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Warte,warte,wilder Schiffmann   Op.24-6  
  Liederkreis
待て、待て、荒くれた船乗りよ  
     リーダークライス

詩: ハイネ (Heinrich Heine,1797-1856) ドイツ
    Buch der Lieder - Junge Leiden - Lieder(歌の本-若き悩み-歌たち 1827) 6 Warte,warte,wilder Schiffmann

曲: シューマン,ロベルト (Robert Alexander Schumann,1810-1856) ドイツ   歌詞言語: ドイツ語


Warte,warte,wilder Schiffmann,
Gleich folg' ich zum Hafen dir;
Von zwei Jungfrau'n nehm' ich Abschied,
Von Europa und von Ihr.

Blutquell,rinn aus meinen Augen,
Blutquell,brich aus meinem Leib,
Daß ich mit dem heißen Blute
Meine Schmerzen niederschreib'.

Ei,mein Lieb,warum just heute
Schaudert dich,mein Blut zu sehn?
Sahst mich bleich und herzeblutend
Lange Jahre vor dir stehn! Oh!

Kennst du noch das alte Liedchen
Von der Schlang' im Paradies,
Die durch schlimme Apfelgabe
Unsern Ahn ins Elend stieß?

Alles Unheil brachten Äpfel!
Eva bracht' damit den Tod,
Eris brachte Trojas Flammen;
Du bracht'st beides,Flamm' und Tod.

待て、待て、荒くれた船乗りよ、
すぐに港までついていくから。
二人の娘さんに別れを告げなくてはならないんだ、
エウローペーとあの人に。

血の泉がわが目から流れ、
血の泉がわが体から湧き出る、
この熱い血で
わが苦痛を書き記せるように。

おや、いとしい恋人よ、どうして今日にかぎって
私の血を見て身震いしているんだい?
蒼ざめて、心から血を流しながら
きみの前に立っていた私を長年見てきたはずだろう。おお!

きみは古い歌を御存知かな、
楽園のヘビの歌だよ、
悪のりんごを与えて
われらの祖先を不幸に突き落としたヘビの歌を。

あらゆる不幸はりんごのせいなのだ!
エバはそのせいで死んでしまった。
女神エリスはトロイア戦争の炎上を引き起こした。
きみは両方とも引き起こしたんだよ、炎上も死も。


Sehr rasch(非常に速く)、4分の4拍子、ホ長調。
主人公は舟に乗って失恋の場から逃げ去ろうとする。女神エウローペーに別れを告げるというのはヨーロッパからの脱出を意味しているのだろう(Europaは女神エウローペーから転じて「ヨーロッパ」の意味を持つ)。失った恋人に向けて、苦悩を書き記すために血を流していてもいつもは平気なのにどうして今日に限っておびえているのかと言ったり、聖書の話やギリシャ神話を持ち出して辛辣な言葉で責める、なんとも諦めの悪い男の悪あがきである。苦しみ悩んだ挙句、普通の精神状況を飛び越えてしまったようだ。エウローペーはフェニキア王アゲノルの娘で、白い雄牛に姿を変えたゼウスに誘拐され、クレタ島に渡ってゼウスの子を産んだギリシャ神話の登場人物。エウローペーがゼウスに連れられて住み着いた場所がヨーロッパとなる。一方、エリスもギリシャ神話に出てくる不和の女神で、ペレウスとテティス(2人の子供は「アキレス腱」の語源にもなったアキレウス)の結婚式に呼ばれなかったことに腹を立て、「最も美しい方へ」という献辞の付いた黄金のりんごを式場に投げ入れたことが女神たちの争いを引き起こし、トロイア戦争の遠因になった。
シューマンの曲は急速なスタッカートのオクターヴ進行による激しいピアノ前奏の後、歌も力強くはじまる。荒々しい曲調は「荒くれた船乗り(wilder Schiffmann)」に由来するのだろう。シューマンは高声と低声の2種類の旋律を同じ箇所に書き込んで、歌い手の歌いやすい方を選べるようにすることがあり、この曲でも数箇所見られるが、面白いのが、第3節最後の”lange Jahre vor dir stehn!”の低声用パートが、高声用より1拍遅れて始まることである。低声用パートの音符がより好ましいという扱いになっているが、このリズムは2行目の”schaudert dich,mein Blut zu sehn?”と同じ形なので、こちらのリズムの方がシューマンの本来の意図に近いのだろう。それではなぜ高声用は1拍遅らせなかったのだろうか。高声用は華やかに盛り上がるため、1拍多く歌わせることにしたのだろうか。曲最後の最高音2点イ音も、2点嬰ヘ音と選択できるようになっているが、嬰ヘ音を選んだ演奏を聴いたことはない(嬰ヘ音を歌ったら、高い音が出ないと思われるのが落ちだろうが)。後奏は23小節もの長さで、勇ましい主人公の熱気が徐々に冷めてくるのを暗示するかのようにリタルダンドしながらp(ピアノ)まで音量を下げて終わる。この絶叫型歌曲はハイネの誇張表現をさらに拡大して、詩の求めた音楽になっていると思わずにいられない。
なお、第3節の後の「おお!(Oh!)」はシューマンによる付加である。

( 2006.07.15 フランツ・ペーター )


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