牡蠣の殻 |
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牡蠣の殻なる牡蠣の身の かくも涯なき海にして 生きのいのちの味気なき そのおもいこそ悲しけれ 身はこれ盲目(めしい)巖(いわ)かげに ただ術べもなくねむれども ねざむるままに大海(おおうみ)の 潮の満干(みちひ)をおぼゆめり いかに朝明朝じおの 色青みきて溢るるも 黙(もだ)し痛める牡蠣の身の あまりにせまき牡蠣の殻 よしや清(すが)しき夕づつの 光は浪の穂に照りて 遠野が鳩の おもかげに 似たりというも何かせむ いたましきかな わだつみの ふかき調べに聞き惚れて 夜もまた昼もわきがたく 愁にとざす殻の宿 さもあらばあれ暴風(あらし)吹き 海の怒りの猛き日に 殻も砕けと 牡蠣の身の 請い祈(の)まぬやは 思いわびつつ |
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戦前より活躍されていた流行歌の歌手の方は、クラシック音楽の素養のあるひとが数多くいて、俗に流れる流行歌以外でもかっちりと折り目正しい歌声を聴かせてくれたりしますので、現在もテレビでずっと続いている「みんなのうた」の前身とも言えるNHKの「ラジオ国民歌謡」で生まれた芸術的な歌曲でも魅力的なものが古い録音でいくつも聴けます。
先日亡くなられた二葉あき子さんもそんな歌い手のひとりで、昭和15年のこの曲などは非常にしみじみと美しい歌声で、その魅力を十二分に発揮されているものと思います。詩の蒲原有明は1952年に亡くなっていますが、格調高い文語体の詩は(一部意味が読み取り難いところがありますが)もっと昔のひとのようにさえ感じられます。大中のメロディは有名な「椰子の実」などに比べると少々地味な感じはありますけれども、十分魅力的に美しいです。
( 2011.08.17 藤井宏行 )