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Bitt' Ihn,o Mutter    
  Spanisches Liederbuch(Weltliche Lieder)
世俗歌曲第16番『あの子に頼んで、ああお母さん』  
     スペイン歌曲集_世俗歌曲集

詩: ハイゼ (Paul Heyse,1830-1914) ドイツ
    Spanisches Liederbuch - 2. Weltliche Lieder(スペインの歌の本 2.世俗歌曲) 30 Bitt' ihn,o Mutter 原詩:スペイン詞

曲: ヴォルフ (Hugo Wolf,1860-1903) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Bitt' ihn,o Mutter,
bitte den Knaben,
nicht mehr zu zielen,
weil er mich tödtet.

Mutter,o Mutter,
die launische Liebe
höhnt und versöhnt mich,
flieht mich und zieht mich.

Ich sah zwei Augen
am letzten Sonntag,
Wunder des Himmels,
Unheil der Erde.

Was man sagt,o Mutter,
von Basilisken,
erfuhr mein Herze,da
ich sie sah.

Bitt' ihn,o Mutter,
bitte den Knaben,
nicht mehr zu zielen,
weil er mich tödtet.


あの子に頼んで、ああお母さん
あの男の子(キューピッド)に頼んで
もうわたしを狙わないようにって
あの子はわたしを殺してしまうわ・・・

お母さん、ああお母さん
愛は気まぐれで
嘲るかと思えばなだめたり
突き放すかと思えば引き戻したりする

この間の日曜日に
わたしはふたつの目を見たの
それは天上の奇蹟と
地上の災いだったのよ

どういうものかわかったわ、お母さん
バジリスクの眼と言われるものが
その目を見たときに
わたしの心はそれを思い知らされたの

あの子に頼んで、ああお母さん
あの男の子に頼んで
もうわたしを狙わないようにって
あの子はわたしを殺してしまうわ・・・

*バジリスク=睨むだけで人を殺すという伝説上の怪物

この詩は簡単なようで悩みました。最初と最後の4行に出てくる”Knaben(子供、男の子、童)”をキューピッドとするか、それとも3節目に出てくる「ふたつの目」の持ち主とするか、です。和訳、英訳ともに両方があり、喜多尾道冬氏はキューピッドと断じ、「あの子はわたしを殺してしまうわ」としたところを「もうこれ以上わたしを弓矢で射殺さないでと。」という大胆な意訳を試みています(ポリドール:フーゴー・ヴォルフ歌曲全集の対訳)。わたしはまず詩を読んだ限りではこれは行き過ぎと思い、第4節で、睨んだだけで人を殺す怪物について言及しているのが「あの子はわたしを殺してしまうわ」と関連があるはずと考えました。そうするとストーカー物の詩みたいになってしまいますが。
しかし曲を聴いてみると、喜多尾氏の解説にある「ピアノ伴奏は、まるで蜂のようにうるさくつきまとい、刺す機会をうかがっているキューピッドのエロティックな羽ばたきをあらわしているかのようだ」という評言そのままのものでした。第1節のあとと第5節の前に短い休止が置かれるのも、中間3節との区切りを示しているようです。そして、一目ぼれで恋に落ちてパニック状態の娘の焦燥感が鮮やかに描かれており、作詩者の意図はともかく、少なくとも作曲したヴォルフはこの詩をそう解釈したと考えられるというわけで、わたしも「男の子=キューピッド」説を取ることにしました。出来るだけ原文に沿うようにという基本方針に従うため、英EMIのヴォルフ協会SP復刻盤CDに添付された英訳にならって、括弧つきでキューピッドの語を補ってみました。

演奏は上記のTriantiによるSP録音の他、二種の全集に含まれるものがあるだけです。その二種はいずれも優れていると思います。初録音と思われるTriantiは両者より緩やかに歌っていて、これもまた楽しく聴けます。

( 2003.3.10 甲斐貴也 )


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