeit,
Fackeln tragend,
Feierlich stumm.
Und in der Mitte,
Mich an der rechten Hand,
Schwarz gekleidet,geht einfach die Braut;
Schön gefaltet ein Scharlachtuch
Liegt um den zierlichen Kopf geschlagen.
Lächelnd geht sie dahin; das Mahl schon duftet.

Später im Lärmen des Fests
Stahlen wir seitwärts uns beide
Weg,nach den Schatten des Gartens wandelnd,
Wo im Gebüsche die Rosen brannten,
Wo der Mondstrahl um Lilien zuckte,
Wo die Weymouthsfichte mit schwarzem Haar
Den Spiegel des Teiches halb verhängt.

Auf seidnem Rasen dort,ach,Herz am Herzen,
Wie verschlangen,erstickten meine Küsse den scheueren Kuß!
Indes der Springquell,unteilnehmend
An überschwänglicher Liebe Geflüster,
Sich ewig des eigenen Plätscherns freute;
Uns aber neckten von fern und lockten
Freundliche Stimmen,
Flöten und Saiten umsonst.

Ermüdet lag,zu bald für mein Verlangen,
Das leichte,liebe Haupt auf meinem Schoß.
Spielender Weise mein Aug’ auf ihres drückend
Fühlt ich ein Weilchen die langen Wimpern,
Bis der Schlaf sie stellte,
Wie Schmetterlingsgefieder auf und nieder gehn.

Eh’ das Frührot schien,
Eh’ das Lämpchen erlosch im Brautgemache,
Weckt’ ich die Schläferin,
Führte das seltsame Kind in mein Haus ein.

祝宴の間は既に飾られ
生暖かい夏の宵 灯火に映え色鮮やかに
天幕は開け放たれている
円柱のごとく立つのは
緑の蔦に似た対の青銅の蛇
首を絡め合う十二匹が
細い格子の屋根を
背負い支えている

花嫁はいまだ姿を見せず
母屋の小部屋で待つ
おもむろに婚礼の行列が動きだす
松明を掲げ
静々と厳かに
そしてその中ほどに
右手を私に添え
黒衣をまとう花嫁が慎ましく歩む
美しい襞のある緋色の布が
華奢な頭を包んでいる
彼女は微笑みつつ歩む;宴席の薫りも既に漂う

祝宴の喧騒が尽きる頃
私たちはそのはずれに忍びゆき
庭の木陰を求めて歩んだ
灌木の茂みに薔薇の燃えるところ
月の光に百合の震えるところ
ウェイマスとう唐ひ檜がその黒髪で
池の水面を半ば覆うところ

絹のような芝の上で ああ 胸を寄せ
私の口づけは貪るように彼女のためらう唇を塞いだ!
その間噴水は熱い愛の囁きに
耳を傾けることもなく
ひたすらおのれの水音を愛でていた;
遠くから私たちを冷やかし 誘うかのような
楽しげな声も 笛や弦の音も
ただ空しく響いていた

私の性急な求めに疲れ横になり
軽く愛らしいこうべ頭は私の膝に憩った
戯れにこの目で彼女の目に触れ
長い睫毛が蝶の翅のように羽ばたくのを
しばし感じていた
彼女が眠りにつくまでの間

朝焼けが天を染める前に
花嫁の部屋の灯火が燃え尽きる前に
私は眠る乙女を目覚めさせ
この不思議な子を私の家に連れていった


※)ウェイマスとう唐ひ檜=実際には存在しない植物名で、メーリケがマティソンの詩に出てくる「ウェイマス松」の松を唐檜に入れ替えて使ったものだという。(参考文献:森孝明著「メーリケ詩集」三集社)


 歌曲集『善き慎み』作品62の第14曲。5作あるメーリケ「ペレグリーナ」の2つ目の詩による歌曲です。ヴォルフの「ペレグリーナU」の詩は、メーリケの詩としては4番目の「ペレグリーナ」なのでこの曲とは異なります。
  5つのペレグリーナ詩のうちヴォルフが作曲しなかった3つにシェックが作曲しているのは望外の喜びです。ヴォルフに遠慮しないで全5曲の「ペレグリーナ」歌曲集にしてもよかったのにと思えてなりません。ペレグリーナXが作品15、Vが作品17の1曲として比較的初期に作曲されていますが、最も長大で歌になりにくそうなこのUにつけられた晩年のシェックの作曲はあくまで幻想的・陶酔的。死や罪の匂いを前面に出してはいませんが、かえってそこにシェックの読みの深さを感じます。歌曲集『善き慎み』の中でも特に優れた作品のひとつだと思います。
 わたしの知る範囲でCDはわずかに二種ですが、それが幸いなことにフィッシャー=ディースカウ&ヘル(クラーヴェス)とボストリッジ&ドレイク(イエックリン)という新旧の超大物の録音です。
 御大最後のスタジオ録音となったF=D盤も活動晩年の録音とは思えないほど好調ですが、わたしはこの曲ではボストリッジに更なる魅力を感じます。彼の甘美かつ繊細にして品格ある貴公子然としたテノールでこの曲を聴いてると、まるでドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」の、ペレアスの朗唱を聴いているような気がしてきます。自らには何の邪気もないのに男を破滅に追いやる宿命の女という、メリザンドとペレグリーナの共通をシェックは暗示したのでは、と勇み足の深読みをしたくなるほどです。ボストリッジ盤は原調による録音とのことなので、作曲者もテノールの声質を念頭に置いていたことになります。ピアノ伴奏もより緻密で音色感に優るドレイクに一日の長があるようです。

【ペレグリーナ詩群〜U】
それにしてもこの詩をいきなり読んでメーリケの作と当てられる方がどれだけいるでしょうか。教会ではなく夜の庭で行われる結婚式、青銅の蛇の柱、黒衣をまとい緋色の布を巻く花嫁、そして二人はその場を離れて茂みで愛し合う・・・。その陶酔的な罪の匂いはボードレールを思わせますが、1824年作のこの詩が「悪の華」(1857)の30年前に書かれていたとは驚くべきことと思います。また、謎めいた象徴に満ちた夢のような情景に、わたしはふと最近読んだ夏目漱石の「夢十夜」を思い出しました。
 森孝明氏訳の全詩集には、蛇は当時のメーリケにとって永遠の持続の象徴だったという注釈がありますが、庭園に蛇といったらどうしても楽園からの追放を想起してしまいます。喪服をまとい罪の色(緋色)の布を頭に巻く花嫁に至っては、初めて読んだとき戦慄を覚えたほどです。ビーダーマイヤー(19世紀前半の小市民的芸術様式)的などというメーリケへの評価がいかに一面的なものかを証明する作品だと思います。
 この詩も成立から最終的な姿に至るまでかなりの差し替え・推敲が行われており、後半部分のほとんどは最終版になってから加えられたものです。その改訂により全編に渡り濃密で充実しきった、メーリケ詩屈指の傑作と言える作品になったのでした。
シェック:「ペレグリーナU」作品17の4【ペレグリーナ詩群〜V】へ続く)

( 2004.11.15 甲斐貴也 )


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