初恋 |
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まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき たのしき恋の盃を 君が情に酌みしかな 林檎畑の樹の下に おのづからなる細道は 誰が踏みそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ |
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大中寅二の島崎藤村につけた歌では「椰子の実」が圧倒的に有名で、かつ名曲ではありますが、同じ藤村のこちらも有名な詩につけた歌曲もなかなか面白い作品でした。大中はキリスト教会のオルガニストを務めていて、讃美歌の作品もたくさんあるのですが、この曲もそんな雰囲気の端正な西洋音楽風のメロディ、この詩の日本情緒纏綿たる雰囲気と微妙にずれた感じがなんとも言えず良いのです。残念ながら今となってはほとんど取り上げる人もなく、何より藤村自体のポピュラリティがかなり下がってしまっては、忘れられた歌となるのも避けがたいところでしょうか。
( 2016.07.30 藤井宏行 )