風船乗りの夢 |
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夏草のしげる叢から ふはりふはりと天上さして昇りゆく風船よ 籠には旧暦の暦をのせ はるか地球の子午線を越えて吹かれ行かうよ。 ばうばうとした虚無の中を 雲はさびしげにながれて行き 草地も見えず 記憶の時計もぜんまいがとまつてしまつた。 どこをめあてに翔けるのだらう さうして酒瓶の底は虚しくなり 酔ひどれの見る美麗な幻覚も消えてしまつた。 しだいに下界の陸地をはなれ 愁ひや雲やに吹きながされて 知覚もおよばぬ真空圏内にまぎれ行かうよ。 この瓦斯体もてふくらんだ気球のやうに ふしぎにさびしい宇宙のはてを 友だちもなく ふはりふはりと昇つて行かうよ。 |
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石渡日出夫が萩原朔太郎の詩につけた歌曲からもう1曲、こちらは夏の歌ですが、「笛の音の...」と同じようにユーモラスで幻想的な詩ですから似たような軽妙な音楽がついています。ただこちらの詩の方が哲学的で、虚無感にあふれる中間部もありますので音楽の表情の振幅も一層激しくなりました。朔太郎の面白い言葉づかいが絶妙なメロディに乗って歌われるのを聴くのはたいへん面白いです。
( 2012.06.16 藤井宏行 )