あどけない話 智恵子抄 |
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智恵子は東京に空が無いといふ、 ほんとの空が見たいといふ。 私は驚いて空を見る。 櫻若葉の間に在るのは、 切つても切れない むかしなじみのきれいな空だ。 どんよりけむる地平のぼかしは うすもも色の朝のしめりだ。 智恵子は遠くを見ながら言ふ。 阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ。 あどけない空の話である。 |
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おそらくこの「智恵子抄」の中ではもっとも良く知られている詩でしょうか。昭和3年の8月とクレジットがあり、詩集では23番目、前の曲に取り上げられたものの直後です。純粋に研ぎ澄まされた心のありようを静かに描き出しています。阿多多羅山というのは彼女の故郷福島県の山(安達太良山)、東京育ちの光太郎には感じ取れない微妙な空の色合いが、感性が研ぎ澄まされた智恵子にははっきりと感じ取れたのでしょう。
フォーレの晩年の歌曲を思わせるような微妙な転調の揺らぎを重ねてゆくピアノ伴奏にのせて、こちらも淡々と語りを重ねてゆく歌。実に味わい深い1曲です。
( 2011.05.21 藤井宏行 )