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Herr,was trägt der Boden hier    
  Spanisches Liederbuch(Geistriche Lieder)
聖歌曲第9番「主よ、この地には何が生えるのでしょう」  
     スペイン歌曲集_聖歌曲集

詩: ハイゼ (Paul Heyse,1830-1914) ドイツ
    Spanisches Liederbuch - 1. Geistliche Lieder (スペインの歌の本 1.聖歌曲) 10 Herr,was trägt der Boden hier 原詩:スペイン詞

曲: ヴォルフ (Hugo Wolf,1860-1903) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Herr,was trägt der Boden hier,
Den du tränkst so bitterlich?
»Dornen,liebes Herz,für mich,
Und für dich der Blumen Zier.«

Ach,wo solche Bäche rinnen,
Wird ein Garten da gedeihn?
»Ja,und wisse! Kränzelein,
Gar verschiedne,flicht man drinnen.«

O mein Herr,zu wessen Zier
Windet man die Kränze? sprich!
»Die von Dornen sind für mich,
Die von Blumen reich ich dir.«

主よ、あなたが苦い涙をそそがれたこの地には
何が生えるのでしょうか
「わたしのために茨が生えます、愛する者よ。
そしてあなたのためには飾りになる花が咲きます。」

ああ、涙が小川となって流れる所に
花咲く園など出来るのでしょうか
「出来ます。そして覚えておきなさい!
そこで人々がとりどりの冠を編むのです。」

おお、わたしの主よ、誰を飾るために
人々は冠を編むのでしょうか、教えてください!
「茨の冠はわたしのために、
花の冠はわたしがあなたに授けるために。」

スペイン歌曲の第9曲、聖歌曲の9番です。グラモフォンのヴォルフ歌曲全集の解説書で喜多尾道冬氏はこの詩について、ゴルゴダの丘での信者とキリストの対話を示唆しているとしています。切迫した問いかけに対し、ピアニッシモで静かに答える対話が印象的、感動的な作品です。訳詩を作るに際して、信者があまりへりくだり過ぎないように、キリストがあまりいかめしくならないように心がけましたがいかがでしょうか。

男女いずれも歌えるため録音は比較的多いようで、中にはソプラノとバスの二重唱で歌ったものさえあります(ダンテから出ているホッターの戦時中の録音。しかしわたしにはどうにもホッターには聞こえないのですが・・・。)。手持ちのディスクで感銘深かったのはフィッシャー=ディースカウの完璧なグラモフォン盤、そしてヴォルフ協会のSP録音による、威厳に満ちたエルナ・ゲルハルトの歌唱でした。グラモフォンの全曲盤ではF=D氏に譲っているシュヴァルツコップもお気に入りのようで、手持ちのライブ盤3種に収録されていました。

二重唱以外に変わったもので、レーガー編曲のオルガン伴奏版(聖歌曲集全10曲)、ストラヴィンスキーの絶筆となったというアンサンブル編曲版があります。オルガン版もなかなか雰囲気がありますが、未聴の後者のディスク(ブーレーズ指揮)を探しているところです。
2002.12.11 甲斐貴也
後記

その後ストラヴィンスキー編曲の聖歌曲2曲を聴くことが出来ました。クラリネット3本とホルン二本に弦楽五重奏という編成で、信者の部分を木管五重奏、キリストの部分を弦楽五重奏で伴奏するというオーケストレーションです。それぞれの不安と落ち着きを非常に良く描き分けています。レーガ―のオルガン伴奏版はキリストの部分のみペダルの低音を付加して箴言の荘重さを強調しています。それぞれ一聴の価値のある編曲であると思いますが、優れた歌唱とピアノ伴奏さえあれば、そこにさらに付け加えるべきものがあるのだろうかと思ってしまいました。

それはともかく、68年のこの編曲が、71年に亡くなったストラヴィンスキーの残した最後の作品であるという意外な事実に感銘を受けたことは確かです。晩年の大作曲家はもしかして同年に発売されたフィッシャー=ディースカウ、シュヴァルツコップによる初の全曲盤でこの作品に関心を持ったのでしょうか。

そこで近年話題になった、かつてストラヴィンスキーの右腕として活躍した指揮者ロバート・クラフトの著書『ストラヴィンスキー友情の日々』下巻(小藤隆志訳・青土社)をひもといたところ、1967年の章にまさにそれに関する興味深い記述を見つけましたので引用します。

「7月15日。(中略)
 夜、私たちはフィッシャー=ディースカウのレコードで《詩人の恋》の一部、連作歌曲作品三九、ブラームスのリート数曲、ヴォルフの《スペイン歌曲集》を聴く。I・Sの指はシューマンの歌曲のピアノに合わせて弾む。彼はシューマンの一曲「輝く夏の朝に」を三回聴くように求める。彼はまた声の出だしに合図を出し、ページをめくって戻し、細かい所や比較する点を探す。2,3回せっかちに次の歌の頭へめくる。彼は歌が最高に気に入るとスタッカートの唸り声を上げるが、不快になったりあまりに美しすぎる(「美しいが、自分向けじゃぁない」)と、同種の声がうめきになる。ブラームスには全体としてうんざりし、こう言う。「雨の歌が多すぎる。シューマンと比べると形式主義だ。ブラームスについて尊敬するのは彼の知識で、それはあまり正しいことではない」。しかし《秋の気配》《思い違いだとお前は言う》《四つの厳粛な歌》の第三曲、ヴォルフ歌曲のうちの《主の涙をうけて》(注)におおいに引かれる。

(注)1968年5月15日の午後、ストラヴィンスキーはサンフランシスコでこの曲と《御身は傷を追いたもう》のピアノ・パートを、三本のクラリネット、二本のホルン、弦楽五重奏のために編曲した。編曲した理由の一つ(彼が当時言ったことによる)は、「ヴォルフはオクターブを音量のためだけに使った。彼にはいい耳も発明のセンスもあったが、技術はほとんどなかった」からである。また、もう一つの理由(これは言わなかった)は、ストラヴィンスキーが死について何かを言いたかったこと、そして彼自身は何も作曲できなかったからである。」

(甲斐注:文中の「I・S」はイゴール・ストラヴィンスキー、「連作歌曲作品三九」は通常「リーダークライス作品三九」と表記されるシューマンの作品、《主の涙をうけて》がわたしが『主よ、この地には何が生えるのでしょう』とした作品です。)

2002.12.15 甲斐貴也

( 2002.12.15 甲斐貴也 )


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