混声合唱のための渡辺直己短歌集 |
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生きて又相見ん願いもはるけくて乱るる心に我昂(たかぶ)りぬ いち早く君敵陣に憤死しぬ雨暗き北支の山を思うかな 敵包囲に落ちたりと思う半刻あまり白々と伏しし心言い難し 幾度か逆襲せる敵をしりぞけて夜が明け行けば涙流れぬ 照準つけしままの姿勢に息絶えし少年もありき敵陣の中に 頑強なる抵抗をせし敵陣に泥にまみれしリーダーがありぬ 泥の如兵は疲れて眠り居り月虧(か)けて寒き黄河河畔に 死を決せし心はいわず鉄舟(てっしゅう)にいならぶ兵の静かなるかも 鉄兜打ち貫(ぬ)かれたる部下を一夜トラックに守りて進撃をつづく 腹部貫通の痛みを耐えてにじり寄る兵を抱きておろおろといき すでに三年(みとせ)戦い来つつ麦秋(むぎあき)の夕べは恋(こお)し故郷の山 校庭に泰山木も咲きつらん三年を遠く戦いて来し |
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先の世界大戦が終わって70年、私も含めてですが、戦争のリアリティを感じることのできない世代が増えてくるとどうしても表面的にしか平和とか国防のことを考えられなくなることは否定できない事実です。戦争を体験された世代の方々が様々な形でそれを後世に残そうとされていますが、それらもまた時代の経過と共に忘れられて行くのが何ともやるせないところです。
日本の合唱作品の世界では一時代を築いた作曲家高田三郎もまた戦中派として思うところがあったのでしょう。得意の合唱作品のいくつかに戦争時代の詩を取り上げた作品がありますが、その中でも私が一番鮮烈だと思うのがこの作品。1996年 大阪の豊中混声合唱団の委嘱によって書かれたものです。詞を書いた渡辺直己(わたなべ なおき 1908〜1939)は広島出身の歌人で呉市立高等女学校の教師でもありました。1937年軍に応召され、中国戦線を転戦したのち、天津で事故のため亡くなりました。
彼の遺作として翌1940年に刊行された「渡辺直己短歌集」より作曲者が選び出して混声合唱のための作品としたのがこれです。
何ともやるせない戦場という非人間的な場所の描写、そしてそこに放り込まれてもただ運命に従うしかできない無力感、そしてたまらない望郷の思いと、短い歌一首一首の中に凝縮された世界が心に突き刺さってきます。高田がこれらに感情をできるだけ抑制した深みのある音楽をつけていますので、とても印象的な世界が描き出されます。
委嘱元の豊中混声合唱団のライブ録音(Victor)くらいしか聴けるすべはないのかも知れませんが、忘れ去られてはならない作品だと私は思います。
( 2015.08.02 藤井宏行 )