海道回顧 海道東征 |
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その一 かがなべて、日を夜を、海原渡り、 かがなべて、将た歳を、宮遷らしき。 ああはれ、その幾歳、 ああはれ、その行き行き。 年ごとに、御伴船、いや数殖えぬ、 つぎつぎに、御従びと、またいや増しぬ。 ああはれ、また春秋、 ああはれ、そが海山。 その二 月の端や、足一騰宮、 一年や、筑紫の崗田の宮。 多祁理とも、阿岐の埃の宮、 たづたづや、七年や。あはれ。 吉備にして、また八年、高嶋の宮、 大和はも遠しとよ、高千穂よ遥けしと。 その三 かがなべて、日を夜を、海原渡り、 かがなべて、将た歳を、宮遷らしき。 ああはれ、その幾歳、 ああはれ、その行き行き。 満ち満つや、み蓄、早やかく成りぬ、 天の下ことむけむ、秋今成りぬ。 ああはれ、えしや、 ああはれ、今ぞ秋や。 |
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第5章のような調子で進めて行きますと大和に着くまでに大変な演奏時間がかかりますので、この章では船の旅路をダイジェストで紹介しています。
テナーのソロでゆったりと始まる「その一」、メゾと合唱が続いて入ってきて長い旅路をしみじみと歌い、そのまま切れ目なく「その二」に入ります。
福岡県北九州市にあった筑紫の崗田宮、阿岐国の多祁理宮(埃の宮)は安芸の国広島の、そして吉備高嶋の宮は岡山と瀬戸内海を縦断して関西方面へと次第に近づいて行っています。伝承ではけっこう長い年月をかけて進んで行っておりますが、これは各地を平定したり懐柔したりして時間をかけて移動したことの表れでしょうか。そのあたりの歳月の長さが「その三」で歌われていますが、ここでは天下平定の栄光がそれまでのゆったりとした日本情緒から一転して壮麗な合唱によって讃えられ、曲を閉じます。
( 2015.11.26 藤井宏行 )