深夜の雪 智恵子抄 |
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あたたかいガスだんろの火は ほのかな音を立て しめきつた書斎の電燈は しづかに、やや疲れ気味の二人を照す 宵からの曇り空が雪にかはり さつき?(まど)から見れば もう一面に白かつたが ただ音もなく降りつもる雪の重さを 地上と屋根と二人のこころとに感じ むしろ楽しみを包んで軟いその重さに 世界は息をひそめて子供心の眼をみはる 「これみや、もうこんなに積つたぜ」 と、にじんだ声が遠くに聞え やがてぽんぽんと下駄の歯をはたく音 あとはだんまりの夜も十一時となれば 話の種さへ切れ 紅茶もものうく ただ二人手をとつて 声の無い此の世の中の深い心に耳を傾け 流れわたる時間の姿をみつめ ほんのり汗ばんだ顔は安らかさに満ちて ありとある人の感情をも容易(たやす)くうけいれようとする 又ぽんぽんぽんとはたく音の後から 車らしい何かの響き―― 「ああ、御覧なさい、あの雪」 と、私が言へば 答へる人は忽ち童話の中に生きはじめ かすかに口を開いて 雪をよろこぶ 雪も深夜をよろこんで 數限りもなく降りつもる あたたかい雪 しんしんと身に迫つて重たい雪が―― |
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別宮版の「智恵子抄」、清水脩のものと違って結婚前のロマンティックな詩からも2篇を選んで曲にしており、それがひときわこの歌曲集をリリカルなものとしています。この2曲目は詩集では10番目(大正2年2月)。
あまりに美しすぎる愛の詩です。
雪がわりと珍しい東京では、こんな風に雪が降ると正直浮き浮きするような気持ちが大人であってもするのでしょう。情景描写も見事ですが、それに絡めたふたりの心の微妙な綾の描写が実に味わい深い。
別宮の付けたメロディはひたすらに甘く、甘く、この美しい愛の情景を紡ぎ出していきます。ささやきかける声とそれに静かに寄り添うピアノ、個人的にはこの歌曲集で一番素敵な曲だと思っています。
( 2012.02.19 藤井宏行 )