鴉(からす) 沙羅 |
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小田の薄(うす)ら氷(ひ) ふみ破(わ)り 踏(ふ)み渉(わた)る 大おそどり、からす 首ふり 肩をはり 蹠(あうら)つめたげに ついばむ ひょうひょうとして 大おそどり からす |
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再び日本情緒纏綿たる歌が戻ってまいります。楽譜の指定では「狂言歌風に」とあるようにとても滑稽な雰囲気。ただ私の耳には狂言というよりは義太夫節といった趣の音楽に聞こえます。
真冬の小さな田んぼ、薄い氷が張っている上をカラスがちょこまかと歩いている。鳥の動作の描写が見事です。「大おそどり」というのは辞書で引くと「大軽率鳥」とあり、意味は漢字の通りです。古く万葉集にこのカラスを大軽率鳥と歌っているもの(巻14・3521)があります。こんな歌です(作者不詳)
からすとふ おほをそどりの まさでにも きまさぬきみを ころくとぞなく
カラスのカーカー啼く鳴き声を「来る 来る」と聞きちがえて、来ない恋人のことを思う、おかしくも悲しい歌です。清水の詩の雰囲気も通じるものがありますね。
この歌に限らず、歌曲集「沙羅」を十八番にしていたアルト歌手 柳兼子(1892-1984)、2000年頃に再評価ブームで晩年の録音がたくさん復刻されておりそのいくつかで聴くことができます。彼女の全盛期を全く知らないでこれら80歳を過ぎてからの歌を耳にしても素晴らしさは十分にわからないのではないかと感じたりもしてしまうのですが、それでもこの「鴉」は圧倒されました。
( 2015.04.04 藤井宏行 )