風にのる智恵子 智恵子抄 |
|
狂つた智恵子は口をきかない ただ尾長や千鳥と相圖する 防風林の丘つづき いちめんの松の花粉は黄いろく流れ 五月晴(さつきばれ)の風に九十九里の濱はけむる 智恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ 白い砂には松露がある わたしは松露をひろひながら ゆつくり智恵子のあとをおふ 尾長や千鳥が智恵子の友だち もう人間であることをやめた智恵子に 恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場 智恵子飛ぶ |
|
歌曲でひとつ前の「美の監禁に手渡す者」の詩集ではひとつ措いて次の詩(27番目)です。そのひとつ措いた詩「人生遠視」(昭和10年1月)で、いよいよ妻・智恵子の病が発症してしまいます。これは短い詩ですので以下に取り上げてみましょう。
人生遠視
足もとから鳥がたつ
自分の妻が狂気する
自分の着物がぼろになる
照尺距離三千メートル
ああこの鉄砲は長すぎる
この詩もドラマチックで、場面の転換としては歌曲集に取り上げてもおかしくないところ(同じくこの智恵子抄より取り上げて歌曲集にしている別宮貞雄はこの詩を選んでいます)、清水はこれを避け、これを選びました。青い海と美しい海岸線に飛び交う鳥たち、そして浴衣姿でさまよう妻、とこちらは鮮烈な情景描写で、作曲者の腕の奮いどころでしょう。清水は前半を抑えて、最後の「智恵子飛ぶ」のクライマックスへと盛り上げていきます。
( 2011.06.19 藤井宏行 )