人に 智恵子抄 |
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いやなんです あなたのいつてしまふのが―― 花よりさきに實のなるやうな 種子(たね)よりさきに芽の出るやうな 夏から春のすぐ来るやうな そんな理窟に合はない不自然を どうかしないでゐて下さい 型のやうな旦那さまと まるい字をかくそのあなたと かう考へてさへなぜか私は泣かれます 小鳥のやうに臆病で 大風のやうにわがままな あなたがお嫁にゆくなんて いやなんです あなたのいつてしまふのが―― |
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高村光太郎が愛する妻のことを詩集にした著名な「智恵子抄」、歌としては清水脩が書いた歌曲集が有名ですが、歌曲集「淡彩抄」や「さくら横町」など、日本の抒情歌曲において素晴らしい作品を残した別宮貞雄にも同じくこの詩集から編んだ「智恵子抄」という歌曲集があります。1982年、作曲者60歳のときの作曲、その後彼は歌曲を書くことなく、最後の歌曲作品となりました。
ドラマティックな感の強い清水作品に比べ、非常に繊細で抒情的な雰囲気にあふれ、この詩集の別の一面を描き出すのに成功しているように私には思えます。繰り返し聴きたくなる美しい歌曲集でした。
作曲へのいきさつについては、作曲者自身が書いた文章が興味深いです(カメラータのCD中の解説より)。それによれば、彼がこの詩集を
手にして感銘を受けたのは大学時代、その後音楽を志し、特に歌曲の分野で成功を収めたので(以下作曲者の言葉をそのまま引用します)
「そうなれば当然感銘をうけた「智恵子抄」を何とか
自分の音楽で、という思いが生まれる。だがそれは
容易なことではなかった。
詩句の長さが私の手に余ったのである。
しかしそれ以来約30年、作曲の経験をつみ、特に
オペラを3曲作って長い詩句を作る自信もついて、
年来の願望を実現したのがこの作品である。
これに至るまで歌曲集も9編(40曲)作曲していて、
いわば私の歌曲作りの総決算のようなものである」
カメラータレーベルに、永田峰夫のたいへんにリリカルで美しい声に、アントニー・シビリの穏やかに寄り添う抒情的なピアノが魅力的な録音があります。(シューマンの「詩人の恋」とのカップリング)掲載されているプロデューサーノートがまた興味深いので、こちらも一部引用させて頂きます。
「別宮先生は、事の外、この歌曲集にこだわりがあるようで、自ら、「これがレコード化されると私は一番嬉しいんだ。何せ、作曲を志してから、ずうっと、これを音楽にしたいと思ってきたのが、60歳になって、やっと宿題を果たした。しかも出来うればシューマンの<詩人の恋>とカップリングしてほしいんだ。本当におこがましい希望なのだが、どちらも<詩人の恋>なのだからね。」と話された。
(プロデューサー井坂紘)
その通りに組み合わさってみると、実にしっくりと両曲集ははまっています。
第1曲「人に」は詩集でも冒頭の詩、清水脩も曲をつけています。別宮作品では原詩の後半の饒舌な訴えかけの部分をカットしてすっきりとシンプルなものにしました。詩の全部は清水脩の項をご覧ください。
明治45年(1912)7月、まだ結婚前、ふたりが出合って半年ほどした頃のことです。
( 2012.02.18 藤井宏行 )